2019年05月24日
おおきな木 シェル・シルヴァスタイン
おおきな木 シェル・シルヴァスタイン 篠崎書林
ほかのひとの高評価の感想を読んで、この絵本を読んでみることにしました。
おおきなりんごの木が1本あります。
ちいさな少年が登場します。
少年が木とともに育ちます。
最初に言ってしまうと、木は最後に切り株だけになってしまいます。
木は「親」を意味するのだろうかというイメージをもって読み続けます。
木は少年に無償の奉仕をします。
木は少年に食べつくされます。
少年はお返しをしてくれません。
ときはながれていく。
ちびっこはおとなになり、木から離れて行ってしまいました。
木はひとりぼっちになりました。
少年だった彼はりんごの木の枝を切り倒して自分の家を建てます。次に幹を切り倒して船をつくります。リンゴの木は、切り株だけになってしまいました。
木はそれでうれしかったとあります。
少年はオレオレ詐欺師のようでもあります。
少年は、親不孝者です。
親の愛情を裏切る行為をします。
少年は老いてやせこけた老人になってりんごの木に会いに来ます。
欲望の固まりだった少年は今、老いて、体が自由に動かなくなり、欲望も消失しています。
りんごと少年との腐れ縁です。離れようとしても離れられない。
心に響いたフレーズとして、少年だった男の「わしはもう、つかれはてた」
木(親)にとって、少年(老いたけれども)は、いつまでたってもこども
それでもいいんだという永遠不滅の親の愛。人間賛歌です。
静かな感動がありました。
(訳者 本田金一郎あとがきを読んで)
良かった文節として、「未来は子供らのもの」
ほかのひとの高評価の感想を読んで、この絵本を読んでみることにしました。
おおきなりんごの木が1本あります。
ちいさな少年が登場します。
少年が木とともに育ちます。
最初に言ってしまうと、木は最後に切り株だけになってしまいます。
木は「親」を意味するのだろうかというイメージをもって読み続けます。
木は少年に無償の奉仕をします。
木は少年に食べつくされます。
少年はお返しをしてくれません。
ときはながれていく。
ちびっこはおとなになり、木から離れて行ってしまいました。
木はひとりぼっちになりました。
少年だった彼はりんごの木の枝を切り倒して自分の家を建てます。次に幹を切り倒して船をつくります。リンゴの木は、切り株だけになってしまいました。
木はそれでうれしかったとあります。
少年はオレオレ詐欺師のようでもあります。
少年は、親不孝者です。
親の愛情を裏切る行為をします。
少年は老いてやせこけた老人になってりんごの木に会いに来ます。
欲望の固まりだった少年は今、老いて、体が自由に動かなくなり、欲望も消失しています。
りんごと少年との腐れ縁です。離れようとしても離れられない。
心に響いたフレーズとして、少年だった男の「わしはもう、つかれはてた」
木(親)にとって、少年(老いたけれども)は、いつまでたってもこども
それでもいいんだという永遠不滅の親の愛。人間賛歌です。
静かな感動がありました。
(訳者 本田金一郎あとがきを読んで)
良かった文節として、「未来は子供らのもの」
2019年05月23日
せんろはつづくどこまでつづく 鈴木まもる
せんろはつづくどこまでつづく 鈴木まもる 金の星社
シリーズ3作目です。
ついに、新幹線が登場します。
子どもさん向けの絵本です。
よいしょ、よいしょ、おとこの子とおんなの子が、線路をかついで運んでいます。
「つくる」作業の始まりです。
蒸気機関車と新幹線、貨物列車が連なります。
「異質なもの」をつなげる。
観客は、うさぎ、しか、すずめ、ねこ、鳥はひばりでしょう。
昔話の世界に白い新幹線が見えます。
絵に迫力があります。
実際は動かない絵ですが、じーっと見ていると動画に見えます。
登りの坂道を列車が登っているのですが、電車といっしょに走っている鹿とうさぎにも勢いがあります。
びゅーん。上り坂、ゴーッ
さらにスピード感がでてきました。
やがて、日が暮れて、夕焼け小焼け、夕映えの時間帯です。
やけどしそうな夕焼け空できれいです。
日は沈んで、夜空が訪れました。
夜行列車の車窓の灯りが連なりながら列車は進行していきます。
見上げれば、満天の星が光る暗い空です。
明けない夜はない。
海の向こうから朝日が昇り始めました。
空気は黄金色に輝いています。
絵がすばらしい。すがすがしい。ゴールドラッシュです。
昼-夜-朝ときて、すきとおった小川の水で顔を洗います。おはよう。
線路がつきてしまいました。次になにがおこるか、わくわくします。
こどもたちのお得意な線路つなぎが始まりました。「何もないところに道をつくる」
京都梅小路機関区を見るようです。(ずいぶん前に行ったことがあります)
ターンテーブルがあります。
SL(蒸気機関車)へのこだわりがある絵本です。
お客さんは、うさぎとねこさんでした。
よいしょ、よいしょ、線路をつくれ。
シリーズ3作目です。
ついに、新幹線が登場します。
子どもさん向けの絵本です。
よいしょ、よいしょ、おとこの子とおんなの子が、線路をかついで運んでいます。
「つくる」作業の始まりです。
蒸気機関車と新幹線、貨物列車が連なります。
「異質なもの」をつなげる。
観客は、うさぎ、しか、すずめ、ねこ、鳥はひばりでしょう。
昔話の世界に白い新幹線が見えます。
絵に迫力があります。
実際は動かない絵ですが、じーっと見ていると動画に見えます。
登りの坂道を列車が登っているのですが、電車といっしょに走っている鹿とうさぎにも勢いがあります。
びゅーん。上り坂、ゴーッ
さらにスピード感がでてきました。
やがて、日が暮れて、夕焼け小焼け、夕映えの時間帯です。
やけどしそうな夕焼け空できれいです。
日は沈んで、夜空が訪れました。
夜行列車の車窓の灯りが連なりながら列車は進行していきます。
見上げれば、満天の星が光る暗い空です。
明けない夜はない。
海の向こうから朝日が昇り始めました。
空気は黄金色に輝いています。
絵がすばらしい。すがすがしい。ゴールドラッシュです。
昼-夜-朝ときて、すきとおった小川の水で顔を洗います。おはよう。
線路がつきてしまいました。次になにがおこるか、わくわくします。
こどもたちのお得意な線路つなぎが始まりました。「何もないところに道をつくる」
京都梅小路機関区を見るようです。(ずいぶん前に行ったことがあります)
ターンテーブルがあります。
SL(蒸気機関車)へのこだわりがある絵本です。
お客さんは、うさぎとねこさんでした。
よいしょ、よいしょ、線路をつくれ。
2019年05月22日
ぼちぼちいこか マイク=セイラー作
ぼちぼちいこか マイク=セイラー作 ロバート=グロスマン絵 偕成社
何歳ぐらい向けの絵本なのだろうか。
案外、ストレスで疲れ果てたおとな向けかも。
そんなに、むりせず、がんばらず、タイトルどおり、ぼちぼちいこかです。
「ぼく、しょうぼうしになれるやろか」から始まります。
ハローワークみたいなお話です。かばおにいさんが、求職活動をします。
消防士にはなれませんでした。
船員を目指します。
パイロットもだめ。
かばさん、体重が重すぎます。
まず、やせて、体重を落としてください。
バレリーナ、なれるわけがない。
ピアニスト、ピアノを壊してしまいました。
カウボーイ、馬がつぶれてしまいました。
絵がユーモラスです。
サーカス、ついに職種のアイデアが尽きてきたのか。
飛び込みの選手
アイデア不足ともいえず、バスの運転手
秘書としてタイピスト、無理でしょ。
かばおにいさんは、就職する前に、働ける心と体と読み書き計算パソコン金銭管理の技能習得、それから、食生活に気を配り、睡眠不足にならないような生活習慣づくりが必要です。
宇宙飛行士は、夢の夢です。
ブラスバンドのメンバー
手品師の絵と展開には笑いました。
なにをやってもうまくいきません。
どうしたらいいのかわからなくなって、ひとやすみ。
そして、作者は、絵本作家になったのか。
(その後)
5歳の男の子に読み聞かせをしたらばかうけでした。笑いのつぼにはまりました。
何歳ぐらい向けの絵本なのだろうか。
案外、ストレスで疲れ果てたおとな向けかも。
そんなに、むりせず、がんばらず、タイトルどおり、ぼちぼちいこかです。
「ぼく、しょうぼうしになれるやろか」から始まります。
ハローワークみたいなお話です。かばおにいさんが、求職活動をします。
消防士にはなれませんでした。
船員を目指します。
パイロットもだめ。
かばさん、体重が重すぎます。
まず、やせて、体重を落としてください。
バレリーナ、なれるわけがない。
ピアニスト、ピアノを壊してしまいました。
カウボーイ、馬がつぶれてしまいました。
絵がユーモラスです。
サーカス、ついに職種のアイデアが尽きてきたのか。
飛び込みの選手
アイデア不足ともいえず、バスの運転手
秘書としてタイピスト、無理でしょ。
かばおにいさんは、就職する前に、働ける心と体と読み書き計算パソコン金銭管理の技能習得、それから、食生活に気を配り、睡眠不足にならないような生活習慣づくりが必要です。
宇宙飛行士は、夢の夢です。
ブラスバンドのメンバー
手品師の絵と展開には笑いました。
なにをやってもうまくいきません。
どうしたらいいのかわからなくなって、ひとやすみ。
そして、作者は、絵本作家になったのか。
(その後)
5歳の男の子に読み聞かせをしたらばかうけでした。笑いのつぼにはまりました。
2019年05月21日
ようちえんいやや 長谷川義史
ようちえんいやや 長谷川義史(はせがわ・よしふみ) 童心社
絵本です。
幼稚園に行きたくないお子さんのありがちなお話です。
こどもが幼稚園に行かないと、親は困ります。
絵が豪快です。
どうして、幼稚園に行きたくないの?に対するこどもの答から始まります。
イヤな理由の発想がおもしろい。
朝、園長先生にあいさつすることが苦手
いちごが好きなのに、ももぐみだからイヤ
イスのマークがへびだからイヤ
ひとりだけが幼稚園に行きたくないんじゃなくて、おおぜいの子たちが幼稚園がイヤだと思っています。
楽器演奏で、カスタネットの担当がイヤ
歌を歌うことがイヤ
下駄箱がいちばん下だからイヤ
たけしくん、まなちゃん、つばさくん、ののほちゃん、しゅうまくん、いくみちゃん、幼稚園へ行きたくない子が、ほかにもいっぱいいて、ここには書ききれません。
結末はいったいどうなるんだろう。
最後に、幼稚園に行きたくない真実の理由が明らかになります。
まあ、そうだろうなと納得します。
こどもたちの気持ちを上手に楽しく表現してある絵本です。
絵本です。
幼稚園に行きたくないお子さんのありがちなお話です。
こどもが幼稚園に行かないと、親は困ります。
絵が豪快です。
どうして、幼稚園に行きたくないの?に対するこどもの答から始まります。
イヤな理由の発想がおもしろい。
朝、園長先生にあいさつすることが苦手
いちごが好きなのに、ももぐみだからイヤ
イスのマークがへびだからイヤ
ひとりだけが幼稚園に行きたくないんじゃなくて、おおぜいの子たちが幼稚園がイヤだと思っています。
楽器演奏で、カスタネットの担当がイヤ
歌を歌うことがイヤ
下駄箱がいちばん下だからイヤ
たけしくん、まなちゃん、つばさくん、ののほちゃん、しゅうまくん、いくみちゃん、幼稚園へ行きたくない子が、ほかにもいっぱいいて、ここには書ききれません。
結末はいったいどうなるんだろう。
最後に、幼稚園に行きたくない真実の理由が明らかになります。
まあ、そうだろうなと納得します。
こどもたちの気持ちを上手に楽しく表現してある絵本です。
2019年05月20日
マンザナの風にのせて 2019課題図書
マンザナの風にのせて ロイス・セパバーン 2019課題図書 文研出版
「マンザナ」とは土地の名称で、アメリカ合衆国カリフォルニア州にあります。(2ページ目に地図があります)。
物語の舞台は、主人公の日系人一家が、第二次世界大戦中にそれまで住んでいたアメリカ合衆国ワシントン州シアトル・ベインブリッジ島から、カリフォルニア州内のマンザナに連れていかれて入れられた日系アメリカ人マンザナ強制収容所です。
周囲を有刺鉄線で囲われています。日系人は、アメリカ合衆国の敵国日本の関係者とされアメリカ人社会から隔離されたのです。
作者自身が観た風景からヒントを得て創作された物語です。文章はおもに一行書き流しで、詩集を読むようです。抽象的な記述で、事象がいまいち明瞭でない部分もあります。
主人公は、タナカマナミで、小学校高学年ぐらい。日本から来た移民の子孫で日系二世です。日本人ですが実質アメリカ人です。
おじいちゃんがいて、パパ、ママ、そして、飼い犬のトモがいますが、収容所に収容されるとき、犬のトモとはつらいお別れをします。ほかに、インディニア州のアラーム大学で学ぶ姉ケイコと兄ロンがいます。この物語は、愛犬トモとタナカマナミの絆が強調されている作品です。
タナカマナミの同級生たちが、出しゃばりのリョウ、それから、イシイキミです。
物語は、収容所に収容される前のベイブリッジ島で、農業を営む生活から始まりました。
読む前の知識として、アメリカ合衆国の戦時中の日系人収容所は、ドイツ軍によるユダヤ人の収容所とは異なって、日系人が他の人種から攻撃されないように保護が目的で収容したということもあるというものです。あと、日系人たちは、アメリカ人としての誇りをもっていて、米軍軍人として志願してヨーロッパ戦地でドイツ軍と戦ったと讃える記録があります。
「ワシントン州」は、首都ワシントンがある州ではなく、ワシントン州はアメリカ合衆国西海岸の北にある区域で、首都ワシントンは、東海岸の北にある都市で、別の場所です。
明治元年が1968年ですが、19世紀後半から日本からアメリカへの移民が始まり、書中ではハワイに20万人、アメリカ本土に18万人とあります。
1941年12月7日、第二次世界大戦で日本の宣戦布告が遅れた有名なハワイの真珠湾攻撃の日です。日本は卑怯者扱いされますが、事実としては、米国政府上層部の人間は、日本の米国に対する宣戦布告を事前に知っていて知らぬふりをして、国民の戦意高揚を図ったとほかの本で読んだことがあります。戦争ってむなしいものです。
物語は、3月から始まり、12月で終わる構成です。まだいまは、最後まで読み切っていません。
登場人物が増えてきたので、大きな紙にメモを始めました。
強制収容所内の様子が記述されます。区画、居住棟、人として、サトウさん一家。
主人公のタナカマナミは、愛犬トモを強制収容所へ一緒に連れてくることができなかった精神的なショックが原因で、言葉を発することができなくなりました。口がきけなくなりました。
日系人家族たちは、強制収容所のなかで、体を動かしながら、「暮らし」をつくり始めました。
「マンザナの風にのせて」は、タナカマナミが遠くインディアナ州の大学に通う兄ロンと姉ケイコへ、強い風にのせて運んでもらった手紙のこと。兄と姉に、強制収容所へ「来てください」、「助けてください」という願いのこと。
タナカマナミは、だんだん自分を責め始めます。
ロザリー先生が、タナカマナミにくれたもの。それは、紙と鉛筆。人間は、鉛筆で紙に文字を書いたり、絵を描いたりすることで、生き続けることができることがあります。
姉ケイコは、兄ロンに軍隊への入隊を勧めます。
タナカマナは島に戻りたい。シアトルのベインブリッジ島の暮らしに戻りたい。笑うおじいちゃんと犬のトモが居た頃に戻りたい。トモは、「ともだち」の「とも」が名づけの由来。物語の根底に、著者の気持ちとして、戦争は嫌だの意思があります。
次は、章として、「7月」ですが、本のうしろにとんで、著者のあとがき、翻訳者のあとがきを読みました。
著者は、女性でした。読んでいるこれまで、男性だと思っていました。子ども時代をマンザナ強制収容所のすぐそばで過ごしたそうです。
翻訳者の話では、マンザナは、砂漠地帯で夏は気温40℃、冬は氷点下、マンザナとはスペイン語で「リンゴ園」だそうです。日本人家族の白黒写真が掲載されています。収容所の建物はコンクリートのビルではなく、木造平屋建てです。
収容所の収容人数は1万1000人ぐらい、ヨーロッパ戦線で敵国ドイツと戦って活躍した日系人部隊442連隊戦闘団というのは、別の課題図書「ある晴れた夏の朝」でも紹介されていました。
(つづく)
7月4日は、アメリカ合衆国の独立記念日です。
「忠誠の誓い:アメリカ合衆国への忠誠心を誓う。自由と正義」
飼い犬「トモ」へのこだわりが強い。
タナカマナミはなぜ置き去りにした愛犬トモに謝罪するのか。展開として、この物語は、最後にふたりは再会するのではないか。(再会はありませんでした)
タナカマナミが描いた絵手紙がマンザナの風にのって、兄や姉、愛犬トモに届くのです。ただ、それは幻想です。現実ではありません。
主人公の気持ちは高ぶって、せつなくなるのですが、それでも、失った声はもどりません。
お母さんと茶道の時間を過ごす。
正しい姿勢で静かにお茶をいただく。
声が出ますように。
ちびすけ犬の登場です。
犬は欲しいけれど、トモでないといけない。別の犬ではだめ。
収容所の中が、「町」へと変化、発展していきます。
記述は情緒不安定、感情的で、読んでいて、気持ちが沈んでくる内容です。しかし、戦争シーンとしての殺し合いはありません。
強制収容所への収容について考えると、日本国憲法の「居住の自由、移動の自由」がありがたい。憲法第22条に定めがあります。
収容所の中のタナカマナミの暮らしは、祖父、両親に囲まれて、健全です。
はっきりしないこととして、大学生の兄ロンは、強制収容所内で、子どもたちに勉強を教える役割を果たすのですが、日系人とはいえ、移動の自由があるようです。大学に戻ろうと思えば戻れる。しかし、戻らない。なぜかというと、女教師ロザリー先生と恋愛関係になったから。「恋愛禁止」のルールがあるようですが、ルールがあったとしても、恋愛を止めることはなかなかできません。
現実の事実として、マンザナ強制収容所内で収容者の暴動が起こるのですが、物語のなかで、ロンと不良中学生たちの関係が不明瞭です。不良中学生たちがなにか行為をしている。それをロンが注意をしている。
米国では7年生・8年生・9年生は、日本の中学1年生、2年生、3年生です。おとなからみればまだまだこどもです。強制収容所内の反体制派(都市部から来た日系人たち)の情報をメモでだれかに伝える伝令役(情報屋)をしているようです。米国組織に情報漏えいをしているとも思えないのですが、はっきりしません。米国に忠誠を誓わない違反行動があります。
ロンは、逮捕されたのではなく、保護されたと思いたい。
迷って敷地内に入ってきた三毛猫はアナベル・リーと名付けられる。ロザリー先生の飼い猫。
ユダヤ人狩りから逃れるために閉じこもったアンネ・フランクを思い出します。強制収容所という狭い空間の中の閉鎖的な世界とその悲劇です。
言葉を発することができなくなったタナカマナミのメンタルは落ち込みます。
それでも、登校拒否から脱出したようです。「学校に来られてほんとによかった」とタナカマナミは自分で思います。
あたりまえのふつうの生活ができなくなるのが「戦争」です。
たまねぎやニンニクを冬の寒さにさらす必要がある。人間も同じ。
見た目は日本人だけど、誓いの言葉どおりに、アメリカ人として誓うし、掲揚される国旗は、日の丸ではなく、星条旗です。
言論の自由がありません。
ロンが逮捕されて、強制収容所のなかで、秩序を乱す者の家族として、タナカマナミ一家は収容者から攻撃される対象になりました。一家のメンバーは、危害を加えられる可能性があります。ただ、ロンが逮捕された理由と罪名が明瞭ではありません。暴動の企画者なのか。逆に、密告者(スパイ)なのか。(自分なりに結局、無実の罪をかぶせられたという解釈にしました。だから、罪はないのです。ロンは、無罪です)
マンザナ日本人強制収容所に吹く風は、タナカマナミが描いた31枚の絵手紙を愛犬トモへ送りましたが、トモは現れてくれませんでした。
トモのことは思い出にして、新世界に一歩踏み出す時期がきました。
新しい飼い犬の名前が、シール(アザラシという意味)
新しい強制収容所アイダホ州のミニドカは寒い。
最後に、言論の自由がない国として、北朝鮮、その他独裁国家。
印象的だった表現の趣旨として、「(海岸で)おじいちゃんについていく。海の始まるところまで」、「今日があなたたちの最後の登校日です」、「「あなたたちが悪いんじゃない」、「あなたたちの登録番号は、104313(名前ではなく、数字で呼ばれるのは人間として屈辱です)」、「日本人でもアメリカ人でもあるけれど、日本人でもアメリカ人でもない」、「戦争とは、別れること」、「(おじいさんが自分は)長生きしすぎた」、「(おじいさんが)目を閉じれば、波の音が聞こえる(目を閉じれば、なんだって想像できる)」「シールはセージと土のにおいがする(飼い犬シールは、サルビア。香料と土のにおいがする)そして、犬は次の収容所へは連れていけない。だけど、連れて行くんだ。同じ過ちを二度は繰り返さない。戦争も同じ。タナカマナミは、ようやく、NO!と発声できました」
調べた言葉などとして、「畝:うね。畑の盛り上げた部分」、「ズッキーニ:きゅうりみたいな野菜」、「コリアンダー:マメみたいな丸い果実。スパイス」、「ドローナイフ:右と左にもつところがあって、その間がナイフになっている」、「灯篭:とうろう。戸外照明用具」、「ハニーローストナッツ:ピーナッツとはちみつの料理」
わかりにくい感想になってしまいました。
日系アメリカ人として生きる。意識はアメリカ人です。
戦争が起こると、複数の国籍のもとに生まれた人は悩みます。周囲も困惑します。いったいどっちの立場に立って戦場に挑むのか。だから、戦争をしてはいけないのです。
国籍は大事です。国籍があるから、その属する国の組織の中で、責任と権利を有するポジションに就くことができるのです。
「マンザナ」とは土地の名称で、アメリカ合衆国カリフォルニア州にあります。(2ページ目に地図があります)。
物語の舞台は、主人公の日系人一家が、第二次世界大戦中にそれまで住んでいたアメリカ合衆国ワシントン州シアトル・ベインブリッジ島から、カリフォルニア州内のマンザナに連れていかれて入れられた日系アメリカ人マンザナ強制収容所です。
周囲を有刺鉄線で囲われています。日系人は、アメリカ合衆国の敵国日本の関係者とされアメリカ人社会から隔離されたのです。
作者自身が観た風景からヒントを得て創作された物語です。文章はおもに一行書き流しで、詩集を読むようです。抽象的な記述で、事象がいまいち明瞭でない部分もあります。
主人公は、タナカマナミで、小学校高学年ぐらい。日本から来た移民の子孫で日系二世です。日本人ですが実質アメリカ人です。
おじいちゃんがいて、パパ、ママ、そして、飼い犬のトモがいますが、収容所に収容されるとき、犬のトモとはつらいお別れをします。ほかに、インディニア州のアラーム大学で学ぶ姉ケイコと兄ロンがいます。この物語は、愛犬トモとタナカマナミの絆が強調されている作品です。
タナカマナミの同級生たちが、出しゃばりのリョウ、それから、イシイキミです。
物語は、収容所に収容される前のベイブリッジ島で、農業を営む生活から始まりました。
読む前の知識として、アメリカ合衆国の戦時中の日系人収容所は、ドイツ軍によるユダヤ人の収容所とは異なって、日系人が他の人種から攻撃されないように保護が目的で収容したということもあるというものです。あと、日系人たちは、アメリカ人としての誇りをもっていて、米軍軍人として志願してヨーロッパ戦地でドイツ軍と戦ったと讃える記録があります。
「ワシントン州」は、首都ワシントンがある州ではなく、ワシントン州はアメリカ合衆国西海岸の北にある区域で、首都ワシントンは、東海岸の北にある都市で、別の場所です。
明治元年が1968年ですが、19世紀後半から日本からアメリカへの移民が始まり、書中ではハワイに20万人、アメリカ本土に18万人とあります。
1941年12月7日、第二次世界大戦で日本の宣戦布告が遅れた有名なハワイの真珠湾攻撃の日です。日本は卑怯者扱いされますが、事実としては、米国政府上層部の人間は、日本の米国に対する宣戦布告を事前に知っていて知らぬふりをして、国民の戦意高揚を図ったとほかの本で読んだことがあります。戦争ってむなしいものです。
物語は、3月から始まり、12月で終わる構成です。まだいまは、最後まで読み切っていません。
登場人物が増えてきたので、大きな紙にメモを始めました。
強制収容所内の様子が記述されます。区画、居住棟、人として、サトウさん一家。
主人公のタナカマナミは、愛犬トモを強制収容所へ一緒に連れてくることができなかった精神的なショックが原因で、言葉を発することができなくなりました。口がきけなくなりました。
日系人家族たちは、強制収容所のなかで、体を動かしながら、「暮らし」をつくり始めました。
「マンザナの風にのせて」は、タナカマナミが遠くインディアナ州の大学に通う兄ロンと姉ケイコへ、強い風にのせて運んでもらった手紙のこと。兄と姉に、強制収容所へ「来てください」、「助けてください」という願いのこと。
タナカマナミは、だんだん自分を責め始めます。
ロザリー先生が、タナカマナミにくれたもの。それは、紙と鉛筆。人間は、鉛筆で紙に文字を書いたり、絵を描いたりすることで、生き続けることができることがあります。
姉ケイコは、兄ロンに軍隊への入隊を勧めます。
タナカマナは島に戻りたい。シアトルのベインブリッジ島の暮らしに戻りたい。笑うおじいちゃんと犬のトモが居た頃に戻りたい。トモは、「ともだち」の「とも」が名づけの由来。物語の根底に、著者の気持ちとして、戦争は嫌だの意思があります。
次は、章として、「7月」ですが、本のうしろにとんで、著者のあとがき、翻訳者のあとがきを読みました。
著者は、女性でした。読んでいるこれまで、男性だと思っていました。子ども時代をマンザナ強制収容所のすぐそばで過ごしたそうです。
翻訳者の話では、マンザナは、砂漠地帯で夏は気温40℃、冬は氷点下、マンザナとはスペイン語で「リンゴ園」だそうです。日本人家族の白黒写真が掲載されています。収容所の建物はコンクリートのビルではなく、木造平屋建てです。
収容所の収容人数は1万1000人ぐらい、ヨーロッパ戦線で敵国ドイツと戦って活躍した日系人部隊442連隊戦闘団というのは、別の課題図書「ある晴れた夏の朝」でも紹介されていました。
(つづく)
7月4日は、アメリカ合衆国の独立記念日です。
「忠誠の誓い:アメリカ合衆国への忠誠心を誓う。自由と正義」
飼い犬「トモ」へのこだわりが強い。
タナカマナミはなぜ置き去りにした愛犬トモに謝罪するのか。展開として、この物語は、最後にふたりは再会するのではないか。(再会はありませんでした)
タナカマナミが描いた絵手紙がマンザナの風にのって、兄や姉、愛犬トモに届くのです。ただ、それは幻想です。現実ではありません。
主人公の気持ちは高ぶって、せつなくなるのですが、それでも、失った声はもどりません。
お母さんと茶道の時間を過ごす。
正しい姿勢で静かにお茶をいただく。
声が出ますように。
ちびすけ犬の登場です。
犬は欲しいけれど、トモでないといけない。別の犬ではだめ。
収容所の中が、「町」へと変化、発展していきます。
記述は情緒不安定、感情的で、読んでいて、気持ちが沈んでくる内容です。しかし、戦争シーンとしての殺し合いはありません。
強制収容所への収容について考えると、日本国憲法の「居住の自由、移動の自由」がありがたい。憲法第22条に定めがあります。
収容所の中のタナカマナミの暮らしは、祖父、両親に囲まれて、健全です。
はっきりしないこととして、大学生の兄ロンは、強制収容所内で、子どもたちに勉強を教える役割を果たすのですが、日系人とはいえ、移動の自由があるようです。大学に戻ろうと思えば戻れる。しかし、戻らない。なぜかというと、女教師ロザリー先生と恋愛関係になったから。「恋愛禁止」のルールがあるようですが、ルールがあったとしても、恋愛を止めることはなかなかできません。
現実の事実として、マンザナ強制収容所内で収容者の暴動が起こるのですが、物語のなかで、ロンと不良中学生たちの関係が不明瞭です。不良中学生たちがなにか行為をしている。それをロンが注意をしている。
米国では7年生・8年生・9年生は、日本の中学1年生、2年生、3年生です。おとなからみればまだまだこどもです。強制収容所内の反体制派(都市部から来た日系人たち)の情報をメモでだれかに伝える伝令役(情報屋)をしているようです。米国組織に情報漏えいをしているとも思えないのですが、はっきりしません。米国に忠誠を誓わない違反行動があります。
ロンは、逮捕されたのではなく、保護されたと思いたい。
迷って敷地内に入ってきた三毛猫はアナベル・リーと名付けられる。ロザリー先生の飼い猫。
ユダヤ人狩りから逃れるために閉じこもったアンネ・フランクを思い出します。強制収容所という狭い空間の中の閉鎖的な世界とその悲劇です。
言葉を発することができなくなったタナカマナミのメンタルは落ち込みます。
それでも、登校拒否から脱出したようです。「学校に来られてほんとによかった」とタナカマナミは自分で思います。
あたりまえのふつうの生活ができなくなるのが「戦争」です。
たまねぎやニンニクを冬の寒さにさらす必要がある。人間も同じ。
見た目は日本人だけど、誓いの言葉どおりに、アメリカ人として誓うし、掲揚される国旗は、日の丸ではなく、星条旗です。
言論の自由がありません。
ロンが逮捕されて、強制収容所のなかで、秩序を乱す者の家族として、タナカマナミ一家は収容者から攻撃される対象になりました。一家のメンバーは、危害を加えられる可能性があります。ただ、ロンが逮捕された理由と罪名が明瞭ではありません。暴動の企画者なのか。逆に、密告者(スパイ)なのか。(自分なりに結局、無実の罪をかぶせられたという解釈にしました。だから、罪はないのです。ロンは、無罪です)
マンザナ日本人強制収容所に吹く風は、タナカマナミが描いた31枚の絵手紙を愛犬トモへ送りましたが、トモは現れてくれませんでした。
トモのことは思い出にして、新世界に一歩踏み出す時期がきました。
新しい飼い犬の名前が、シール(アザラシという意味)
新しい強制収容所アイダホ州のミニドカは寒い。
最後に、言論の自由がない国として、北朝鮮、その他独裁国家。
印象的だった表現の趣旨として、「(海岸で)おじいちゃんについていく。海の始まるところまで」、「今日があなたたちの最後の登校日です」、「「あなたたちが悪いんじゃない」、「あなたたちの登録番号は、104313(名前ではなく、数字で呼ばれるのは人間として屈辱です)」、「日本人でもアメリカ人でもあるけれど、日本人でもアメリカ人でもない」、「戦争とは、別れること」、「(おじいさんが自分は)長生きしすぎた」、「(おじいさんが)目を閉じれば、波の音が聞こえる(目を閉じれば、なんだって想像できる)」「シールはセージと土のにおいがする(飼い犬シールは、サルビア。香料と土のにおいがする)そして、犬は次の収容所へは連れていけない。だけど、連れて行くんだ。同じ過ちを二度は繰り返さない。戦争も同じ。タナカマナミは、ようやく、NO!と発声できました」
調べた言葉などとして、「畝:うね。畑の盛り上げた部分」、「ズッキーニ:きゅうりみたいな野菜」、「コリアンダー:マメみたいな丸い果実。スパイス」、「ドローナイフ:右と左にもつところがあって、その間がナイフになっている」、「灯篭:とうろう。戸外照明用具」、「ハニーローストナッツ:ピーナッツとはちみつの料理」
わかりにくい感想になってしまいました。
日系アメリカ人として生きる。意識はアメリカ人です。
戦争が起こると、複数の国籍のもとに生まれた人は悩みます。周囲も困惑します。いったいどっちの立場に立って戦場に挑むのか。だから、戦争をしてはいけないのです。
国籍は大事です。国籍があるから、その属する国の組織の中で、責任と権利を有するポジションに就くことができるのです。
2019年05月19日
かべのむこうになにがある? 2019課題図書
かべのむこうになにがある? ブリッタ・テッケントラップ 2019課題図書 BL出版
作者はドイツ人女性です。「かべ」と聞いて、「ドイツ」といえば、有名な「ベルリンの壁」を思い出します。ドイツを分断するための壁でした。資本主義の西ドイツ、共産主義の東ドイツです。1961年につくられて、1989年に壊されました。
この壁を越えようとして、命を落とした東ドイツの住人もいました。
さて、本読みの感想です。
読み終えてみれば、やはり、ドイツの壁が関係あるような気がします。いっぽう、「壁」は、人生における「壁」とも共通します。
ねずみくんが登場します。
赤い壁があります。ねずみは、赤い壁に囲まれた区域のなかで生活しています。
ねずみくんが、素朴な疑問をもちます。「かべのむこうにはなにがあるのだろう」
まわりにいる動物たちにその質問をしますが、ちゃんとした答えは返ってきません。
ねこ、くまの答として、「壁」イコール既成概念(社会で認められた考え方)で、自分たちの安全を守るためにあるものとか、どうしてという疑問をもってはいけないものというような扱われ方をされていることがわかります。
きつねの答も同様です。年老いたライオンは、かべのむこうには、「闇(やみ)」があると答えます。暗くて終わりがない空間といえます。
そらいろの鳥にのったねずみは、「ニルスの不思議な旅」で、がちょうの背中にのって北欧の半島を旅したニルス少年のようです。
壁の外、鳥の背中からねずみが見た世界は、たくさんのいろであふれるゆめのような楽しそうな世界でした。東ドイツ人が見た西ドイツの風景と重なります。あるいは、既成概念を破った若者の新鮮な体験です。
次のページを開いて頭に浮かんだ言葉は、「壁は、自分自身がつくってしまったもの」という言葉です。
絵がきれいです。
若い時には冒険をしよう。まだ見ぬ知らない世界を知って、成長しよう。かわいい子には旅をさせようということわざもあります。
やはり、おはなしは、「壁のないお話し」になりました。壁は、自分自身でつくったものだったのです。
古い世界から動かない。変わらないことの強さがあります。されど、それを踏まえて、新しい世界に踏み出す一歩も必要です。変えるか変えないかを考えるのはそれからです。
なかなかついてこなかったライオンがついてきました。ページにすがすがしい絵の空間が広がっています。
やっぱり政治的な意味合いも含まれている絵本でした。あとは、人生の生き方のお話しでした。
作者はドイツ人女性です。「かべ」と聞いて、「ドイツ」といえば、有名な「ベルリンの壁」を思い出します。ドイツを分断するための壁でした。資本主義の西ドイツ、共産主義の東ドイツです。1961年につくられて、1989年に壊されました。
この壁を越えようとして、命を落とした東ドイツの住人もいました。
さて、本読みの感想です。
読み終えてみれば、やはり、ドイツの壁が関係あるような気がします。いっぽう、「壁」は、人生における「壁」とも共通します。
ねずみくんが登場します。
赤い壁があります。ねずみは、赤い壁に囲まれた区域のなかで生活しています。
ねずみくんが、素朴な疑問をもちます。「かべのむこうにはなにがあるのだろう」
まわりにいる動物たちにその質問をしますが、ちゃんとした答えは返ってきません。
ねこ、くまの答として、「壁」イコール既成概念(社会で認められた考え方)で、自分たちの安全を守るためにあるものとか、どうしてという疑問をもってはいけないものというような扱われ方をされていることがわかります。
きつねの答も同様です。年老いたライオンは、かべのむこうには、「闇(やみ)」があると答えます。暗くて終わりがない空間といえます。
そらいろの鳥にのったねずみは、「ニルスの不思議な旅」で、がちょうの背中にのって北欧の半島を旅したニルス少年のようです。
壁の外、鳥の背中からねずみが見た世界は、たくさんのいろであふれるゆめのような楽しそうな世界でした。東ドイツ人が見た西ドイツの風景と重なります。あるいは、既成概念を破った若者の新鮮な体験です。
次のページを開いて頭に浮かんだ言葉は、「壁は、自分自身がつくってしまったもの」という言葉です。
絵がきれいです。
若い時には冒険をしよう。まだ見ぬ知らない世界を知って、成長しよう。かわいい子には旅をさせようということわざもあります。
やはり、おはなしは、「壁のないお話し」になりました。壁は、自分自身でつくったものだったのです。
古い世界から動かない。変わらないことの強さがあります。されど、それを踏まえて、新しい世界に踏み出す一歩も必要です。変えるか変えないかを考えるのはそれからです。
なかなかついてこなかったライオンがついてきました。ページにすがすがしい絵の空間が広がっています。
やっぱり政治的な意味合いも含まれている絵本でした。あとは、人生の生き方のお話しでした。