2012年05月27日

滋賀県 多賀大社


滋賀県 多賀大社

ことのほか美しい建物でした。
金ぴかでヒノキ屋根ふきもきれいです。



ローカル感にあふれています。
境内で活動を終えたらしき小学生たちがあいさつをしてくるので好感をもちました。
カメのこうらのような形をした橋があり、ちいさなこどもさんたちを連れた家族づれが橋にのぼってひとときを楽しんで過ごしていました。



絵馬は家の屋根の形をしているのではなく、しゃもじの形をしていました。
めずらしい。



地元の人はゆっくり運転で安全な道でした。
これぞ昔ながらの日本の暮らしとほっとひと息つけました。

にほんブログ村 旅行ブログ 国内旅行へ

にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

にほん  </div><br clear=


滋賀県琵琶湖竹生島(ちくぶしま)と彦根城

愛知県の自宅から車で1時間20分ぐらいで彦根港に到着しました。
観光船乗り場は閑散としていて駐車場は余裕で停められます。
客層は年配者で、船の中で流れる歌謡曲は昭和30年代から40年代のものです。
これはこれでいい。落ち着きます。






万城目学(まきめまなぶ)作「偉大なる、しゅららぼん」では、彦根辺りから竹生島までの湖面がまっぷたつに割れます。写真の波しぶきの部分から水がなくなり、湖底を馬が駆け抜けます。
もうずいぶん前から竹生島を訪れたかった。
古事記とか平家物語、雨月物語とか、日本の古典に登場する島です。
環境保護問題の論文を以前読んだときに竹生島の反対側で鵜のふんがひどいと記事がありました。
この日も舟が出たあと、湖面に鵜の大群を見かけました。
体重が重いようで、海綿すれすれに飛んでいます。



波は静かでゆきかう舟も見かけません。
おだやかな40分間の航行でした。
島全体が寺社の敷地になっていると思い違いをしていました。島の一部分です。



立派な構築物や彫刻が続きます。
離島でどうやってつくったのか疑問をもちました。
安土桃山時代の「移築」が基本技術となっていました。









昔武将が湖上のここで首を切り落とされて、その首が島になったという伝説があるそうな。
実際には、西暦700年頃、聖武天皇が僧行基に命じて寺を開いたとあります。
平家一族や浅井家、朝倉家の衰退が、秀吉や信長をからめて展示紹介されていました。
1時間10分の島内滞在のあと、帰港し彦根城へ向いました。

城の敷地内の駐車場は満車で、おおぜいの観覧者が歩いています。
みなさん楽しげに散策していらっしゃいます。
「京橋キャッスルロード」そばの駐車場に満車でしたが並んで2分ほど待って入場しました。
琵琶湖の船上から見たお城がきれいでした。
近くで見ると意外に小ぶりです。
城内の見学は行列ができていました。階段は急で階段というよりもはしごです。
中には何もなく、床と天井と柱と梁(はり)があるだけです。
窓からの景色がいいわけでもありません。
金網ごしに見える琵琶湖はかすんでいます。






「偉大なる、しゅららぼん」では、登場人物たちは城に住んでいます。
時代設定は現代ですが、彼らは舟で高校へ通学します。
おみやげにひこにゃん人形を買いました。
奈良のせんとくんの横に並べるつもりです。  

Posted by 熊太郎 at 17:55Comments(0)TrackBack(0)滋賀県

2011年10月27日

滋賀県甲賀市信楽焼き

滋賀県甲賀市信楽焼き(しがらきやき)

かわいい。
にぎやかしい。
みんな楽しげ。



おっきい。



旧信楽町(しがらきまち)へ、はじめて行きました。
家の塀に飾るたぬき君を手に入れました。かわいい。
バス旅行中の小学生の団体がいました。
このあとおかげ横丁(伊勢神宮)へ行き、次にマリンなんとかへいくとおしゃべりしていました。
(翌日)
買ったたぬきくんを自宅の塀に飾りました。
帰宅したときに車からたぬきくんが見えます。
たぬきくんの「おかえり」の声が聞こえます。
アリガト。  

Posted by 熊太郎 at 19:01Comments(0)TrackBack(0)滋賀県

2010年09月02日

琵琶湖からの帰路

琵琶湖からの帰路

京都への旅はタイムトラベルです。車を運転しながら、市内では人力車を追い抜きました。比叡山を下っていたときには、上(のぼ)って来る大型のトラクターとすれ違いました。農業地帯が広がっています。
旅は未知との出会いです。比叡山ドライブウェイと奥比叡ドライブウェイの2種類のドライブウェイがあることを知りました。

走行中の琵琶湖大橋から見えた景色です。
複数のモーターボートが白波を後ろにしながら湖面を滑っていました。



琵琶湖大橋を渡って、栗東インター(りっとう)から帰りましたが、琵琶湖周辺の道路は渋滞でした。名神高速道路も30キロぐらい渋滞している部分があったので、途中のインターで降りて、愛知県まで帰りました。行きの京都までは休憩を入れて2時間半でしたが、帰りは4時間半かかりました。



夕立のあとの琵琶湖に沈む夕映えが美しい。助手席からの風景です。
日帰りドライブ旅行の参加者は家族3人でした。
もう暗くなって途中休憩したパーキングエリアで、8人ぐらいの聾唖(ろうあ)の男女グループが手話をしながら楽しそうに夕食をとっておられました。



今日という日よ、さようなら。  

Posted by 熊太郎 at 21:28Comments(0)TrackBack(0)滋賀県

2010年09月01日

比叡山延暦寺・夏

比叡山延暦寺(えんりゃくじ)夏

前回は昨年11月、京都駅前からバスで来ました。
そのとき、次回は自宅から車で来ると決めました。夢がかなってうれしい。
京都市伏見区の醍醐寺を出て、南禅寺、銀閣寺を右手にして、なんとかというところを右折して山道を登り始めました。後ろからミニクーパーがしっかりついてくるので、どんな人が運転しているのだろうかとバックミラーをみたら、白髪のおばあさんだったのでびっくりしました。外国暮らしをしたことがあるのでしょう。わたしもそんなすてきなお年寄りになりたい!

伝教大使です。最初は、聖徳太子だと思いました。小学校だったか、中学校だったかの社会科を思い出してみる。確か最澄(さいちょう)という人で、天台宗だった。違うかもしれません。それにしても、何百年も前に、何十年か生きただけの人なのに影響力は大きい。



珍しい木です。片方がありません。
きっと、片方側からの風が強いのでしょう。



わたしは今、どこにいるのでしょう。
きっと、まんなか黄色のお札(ふだ)のところでしょう。



モー、帰っちゃうの?



モー、午後5時だから閉門なのよ。
モーさん、また来るねー。  

Posted by 熊太郎 at 19:36Comments(0)TrackBack(0)滋賀県
分県地図滋賀県昭文社 長浜市

7年ぐらい前に訪れた滋賀県長浜市にある黒壁スクエアのオルゴール屋さんにいってみたくなり、車で、正午前に家を出ました。高速に乗ってしまえば1時間15分くらいで到着します。でも途中で昼食をとって、2時間ぐらいかかりました。分県地図を見ていると、戦国時代の合戦場が散在しており、当時の人たちは愛知県から合戦場所まで、歩きで2日から3日、馬ならもっと速く到着していたのだろうと想像しました。関が原の合戦場に近い養老サービスエリアには雪が積まれていました。



山をおおう曇天の向こうに伊吹山が見えました。






長浜城のある豊公園(ほうこうえん)では、こんなに寒いのにすっ裸で元気に歩いているひとたちがいました。






噴水くんも元気いっぱいでした。



琵琶湖では、カモたちが岸辺で整列していました。ここには、おいしい食べ物がいっぱいあるようです。






お城の天守閣から見えた山の名前は、山本山。



次の写真では、右奥にあるうすい島影が、竹生島(ちくぶじま)だと思います。



このあと黒壁スクエアに寄って、オルゴールを見ましたが、アニメ「ハウルの動く城」のテーマ曲「世界の約束」があるオルゴールがなかったので、手ぶらで帰宅しました。あいにくの雨ふりで雰囲気を楽しめなかったので、時期を変えてまた行ってみるつもりです。
長浜城では、長浜市石田町で生まれた石田三成氏の偉業が展示されていました。この近くでお生まれになったようです。昨日から「のぼうの城」和田竜著を読み始めました。石田氏による城攻めの物語のようです。(長浜を訪ねたのは、先月、12月のことになります。お城での石田氏の展示はもう終了していると思います。)  

Posted by 熊太郎 at 12:18Comments(0)TrackBack(0)滋賀県
過去記事