2023年01月31日

彼女の家計簿 原田ひ香 

彼女の家計簿 原田ひ香 光文社

 主人公 瀧本里里(りり):32歳。シングルマザー。未婚の母。銀行から転職して今は、女性向け情報サイトの会社『ホワイトスノウクラブ』で働いている。

 瀧本啓(けい):里里の娘。二歳半。非嫡出子(婚姻関係にない男女の子ども。ひちゃくしゅつし)。誕生日は秋。

 瀧本朋子(たきもと・ともこ):瀧本里里の母親。(親として、よくわからない個性をもつ人)昭和23年5月21日生まれ。<1948年>。『みっともないこと』が嫌いな人です。

 三浦晴美:(まだ読み始めで)身元不明な女性。東京谷中(やなか)居住。A4サイズ封筒を瀧本朋子に送った関係者。(その後判明したこととして)NPO法人『夕顔ネット』代表(夜働く女性をサポートする。水商売、風俗関係の仕事をしてきて高齢になった女性の再就職や就職訓練の手伝いをする。組織の前身が「女性自立推進協会」)
 三浦晴美は42歳。築50年以上の古い家屋を事務所にしている。土地家屋は寄附で受け取った。土地家屋の所有者は『NPO法人夕顔ネット』。寄附を受ける前は、1階が定食屋。2階が五十鈴加寿(いすず・かず)の住居だった。五十鈴加寿の死後、1階を夕顔ネットの事務所、2階を物置・更衣室として使用している。
 三浦晴美は未婚。親族は故郷に母だけがいる。(三浦晴美はふと思う。「死んだあと、(自分にとって)何も残らないのが、ふとさびしい(自分には、配偶者も子どもも、ほかの親族もいない)」
 三浦晴美にはわけありの過去があるらしい。(149ページに自分は人を殺した女とあります。まあ、直接犯行をしたわけではないでしょう。そうなら刑務所に収監されています)

 曽我真紀子:五十代。夕顔ネットの事務局で経理担当。(後記する生前の五十鈴加寿と面識あり)。家庭もち。配偶者とこどもあり。

 檜山彩恵(ひやま・さえ):三十代。夕顔ネットのスタッフ。家庭持ち。夕顔ネットという組織には、ほかに5・6人のスタッフがいる。

 ミキちゃん:五十がらみ。名古屋出身。夕顔ネットの掃除担当

 経理の斉藤:五十代前半の年齢。夫死去。子どもが三人いる。瀧本里里が働いていた銀行の労働組合の女子部長。

 高橋良子:女社長。
 
 町山:初老で、背の低い男性医師。

 読み始めで(どうして、こどもに「啓」という名前を付けたのだろうという疑問が生まれました。性別がどちらかわかりません)
 この件については、16ページに母親である瀧本里里の願いが書いてありました。
 男女平等を訴えるメッセージが、この本にあるのかもしれません。

 20ページまで読んで思ったことです。
 こどものころに親戚づきあいをしたことがない人は、おとなになってからも、親戚づきあいができにくい。

(つづく)

 以下の登場人物は、書中にある昭和17年2月23日(1942年)のことをからめると次のようになります。
 第二次世界大戦の日本の開戦が昭和16年12月で、終戦が昭和20年8月です。
 物語の場所は東京谷中(やなか)です。上野の北北西方向にある地域です。

 五十鈴善吉(いすず・よしきち)大正9年5月23日生まれ。(1920年生まれ)。瀧本里里の話だと、無口な人だった。瀧本里里の祖父。

 五十鈴加寿:五十鈴善吉の妻。大正9年10月6日生まれ。(1920年生まれ)。義母が、五十鈴加寿に家計簿を買ってあげた。一か月の家計費として、五十鈴加寿は、月々14円を預かる。五十鈴加寿は、大柄ではない。五十鈴加寿は『夕顔ネット』のために土地・建物を寄附した。土地は、60坪(198㎡ぐらい)お話の始まりからしばらくは、五十鈴加寿が、瀧本里里の祖母であることが不明朗です。

 五十鈴とめ:五十鈴加寿の義母。五十鈴善吉の実母。明治33年7月2日生まれ。(1900年生まれ)

 倉田義信:夕顔ネット元代表倉田伸子の夫。現在の夕顔ネット代表の三浦晴美とは面識がない。三浦晴美と倉田伸子が出会った時には、倉田義信はすでに死去していた。

 倉田伸子:倉田義信の妻。(倉田伸子は、『夕顔ネット』の元代表)水商売とか風俗で働いていた女性を支援してきた人。三浦晴美と面識あり。ふたりの関係においては、三浦晴美が15年前に倉田伸子と会った当時、倉田伸子は60歳だった。倉田伸子は、体は大柄ではない。倉田伸子は、夕顔ネットの前身となる『女性自立推進協会』を立ち上げた。

 五十鈴加寿の遺品として、大量の家計簿あり。相当古い。(9冊。第二次世界大戦中から戦後まもなくまでの記録)

 (今同時進行で『老害の人 内館牧子 講談社』を読んでいるのですが、どちらの本も登場人物の数が多く多彩で、読み始めで把握に苦労しています。使用済みの大型カレンダーの裏面白色を利用して、家系図をつくるように、人物相関図をつくっています)

(つづく)

 京本:瀧本里里が勤める女性向け情報サイトの会社『ホワイトスノウクラブ』の副社長。

 平原:瀧本里里が銀行に入社して2年目のとき、3年先輩の男性社員だった。瀧本里里と結婚したがっていた。
 
 河西隆(かさい・たかし):瀧本里里の不倫相手。瀧本里里より十歳年上。シングルマザー瀧本里里の子ども啓(けい。女の子)の父親。河西隆は妻子持ち。こどもが三人いる。

 瀧本里里の両親は不思議な夫婦であり、不思議な親だった。
 母親は瀧本里里が小さい頃から瀧本里里とのスキンシップを嫌った。
 両親は瀧本里里が中学生のときに離婚した。瀧本里里は母親に引き取られたが、母親は親らしくなかった。別れた父親はこどものいる女性と再婚した。
 瀧本里里は、両親に愛されているということがなかった。スキンシップを拒否されたこども時代が瀧本里里にはある。
 (瀧本里里はなかなか複雑な家庭で育っています。ファーザーコンプレックスで、妻子ある十歳年上の男性と不倫をしてこども瀧本啓を産んだのかと思ってしまいます)
 
 三浦晴美から瀧本里里の母親瀧本朋子に送られてきて、瀧本里里の母親瀧本朋子経由で送られてきた五十鈴加寿の『家計簿』がこの物語の肝(きも。ポイント)になっていくのでしょう。
 瀧本里里の祖父五十鈴善吉(いすず・よしきち)の妻(妻は、外に男をつくって心中したらしいという設定になっています)、五十鈴善吉と心中した妻のふたりの子どもが瀧本里里の母親瀧本朋子というような設定ですがはっきりしません。(なかなか厳しくせつないものがありそうです)

 昭和17年国民小学校6年担任飯田辰一(いいだ・しんいち)教頭先生の訪問あり。五十鈴加寿に代用教員の依頼があるも義母五十鈴とめが断る。

(つづく)

 82ページまで読みましたが、親族関係がややこしいので、整理します。

 五十鈴善吉(よしきち)の妻は、浮気相手の男と心中をして亡くなった。(読み終えて、そうではありませんでした)
 主人公瀧本里里(りり32歳)の母親瀧本朋子(昭和23年生まれ)は五十鈴善吉の娘だが、母親がはっきりしない。(戸籍を見ればわかるような気がしますが、事実は、読み進めていると、その後わかります)

 瀧本里里は、妻子ある男性と不倫をして、瀧本啓(けい。二歳半女児)をもうけてシングルマザーとしてひとり親家庭を営んでいる)

 凪子(なぎこ):里里の母親瀧本朋子のいとこ。五十鈴善吉の弟の末娘。水商売歴あり。

 悠木南帆(ゆうき・なほ):本名野村みずき。有名なAV女優だったが引退した。26歳だが、見た目は十代に見える。何か事務的な職を得たいが、パソコンはできない。広島の母方実家に住んだことがある。海のそばの家だった。優しい祖父母だった。貧乏だった。魚はいっぱいあった。母はその後再婚して、母子は広島を離れた。

 家計簿は、昭和17年(1942年)『模範家計簿』から始まります。全部で9冊。
 なかなか中身が濃い。
 専業主婦も働く主婦も生活して残るお金は変わらない。
 働く主婦は稼いでも費やす(ついやす)ものも多い。子育ての必要経費がかかる。
 
 日記メモがある家計簿は昭和18年(1943年)の日付です。もう、書いた人は亡くなっています。亡くなってからもう何年もたっています。この本は何を読者に訴えるのか。五十鈴加寿は、代用教員として採用されています。

 38万円の仏像が欲しかったが買わなかった(三浦晴美の話)
 永田義道と付き合った。(たぶん)別れた。(三浦晴美の話)
 
 真菜(まな):三浦晴美47歳が代表をしているNPO法人『夕顔ネット』のアルバイト。大学生ボランティアとの記事もあります。小柄で小太りのころころした体型。

 パーツモデル:手とか足とかのモデル。

 昭和18年当時の五十鈴加寿が教えていたこどもたちの名前として、
 加納やす子、山下たま、洋子、ひろ子、遠藤道子……
 女先生がこどもといっしょに泣くしかなかった時代があります。壷井榮作品『二十四の瞳』で出てくる大石先生を思い出しました。
 校長がいて、校長の奥さんが酒井先生。
 昭和17年善吉出征。戦時中の文化、生活、風俗に関する記述があります。
 (今年読んで良かった本になりそうです)

 瀧本里里の両親は離婚したが、離婚した父親は連れ子がいる女性と再婚したあと、瀧本里里が大学生のときに死亡したそうです。(なかなか複雑で、精神的に重いお話です。瀧本里里はハードな人生を送っています。妻子ある不倫相手のこども啓(けい。女児)を産んでシングルマザーです)
 
 昭和19年9月。91ページ。
 えんこする:この言葉についてですが、ちょっと意味をとれませんでした。

(つづく)

 愚弄(ぐろう):ばかにして、からかう。

 教えるとか、教わるとか、学びがないと、人間は成長しない。

 103ページ、第二次世界大戦終戦の日の家計簿日記です。昭和20年8月15日(水)(1945年)
 『今は何も考えられない……』

 『孤独』があります。
 今、同時進行で『老害の人 内館牧子 講談社』を読んでいるのですが、そちらはおおぜいの人たち出てきて、人間関係のわずらわしさがあるのですが『孤独』はありません。こちらの『彼女の家計簿』は、数人の登場人物ですが、だれもが『孤独』をかかえているようです。さみしい。
 瀧本里里32歳不倫相手との間に生まれた2歳女児を育てるシングルマザー、元AV女優野村みずき26歳、NPO法人『夕顔ネット(水商売、風俗で働いていた女性を支援する団体)』代表の三浦晴美42歳独身。ボランティアの真菜、みんなさみしそうです。
 親が離婚したり、ひとり親だったりすると、こどもは孤独になるのだろうか。
 それから、134ページにある「シングルマザーになってしまった女にたりないもの」とはなにか。

 家計簿日記を書いた五十鈴加寿の実態をつかめません。
 主人公の瀧本里里の母である瀧本朋子の父善吉の何なのか。瀧本朋子は不倫相手と心中をして亡くなった五十鈴善吉の妻の子どもだと思うのですが、五十鈴加寿が、瀧本里里から見て祖父善吉の妻とは思えないような経過なのです。
 人が違うのか、それとも、同じ人だけど、人間の二面性を表現してあるのか。107ページ付近にいる読み手の自分にはまだわかりません。

 家計簿の日付は、昭和20年8月22日(水)1945年です。
 
 デニム:ジーンズ

 パソコン教室の男性先生:エロい。ストーカー。メガネをかけていて、髪はぺたっとしている。三十代独身。一見紳士、なかみはスケベ。さわりたがる。病的なエロ。キモイ。

 「富士屋」の定食
 「パピヨン」のカレー
 「ど真ん中」のお好み焼き

 大学伊藤教授:ジェンダー論(男女平等。性差別反対)もうすぐ70歳のおじいちゃん。

 (戦後のこととして)大垣先生:出征していた。(しゅっせい。戦地に行っていた)。教職に戻る。
 ヤミ市:第二次世界大戦後の市(いち)。物価統制をはずれた非合法的な商品の売買。

 着物と野菜を農家で交換してもらう。
 帰路、警察に捕まって、警察に野菜を没収される。
 八百屋は、警察が没収した野菜を買い取る。野菜はヤミ市で売られる。
 (なんともひどい話です。上層部の人間たちは、権限を握って自己の利益を増やします。悪人たちです)

 NPO法人代表三浦晴美には、人には言いにくい過去がある。

 (戦後のこととして)木藤先生(きとう)が戦地から戻る。3年2組の担任となる。小学校。五十鈴加寿は、3年1組の担任らしい。五十鈴加寿の不倫相手かと思いましたが違うようです。

 おでんをみんなで食べる。
 瀧本里里と啓と野村みずき(元AV女優名悠木南帆(ゆうき・なほ))と食べる。
 (飲食しながら、おしゃべりを楽しむのは精神衛生上いいことです)

 時代はさかのぼり、昭和22年の五十鈴家は暗い。
 五十鈴善吉の仕事がみつからない。
 五十鈴加寿は女教師をして、夫と夫の母を食べさせている。夫はヒモ状態です。

 三村さん:昭和20年代の五十鈴加寿宅の隣人。

 五十鈴加寿は妊娠して出産します。五十鈴善吉との娘です。娘は、瀧本里里の母親朋子です。
 つまり、五十鈴加寿は瀧本里里の祖母であろうということが推測されます。瀧本里里は祖母を知らない。
 今の時代と違って、産休の制度がありません。個別交渉です。産前の休みはありません。産後は、3週間休んだあと教職ですから学校教員として小学校に出勤です。過酷です。
 夫は無職で、姑(しゅうとめ)が同居している。やっかいな状態です。とりあえず、あかちゃん(朋子)は、夫と姑にみてもらって働かねばならないでしょう。

 瀧本里里の祖母五十鈴加寿の土地に建つ『夕顔ネット』に関係者が集中してきます。瀧本里里は夕顔ネットでパソコン操作を人に教えています。
 
 永田義道:三浦晴美の関係者。15年ぶりだか20年ぶりだかの再会話あり。4~5年付き合っていたのだろうか。

(つづく)
 
 221ページまで読みました。
 話がかなり重い。
 男女の性差別とか、学歴差別を扱っている作品です。
 
 家計簿は、家計簿というよりも戦中・戦後の日記です。
 いつの時代でも、生きることは苦しい。

 昭和23年の家計簿。5月21日に瀧本里里の母親朋子が生れています。
 五十鈴加寿は気の毒です。夫の善吉と善吉の母親が、五十鈴加寿ひとりの収入に頼っています。夫親子は寄生虫です。働きません。なのに、あかちゃんの朋子までいます。夫善吉が戦地に行っていた時のほうが、五十鈴加寿の気持ちが安定していたというおかしな状態です。
 ふつうなら消えてしまった遠い過去の出来事ですが、記録は残っています。家計簿日記という形で70年間ぐらいがたっても手もとに残っています。
 
 日本人の性格・性質として、日本人は、だれかをいじめることで自分が生き抜こうとする。五十鈴加寿は、夫と夫の母にいじめられます。そうとうな嫁いびりがあったことでしょう。五十鈴加寿が気の毒です。
 昭和24年の家計簿が最後の一冊。五十鈴加寿は、1歳半ぐらいになった朋子を置いて家を出たのでしょう。家計簿は全部で9冊です。
 五十鈴加寿は精神的に楽になりたかった。五十鈴加寿を責めるけれど、夫と夫の母親から、いじめられたのは五十鈴加寿のほうです。

 戦争が終わって、日本国の紙幣が変わる。新しい円(えん)の制度がスタートする。

 曽我真紀子:五十代。夕顔ネットの事務局で経理担当。(後記生前の五十鈴加寿と面識あり)。家庭もち。
 曽我真紀子がクローズアップされてきます。なかなかきつい人です。代表の三浦晴美と対決です。曽我真紀子の要求を三浦晴美が受け入れないなら曽我真紀子は、夕顔ネットを退職すると主張します。
 辞めるか。引き止めるか。人材を失うと次の人材がなかなか見つからないという組織もあります。
 
 拘泥(こうでい):こだわる。必要以上に気にする。

 『……一度失敗したら終わりなの?……』
 なにかで読んだことがあります。終わりになる、とりかえしがつかない失敗として「殺人」と「自殺」。
 
 『ママ、聞こえて!』ママ聞いて!ではなく、ママ聞こえて! という瀧本里里の娘啓の声です。啓はもうすぐ三歳ぐらいです。

 木藤:生きていれば93歳ぐらい。五十鈴加寿と駆け落ちをしようとしたらしい。

 なにかしら、ひとり親家庭母子のつらさや暗さがあります。
 戦後のこととして、戦死した父親は、どうして死んだのかというこどもの声あり。
 なかったことにする。これからを生きるために、戦死した父や息子のことは、なかったことにする。

 ぐっとくる言葉があります。
 『私には、家族があります。なにもなくなっても、家族がある…… (だけどあなたには仕事しかないという趣旨の言葉。仕事がなくなったらあなたにはなにもないという趣旨の相手を攻撃する言葉)』
 
 思うに肉親は大事です。血族でも姻族でも親族との付き合いは大事です。
 他人は他人です。
 他人は冷たい。手のひら返しがあります。
 たいていは、他人同士は、利害関係、お金でつながっている関係です。

 まだ読み終えていませんが、今年読んで良かった一冊です。

 三浦晴美42歳は、自分の若い頃、27歳と23歳のカップルだったときのことを思い出して傷ついています。

 突き詰めていくと、きっかけをつくった「男」が悪いのに「女」のほうが悪いとされる世の中があります。

 エキセントリック:風変り、行動が奇想天外。
 焼身自殺のようなもの。復讐を強くアピールして死す。加害者をさらし者にする。
 すさまじい。
 
 昔の日本は、個人のプライバシーには無頓着だった。(むとんちゃく:個人情報の公開を気にしない)

 214ページあたりの表現が、この作家さんの柱です。本質があります。本音があります。くっきりしています。

 趣旨として『適当な人と、適当に結婚して、適当に幸せになりたいって……』先日読んだ『おいしいごはんが食べられますように 高瀬準子(たかせ・じゅんこ) 講談社』に出てくる29歳男性二谷と30歳女性芦川の関係を思い出しました。

(つづく)
 
 読み終わりました。
 読み応え(よみごたえ。読むことによる充実感、読む価値がある)のある内容でした。
 最後の部分の出来事設定とその後の時の流れについては、多少の無理があるかと思いましたが、作者が訴えたいことについてのメッセージはよく伝わってきました。

 形はいびつでも(親族関係について)『命をつなぐ(出産によって)』尊さ(とうとさ)があります。
 男女関係について、清い(きよい)つきあいがあります。戦後ならではです。好感をもちました。
 
 戦後数十年間の当時は、親がこどもを祖父母に預けて、あるいは、まかせて、家を出るということは、実際にままあったことだと記憶しています。珍しいことではありません。自分にもこどもの側としての体験があります。
 案外今も似たようなことはあるような気がします。

 慙愧(ざんき):自分の見苦しさや過ち(あやまち)を深く反省して悔いる(くいる)。
 
 また『おいしいごはんが食べられますように 高瀬準子(たかせ・じゅんこ) 講談社』を思い出すシーンが出てきました。やはり、ちゃんとしっかりおいしいごはんを食べることは大事です。生活の基本です。

 (こどもを)『あんまり感情的に叱っちゃだめよ』(もしかしたら、このあと、こどもと永遠の別れになってしまうかもしれないからという理由で。そういうことって現実に起きます)

 かなりつらい話です。
 戦争があってもなくてもこうなったのかもしれない。戦争の問題ではなく、男尊女卑の意識が根底にあるのです。
 
 本に出てくる『赤い蝋燭と人魚』は怖いお話です。
 赤い蝋燭と人魚(あかいろうそくとにんぎょ) 小川未明・作 いわさきちひろ・画 童心社
 1921年、大正10年の作品です。人魚が人間に復讐します。恩をあだで返された(恩に感謝されず、逆に害を加えられる)ことに対する復讐と信頼関係の裏切りに対する復讐です。
 本の中では、戦地で父親を亡くした少年がその本を盗んだということになっていますが、読んでいると泣けてくるようなつらい話です。
 『本』は独占するものではなく、共用・共有するものだと思いたい。

 読んでいて思ったことです。
 人間は、どんなにつらい体験をしたとしても、自然に死ぬまでは、生き続けなければならない。

 家庭・家族をもつ女性の、家庭・家族をもたない女性に対する攻撃的な意思があります。(家庭をもたなかったあなたには)仕事しかない。仕事をしなくなれば、あなたには何もない。
 加えて、(わたしだって一生懸命働いた)、なのに、(家庭も家族ももたなかった)あなたばかりが職場で出世した。(不公平であることに強い不満をもち抗議する)

 里子:さとこ。とある女性。

 (こどもを失ったから、あるいは、こどもがいないから)他の人のこどもを愛する。他の人のこどもを助ける。こどもをもつ母親を支援する。

 家計簿は、昭和17年2月<1942年>から始まり、昭和24年9月<1949年>に終わっています。7年半ぐらい。昭和23年5月21日<1948年>に瀧本里里の母親瀧本朋子が生れています。瀧本朋子が1歳8か月のときに母親の五十鈴加寿は姿を消しました。五十鈴加寿は28歳でした。

 外聞(がいぶん):内部のことを外部の他人に知られること。悪い情報。世間体(せけんてい)。

 一縷(いちる):1本の糸。

 心が固まって、以降、心が動かなくなった人がいます。

 血がつながっていれば、血も涙もない鬼のような親って、いないと思う。
 いや、実の子を虐待する人もいるから、なんともいえません。うーむ。むずかしい。

 かなり苦しい。
 冷酷な母親の涙があります。

 五十鈴加寿は、教師をしていたから、能力があったので書けた家計簿でもあります。
 読み書き計算能力は大切です。
 されど、人間同士の意思疎通がうまくいっていません。
 以前読んだ本に『世界は誤解と錯覚で成り立っている』と書いてありました。お互いの本当のことはなかなかわかりあえません。
 
 作者からのメッセージとして『女は男の所有物ではない』
 男の事情として、妻をほかの男にとられるのは、男としてのプライド(自尊心。自分を大事とする考え、気持ち)が許さない。妻という夫の所有物をほかの男にとられることが許せない。
 男は女を理解していない。女を理解する能力を、男はもっていない。
 
 最後は、昭和24年9月24日(土)の家計簿日記です。
 そうか…… じょうずに書いてある日記です。  

Posted by 熊太郎 at 07:03Comments(0)TrackBack(0)読書感想文

2023年01月30日

相棒 シーズン14 第17話・第18話・第19話 2016年

相棒 シーズン14 第17話「物理学者と猫」第18話「神隠しの山」 第19話「神隠しの山の始末」2016年2月・3月放送分(平成28年) 動画配信サービス

「第17話 物理学者と猫」
 うまくつくってあります。感心しました。
 始まって20分ぐらいで犯人が確定してしまい結末を迎えて、どうするのだろうと見ていた思ったら、時間が逆行して、異なるパターンが始まりました。
 パターンによって犯人が変わるのです。時間がいったりきたりします。人が生きたり死んだりします。こういう話のつくり方ってあるのだなあ。

 堀井という物理学教授を中心にミステリーがつくってあります。
 鍵を握る言葉として『RT』意味は『再検討』です。聞き漏らしましたが、TはThinkスインクで、もういちど考えねばというように聞こえました。つまり、もういちど考え直す必要がある。Reconderかもしれません。
 もうひとつの文章が『シュレディンガーの猫』というものです。猫が生きている世界と猫が死んでいる世界が重なっているそうです。カゴに猫が入れられていて、カゴのフタを開けた瞬間に猫の生死が確認できるそうです。(凡人にはわかりかねます。わかったような、わからないようなです)

 人が死ぬ原因が、液体窒素漏れです。自分が、皮膚科でイボみたいな小さいブツブツを焼いて除去してもらった時に使われました。なんというか、液体ですがすぐ気化するような白い気体でした。綿棒で液体を患部に付けて焼くのです。ちょっと痛くて熱い感触があります。

 物理の教授は変わった人です。教授の脳みそのなかにある世界が複数のパターンで映像化されていきます。

 なんだか、大学の先生が、簡単に人を殺してしまうのですが、逮捕されたあとの自分の人生がどんなにひどい目にあうかとか、服役が終了したとしても、出所後の自分の生活がどうなるのか想像できないのだろうかとか。再就職したいときに、履歴書に無職期間の理由を書きにくい。そんなこともわからない頭脳で、それでも大学の先生なのだろうかと、途中思ってしまいました。
 嫌いな人をどうしても殺したい大学の先生です。やれやれ。逮捕有罪となれば、自分の親族まで社会的制裁を浴びてしまいます。まじめに努力して、コツコツと実績を積み上げていくのが一番なのに。

 最後の大どんでん返しには、観ていてひっかかりました。
 たいしたものです。

 お金とかポスト(学者の地位。名誉)とか、夫婦仲のうまくいかなさとか、いろいろあります。
 相手をなになに先生と呼ぶ世界は、凡人から見ると異様です。
 人間というものは、複雑で愛情深いもの。
 研究者の世界が人間ドラマとしてドラマチック(感情をゆさぶる)に描かれていました。
 
 空間にものをつくる。

 猫と電話機の受話器はずれが、きっかけ、ヒントにもつながりました。つくりがうまい。

「第18話 神隠しの山」
 一話完結かと思って見ていたら次に続くだったのでびっくりしました。
 内容はつかみどころのないお話で、何が言いたいのだろうかと思いながら見ていました。
 都市伝説です。東京都と山梨県の間にある夕霧岳に登ると、山道に迷って白いスーツ男のオバケが出てきて誘われて行方不明になるという下地です。冠城亘(かぶらぎ・わたる)はそのオバケを見たことがあるらしい。(この件は、おもしろおかしくオチがつきます)
 杉下右京も崖から落下して行き先不明になるのです。実態は、山の中の一軒家で過ごします。その家の夫婦に助けられますが、杉下右京はやがて犯罪に巻き込まれます。
 夫婦はグルの犯罪者で、村人若い女性のつきまとい男が悪(ワル)のようですが、はっきりしません。
 杉下右京はピンチに陥ります。(おちいります)

「第19話 神隠しの山の始末」
 うーむ。なかなか出来栄えのいい終わり方でした。

 映像に出ていましたが「公衆電話」の数は減りました。
 いなかでは、路線バスの路線の数も減少したことでしょう。
 生れてくるこどもの数も減りました。
 結婚する男女カップルも減りました。
 何が増えたのだろう。
 あと40年ぐらいすると、ひとり暮らし高齢者ばかりが増えるのでしょう。
 もうそのころわたしはこの世にはいない。
 あとはよろしく。
 (ぼんやりそんなことを考えながら、ミステリーのなぞ解きを杉下右京から聴きました)

 過疎の村は運営が厳しい。
 話題づくりが必要なのです。
 根は正直でいい人たちが、お金集めのために利用されて悩みます。
 以前読んだ本で、世界をひとり旅した女性が書いていました。『世界は誤解と錯覚で成り立っている』
 上手にイメージづくりをしたところにお金が落ちる。そう考えることができます。
 
 組織を管理運営する立場にある人には『責任』があります。
 『責任』を果たすためには、人が死んでもしかたがないという理屈が通るのです。
 
 背徳(はいとく):道徳にそむくこと。人の道にはずれること。  

2023年01月28日

太川&えびす路線バスの旅 島根出雲から鹿児島枕崎

太川&えびす路線バスの旅 島根出雲から鹿児島枕崎 第9弾 2011年分の再放送 BSテレ東

 1年半ぐらい前に観たのですが忘れているシーンも多い。こんなシーンあったかなあと思うこともあります。
 それとも、再放送用に再構成して、前回はなかったシーンを今回の放送に入れているのだろうか。わかりません。

 遠いなあ。島根県の出雲大社のある鉄道駅前バスターミナルから鹿児島県の枕崎(まくらざき)、鹿児島県の指宿(いぶすき)には行ったことがありますが、枕崎は、指宿のさらに西に位置しています。遠いなあ。
 島根県を西に山口県下関(しものせき)まで、ひと区切りとして、ふつうならそこで終わりです。
 さらに九州を北から南まで下っています。ふちっこからふちっこまでです。
 されど、路線バスの乗り継ぎ移動で成功しています。三泊四日だからということもありますが、ルートどりが縦横無尽です。たいしたものです。縦横無尽:四方八方、あれこれ自由自在。
 バスがないと何度も言われますが、えびすさんいわく「ないはある」なのです。もうだめだは、まだいけるのです。
 以前バス旅競争番組で、河合郁人(かわいふみと)チームに、パックンが出たことがありますが、彼の情報収集能力に驚嘆(きょうたん。たいへんおどろいた)しました。
 パックンは、手あたりしだい、だれかれかまわず声をかけて、たくさんの情報を集めて、正確な情報を求めて、頭の中で整理整とんをして、推理していくのです。太川・えびすコンビもパックンに負けません。体力、精神力共に強い。さすが、生き残れる芸能人です。

 えびすさんがおもしろい。
 訪問地で、たいてい、地元の名産とか名物は選びません。
 食べるのは、チキンライス、オムライス、かつ丼、トンカツ定食、カレーライス、カツカレー、ラーメンです。それでいいと主張します。(見ていて、同感、共感する部分あり)

 途中、ワカメの会社がなかなか良かった。知らなかったことを知る喜びがあります。

 浜田城は、海の見晴らしがいいところでした。

 神社のおみくじがおもしろかった。『旅よし。連れの人に注意』

 温泉のお風呂が気持ち良さそうでした。
 
 いなか風景が、バスの車窓から続きます。
 日本の原風景があります。いなかは、こんなふうに人間が自然につつまれて暮らしている。自然と共生して、静かに暮らしている。穏やかな気持ちで日々を過ごしている。
 バスの中の会話がいい。お墓参りでお花をもっている78歳のご婦人は、ロケから12年ぐらいが経過しようとしているので、ご健在であろうかと思いを巡らせました。

 太川さんの話:若い頃、ゲストの芳本美代子さんと恋人関係にあるのではないかと女性週刊誌の取材を受けたことがある。えびすさんがくいつきます。なかなかおもしろかった。(当事者二人が目の前にいて、誤った情報だったと証言あり)

 福岡県内から熊本県にかけての地名として、どれも聞き覚えがあってなつかしい。『田川、飯塚、鳥栖(とす。佐賀県)、後藤寺(ごとうじ)、天神、博多、甘木、浮羽(うきは)、久留米(くるめ)、八女(やめ)、筑後(ちくご)、甘木(あまぎ)、杷木(はき)……』

 長時間のバス乗車はお尻が痛くなりそうです。太川さんが体操を考えていました。
 
 えびすさんが営業所で『バスを5分早めてもらえませんか?(たぶん出発時刻)』

 二泊三日のうち、最初の二日は連続で夜10時まで移動しています。たいしたものです。

 キートン山田さんのナレーションがいい。『(ゴールの枕崎に向けて)あとは、夕日を追いかけるだけ』有明海とか八代海、東シナ海は、沈んで行く夕日がとてもきれいです。美しい。



(2021年7月に観た時の感想文)
ローカル路線バス乗り継ぎ人情ふれあい旅 島根県出雲(いずも)から鹿児島県枕崎まで約700kmを3泊4日で目指す(成功しています) 2011年7月ロケ分再放送 BSテレビ東京

 第9弾だそうです。観たのは初めてです。
 火曜日の夜にBSテレビ東京で過去にあったこのシリーズを再放送していることがわかったので、ケーブルテレビに電話して、録画ができる契約に変更してもらうことにしました。とりあえず、今回は、録画できないので一生懸命観ます。

 こんなすごい距離を路線バスで移動して成功しています。驚きました。
 太川陽介さんと蛭子能収(えびすよしかずさん)とゲストの芳本美代子さんです。
 太川陽介さんたちは「路線バス」出川哲朗さんたちは「充電バイク」でかなりの距離を移動します。路線バスや充電バイクで移動できるのなら、自家用車なら容易に移動できるはずです。
 もうリタイアした身なので、コロナウィルスの災難が終息して、超高齢者となっている親たちを見送ったら、こどもたちに家の留守番を頼んで、自家用車で長期間、国内をゆっくりと安全運転で移動する旅をしてみようかという気持ちが生まれてきました。それまでは、静かに『運』を貯めておこう。
 人生最後のステージまできましたから、行ったことのないところへ行ってみたい。まだまだ知らないことはたくさんありそうです。たしか、重松清作品「とんび」に、幸せな生活とは、明日が楽しみだと思える生活を送ることとありました。

 島根県の路線バスの運転手さんがすごい年配の方だったので驚きました。田舎道で、車も少なく、慣れた安心なルートだから運転できるのでしょう。

 このロケ撮影当時の2011年は現在よりもまだ路線バスルートが残っていたような気がします。この十年間で廃止になった路線も多いことでしょう。その代わりに自治体が運営するコミュニティバスの活用が広がったことでしょう。

 ものすごい雷雨、豪雨になりました。三人ともずぶ濡れです。傘は役に立ちません。番組的にはおもしろいけれど、たいへんです。ようやく乗れたバスの車内で芳本美代子さんが「(この三人なら)間抜けだから(苦難を)乗り越えられる雰囲気がある」そうなのです。まじめなだけでは、気が狂うだけで、困難を克服できないのです。長い間生きていると「笑うしかない」場面に何度かでくわすことがあります。そしてなんとかなります。

 えびすよしかずさんの奥さんに関する話がよかった。
 奥さんは、生きている人には冷たいけれど、死んだ人には優しい(ていねいに供養する)とくに、死んだネコに優しいとのことでした。
 えびすよしかずさんは、2001年に最初の奥さんを病気で亡くされています。号泣されています。されど、淋しくなって再婚されています。前の奥さんのこどもさんやお孫さんなども含めてみんな仲良しです。
 深く考えてみます。自分が死んだあと、遺された(のこされた)配偶者には、その後、別の人といっしょになって幸せになってほしいと思うことが、先に逝く(いく)者の愛情です。同じく重松清作品「その日のまえに」という本に、そういうお話がありました。余命宣告を受けた亡くなる前の奥さんが、たしか、入院している病院のベッドで、だんなさんに「(わたしのことは)忘れていいよ」という言葉を残すのです。
 「ひとりぼっちを笑うな 蛭子能収(えびす・よしかず) KADOKAWA」という本をだいぶ前に楽しんだことがあります。「人づき合いって必要ですか?」がキャッチフレーズです。えびすよしかずさんは、友人よりも家族が大事です。思うに、配偶者が一番の親友です。
 えびすよしかずさんがテレビ番組で、自分は熊本県の漁港があるところで生まれたと話されていました。自分もそこで幼児期を過ごしたことがあるので親近感が湧きました。海がきれいだった記憶が残っています。えびすよしかずさんは、いい加減なところもある人ですが、善人であることに変わりはありません。

 島根県にある津和野の風景はすごい山の中に見えましたが、幸せそうな暮らしがあるところにみえました。

 山口県にある秋吉台の風景が美しかった。

 本州と九州の間にある関門海峡の人が歩いて通るトンネルをくぐって九州に入る。自分は福岡県生まれなので、そのあとも、なつかしい地名がたくさん出てきました。

 えびすよしかずさんは、下着の替えをもってきていないので、コインランドリーにも立ち寄ります。洗濯物が乾いてできあがるまでの間に近くの飲食店にて三人で夕食です。芸能人の撮影とは思えません。自然体です。

 九州の年配の女性は、きれいな方言で、相手の立場をたてる敬語をお話しされます。いやされます。言葉に優しい気持ちがこもっています。

 映像に鹿児島空港が出てきて、自分も同空港を以前飛行機で訪れた体験があり、その時のことを思い出しました。
 メンバーは、鹿児島県内の町から枕崎市まで二時間かけて路線バスで移動しています。全体で二時間番組なので、三泊四日の映像はかなり省略してあると思います。長距離の路線バスを利用した移動の旅でした。みなさんたいへんお疲れさまでした。感心しました。偉業です。(なかなかできない優れた業績)  

2023年01月27日

出川哲朗の充電バイクの旅 竹田城跡から能勢町妙見山

出川哲朗の充電バイクの旅 兵庫県朝来市(あさごし)竹田城跡から大阪府能勢町妙見山(のせちょうみょうけんさん) テレビ番組 2022年11月と12月関東地区放送分の再構成

行くぞ“大阪”初上陸! 天空の城竹田城から丹波篠山(たんばささやま)ぬけて、ノスタルジック街道113キロ、松茸(まつたけ)に但馬牛(たじまうし)に栗! 美味しい(おいしい)モノだらけでキャイーンが大興奮ヤバいよヤバいよスペシャル

 2週に渡って1時間ずつ放送される分の前半を観たところです。
 ゲストはキャイーンの天野くんです。

 大阪ロケは初めてと聞いてびっくりしたのですが、テレビ東京は、大阪では流れていないと聞き、なるほどと納得しました。大阪には、テレビ東京の番組を放送してくれる局がないそうです。
 今回のロケ中、番組『出川哲朗の充電させてもらえませんか?』を知らない地元の人が多いようで、不思議でした。

 日本のマチュピチュと呼ばれている『竹田城』では、快晴のいいお天気で良かった。(マチュピチュ:南米ペルーの山の尾根にあるインカ帝国の遺跡。標高2430m。王族・貴族の避暑地だった。インカ帝国は、1533年にスペイン人に征服されて滅亡した)
 竹田城のほうは、本来は霧が立ち込める、雲海(うんかい。海のように雲が広がる)景色がいいのでしょうが、なかなかそういったシーンに出会えるものでもないでしょう。
 高校生の時に、修学旅行で見た黒部立山アルペンルートでの北アルプス立山連峰の足もとに広がる雲海が雄大だったことを思い出しました。

 但馬牛(たじまうし)のお肉が出てくるのですが、先日見た太川陽介&えびすよしかずのローカル路線バス乗り継ぎ人情旅第8弾京都三条大橋から出雲大社のシーンに但馬牛を食べるシーンがありました。撮影した時代(時期。路線バスは2011年ころ)は違うのですが、いずれもお肉のおいしさが伝わってきます。

 宿場町『朝来市矢名瀬(あさごしやなせ。宿場町)』での昭和30年代から40年代ぐらいの古いモノの展示がなつかしかった。
 おもちゃ、電化製品(テレビとかラジカセとか)、漫画雑誌、邦画「男はつらいよ」の看板、サミーディヴィスジュニアのウィスキーの宣伝、ウルトラ怪獣人形、もりだくさんで楽しみました。モスラやゴジラもなつかしい。

 小学生たちとの野球勝負も、いつもどおりの出川組の負け方でおもしろかった。対戦相手を変えて、二試合もできて、こどもたちも喜んだことでしょう。
 バスケットボールの試合がおもしろかった。ちっちゃい女の子5人のチームにコテンパンに負けた充電番組おとなチームでした。おなかをかかえて笑えました。
 出川さんたちが負けて頭を下げた時に女の子たちが『いいよ、いいよ』とフォローしてくれてよかった。こどもはやっぱり、明るく元気が一番です。

 黒枝豆、ハンバーグ、タルト、みんなおいしそうでした。

(翌週の放映に続く)

 ゲストがキャイーンのウド鈴木さんに交代しましたが、番組中でも触れてありますが、ウド鈴木さんは、旅番組で訪れたところや出来事をきれいさっぱり忘れてしまう人です。その場限りの仕事モード(作業状態)で終わる人なのです。
 以前、別の旅番組で、ウド鈴木さんが、たまたま同じところを訪れたのですが、おうちの人が、前回会ったときは、30分もかけて熱をこめて説明したのに、ここに来たことも自分たちの顔も名前も覚えていないのかとたいへんおこっておられました。それでもウド鈴木さんはケロッとされていました。悪い人ではないのですが、対応する人は不快感をもってしまいます。今回の番組でも温泉のおかみさんがあきれながらも笑っておられました。まあ、しかたがありません。笑うしかありません。

 松茸入り(まつたけいり)のすきやきを食べる。おいしそう。丹波篠山(たんばささやま)郷土料理です。

 泊まった旅館は、歴史ある旅館で、桂小五郎と彼の彼女が泊まったことがあるそうです。
 桂小五郎:木戸孝允(きど・たかよし)1833年(江戸時代)-1877年(明治10年)長州藩士(山口県)、政治家。桂小五郎は幕末期の名前。大久保利通、西郷隆盛と並ぶ明治維新の三傑(さんけつ。すぐれた人物)45歳没。

 地元の人たちがくだけていておもしろい。
 人が優しい(やさしい)。

 歌を歌いながら電動バイクを走らせます。
 ときに雨にうたれたりもしています。
 洋画のシーンのようでもあります。

 スリランカカレー、車を食堂車にしたみたいな、テントをはっているみたいな。なんていったっけ。そうそう『キッチンカー』にちなんだ、たしか、そういう小説を読んだことがあります。でもタイトルをもう思い出せません。過去の記録を調べましたが出てきませんでした。でも確かにあったような記憶のかけらが脳みそに残っています。歳をとりました。
 (その後いっしょうけんめい考えて:『幹事のアッコちゃん 柚木麻子(ゆづき・あさこ) 双葉社』『ランチのアッコちゃん 柚木麻子(ゆづきあさこ) 双葉社』だったような気がするのですが自信がありません)
 
 映像で、かやぶき屋根がある古いたぶん農家、樹木からつくるスプーン、尾根道(おねみち)の参道、昔から今も続く日本人の暮らしを見学できました。
 神社はどこにあってもランドマーク(集落や町のシンボル、目じるし)で、日本人の心のよりどころです。自分は宗教家ではありませんが、地球上のあらゆるもの、植物や岩や山や川や海のような万物(ばんぶつ)に神が宿っている(やどっている)と思ったほうが生きやすい。  

2023年01月26日

せかいいちのねこ ヒグチユウコ

せかいいちのねこ ヒグチユウコ・絵と文 白泉社

 こどもさん向けの本です。100ページぐらいあります。

(1回目の本読み)
 文章は読まずに、絵だけを見ながら、全部のページをゆっくりめくります。
 わたし独自の独特な読み方です。

 裏表紙の絵がかっこいい。
 ねこが、カメのようなものにのって空を飛んでいます。
 カメのようでカメでなさそう。イカとか、カブトガニにも見えないことはありません。

 さて、最初のページに戻ります。

 1から12までの短いお話のかたまりです。
 ねこの名前として:アノマロ
 本のタイトルが『せかいいちのねこ』だから、なにかで世界一の記録をもつねこが登場してくるのでしょう。

 きれいな絵です。絵は優し気(やさしげ)でもあります。
 喜怒哀楽(きどあいらく)の表情があるねこです。
 ねこが家族みたい。人間みたい。
 ハッピーエンドぽい。

(2回目の本読み)
 
『1 ほんもののねこになりたい』
 さいしょはわからなかったのですが、主人公は本物のねこではないのです。
 ぬいぐるみのねこなのです。
 絵本作品『こんとあき 林明子 福音館書店』を思い出しました。ただし、こんは、きつねのぬいぐるみでした。

 ねこのなまえは『ニャンコ』です。
 もちぬしの男の子は7歳になってしまって、ニャンコへの興味が薄れています。
 洋画『プーと大人になった僕』を思い出しました。それから『トイストーリー3』を思い出しました。こどもが成長して、おもちゃに興味を示さなくなるのです。

 ニャンコがのるのが、カメかイカのように見えるのですが、カメでもイカでもありません。
 本には、ヘビとタコが出てきました。
 2015年(平成27年)の絵本形式の児童書です。
 9ページにある本物のねこの絵がかっこいい。(おもしろい)
 
 ぬいぐるみのニャンコは、本物のねこのヒゲを集めて体の中に入れると自分が本当のねこになることができるらしい。(ヘビとタコのアドバイス)

『2 ともだちができたぼうしねこ』
 ニャンコがのっているカメみたいな生き物が『アノマロ』という名前であることがわかりました。
 ひきこもりのようなねこがいます。
 擬人法か。(ぎじんほう。人間を動物にたとえる)

『3 くいしんぼうの本屋のねこ』
 本屋です。
 本は、忍者の忍術とか、忍法が書いてあるような巻物のイメージです。
 ひげの秘密をさぐります。
 ねこのひげには、秘仏の力があるのかも。
 だから、ぬいぐるみのねこは、本物のねこになれるのかも。
 逆に、本物のねこが、ぬいぐるみにはなれそうもありません。剥製(はくせい)にはなりそうです。ちょっと不気味か。

『4 3びきのやさしいねこ』
 アノマロが行方不明(ゆくえふめい)になってしまいました。
 季節感を感じる絵です。
 ヒゲを集めるとぬいぐるみのねこが本物のねこになれる。
 昔テレビマンガで見た『早く人間になりたい』の『妖怪人間ベム』とか『百鬼丸(ひゃっきまる)がでてくる「どろろ」』を思い出しますが、この本のお話とは関連がありませんでした。

『5 大きな旅のねこの約束』
 大きなフキの葉を傘代わりにする。
 むかし、北海道に行ったとき、大きなフキの葉があったので、傘代わりにして家族写真を撮ったことを思い出しました。アニメ『トトロ』のワンシーンのようでもあります。(トトロがもつ葉っぱは「サトイモ」だそうです)
 奇想天外、自由自在な話の運びです。
 ねこが人間みたいで、ペットの犬を連れています。
 トビウオが町中の空中を飛んでいたりもします。

『6 いじわるねこのはなし』
 ニャンコはぬいぐるみで、いじわるねこは、ニャンコと同じ家で飼われているねこです。

『7 助けられた赤ちゃんねこ』
 ニャンコは、アノマロ探しの旅に出ます。

『8 アノマロのゆくえ』
 ねこの本屋さんです。

『9 アノマロと大きなねこ』
 なんだか、ぬいぐるみのニャンコがアノマロを探しているのですが、変な発想ですが、逃げたヨメさんを思って涙しているだんなさんに見えます。オレが悪かった。家に帰ってきてくれ。
 いろんな表情のねこの絵が描いてあります。

『10 いじわるねこはヒーロー』
 そうか、タコとヘビは、この家で暮らしている男の兄弟を表しているのか。
 じゃあ、いじわるねこはだれのことだろう。わかりません。

『11 しあわせな再会』
 ちょっと話についていけません。自分には合わない話の展開です。
 なにかしら、中途半端(ちゅうとはんぱ)で、はっきりしません。
 物語の内容よりも絵を楽しむ本です。
 
『12 みんなせかいいちのねこ』
 ヒゲをいっぱい集めたのにどうしてそうなるの。
 ハッピーではないのです。

(全体を読み終えて)
 ストーリーの展開はいまいち理解できませんでしたが、なにせ、絵がきれいです。
 この本は絵を楽しむ本です。
 こどもには、絵を見せながら、こどもとふたりで、独自のお話をつくる作業をするとおもしろい。
 そんなふうに受け取りました。  

Posted by 熊太郎 at 08:15Comments(0)TrackBack(0)読書感想文

2023年01月25日

太川&えびす路線バス旅 第8弾 京都三条大橋から島根出雲大社

太川陽介&えびすよしかずのローカル路線バス乗り継ぎ人情旅 第8弾 京都市三条大橋から島根県出雲大社(いづもたいしゃ) 2011年(平成23年)放送 BSテレ東再放送

 昨年観たのですが、忘れている部分がたくさんありました。歳をとってきて、何度観ても初めて見るような感じで新鮮です。

 ゲストの川上麻衣子さんは、ざっくばらんで、明るく元気で見ていて気持ちがいい。

 ゴールの出雲大社には行ったことがないので、そのうち行きたい。いちおう、出雲と松江に行くつもりでだいたいのプランだけはつくってあります。ただ、その前に行きたいところがあるので、順番です。

 オープニングにある京都鴨川の河川敷は昔行ったことがあるのでなつかしかった。

 おいしそうなものがいっぱい出てきました。ぜんざい、カレー、煮卵、但馬牛(たじまぎゅう)、シジミのお汁。

 この当時は、今の競争式バス旅と違ってのんびりしています。バスの乗り換え時間が3時間とかで、観光をしたり、今回は、三人でトランプゲームをしたりしています。

 雪の天候がきつい。長距離の歩行は過酷でした。

 鳥取県の『赤碕(あかさき)』という地名を聞いて、15歳高校一年生のときに大山(だいせん)から蒜山(ひるせん)という山を縦走して、麓(ふもと)に降りたところで、トラックを運転していた地元の方に声をかけられて、トラックの荷台にザック(リュックサック)といっしょに乗せてもらって、赤碕の海岸端(かいがんばた)まで乗せて行ってもらったことを思い出しました。
 堤防近くの小さな広場にテントを張って一夜を明かしました。それももう半世紀ぐらい昔のことになりました。思い出してみると若い頃の自分は、日本のあちこちを移動しながら年齢を重ねていました。

 番組では、三人さんが、470km、22本の路線バスを乗り継いで、京都から島根の出雲大社までたどり着いています。たいしたものです。万歳三唱(ばんざいさんしょう)の三人の声が元気で良かった。

 この番組は、過去への時間旅行の意味ももっています。
 映像に映っている人たちは、昔の自分の姿に出会えます。


(2022年4月に観たの時の感想文)
太川陽介&えびすよしかずのローカル路線バス乗り継ぎ人情旅 第8弾 京都市三条大橋から島根県出雲大社 2011年(平成23年)放送 動画配信サービス

 ロケが、3月1日から4日の3泊4日です。同月11日に、東日本大震災が発災しており、神妙な気持ちで番組を見ました。
 早いもので、大地震の発生から、もう11年が経過しました。同じような場所で、今でもたまに大きな地震があります。
 ヨーロッパでは戦争が起きており、自分たちの世代は、いろんなものを観る世代になりました。

 番組では最初に、京都の映像が映ります。
 40代の頃は、仕事での悩みが多く、神仏にすがるように、京都へしょっちゅう行っていましたが、時は流れて足は京都から遠ざかりました。
 メンバーは、路線バスだけで、京都市内から島根県にある出雲大社(いずもたいしゃ)をめざします。
 途中、経由地として立ち寄った場所は、これまでに何度も見たこの路線バス乗り継ぎ旅の番組や「出川哲朗の充電バイクの旅」に出てきたところです。
 自分にとっては、なじみのある地名になりました。兵庫県の「八鹿(ようか)」とか「湯村温泉」とか。

 ゲストは、川上麻衣子さんです。
 スウェーデン生まれの半分外国人みたいな方です。むかし、テレビ番組の『3年B組金八先生』で、ちらりと見たことがあります。
 今回のバス旅では、太川陽介さんとえびすよしかずさんも含めて、3人ともかなり張り切っています。わいわいがやがや、 にぎやかな、楽しいバス旅です。
 明るく元気な調子で前進して、チャレンジは、成功しています。

 前回の挑戦はえびすよしかずさんが、旅の途中でパチンコをやったらしく、パチンコでの時間消費が原因で、チャレンジは失敗したそうです。(記録を見ると、ゲストは、中山エミリさんで、青森駅から新潟県の万座シティバスセンターを目指しています。2010年8月のロケでした)
 前回の失敗の話になって、えびすよしかずさんが笑っていると、太川陽介さんが『(原因は)アンタだろ!!』と本気で怒っていました。それでも笑ってごまかすえびすよしかずさんです。

 川上麻衣子さんの紹介がおもしろかった。
 太川陽介さん『マイコに濁点をつけると、マイゴになる(迷子)』
 川上麻衣子さん『(自分は)方向オンチ。地図は読めません』
 太川陽介さん『(どうも川上麻衣子さんは離婚歴があるらしい。これから出雲大社まで行って)再び(ふたたび)縁を結ばなきゃ』

 京都市内では、女性のバス運転手さんで、えびすよしかずさんがうれしそうで、かなり明るい。

 えびすさん語録として、
 ①(自分の職業について)マンガ家っていえるほどマンガを書いていない。何の職業かわからない。
 ②(故郷の長崎でご自身のマンガの展覧会をやる)太川さんが『入場料が1000円だったらお客さんは入らない』えびすさんが『1000円なんだよ』
 ③『いきあたりばったりだね(太川さんが綿密なプランを練(ね)っているのに。太川さんにケンカを売っている)』
 ④(えびすさんの言葉として)『但馬牛(たじまうし)の焼き肉を食べよう。それまでは、あと2日間、まずいものを食おう』

 川上麻衣子さんの意外な発言として、
 『パチンコで、開店から閉店までいることがある。時間が過ぎるのを忘れる。1時間過ぎると、時間の感覚がなくなる』えびすさんから『ざわざわしたなかで、ひとりになれるのが安心する』というような同調する発言がありました。

 移動の途中で、川上麻衣子さんが『桂離宮』に立ち寄りたいと言い出します。バスを降りたけれど、事前予約の入場券が必要だったので中には入れませんでした。
 自分も宮内庁のインターネット予約申し込みをして桂離宮見学の抽選に当たったけれど、新型インフルエンザ(2009年ころ)の患者が京都で出て、家族の反対があって、見学を断念したことがあります。
 このあと、太川陽介さんの希望が島根県宍道湖(しんじこ)のシジミが食べたい。えびすよしかずさんが、鳥取砂丘を見たいという希望をかなえています。

 おでん5個400円を3人で分けて食べます。
 芸能人だからなのか、みなさん少食なのね。
 その後、生ものは食べられないというえびすよしかずさんが、ホタルイカを食べておいしいと言っていたのが意外でした。 そうとうおいしかったのでしょう。

 途中で全国をヒッチハイクしている青年に出会いました。
 これまでに車70台に乗せてもらった。沖縄まで行き、今は本土に戻ってきて、北を目指しているそうです。
 彼の話です。コインラインドリーで寝た。目がさめて起きたら、そばに、手紙と500円玉が1枚置いてあった。手紙には、『がんばれ!』と書いてあって嬉しかったそうです。
 太川陽介さんも『若い時しかできないから、がんばって!』と励ましました。

 雪景色がすごい。3月のロケとはいえ、山陰地方は雪がたくさんふります。

 番組では、3泊4日の長い旅路を1時間半程度に、コンパクトに上手にまとめてあります。

 鳥取県で『赤碕(あかさき)』という地名が出ました。
 高校生だった時に、赤碕の海岸そば、堤防の手前にあった小さな平らな土地に、テントを張って一夜を過ごしたことがあります。もう半世紀近く前のことです。なつかしい。
 映像を観ていると、<ああ、旅に出たいなあ>という気持ちになります。コロナ禍の影響で、もう長いこと、がまんが続いています。ほかのかたたちも同様でしょう。
 先月は、3回目のコロナワクチンを打ちました。1回目、2回目同様に副反応が出てちょっとつらかった。4回目もあるんだろうなあ。しかたがありません。(その後:4回目を打って、今は5回目の案内通知を待っています)

 映像では、3人の横を、1両だけの電車が何度か走っていきました。
 電車があるということは、路線バスはないか、あっても本数が少ないということです。需要がないのですから仕方がありません。バスで空気だけ運んでいたら大赤字です。
 出雲大社まであと、たった40kmなのに、路線がありません。
 (乗用車なら1時間ぐらいで行けます)
 3人は歩き疲れます。
 えびすさん『休んだほうがいいかも。病気になりそうだもの』

 ようやく到着できた出雲大社は、いいお天気でした。
 川上麻衣子さん『まだ、おまえは甘いと言われたような気分がした』
 3人とも『達成感があるから、(路線バス旅の挑戦は)やめられない』  

2023年01月24日

無人島のふたり 120日生きなくちゃ日記 山本文緒

無人島のふたり 120日生きなくちゃ日記 山本文緒(やまもと・ふみお) 新潮社

 亡くなった女性小説家の方の日記です。
 おととし2021年10月13日(令和3年)に、すい臓がんのため58歳で逝去されています。
 同作者の作品『自転しながら公転する 新潮社』を読んだのは、2021年5月のことでした。本は、いつも自分たち家族がごはんを食べる部屋にある本棚に立ててあります。(著者への癌の宣告は同年4月です)
 以下は、そのときの感想の一部です。(この本の35ページに作品「自転しながら公転する」のことが書いてあります。167ページには、タイトルの意味の種明かしらしきことも書いてあります)
 感想:自転しながら公転する
 『58ページあたりを読み終えたところで感想を書き始めてみます。全体で、478ページある作品です。
 男性の自分が読むのには場違いかなと感じながら読んでいます。恋愛小説のようです。
 冒頭は、ベトナムでベトナム人の恋人と結婚式を挙げる直前シーンから始まります。その後、過去の出来事にシーンは移ります。世界的に、地球規模で動くから、自分が自転しながら、太陽のまわりを公転するという意味合いのタイトルに思えます。
 主人公は、与野都32歳で、茨城県牛久市(うしくし)にあるショッピングモールのアパレルショップ(おしゃれ衣料品店)「トリュフ」で店員をしています。彼女は、同じショッピングモール内にある回転寿司屋で働いている羽島貫一と付き合い始めます。(彼はあとで年齢が30歳で、与野都より年下だと判明します)
 与野都は、美人ではない。ファニーフェイスだそうです。(個性的で魅力的な顔立ち)丸顔、離れた目、小さい鼻は上を向いている。そばかすあり。だけど、可愛くないわけではない。彼女の前の彼氏はひとまわり年上だった。
 与野都の母親は更年期障害で少々うつ気味で体調が悪いという事情をかかえています。更年期障害なのでホルモンの話が出てきます。女性ホルモン、男性ホルモン。ベトナムの話はまだ出てきません。』

 そのときは、生きていた人が、今はもう生きていない。この世にいない。
 2021年(令和3年)秋、作者が亡くなった頃に、自分たち夫婦は、高齢の義父と義母を立て続けに亡くし、二か月続けてのお葬式の段取りや、各種手続き、事後処理に追われていました。この本を読み始める前に、そんなことを思い出しました。

 急なご逝去(せいきょ)だったようです。
 第一章から第四章まであります。
 これから読む日記の内容は、おそらく、2021年(令和3年)の5月24日から9月27日以降ということでしょう。(亡くなったのは、10月13日です)

 去年読んだ、がん(癌)がらみの本を思い出しました。
 『がん患者の語りを聴くということ 病棟での心理療法の実践から L・ゴールディ/J・デマレ編 平井正三/鈴木誠 監訳 誠信書房』本の中に、医療関係者と余命宣告を受けたがん患者の苦悩がありました。

 自分も長く生きてきて生活していくなか、二十代の頃から、がんの宣告を受けてから、短期間で亡くなられた人たちを何人か記憶しています。
 みなさん、泣きながら亡くなっていきました。二十代の人、(たまたま三十代で癌の宣告を受けた身近な人はいませんでした)、四十代の人、五十代の人、六十代の人、男の人もいたし、女の人もいました。みなさんくやしい思いをこらえながら、失意の中で、無念で亡くなられていったと思います。合掌しつつ(両手を合わせて死者を悼む(いたむ))、されど、自分も明日は我が身かもしれないという気持ちはあります。

 読み始めます。

 タイトルの意味は何だろう? 『無人島のふたり』です。
 日記のどこかに、その言葉が出てくるのだろうと予想します。(38ページにありました。20フィート超えの大波に襲われ……(20フィート=6mぐらい)
 この本は、著者の遺作になるのだろうか。

 胸を突くフレーズ(文章)がたくさん出てきます。
 『……言葉より先に涙が出てしまった……』
 文章づくりの職人なので、グッとくる表現が続きます。
 『……私、うまく死ねそうです。』
 『何も考えたくない』
 『寝ても寝ても眠い。』(抗がん剤という薬のかげんなのでしょう)
 『何かの間違いなのでは』という空気。
 趣旨として、突然死ぬのは、自分以外の人間だと思い込んでいた。
 『毎日11時間以上寝ている』
 夫から(著者の)葬儀はどのようにしたらよいかとたずねられる。
 『花をいっぱい…… 生きているうちにたくさんの花を愛でたい(めでたい。かわいがり、いつくしみ大切にする)。(自分の義父母のお葬式の時に、棺桶の中をお花でいっぱいにしたことを思い出してしまいました)』
 『……抜けた頭髪が少しずつ生えてきている』
 『……私の軽自動車がディーラーさんに連れていかれた……』
 
 胃薬『ガスター10』は、自分も40代のころによく飲んでいました。胃痛によく効く(きく)薬でしたが、薬局で、こんな強いクスリを常時飲んではいけないと注意されてからは飲むのをやめました。最近はこの薬を薬局の棚に見かけませんが、昔は置いてありました。

 イレウス疑い:腸の中にある内容物が、肛門側への移動が阻害される状態。

 15ページにご本人についての背中の痛みに関する記述があります。
 自分は二十代のころに内臓の病気で入院したことがあるのですが、6人部屋の大部屋にいたとき、著者と同じすい臓がんのおじさんが同室におられました。
 しきりに、背中のまんなかあたりが痛いと訴えておられました。そのときに、すい臓がんになると背中が強く痛むのだということがわかりました。
 そのおじさんは、別の部屋だったか(個室)、別の病院だったかへ移って行かれました。
 もう記憶があいまいです。

 著者は、γ―(ガンマー)GTPが1000を超えていたそうです。超異常です。たしか、ふたケタ以内ぐらいの数値が正常値だったと思います。肝機能の検査数値です。
 うーむ。体がだるいとか、どこかが痛いとか、自覚症状はなかったのだろうか。あってもがまんして無理をしていたのだろうか。前兆はありそうな気がするのです。

 文章家は、記録をしっかりととります。(書きとめておく)
 文章家は、こどものころから日記を書き続けている人が多いと思います。毎日文章を書くことで、文章による表現力を磨き、力を維持していきます。
 たばことお酒は13年前にやめられたそうですから、45歳ぐらいでやめられた計算です。話はちょっとはずれますが、先日、たばこは目の病気の原因になるという記事を読みました。
 もうひとつ読んだたばこの記事は男性有名人喫煙者で、80歳近くになっても愛煙家をやめられない。たばこが、心の支えになっているからやめられないという人の記事も読みました。
 その人は胃がんになって胃の部分切除の手術も受けておられますが、たばこをやめる気はないそうです。体の病気というよりも脳みそ、心の病気のようです。たばこはまわりにいる人のことも考えて、やめたほうがいいです。

 17ページ付近を読みながら、支え合うのが夫婦だと悟ります。(さとる。気づきがある)

 余命宣告があります。どうしたって、命は助からない。半年ぐらい。長くて、抗がん剤が効いたと仮定して9か月の命だそうです。
 セカンドオピニオンも求めます。(別のドクターの判断として)4か月。化学療法が効いたとして9か月です。
 残酷です。
 おそらく、著者ひとりだけのことではなく、がん専門病院では、余命宣告は、日常的に起きている出来事なのでしょう。
 4か月だから、30日×4か月=120日が、この本のサブタイトルなのです。(『120日生きなくちゃ日記』)
 38ページにそのフレーズ(文章部分)のことについて少しふれてあります。

 著者のお父上が、5年前にがんで亡くなっているそうです。
 がんになりやすい体質が遺伝するのだろうか。
 ご家族をがんで亡くしたことがある人は、気にして検診をきちんと受診し続けたほうがいい。

 文脈から伝わってくるのは『自分がこの世で生きていた証拠を遺して(のこして)死にたい。(作家である著者の場合、遺すのは本です)』

 58歳で亡くなった著者です。本ではご自身で、長くもなく、短くもなくと書かれています。
 ふと思い出すのは、美空ひばりさん(52歳逝去)、石原裕次郎さん(52歳逝去)です。有能な人が短命だと悲劇を感じます。

 今年読んで良かった一冊になりそうです。

 軽井沢の自宅で創作活動をする。ときおり、東京で借りているワンルームマンションを利用する。新幹線通勤です。

 先日テレビ番組『家、ついて行ってイイですか?』で見たがんで亡くなったミュージシャンの、最後は骨と皮だけになった姿を思い出しました。途中、意識不明になるも親友の声かけで、奇跡のように体が動いたシーンが目に焼き付きました。人間の気力はすごい。
 彼がノートに書き残した(自殺する人に対するメッセージとして)その命をオレにくれ!という趣旨の表現は、自殺志願者にぜひ届いて欲しいメッセージです。

 自分自身ではなく、配偶者や子が、がんになることもあります。
 病気やけが、事故や事件、自然災害などの災難は、どれだけ注意しても避けられないのが人生です。
 若い頃に、とある洋画を観た時に記憶が残った言葉があります。趣旨として『人生では、何が起きるかは問題じゃない。何が起きても動じない度胸と自信、知恵と知識を、日頃から体験を続けて体に覚え込ませておけばいいのだ』というようなメッセージとして自分は受け取りました。そして、失敗は成功のもとなのです。失敗してもめげることはありません。失敗しないと成功できなかったりもします。

 国立がん研究センターというのは、昔訪れたことがある東京にある『築地本願寺』の近くにあることがわかりました。

 ゲラ読み:訂正箇所がないか校正用に刷った(すった)ものを内容確認のために読む。
 うざく:きゅうりとうなぎの酢の物。

 6月ころ、吐き気がひどいようです。

 アルカイックスマイル:古代ギリシャアルカイック美術の彫像のスマイル。口元だけがほほえんでいる。
 アメトーク:テレビ番組。うちも著者同様に、録画して見ています。

 本を読んでいると、まるで、著者が生きていて、目の前で本人が語ってくれているような文章です。

(つづく)

 6月10日(木)あと4か月。(10月13日死去)

 カロナール:解熱鎮痛薬(げねつちんつうやく)
 ホスピス:終末期の痛みや苦しみをやわらげて、人生の最期(さいご。命が尽きる時)を見送る。
 モンチッチ:サルに似た妖精。
 ウィッグ:かつら
 
 もうお金を天国へもっていくことはできません。
 (使えるお金は使える時に使っておきたい)
 税理士に関する事務を夫に引き継ぐ。
 4年前に死んだ愛猫の骨を造園業者に依頼して庭に埋める。
 ジューンベリー:木の名称。バラ科、果樹、白い花。
 錦木(にしきぎ):落葉樹。紅葉する。

 手書きの遺言状を書く。
 著者のお父上が、がんで亡くなったとき、遺言状がなかったので、ご遺族がとまどったそうです。(わたしも書いておこう。本では『財産があろうがなかろうが遺言状は書こう……』と書いてあります。遺言書にはあとに残る者たちへのメッセージ部分もあります。
 
 夫がいないと生活がたちいかない。

 ER:エマージェンシー ルーム。救急救命室。

 第二章 6月28日~8月26日
 まるでエンディングノートの作製です。銀行口座、ログインパスワード、葬儀の出席者名簿……
 (もう、泣いてもしょうがない)とあきらめる。
 タイトル『無人島のふたり』のことが、63ページに書いてあります。コロナ禍(か)で、なかなか人に会えません。夫婦ふたりだけの毎日です。(配偶者がいて良かった)
 日記を書いていることを編集者に知らせてあります。
 自分でも覚えているのは、この年の秋に亡くなった義母が春先からずっと入院中で、コロナ禍のために、親族でもなかなか面会がかないませんでした。
 東京オリンピックは、無理やりのように開催されて、うらめしかったことを覚えています。自分たちは入院見舞いどころか、どこにも行けませんでした。
 そんなことを思い出しました。
 本では64ページに『コロナ禍で面会禁止……孤立無援……』と書いてあります。

 創作のアイデアをいくつか紹介されています。
 自分はもう書けなくなったから、だれか書いてもらってもいいとあります。
 余命を宣告されて、勉強のための読書もやめたようなことが書いてあります。さびしいことです。
 枕元に未読本が置いてあるそうです。(わたしと同じです)

 ベクトル:方向性。向きと大きさ。

 ご自身が、がんこであるというお話も含めて、経緯、ご自身の歴史話は、しみじみします。
 
 ビストロ:食事処(どころ)、大衆食堂。

 思い出がつづられています。
 やはり、人生のイベント、ランドマーク(目印、節目)として、旅のような移動は体験しておいた方がいい。人生は知らないことを知りたいための冒険です。

 夫は英語の勉強をしている。(先日観た邦画『ぼけますから、よろしくお願いします』の90代のご主人も英語を勉強されていました)
 夫は、すごくがまんをしていると妻の目線から書いてあります。『もうすぐ別れの日が来る。(夫と)別れたくない』
 
 ウブド:インドネシア共和国バリ州の村。
 
 知床半島に行きたかったという文章が出てきます。当然ですが、昨年知床半島巡りの遊覧船が沈没した事故とのことはご存じありません。

 『……(自分は)2年ぐらいは持つんじゃないか……』
 7月にコロナ緊急事態宣言4回目が出たとあります。

 訪問診察の医師と看護師は、無人島に物資を届けてくれる本島(ほんとう)の人という感じがするそうです。コロナ禍がなければ、そこまでの孤独感はなかっただろうにとお気の毒です。
 89ページに、会いたかった人がたくさんいたというようなことが書いてあります。

 お母さんとはなにか、過去にいさかいがあったような書き方をされていますが、なんのことかはわかりません。

 病状として、嘔吐、高熱(38℃とか39℃)、だるい(倦怠感)、腹水がたまる。トイレに行くだけがやっと。つらそうです。薬漬けの体です。

 ジェラートピケ:ルームウェアのブランド。

 ご自身は、90歳ぐらいまで生きられると思っておられたようです。
 どんな人でも自分のデッドエンドはわからない。(おっしゃるとおりです)

 次の冬のオリンピック(北京オリンピック)のときには、自分は生きてはいなさそうだな……。
 せつない。

 緩和ケア(かんわケア):苦痛をやわらげる手あて。

 9月13日発売の『ばにらさま』という本が、作者にとっての作者が生きているうちの最後の本になるようです。

 114ページ、8月3日までのところまで読みました。
 人それぞれ人生の体験が違うので、共感できるところもあるし、そうでないところもあります。それぞれが『違う』ということが、ありふれたことであることがわかります。

(つづく)
 
 読み終わりました。
 深夜おふとんで目が覚めて(さめて)、最後のほうの部分をゆっくり読みました。
 そのあと、また眠りに落ちて、早朝を迎えました。
 眼が覚めて、ああ、著者は、もうこの世にいないのだと、腑に落ちました。(ふにおちる。はらにおちて、納得する)
 123ページ『この日記をもし読者の方に読んでいただける日が来るとしたら、わたしももうここにはいない……』
 今、自分が生きていることが不思議な気分になりました。人間が生き続けるためには『生命運』が必要だと思いました。

 8月、嘔吐(おうと。吐く(はく))が続いて、だんだん状態が悪くなっていく。
 腹水がたまって苦しんでおられます。2リットルも抜きます。抜いてもまたたまり始めます。シリンジで抜く。シリンジ:注射筒。
 
 124ページに2009年(平成21年)の作家角田光代さんのご友人たちとの結婚パーティのときの記念写真があります。
 著者を含めて、おふたりの女性ががんで亡くなっています。
 写真に写っている編集担当の女性は2015年(平成27年)に亡くなったそうです。
 写真を見ていて思うことは『若いということはすばらしい』
 節目、節目の集合記念写真は大事です。
 今隣にいる人が、明日も隣にいるという保障はありません。
 なるべく、けんかはしないほうがいい。

 余命宣告を受けた120日目が8月17日。8月16日の記録として『あ、今日もまだ生きているなとぼんやり思う』とあります。もっと生きたいと思いながら、ぼんやりとしているようすがわかります。

 命が静かに消えていきます。(『ブラックホールに吸い込まれるように、ひゅっと命をとられている』と表現があります。

 『がんは、見つかっても治らないがんがある』
 
 パルスオキシメーター:指をはさんで測定数値を表示する。動脈血酸素飽和度と脈拍数を調べる。
 
 自分で感情をコントロールできなくなる。
 何度か転んでしまう。(ころんでしまう)
 週単位で時間を見る→死期が近い。
 ふたりで暮らしている無人島から、夫だけが本島に帰ってしまう。
 せつなくなる文章表現が続きます。
 賢人(けんじん。夫のこと):かしこい人。夫も精神的に相当まいっています。
 
 親族や友人と生きているうちで最後の面談をする。
 痛々しい。
 書くことで、気持ちが助かるということはあります。日記は続きますが、終わりは近い。
 9月13日(月)生きているうちで最後の新刊『ばにらさま』が発売される。喜んでおられます。
 日記の文章だけを読むと、もうすぐ亡くなる人には見えません。元気そうな書きぶりです。
 
 日記は、わたしの義父が亡くなった9月のとある日を通過しました。
 どたばた騒ぎをした自分たち身内の葬儀対応を思い出します。高齢の老衰とはいえ突然の死去でした。
 
 9月下旬、日記の文章を読むと、ご本人の意識が崩れていくのがわかります。10月13日が命日です。
 人間ひとりひとりを『星』とする。星は、自転しながら公転している。作品『自転しながら公転する』の意味がわかります。人間関係のつながりなのです。

 10月4日(月)で、日記の文章は終わっています。
 意識が遠ざかっていったのでしょう。
 胸にグッとくるものがありました。  

Posted by 熊太郎 at 08:20Comments(0)TrackBack(0)読書感想文