2012年01月27日

◎天使のくれた時間 映画 DVD

天使のくれた時間(THE FAMILY MAN) 映画 DVD

 映画評を見て興味が湧き観ました。なかなかの感動ものです。ラストをどうまとめるのか予測がつきませんでした。今年観てよかった映画の1本です。
 独身の社長がいます。大金持ちです。彼には恋人がいましたが彼女との結婚よりも仕事を選びました。彼にとってはなによりもお金とぜいたくな暮らしが大事です。神さまは彼に選択のチャンスをくれました。彼は過去へタイムトラベルをします。彼女と結婚して、ふたりのこどもと愛犬がいます。でも平凡なサラリーマンで出世の見込みもありません。
 奥さん役の女優さんは美しい。長女の存在はこの映画の鍵です。あかちゃんのおしっこシーンは本物だと特典映像で紹介されていました。楽しい。製作者は邦画「ステキな金縛り」で紹介されていたフランク・キャプラ監督を意識して製作したと語っています。当然お金より愛情の方が大切というテーマです。最後は涙がにじみます。
 天使役の黒人が登場することから昨日観た「道」フェリーニ監督イタリア映画を思い浮かべました。サーカスの綱渡り芸人が天使役です。タイトルは「天使のくれた時間」よりも原題の「家族を大切にする男性」のほうがしっくりきます。だれもがそうしています。極端なお金持ちは家庭が壊れているか家族がありません。かみさんと一緒に観ながら、自分たちの場合は、どこへころんでも結果は同じパターンで、お金持ちというゴールはないという結末になりました。もっとも何億円もっていても使わなければないのと同じです。家族がいるから幸せかというとそうでもない。新たな苦労が待ち受けています。2000年のアメリカ映画でした。アメリカ映画はわかりやすい。対してヨーロッパ映画は深い。1回観ただけでは理解できません。ことに宗教がからんでいるとわかりにくい。
(翌朝もう一度観ました。)
 超大金持ち独身ジャックは傲慢(ごうまん)です。相手の頬を札束で叩くような真似をします。金がすべてを解決してくれる。昨夜読んだ漫画「ヒミズ(もぐらの意味)」では、お金でできないことはないという教訓が繰り返されます。時期はクリスマス、タイムトラベル先は仮想家族、ジャックは、生活臭のない高級マンションから汚れて散らかった交通の便が悪いへんぴな戸建てへ転送されます。長女のアーニーも赤ちゃんのジョシュも可愛い。価値観の違いがあります。妻のケイトは、お金がなくてもふたりで一緒に白髪になってここで老いていければいいと自分の夢を語ります。だんだん暮らしに染まっていったジャックに対して長女アーニーは「おかえりパパ」と声をかけます。最初のシーンと最後のシーンは「対比」です。最初は「別れ」で、最後は人を入れ替えて「別れない」を再現しています。ジャックはケイトに「コーヒーを一杯飲もう」と繰り返し、その前に「あと残り122回ローン(住宅)を返せばいい。」とパリへ旅立とうとするケイトを止めます。「君はぼくよりいい人間だ。一緒にいるとぼくもいい人間になれる。」庶民の応援歌となる映画でした。
(映画館でロボジーを観て帰宅してからまた観ました。)
 結婚記念日パーティーの部分を再確認しました。「ラララララララララー、愛しているよ」のフレーズが繰り返されます。自分の知らないもうひとりの自分が愛妻に向かって歌っています。ビデオを見ている自分は現実には独身です。同じ人間でもふたつ以上の生き方がある。どの道を選択するのかは自分自身です。いい映画でした。
 蛇足ですが最近はたくさん本を読んだので読みたい本が少なくなってきました。旅行もことに地方都市はどこに行っても同じような雰囲気で、これ以上訪れても似たような体験の繰り返しになることから気が進まなくなってきています。映画はこれまであまり観ていなかったおかげで新しい発見があるし、時代を超えて日本でも世界でも風景を間近に見ることができます。テレビ番組にも関心がないのでこのところ映画を観る日々が続いています。

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Posted by 熊太郎 at 20:09Comments(0)TrackBack(0)DVD・映画

2012年01月26日

道 フェデリコ・フェリーニ 映画 DVD

道 フェデリコ・フェリーニ 映画 DVD

 どこから感動が生まれるのか見当(けんとう)がつかない。それが、鑑賞中の感想でした。評価が高い映画です。自分に感受性が不足しているのか、体質にあわないのかなどと考えていたら、映画は終了しました。もう一度時間をあけて観てみます。
 1954年の白黒イタリア映画です。ジェルソミーナ20代前半ぐらいの娘が1万リラで売られていきます。別れのシーンで母親は泣き叫びますが、ジェルソミーナは不気味に微笑みます。束縛から開放されて自由を取得したような喜びがみられます。
 ジェルソミーナを買った男ザンパノは、彼女にかわいそうなことをします。彼女は自由を取得したのではなく、異なる束縛状態に身を置いたのです。宗教的なパレードのシーンからがタイトルの「道」を表していると感じました。ジェルソミーナはザンパノを嫌って、ひとりであてもなく歩き出します。町には活気があふれていて彼女は幸せそうです。
 「わたしはこの世で何をしたらいいの」ジェルソミーナは死にたい。サーカス仲間の若い男性が小石の話をします。命の大切さにまつわるお話があります。「早く来るんだ早く」がザンパノの口癖でした。
(数日後 再鑑賞)
 「ティー、ルルルー、ルーゥルルルルー」というもの悲しいメロディーが映画を支えています。演奏はバイオリンであったり、トランペット風のラッパであったりします。男優のザンパノを描く映画でもあります。彼は彼なりに真面目です。敗戦国となったイタリア国は戦争を仕掛けた侵略国でもあります。当時のイタリア国民の立場になってみないと惨めな気持は理解できません。どん底の貧困暮らしがあります。ジェルソミーナを1万リラで売った母親はママという悪魔です。ジェルソミーナのIQ(知能指数)は凡人が100とするなら85ぐらいなのでしょう。映像にあるパレードだと思っていたのは十字架を先頭にした葬儀の列なのでしょう。ジェルソミーナもザンパノもイタリア国民の姿であり、葬儀の列はイタリア国を表しているのでしょう。イタリアという国が死んだのです。
音楽は人生とともにある。同業者仲間は家族。人を大切に扱う。戦争の教訓です。ザンパノは大道芸で胸に巻いた鎖と鉤(かぎ)を断ち切る演技を繰り返します。鉤(かぎ)はイタリア人民を拘束・扇動(せんどう、あおりたてる)した支配者です。イタリア国も同国民もひとりぼっちになった。(苦しい解釈で無理があります。また観なおしてみます。)
 キジルシと呼ばれる綱渡り芸人は神さまなのですと解説で淀川長治さんが言う。テレサ・テンさんの歌で「ジェルソミーナの歩いた道」という歌がある。関連があるのかないのかはわからないけれど、今はもうみなさん、天国の人となりました。

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Posted by 熊太郎 at 23:47Comments(0)TrackBack(0)DVD・映画

2012年01月25日

名曲をたずねて 沢田研二

名曲をたずねて 沢田研二

コンサートを見たことがある。
人気下降時期でホールには空席が目立った。
本人はたいそうがっかりしていた。
隣にいた女性たちが舞台は美しい。
何度も観て飽きてきたと話をしていた。
もういいと思われないようにするには、
どうしたらいいのだろう。

1 ダーリング
 持ち歌、すべてについて、ロック調なところが好きです。
 ああしてくれ! こうしてくれ!
 夜も朝も君のことしか頭にない。
 (冷静に考えると依存心の強い男です。)

2 勝手にしやがれ
 男はかっこよく女子と別れる。

3 ヤマトより愛をこめて
 アニメ映画だから曲調がいつもと違う。
 愛を語ることについてテーマの変更はない。
 映画のラストシーン近く、ひとりの戦闘員が
 特攻隊のごとく自爆攻撃を挑んでいった。
 小説「永遠の0(ゼロ)」宮部久蔵操縦士を思い出します。
 彼は生きて帰りたかった。
 妻とこどもに会いたかった。

4 時の過ぎゆくままに
 どちらかといえば
 怠惰な歌が多い。
 男も女も夢をなくしたら未来はない。

5 危険なふたり
 この歌がはやった頃、年上の女性と結婚する男性は少なかった。
 今は、世間はなにも気にしない。
 年上の女性との恋愛は危険ではなくなった。

6 追憶
 異性をいちずに愛する歌はステキです。

7 許されない愛
 シャウト(叩きつけるように歌う。)
 好みの歌い方です。

8 LOVE(抱きしめたい)
 思うに歌詞が理屈っぽくなると
 観客は身を引いていきます。
 自分のためにではなく、あなたのためにを忘れないで。
 シンプル(単純)に悲しいときは泣く。
 うれしいときは飛び上がる。
 この歌で主人公は、別れて立ちつくす自分の姿に惚れている。

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Posted by 熊太郎 at 19:10Comments(0)TrackBack(0)名曲をたずねて

2012年01月24日

いいことがありました 絵本

いいことがありました 絵本 偕成社

 お話は平凡です。されど絵はいい。動物たちが生きています。3編の童話となっています。
 ねずみとりす、くまはわたしのようです。思いどおりにならないことだらけで、うさぎも怒っています。小さな動物から大きな動物までみんな仲良しです。食物連鎖をどうとらえるのか。気持は複雑になります。
 素材はさかあがりです。絵はやさしい雰囲気でGoodです。41ページ、うさぎの後姿はお気に入りになりました。
 たんぽぽは美しい。美しいたんぽぽをおとなは食べてしまう。こどもの頃に飼っていたペットを親父に食べられてしまったことをうらみがましく思い出しました。ウサギ、はと、カメ、あひる。原始人のような両親に育てられたわたしです。
 動物たちの絵はまるで動いているようです。動物のなまえをおぼえる本でもあります。

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Posted by 熊太郎 at 19:20Comments(0)TrackBack(0)読書感想文

2012年01月23日

◎ロボジー 映画館

ロボジー 映画館

 映画館で予告編を観たときから楽しみにしていました。おじいさんがロボットの中に入ってやりたい放題をするお話です。
 時代背景は昭和30年代から40年代の気がします。撮影場所は福岡県の門司港駅前であったり、九州のあちこちを舞台にしていたりすることがわかります。門司港駅前風景はこのブログのカテゴリー「福岡県」にあります。わたしが訪れたときはゴールデンウィークでよさこいまつりのグループが順番に踊っていました。ロボジーも民謡を踊り出します。「おてもやん」でした。やはり九州熊本民謡です。
 わけあって、木村電器が製作したロボットに鈴木重光さんが入ります。がんこじじいです。起承転結の「起」の部分で製作途中のロボットが壊れ、「承」で鈴木じいがロボットに入り、「転」でそれがばれそうになり、「結」において、意外で感動的な結末に至ります。「起」のシーンと「結」のシーンはおなじシーンにそろえてあります。エンドロールでのBGMで流れる歌は鈴木じいさんが歌っています。
 一緒に観ていた家族は爆笑していました。庶民の実生活を緻密に面白おかしく表現することに成功しています。この監督さんのもち味です。わたしは爆笑まではいきませんでしたが笑いました。同時に「ニュー潮風」と名付けられたロボットが女性を救うシーンにはじーんときました。入ってはいけない世界に入ってしまった瞬間です。
 なにもすることがない老後をなんとかして時間を埋めていく。ときには認知症よばわりされる。年寄りに共通するふがいない意識があります。鈴木じいさんの自己顕示欲は強い。出だしはGoodです。話の運びもうまい。木村電器社員であるチビ・デブ・のっぽの3人もいい。お見事でした。
 ロボットくんの見た目がいい。シンプルです。これこそロボットの基本という姿と表情でした。予告編でトイレのシーンを見せてしまったのはもったいなかった。知らずに観たら大爆笑だったでしょう。
 人間の気持には一貫性がありません。正義を貫こうとするケーブルテレビの田畑さんの行為は野暮(やぼ、情がない)です。鈴木重光さんは自分を大切にしてくれた木村電器の社員3人の気持を優先しました。やさしいお年寄りです。「シルバー人材センター」の文字も身近で心地良い。

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Posted by 熊太郎 at 20:23Comments(0)TrackBack(0)DVD・映画

2012年01月22日

パーフェクトワールド 映画 DVD

パーフェクトワールド 映画 DVD

 138分間のうち後半の30分間は充実しています。胸にぐっときます。ただ、途中経過においては、わからないことがいくつもあります。脱獄囚のケビン・コスナーが8才の男児フィリップを誘拐してテキサスから北を目指して逃亡するロードムービーです。子どものフィリップが逃げ出すチャンスは何度もありました。なぜ逃げないのか。黒人ファミリー宅で、ケビンは祖父を射殺しようとします。なぜ、射殺しなければならないのか。わかりません。
 回顧の映画です。アメリカ人年寄りが喜ぶ内容です。テキサスは農業地域らしくのんびりしています。西部劇を見ているようでもあります。ここは、義理人情、縁故のつながりで生活してゆくというセリフどおりの州です。BGMはカントリーウェスタンで、治安の悪さとか銃社会という側面があるものの、みなきょうだいという意識があれば楽園です。スローな動きの映画で、鑑賞中はどこがいいのかと疑問が生じるのですが、観終えて数日経ってもシーンが脳裏に残っています。すばやく激しい展開の映画ではみられない現象です。
 児童に対する父親の暴力防止の訴えが映画の内容にこめられています。派生キリスト教に対する否定もあります。年代設定は1963年ですが、映画が製作された93年当時の世相が反映されています。アメリカ人も日本人も心が痛んだとき北を目指すことで同じ人間としての共通点があることを認識しました。
 自動車をタイムマシンにたとえています。アクセルを踏めば前方は未来へ、後方は過去へ、ブレーキを踏んで停止すれば現在というたとえが好きです。誘拐された男の子は父に頼りたいのに父はいない。父性復帰の願いがこめられている映画です。こどもにあれもこれもだめだとは言うな。コスナーは最低限周囲にいるこどもと同じ体験をさせろと怒りを子の実母に向けています。だから誘拐されたフィリップはコスナーから逃げなかった。自分を大切に考えてくれる男と評価した。加えて、子どものフィリップはコスナーをゆがんだ生活・精神状態から救いたかった。愛情を感じていた。これを書きながらわからなかったことの理由のひとつがわかりました。だから少年は誘拐犯の手から逃げようとしなかった。
 警察署長クリント・イーストウッドたちはボックス型小型トレーラーの中(停止した箱)、コスナーと子どもは、移動するフォード車(移動する箱)という対比で、それぞれ撮影が別個であったことから、両者のつながりがなく、見ていて実感が湧きません。ふたつの車両がすれ違って、追いかけっこが始まる頃から一体感が生まれてきます。
 ラジオからの情報は危険を生み出します。知らないなら知らない方が安全な場合があります。セリフの言葉数が多すぎる難点があります。理解するのにわかりにくくなります。なんでもかんでも殺してしまえばいいというアメリカ映画に一石を投じる作品です。
 余談になります。角田光代著「キッド・ナップ・ツアー(英語で誘拐の意味)」は、家に寄り付かない父親が実の娘を誘拐する設定の物語となっています。冒頭、小学5年生女子ハルの言葉がおじさんくさいのですが、文章からは片親同然のこどものさみしさがただよってきます。

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Posted by 熊太郎 at 06:49Comments(0)TrackBack(0)DVD・映画

2012年01月21日

野間大坊(鶴林山無量寿院大御堂寺)

野間大坊(鶴林山無量寿院大御堂寺かくりんざん むりょうじゅいん おおみどうじ)

ご祈祷の火柱が立っていました。



人はみな、砂のひと粒にすぎない。






今は黙している(もくしている。しゃべらない)



人は、この枠の中でしか生きられない。



愛知県の知多半島にあるお寺さんです。
NHK「平清盛」と関係があるらしく、源義朝(頼朝の父)の旗が立っています。



道は四角で、人は四角道を回る。
回り終えると砂に戻る。

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Posted by 熊太郎 at 09:18Comments(0)TrackBack(0)愛知県

2012年01月20日

嵐を呼ぶ男 石原裕次郎 映画 DVD

嵐を呼ぶ男 石原裕次郎 映画 DVD

 よそごとをしながら観ていたので、終了後、もう一度観ました。でも、さらにもう1回ぐらい観ないとしっかりした感想を書けそうにありません。今日はもう観ることができないので、とりあえず今日の段階で感想を書きます。
 昔から聞く有名な映画ですが観たことがありませんでした。構成は、主人公がドラム合戦に挑むまでが前半、後半は母親による兄弟間差別とか、兄弟愛とか、男女の愛をめぐる重いドラマになっていきます。
 1957年作品です。わたしは生まれていません。有名な俳優さんの若い頃の姿を見ることができます。別人です。若いということはステキです。やせていて、ぴちぴちしていて、夢と希望に満ちています。ことに女優さんたちはバンビ(小鹿)のように飛び回ります。
 当時の日本風景があります。セットは美しいけれど、屋外に出れば質素な暮らしが広がっています。なにもかもが手づくりの時代です。現代のような無機質なものに囲まれた清潔感はありませんが、人は本来動物であり、コンクリート・アスファルト・プラスチック・ガラスや金属で囲まれた世界のみでは生きていけないと思うのです。
 映画の内容はストレート(直線的)です。ドラマーを中心にしたお金儲けがあります。裏話の企て(くわだて)が正直に表面に出ます。登場人物たちは隠さず言葉に出します。対立すれば殴り合いです。わかりやすい。まず興行主があって、そこで使われるスターたちに天狗になるなという戒めが見えます。スターからみればその点がわびしさにつながります。
 裕次郎は母にほめられたかったというマザコンがあります。日本男子すべてに共通するものでしょう。高倉健著「あなたにほめられたくて」を思い出しました。ただ、現実では、親というものは優等生のこどもよりも手のかかるこどものほうがかわいいものです。そう悲観しないでほしい。
 ジャズの世界があります。息子がジャズの世界で生活していますがわたしにはジャズがなにかはわかりません。付属の解説書を読むとこの当時は、ポピュラー音楽すべてをジャズと称していたとあります。納得しました。
 「嵐を呼ぶ男」このタイトルから「嵐」というグループが現在存在するのだろうと勝手な解釈をしました。

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Posted by 熊太郎 at 19:17Comments(0)TrackBack(0)DVD・映画

2012年01月19日

伊豆の踊り子 吉永小百合 映画 DVD

伊豆の踊り子 吉永小百合 映画 DVD

 1963年の映画です。わたしは5才でした。昔の映画をなぜ観るかというと、亡父と老いた母もかつてきっと観たからです。当時は映画館全盛期でした。観てどうするのかと問われても答はありません。観たいのです。
 吉永さんは美しいとかかわいいとかいう以前におてんばです。劇中では16才、実年齢は18才となっています。大学生との恋は幼いものです。1923年大正時代の設定となっています。大学生はお金もちです。相当お金持ちの子息でなければ大学へ進学できなかった時代です。身分の違いがある恋です。結婚に至ることのないかなわぬ恋愛です。彼女は女性哀史の人生を歩むことになるし、学生さんは国家公務員や学者さんになるのでしょう。
 静岡県下田での吉永さんの踊りは鬼気迫るものがあります。このワンシーンへの集中力はすさまじい。
 邦画「ALWAS三丁目の夕日」を見なくても、昔の映画には昔の風景があります。なつかしい。何度か伊豆にも行きました。山河の景色は今もそれほど変化はありません。
 物語は細くて繊細です。今にも切れそうな糸です。反面ユーモラスな場面もあって、高橋英樹さんと吉永さんとのかけあいは、志村けんさんと石野陽子さんのコントを見ているようです。
 映画や物語には「制限」を入れなければなりません。なんでも思いがかなうでは感動は生まれません。ふたりは下田で活動写真(映画)を見に行くことができなかった。現代であれば実現できる夢です。生活様式の変化によって、川端康成氏の日本文学を理解することができない現代人の時代になりました。きっとそれは良いことなのですが、さみしい。ラストシーン、港の別れでハンカチをふるふたりは、もう二度と会うことはないわけですが、山田洋治監督作品「幸福の黄色いハンカチ(しあわせのきいろいハンカチ)」を思い出させてくれました。別れた夫婦の苦境を乗り越えた再会の物語でした。
 旅芸人一座を下賤(げせん、いやしい)ものと扱う差別があります。文字が読めない(教育を受けられない)不平等があります。売春があります。男尊女卑もあるのでしょう。ほんのこのあいだのことのことです。

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