2020年09月21日

「走れメロス」「富嶽百景」 太宰治

「走れメロス」「富嶽百景(ふがくひゃっけい)」 太宰治 新潮文庫「走れメロス」から

 本棚の整理をしていたら、太宰治氏の大量の文庫が出てきました。しばらくは、ちょこちょこと同氏の短編を読みながら、ときおり感想を残してみます。
 すでに読んだことがあるものもありますし、読んでいないものもあります。読んだものにしても、もうずいぶん昔のことで記憶はおぼろげです。

「走れメロス」
 メロス:村の牧人。羊飼いが仕事です。
 セリヌンティウス:メロスの竹馬の友(ちくばのとも。幼なじみ。竹馬(たけうま)にのったころからの友だちで固い絆(きずな)ある)メロスの住む村から10里(40km)のところにあるシラクス市で石工(いしく。石を加工する仕事)をしている。
 デイオニス:自分にさからう人間、自分が気に入らない人間は殺すというシラクス市の王さま。暴君(人民を苦しめる君主。ワンマン)

 末尾に、「古伝説と、シルレルの詩から。」とあります。
 神話の世界です。現実にはありえない状況設定です。
 メロスが、暴君デイオニスを殺そうとして逆に捕まります。メロスは死刑です。
 メロスは、デイオニスに願いを申し出ます。死刑の刑は受ける。ただし、ひとり残る妹を信頼できる男と結婚させてから死刑にしてくれ。猶予は三日間でいい。メロスには、両親も妻もなく、身内は妹だけです。
 メロスはさらに、自分の人質として、竹馬の友のセリヌンティウスを差し出します。自分が三日以内に戻らない時は、自分の代わりにセリヌンティウスを処刑してもらっていい。
 セリヌンティウスは、メロスの申し出を受けて人質になります。
 王さまのデイオニスは笑います。笑いながら、メロスの申し出を受け入れます。そんな美談は成立しない。メロスは、自分の命を守るために逃げると断定します。
 しかし、美談は起こります。成立します。
 王さまのデイオニスは、ふたりともの命を救います。

 王さまデイオニスには、悲劇があります。彼は人間不信、親族不信があります。今自分がもっている権力を狙っているのは身近な親族です。だから、身内を殺します。殺さないと自分が殺されるという恐怖を抱いています。だから最初に、妹婿を、次に、自分の子どもを、それから妹も、妹の子どもも、妻も、自分を支えてくれていた家臣も、殺してしまいました。権力者というものは孤独なポジションです。おびえるオオカミのようです。権力者は権力を失ったときには、そばにはだれもいなくなります。対して、メロスは、妹思いで人間的な心をもっています。牛のような雰囲気です。

 メロスは、妹の結婚式のあと妹に、こう話をしています。自分の一番嫌いなものは、人を疑うこと、それから嘘をつくこと。
 三日間でシラクス市の処刑上に戻る予定のメロスに天候不順の不運が襲います。豪雨です。河川が荒れて渡れません。最後には、濁流の中を泳ぎとおして川を渡り切りますが、メロスはへとへとに疲れ切ります。さらに、三人の山賊にも襲われて身ぐるみをはがされそうになり、闘って三人の山賊を倒します。メロスの体はもう動けないほど力を失います。
 そして、メロスは、<もういいか。もう戻らなくてもいいか>と思います。
 このあたりから、太宰治氏の文章に熱い勢いが生まれきます。「信じること」に対する思い入れが強く表現されます。
 敵は、王さまのデイオニスではなく、自分自身の心の中にあるものなのです。メロスの言い訳が続きます。自分は、友のセリヌンティウスを救うことはできない。
 メロスは、岩の割れ目から湧き出ている清水(しみず)をひとくち飲みました。水は、「薬」みたいなものだろうか。メロスは心身ともに生き返ります。そして、「走れ! メロス」となるのです。友人のセリヌンティウスは、自分を信じてくれているので、その期待に応え(こたえ)なければならない。
 
 作品のなかに、「美」があります。読んでいて、すっきりした青い色の青磁器が思い浮かびました。

 メロスは友人のセリヌンティウスに遅くなったことと、そして、一度だけ帰還をあきらめようと思った過ちを告白します。
 セリヌンティウスもまたメロスに謝罪します。メロスは戻ってこないかもしれないと一度だけ疑ったそうです。
 ふたりのようすを見た王さまのデイオニスが改心します。ふたりを讃えます。対立を乗り越えて、三人で協力していこうと提案します。王さまはようやく人を信用できるようになったのです。

 「友情」というよりも、「信頼関係の構築」に重きをおいた作品だと感じました。

 さいごは、メロスががんばりすぎたので、まっぱだかだったというユーモアで終わっていたのは意外でした。

 調べた単語などとして、
憫笑(びんしょう):あわれんで笑う。
反駁(はんぱく):相手の意見などに反論すること。
腹綿(はらわた):人間の性根(しょうね。その人の基本的な心のもち方)
繫舟(けいしゅう):岸につながれた舟
ゼウス:神。ギリシャ神話の最高神
信実(しんじつ):正直、まじめ


「富嶽百景(ふがくひゃっけい)」
 富嶽:富士山のこと
 浮世絵話から、富士山の傾斜角度の観察が始まります。
 静岡県熱海市の北に位置する十国峠から見えた富士山のこと。
 東京のアパートから見る富士山のこと。三年前、昭和十三年の初秋に作者は甲州へ(山梨県へ)旅に出た。甲府市からバスで一時間、御坂峠(みさかとうげ)へ到着する。小説家であり、作者の師匠である井伏鱒二氏(いぶせますじ)と面談している。
 宿泊する茶店からは、風呂屋のペンキ画と同じ風景が見えた。作者はそれが嫌いだった。
 文章表現が豊かです。井伏鱒二氏が登山の途中で、放屁(ほうひ)されたそうです。そして、読みやすい。
 訪問の目的は、作者の見合いです。つまり結婚相手候補との面談です。
 
 太宰治氏は、自分はたいした人間ではないが、「苦悩」だけはしてきたと強調します。

 有名なフレーズとして、「富士には月見草がよく似合う」

 すべての文章が、遺書に思えてしまう。生きていたときの物悲しさがある。

 麓(ふもと)の遊女たちのバス観光がある。

 富士山に頼む。すべてあんばいよういくようによろしくと頼む。

 青森の実家からの援助はまったくなく、お師匠のお世話になって、なんとか結婚されたようです。
 
 太宰治氏は旅人です。このときは、富士山に守ってもらいました。

 これは、日記としての記録形式の小説です。

 調べた言葉などとして、
太宰さんはひどいデカダン:退廃的な態度をとる芸術家太宰治氏。あわせて、性格破産者とあり。(しかしそれはイメージで、じっさいは、まじめなちゃんとしたおかたという25歳の地元郵便局勤めをしている新田さんという一般人の話あり)
安珍・清姫伝説:あんちん・きよひめ伝説。安珍は僧侶。紀州和歌山県が舞台。平安時代。能、歌舞伎、浄瑠璃。安珍に一方的に恋する清姫が蛇になる。
悉皆(しっかい):ことごとく全部

 気に入った言葉の趣旨などとして、
「山は登ってもすぐに降りるだけ。つまらない」
「くるしい。仕事が」

(再読 短い文章なのでもう一度読んでみました)
 調べたこととして、
佐藤春夫:1892年-1964年 72歳没 小説家・詩人
井伏鱒二(いぶせ・ますじ):1898年-1993年 95歳没 小説家

 「昭和13年初秋」という設定で始まります。作者は、「昭和23年6月死去」ですので、あと10年の命と思いながら読みます。

 三ツ峠:河口湖を前におき、背景に富士山が美しいところ

 最後は、「走れメロス」と同様にユーモアで終わっています。
 若い娘さん二人にカメラのシャッター押しを頼まれて押すのですが、実は、ふたりの姿は写っておらず、富士山だけの風景なのです。  

Posted by 熊太郎 at 07:35Comments(0)TrackBack(0)読書感想文

2020年09月20日

レナードの朝 アメリカ映画DVD 

レナードの朝 アメリカ映画DVD 1991年日本公開

 昔、テレビで、一部分を見た記憶がぼんやりとあります。脳の病気で長い間眠っていた入院患者が、一時的に目覚めて活動して、再び病気で眠りにつくというようなストーリーの流れでした。類似の作品として、「レインマン」とか、「カッコーの巣の上で」とかがあります。

 医療ノンフィクションということで、アメリカで実際にあった事例だそうです。
 心身の活動行動が止まっていた入院患者、映画では15名が試験的に使用した新薬の効果が出て一時的に復活しています。

 ロバート・デ・ニーロさんの患者役は熱演でした。
 気弱な医師役のロビン・ウィリアムズさんも良かった。
 全体的に演劇を観ているような雰囲気でした。

 映像で、アメリカ合衆国の数十年前の雪景色の風景を見ることができて、時間旅行の旅気分を味わうことができました。

 さて、登校拒否ではなく、病気のために11歳から登校できなくなったレナード・ロウです。二十歳から入院して、実に30年がたちました。ほかの入院患者たちも1920年代から入院が続いています。無反応な状態です。1959年ぐらいの出来事だろうという時代設定です。

 調べた言葉として、
臨床医:患者の診察を行う医師

 映像を観ます。患者には、水と栄養を与えるだけ。静かに時間が流れていきます。人間の脳ってどうなっているんだろう。
 患者は人形のようです。医師や看護師役も含めて、俳優さんたちには、ゆったりとした演技が求められています。

 新薬(合成ドーパミン)のおかげで、みんなが目を覚ましました。
 ヒゲをそる。本を読む。太陽光線に当たる。階段を歩く。海につかる。自然と触れ合う。食べる。化粧する。歌う。踊る。
 「生きている」とか、「生(せい)」とか、「命」を考える映画です。
 
 レナードは、入院患者の娘である女性に恋をします。気持ちは盛り上がります。

 いろいろトラブルが発生します。
 何もしないのが、最善の手法なのか。しかし、そうではないという問答が続きます。
 病気のつらさ、悲しさがあります。
 普通の暮らしがいかに幸せかをみんなに知らせたいレナードは、そう状態です。
 レナードの母親も混乱します。「いまのあの子は、あの子じゃない」

 レナードの様子はおかしくなってきます。けいれんが激しくなってきます。薬が効かなくなってきました。

 記憶に残ったセリフなどとして、
(レナードが外出自由行動を認めてくれない医師に)「いちばん怪しくないのが、裏切り者だ」「眠っているのはあんたのほうだ」
(レナードの母親)「病気と闘っても、負け戦(いくさ)よ」
(レナードが恋する女性に)「これで会うのはよそう。きょうは、さよならを言いに来たんだ」そして、ラストダンスシーン
看護師のエレノアが医師のマルコム・セイヤーに「あなたは優しい人よ。(レナードと医師の)ふたりは友だちだ」純粋なものの触れ合いがあった。
素晴らしい夏でした。奇跡の夏でした。正しいかどうかは謎です。周囲の人たちも含めての人々の心の目覚めがあった。心の優しさは、良薬です。小さなぬくもりが良薬になりますというような趣旨のマルコム・セイヤー医師の語り。

 良薬話に合わせて、働くことの意味を考える。それから、ラスト付近の、「コーヒーをいっしょに飲む時間はありますか?」
 患者たちには、思い出の世界しかありません。1920年代、彼らが20代の頃の思い出です。
 いい人生は、思い出をつくること。死ぬ瞬間に、ああ良かったなと思えること。  

2020年09月19日

出川哲朗の充電バイクの旅 秋田から青森

出川哲朗の充電バイクの旅 秋田男鹿半島(おがはんとう)から美しき“五能線”沿いを秋田青森ズズっと北上180キロ! 白神山地にわさお! うひゃー~陣内も篠原も日本海がウマすぎヤバいよヤバいよ 3日間 2年前の放送のふりかえりスペシャル テレビ番組

 東北北部の西海岸沿いを堪能できた旅路でした。
 ゲストは、前半が、陣内智則さん、後半が、篠原信一さんでした。篠原さんが、柔道の先輩に偶然会えたのは劇的でご縁がありました。

 八郎潟(はちろうがた)は、遠い昔に小学校で習いました。あの頃はまだ、湖の部分が広かったような記憶が残っています。
 延々と続く黄色い菜の花畑が目にまぶしい。菜の花の群生を見ると、この先なにか、いいことがありそうな気持になれます。

 途中で立ち寄った障がい者の人がつくったものを販売する場所「ちょこっと」というところでの出川さんの充電協力にたいするお礼の窓ふき風景がおもしろかった。
 出川さんは背が低いので、大きな男の人に肩車をしてもらって窓ふきをされていました。

 料亭「カネユウ」というところは、立派な建物でした。室内照明がきれいです。杉の板もいい雰囲気です。
 出川さんと写真を撮りたい地元の人たちの熱気がすごい。

 いずこも、コンパクトなまちで、感じがいい。

 白神山地に関する地元の人のコメントが良かった。
「ただ単にのぼって疲れるだけ」というぼうやのセリフには笑いました。
「白神山地は、行くものではなく、ながめるもの」には、説得力がありました。

 久しぶりの出川さんの安産祈願シーンを見ました。
 無事誕生されて、二歳になられて良かった。

 おばあちゃんの食べ物屋さんでのおばあちゃんの言葉に笑いました。
 最初は、出川哲朗さんがよくわからず、「顔の大きい、(男ぶりの)悪い男」と言って、そのあと、しきりに謝っておられました。

 観光ホテルの露天風呂に陣内智則さんがちゃっかり先に入っていたのにも笑いました。

 ホテル前のお店でのマグロのステーキがおいしそうでした。

 夜の五能線を走る列車に乗客がひとりもいなかったそうです。
 それをヒントに童話の一本でも書けそうな気がしました。
 五能線:秋田県東能代駅から青森県川部駅
 
わさお:秋田犬(あきたいぬ) 2020年6月8日 13歳没 ぶさいくだけどかわいい犬で有名になった。

鶴の舞橋:青森県北津軽郡鶴田町。岩木山がきれいに見える映像でした。昔、五所川原市に行ったことがあるのでなつかしかった。

 長距離の電動バイク旅、お疲れさまでした。

(追記)
 その後読んでいた太宰治氏の小説「帰去来(ききょらい)」で、五能線ほか、青森地方の記述が出てきました。出川哲朗さんの番組を見たあとだったので、映像風景を頭に浮かべることができました。サンキューです。  

2020年09月18日

(再鑑賞) リアル・スティール アメリカ映画DVD

(再鑑賞) リアル・スティール アメリカ映画DVD 2011年公開

 名作です。最初は映画館で観て、その後DVDで、もう何回も観ました。何度見ても泣けます。
 ろくでなしのオヤジとしっかり者の息子の組み合わせで感動をつくりあげます。類似の作品として、「チャンプ」がありますが、チャンプも名作です。
 何回も見えているのでもう筋書は知っていますから、今回は、英会話のリスニング学習目的で鑑賞しました。
 スィリアスリィ:本気か?
 アイル イントロデュース・ミー:自己紹介するよ
 ゲットアップ:立ってくれ
 ミギー、ヒダリー:日本語です。右、左
 アー ユー オールライト?:大丈夫か?
 セイブ マイ ライフ:(ロボットがぼくの)命を救ってくれた。
 ドン ウォーリー:心配しないで(秘密は守る)
 アイノウ アイノウ:オレはわかっている。
 アイム シュワー アイム イレブン:ぼくはたしかに11歳だ。
 パンチアップ:ロボットへの格闘技の命令
 チャーリー プリーズ:(実父のチャーリーに向かって)ぼくを養父母に引き渡さないで。
 ホワット キャナイ ドゥー:実父のオレに何ができるというんだ。
 アイ ウォンチュー ファイトミー:ぼくのために闘って。
 ワンナイト:(子どもの貸し出しは)ひと晩だけよ。
 イエス ユー キャン:お父さんは絶対できる。
 ウォッチミー:オレを見ろ。
 ノットイエット:まだだ。
 ユーズザターボ:(敵の司令官が)ターボを使え。
 父子が操縦するロボットのアトムがジャンプしながら相手のロボットにパンチを打ち込むシーンが美しい。
 勝ち負けなんかもう関係ない。息子は父親に、「ダッドゥ ダッドゥ(おとうさんおとうさん)」、父親は息子に、「マックス マックス」
 へこんでいる人に勇気をくれるストーリーをつくりたい。
 アトムは打たれ強い。映画には、打たれ強い人になれというメッセージがあります。
 アドバイスをくれる父親の恋人の存在は大きい。
 好き嫌いを乗り越えて、認めるべきところは認める。
 やられてからやりかえす感動を呼ぶ筋書です。
 たとえぼろ負けしても堂々と闘おう。
 なにをやってもきちんとやれない人や古くなって時代遅れになった物を排除しないでなんとかしようというところが偉い。
 「悪」が悔い改めて、「善」になるパターンです。
 子どものマックスは、ガッツの固まりです。母親を病気で亡くした男の子ががんばります。


(参考として リアル・スティール 映画 DVD 2014年8月のときの感想)
 殴り合いの野蛮な出だしですが、マックス11歳の登場あたりから落ち着きます。
 根性の腐った父親を叩き直して、真実がわかるまっとうな人間に育てることが目標です。がんばれ!マックス
 マックスの表情がいい。そして、ロボットATOM(アトム)は生きているようです。アトムのシンプルなつくりの顔が効果をあげています。マックスとアトムが練習をする普通の場所、たとえば道路の片隅などでのロケ地撮影がいい雰囲気をかもしだしています。
 バックグランドミュージックもいい。本音を伴うお金のやりとり会話もいい。
 父親と息子の合作がアトムです。児童福祉の映画でもあります。恋愛の映画でもあります。父親は別の女性といい仲になっている。マックスは病死した母親の妹夫婦の家で暮らすことは避けられない。血がつながっていても親子が一緒に暮らせないことはあります。
 試合は粘りです。とりあえず1ラウンドをもたせる。耐えて耐えて耐えて、最後に攻めに出ます。ようやくお父さんはお父さんになれました。これも、亡きお母さんの支えがあったからです。「圧倒的な闘志で戦う」いいセリフでした。  

2020年09月17日

あの子の秘密 村上雅育

あの子の秘密 村上雅育(むらかみ・まさふみ) フレーベル館

 30ページぐらい読んだところです。
 ふたりの小学6年生女子が登場します。クラスメイトです。

 ひとりめは、倉木小夜子(くらき・さよこ)名字のとおり、暗い性格設定になっています。学校には行きますが、しゃべらないそうです。人間よりも本が好き。マンション暮らし。どういうわけか、オスの黒猫がいつも彼女のそばにいます。黒猫の目は緑色です。ただし、黒猫は、想像上の生き物であり、実体としての存在はありません。
 天海優香からは、「よこちゃん」と呼ばれている。「さよこ」の「よこ」なのでしょう。
 マンションの5階暮らしです。

 ふたりめは、東京の笹塚第二小学校から甘縄小学校(あまなわしょうがっこう)に転校してきた児童で、三橋明來(みつはし・あくる)です。編み込んだ前髪とビーズがトレードマークのチャーミングな女の子です。身長154センチだから6年生にしては大きい。人をほめるのが得意。天海優香からは、「あくる」の「くる」をとって、「くるちゃん」と呼ばれます。
 三橋明來は、両親が離婚して、母方の実家へ都会から引越してきました。祖父母が同居しています。明るい性格です。一戸建て暮らしでしょう。

 ほかには、短髪で眉太(まゆぶと)の男性担任の坂井先生がいます。
 女子グループの中心が櫻井美咲ちゃん。彼女には要警戒だそうです。いろいろめんどうな女子の世界があるようです。
 相沢巴(あいざわ・ともえ)は、ポニーテールの女の子。美咲グループの一員ではない。
 天海優歌(あまみ・ゆうか)は、少したれ目がち。おっとした雰囲気。相沢巴と仲良し。
 櫻井美咲(さくらい・みさき)愛称が、「サッキー」お姫さまみたいな女子。高校生の兄がいる。兄の名前が、「咲人(さきと)」

 出だし付近は、小学6年生女子というよりも、女子中学生にみえます。

 文章の区切りに、「月のマーク」それからたぶん「太陽のマーク」があって、そのあとに、月だと倉木小夜子、太陽だと三橋明來(あくる)のひとり語りが始まります。
 どちらかといえば、両親の離婚歴がある三橋明來のほうが暗い個性になるような気がするのですが、この本の場合は逆です。
 驚いたのは、三橋明來にも黒猫が見えるのです。

 「よこちゃん」とはだれ? 黒猫の名前? (倉木小夜子のさよこの「よこ」でした)

 黒猫と倉木小夜子を結び付けたのは、倉木小夜子の父親です。
 父親がショーウィンドウの向こうにあった黒猫を手に入れたのですが、黒猫が生きた猫なのか、人形だったのかはまだわかりません。(157ページで判明します)

 内容については、そんな深刻になるような状況には思えないのですがお話は続きます。
 自分では、自分しか知らない(秘密)と思っていることでも、たいていは、だれもが知っていることということはあります。お互いにしゃべらないと、そのことに気づけません。
 
 2歳から8歳ぐらいに出るという「イマジナリーフレンド」、「見えないお友だち」、「空想上の友だち」、そういう言葉が登場しました。見えると、ペットなのでしょう。
 黒猫が消えてしまうのですが、自分が創り出した想像上の存在であれば、自分で再び呼び戻すこともできるでしょう。ちょっと普通じゃない世界に足を踏み入れることになりますが。
 
 なんだろう。黒猫の存在が具体的なものでない以上、ここまで心理的、そして、交友関係で、ぐずぐずする理由がわかりません。
 
 情景描写がうまい表現に思えません。「みかん色の夕日があたりをあまずっぱい色にそめている」は、風景というよりも食べ物のレポートをしているようです。この作品の風景描写は食べ物がらみが特徴です。たとえば、ケッチャプがらみの夕焼け空があります。

 名前の表記で、「〇〇ちゃん」の「ちゃん」は付けないほうが読みやすい。読んでいると、「ちゃん」がたくさん出てくるので、頭の中で、「ちゃん」が反復して読みにくい。あと、「〇〇さん」の「さん」も同様です。途中から敬称抜きで読みました。
 それから、児童たちの名前はできるだけフルネームで書いてほしい。書くときに、ひとりの人間について、フルネームがあって、上だけの表記があって、下の名前だけの表記があって、愛称表記があってなので、だれなのかがわかりにくい。
 
 倉木小夜子はなぜ攻撃的な態度をとるのだろうか。わかりません。
 倉木小夜子の両親の状態がいつまでたってもわからない178ページ付近を今は通過しています。
 
(つづく)

 全体を読み終えました。
 後半に向かって、たくさんの仕掛けがしてありました。
 今年読んで良かった一冊です。発想がいい。
 結末は、予想に近かったので安心しました。

 「依存」について考えました。「ギブアンドテイク」という言葉がありますが、たいていは、ギブ(与える)するほうはずーっと与え続けて、受け取る側は、ずーっと受け取るというのが、世の中のありがちな形態です。助け合いではないのです。一方的な援助になってしまうのです。そこが原因になって、人間同士の対立が深まります。
 「利益」のキャッチボールができるようにならないと、「平和」が訪れないのです。

 262ページ付近から、この物語の心臓部に入ります。
 がっちりと構築した「考え」があります。
 「ぬいぐるみは、持ち主といしょに遊んで、飽きられて捨てられるまでが仕事」とあります。
 
 ひとり親家庭が増加している今、こういう物語がこどもたちから要求されているような気がします。

 ファンタジー(幻想)+ミステリー(推理)+超自然現象、スリラー(ぞっとするような怪奇)すらある作品です。
 太宰治の「生まれて、すいません」の世界まで見えてきます。
 精神世界、メンタル、スピリチュアル、心が重たくなって、最後は、解放される。詩的です。
 おとなになったら忘れてしまうこどもの世界です。

 とても深く気持ちを追い詰めた作品でした。

 気に入った文章表現として、
「わたしとともだちになってもいいことないわよ」
「わたしを助けてください」
「友だちって、なろうと思ってなるもんじゃないよう」
「別れを乗り越える」
「心から血を流していたんだろう」
「あなたは私の一部なんでしょう?」
「あたしは、パパとママにいっしょにいてほしかった」
以心伝心(いしんでんしん。言葉や文字なしにお互いの気持ちが通じること)
両親の離婚をこどもである自分のせいにする。

 意味が取れなかった文節として、
「学校はそわそわとした非日常に包まれている」

 調べた単語などとして、
(髪型)前髪編み込みビーズ:髪が編んであって、飾りにビーズが使ってある。
ローファ:靴ひもなしの革靴
リフレイン:繰り返すこと
チャーミング:魅力的。人の心をひきつける。
害悪:がいあく。周囲に災いを与える。
気色ばむ:きしょくばむ。怒ったようすが表情に出る。
山かけうどん:とろろいもがのったうどん
外聞:がいぶん。世間での評判
杞憂きゆう:無用な心配
アンタッチャブル:ふれてはいけない。倉木小夜子には話しかけにくい雰囲気がある。
だしに使う:自分の利益のために利用する。
所在ない:何もすることがない。
ゴーマン:傲慢(ごうまん)人を見下す態度
自嘲的(じちょうてき):自分で自分をばかにして笑いのネタにする。
坊主めくり:百人一首の札を使う。絵札を使う。裏向きで山札を積む。ひとりずつめくる。絵札が男性の時は自分の手札になる。絵札が僧侶(坊主)のときは、自分の手札を全部捨てて山札の隣に置く。絵札が女性のときは、坊主の人が捨てた札を全部もらう。山札がなくなったときに、手札を一番多く持っていた人が勝利者となる。
残響(ざんきょう):音の反射。引き続き聞こえる音
無粋(ぶすい):気持ちのやりとりに配慮がないこと。
アルペジオ:ギターの弾き方。高い音、 あるいは低い音から、一音ずつ弾いていく。
アイデンティティ:自己同一性。自分は何者なのか。自分の定義。自分の人生の目的。自分の存在意義
コンプライアンス:法令順守(ほうれいじゅんしゅ)法令を守る。  

Posted by 熊太郎 at 07:27Comments(0)TrackBack(0)読書感想文

2020年09月16日

八月のひかり 中島信子

八月のひかり 中島信子(なかじま・のぶこ) 汐文社

 小学校中学年から高学年向けの児童文学だと思います。
 読み始める前の情報として、児童の貧困について書いてあるようです。

 とりあえず、20ページまで読みました。各章に食べ物のタイトルが付いているのですが、最初の章「味噌汁(みそしる)」は、味噌汁は出てきません。焼きそばが出てきます。
 離婚による3人世帯の母子家庭があって、主人公の田端美貴が小学5年生、弟の優希が2年生です。
 母親は、パートでスーパーのレジ担当です。
 父親は、優希が3歳のときに離婚して離別ですので、5年前が離婚時期です。以降、家族は父親とは会っていない。養育費の援助もない。
 それから横須賀に母方のおばあちゃんがいますが、母親とは仲が良さそうにはみえません。
 祖母は未婚の母だったそうです。

 今は小学校の夏休みです。8月6日広島原爆投下の日です。
 美樹が昼食の用意をしていますが、おかずを買うお金が少ないようです。今回の昼食はひとりぶんの焼きそばをきょうだいふたりで食べます。やきそばって、いまはスーパーの安売りで、ひと玉25円ぐらいで売っているところもあるので、もっと買えるはずなのにと、ちょっと意外でした。
 自分も類似のひとり親貧乏体験があるのでなつかしい。
 本の中のふたりのこどもは、いつだって、おなかがぺこぺこだそうです。
 時代背景が違うので、書きにくいのですが、お金がないということでは、昔のほうがきつかった。昔の貧乏は、テレビもエアコンもありませんでした。扇風機はもらいものがありました。小学校は、給食を食べるために行っていました。

「トマト煮」の章
 たこ焼きと鳥肉のトマト煮が出てきました。美樹さんはお料理が上手です。
 貧乏は、開き直ったほうが勝ちだし、楽です。ないものはないのです。いまのところ、食べ物の話ですが、自分は着るものがなくて困ったことがあります。パンツをはかずに登校したときに身体検査がありました。よく覚えていませんが、たぶんフリチンで受診したと思います。小学校2年生ぐらいのときです。

「お好み焼き」の章
 夜中にお母さんの具合が悪い。翌朝もだめで出勤できずにお休みします。そして、病院に行くお金がないようです。医療費の支払いがむずかしい。ひとり親家庭の医療証ってなかったかな。たしか医療費の助成があったと思います。
 ご家族は水道も節約されているのですが、こちらも水道料金の助成があったような気がします。
 
「カレーキャベツ」の章
 美樹ちゃんは万引きをする女性を発見します。万引きはだめです。
 お金があってもするのが「万引き」です。万引きは心の病気です。
 美貴ちゃんは、おかあさんに万引きおばさんのことを話せばいいのに。

「ソース炒め(そーすいため)」の章
 クワガタくん登場。だけど、彼に与えるエサがない。昆虫ゼリーを買うお金が惜しい。
 それでもいろいろ工夫して楽しい思い出ができました。
 学童保育所に通っているようですが、学童保育所での話はほとんど出てきません。

「マヨネーズ和え(まよねーずあえ)」の章
 8月11日の午後です。小学2年優希くんのお友だちである須藤大輔くんが遊びに来ました。クワガタくんを披露します。
 大輔くんもひとり親家庭のこどもです。離別で、ママのほうが出て行ったのです。よって、父子家庭です。
 ひとり親家庭が増加するいま、児童文学の素材も変化してきてもいいと思います。ひとり親家庭を扱ったこのパターンの児童向けの物語はまだ少ない。

「納豆キャベツ」の章
 8月12日水曜日です。
 類(るい。似た者同士)は類(るい)で固まるというようなお話しです。
 それから、別離した父親らしい影が出てきます。父も成長した子の姿を見たいときがある。(残念ながら、お金を貸してくれでした)
 いろいろあるけれど、秘密をかかえこむと苦しい。しゃべると楽になれます。

「クリーム煮」の章
 長女美貴の負担が重い。
 事故?
 生活保護の話が出ました。どうしても無理なら一時的なこととして受給することもやむを得ないのではないか。
 母親が病気で倒れたら終わりです。

「また、味噌汁」の章
 「くわちゃん」ってだれだろうとしばらく考えていて、コクワガタのことだとようやくわかりました。
 食べ物でリレーしていくストーリー仕立てでした。
 もう一歩踏み込めると良かったような。

 こどもは、まずは、生きていることが大事だと感じました。  

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2020年09月15日

リトル・ランボーズ イギリス・フランス合作映画DVD

リトル・ランボーズ イギリス・フランス合作映画DVD 2010年日本公開

 コメディドラマという位置づけのわりには、哀れで、物悲しくなってくる根っこがあります。
 父親のいない少年同士が中心になって映画づくりをします。
 シルベスター・スタローンの「ランボー」に刺激されて、「ランボーの息子」というタイトルです。

 イギリス・フランスの教育制度、文化なので、日本人の自分にはすんなり内容を理解できません。宗教のことが色濃く反映されています。
 されど、ラストシーンは、胸にぐっときました。
「(高校生ぐらいの兄が、11歳の弟に)おまえは、唯一の家族だ」
「(主人公の少年が神さまに)家族や友を与えてくださり感謝します」

 父親が芝刈り作業中に脳動脈瘤の病気で死んだという11歳のお人よしのウィル・プラウドフットが主人公です。彼は、気が弱い。物語づくりが好き。映画が好き。母子家庭で、教会の宿舎みたいなところで暮らして教会のお世話になっています。
 ウィルを映画製作の道に誘い込むのが、イカサマ師のような同級生リー・カーターです。彼の父親は彼が生まれた頃にどこかへいっちまったそうです。彼には兄がいます。ローレンス・カーターといいますが、あまりいい青年には見えません。それでも、弟は兄を慕います。

 教会員だから、会員同士を家族とし、他人をきょうだいと呼びます。

 ときに、ハリーポッターみたいな雰囲気あり。

 映画の中に映画制作風景があります。

 カンカン(缶)のカカシがおもしろかった。

 「(ママの恋人に)あんたはパパじゃない!」

 玉手箱をぶちまけたようなラスト付近はキラキラと輝いていました。

 教訓として、「人生は、さみしさをかかえながら進むもの」

 忍者が登場、読めない文字ですが、漢字も登場(日本公開を意識してある?)

 募金をアピールする犬のつくりものが、凧にくくりつけられて空に浮かびます。

 もう(父親の形見の)腕時計は、だれのものでもない感じです。

 ほんとうの友だちになりたかったら、また、家族になりたかったら、お互いによく話をしようというメッセージがあります。