2018年06月22日

美しい顔 北条裕子

美しい顔 北条裕子 第61回群像新人文学賞 6月号群像

(平成30年5月15日付読書感想文)
 美しい顔とは、7年前の東日本大震災で津波によって亡くなった主人公サノ・サナエ当時17歳の母親の死に顔をさします。
 マスコミの取材に対する批判から始まります。地震・津波が素材というこの話、この素材がいつまで続くのだろうかとため息が出ます。
 書き手全体に対して言いたいのですが、これから先、小説の素材選びはどうするのだろうか。次の大災害がくるまで、東日本大震災を引っ張るのだろうか。何をどう書きたいのだろうか。

 エロっぽいものが重ねてあります。純文学はエロを必ずからめなければならないものという呪縛さえ感じます。
 書いた勇気はたいしたものです。覚悟があります。

 文字がページ全体、びっしりと書き込まれています。ここに、「行間を読む」という日本人が好んできた文化はありません。読み手のための文章ではなく、書き手のための文章です。

 もう、流し読みにします。

 とうとつに、パリ・シャンゼリゼの話が出ます。変です。ここは、日本です。

 「いいね!」 SNSのことはわからない。わかる人間は、1億2000万人のなかの、一部の人間でしかありません。

 生徒会長で人気者の広子ちゃん。「がんばろう日本」に対する嫌悪感。生き残った自分を責める自虐。二重人格部分あり。カタカナ表記の人間性をもたせない登場人物への命名。

 冒頭付近のダンボールハウスは、避難所体育館の中なのでしょう。最初は公民館に泊まったとあります。(再読した時に、場所がどこかを秘密にせず、最初から避難所ですとしたほうが、わかりやすいと思いました。)

 7歳年下の弟がいる。

 ここまで、読んできて、作者は被災者ではないなと予感します。被災者だったら書けません。この内容はつくり話です。小説家は体験がなくても上手に事実のように書く才能をもちます。

 これまで、「死」が身近になかった人の文章です。

 登場人物のひとりが、嫌なら取材を拒否すればいいというようなアドバイスを主人公に送ります。読み手として同感です。拒否しないのは、自分に陶酔しています。

 年寄りの気持ちがわからない高学歴の女子たち、規則順守にこだわる公務員気質の女子たち、主人公はそんな人物像に見えます。

 毎日、おおぜいの人たちが、病気や事故、事件、老衰で死んでいる。人は必ず死ぬ。遅いか早いかがあるだけで、「死」に特別はありません。

 内容は悲惨ですが、つくり話だから、読み手は実感をもちません。

 善意って何だろうというメッセージがあります。

 反抗期、思春期の心の動きは、うまく表現されています。

 速読が終わりました。ていねいに、再読するかどうかはわかりません。(2018年5月)

主人公 サノ・サナエ 母親 サノ・キョウカ 弟 サノ・ヒロノリ
生徒会長で人気者だった 広子ちゃん
齋藤さんと斎藤さんの奥さん齋藤由香
マスコミカメラマンであるジーンズの青年


(平成30年6月21日付感想文)
 芥川賞候補作品となりましたので再読しました。
 前回読んだときほどの嫌悪感は生まれてきませんでしたが、やはりわたしには合わない作品です。

 被災地にいる被災者へのマスコミの取材に関して、こういう感じ方もありますが、これがすべてではありません。マスコミというのは昔からそしてこれからもそういうものです。
 現実の生活感がありません。頭の中だけの世界です。
 「拙く:つたなく。漢字がすぐに読めませんでした。」
 
 母がいないなら自分も死んだ方がよかったとするのか。人助けをしようとして亡くなった母親を責めるのか。他人を助けるぐらいなら娘の自分や息子の弟を助けてほしかったとするのか。勤務先で上昇志向があった母親を責めてみるのか。憎むことも愛情、甘えることも愛情。死をもって哀しみとする。

 気に入った表現として、「口角が落ちる。」、「私は言った。反抗期だから。」

 遺体へのこだわりがあります。遺体は遺体であってそこにはもう本人はいないとする考えはいけないことなのか。

 姉17歳と弟7歳の年齢差がありすぎる。

 これはこうという思い込みが強い。  

Posted by 熊太郎 at 05:54Comments(0)TrackBack(0)読書感想文

2018年06月21日

羊と鋼の森 映画館

羊と鋼の森(ひつじとはがねのもり) 映画館

 本を読んでから2年半が経過していますのであらすじを忘れています。映画を観ながらこういう内容だったかなと疑問をもちながら、それでもまあいいかと最後まで観ました。物語では、ふたごの姉妹の話が中心だったような記憶がかすかに残っています。

 複雑な内容です。譲る者と譲られる者が、調律師とピアニスト、それが、姉と妹、兄と弟と重ねてあります。表に出るスターは、支えられる人、裏に隠れているのは、スターを支える人、そして、人間の大部分は支えて生活を営む人たちです。

 せごどんが、出ていたのでびっくりしました。それから、吉行和子さんは先々週観た「家族はつらいよⅢ」でお元気だったのに、この映画ではセリフもなく亡くなってしまいました。でもいい味、出てました。

 人生は哀しみに満ちている。ぐずぐずいう外村君はわたしのタイプではありません。それでも、そういう人は多い。
 両親の死と愛犬の死でひきこもりになっているピアノ弾きの青年がいる。彼をサポートして、彼の笑顔を見て、この仕事をやって良かったと満足する外村君がいる。
 
 タイトルのネーミングがこっています。よく、こういうタイトルを作者は思いついたものです。羊の毛がフェルトで、鋼が弦で、そのふたつをつなげる木材が調律師のつなぐ役割で、その全体がダンパーで音を消す。ピアニストと聴衆をつなげる役割が調律師です。このへん専門ではないのでもしかしたら違うかもしれません。

 雪の日、雪景色、大空の大きな雲が映像の特徴です。

 外村君はメモ魔です。よく見かける新人の様子です。メモをすると心が落ち着く。

 木の名前、草の名前、花の名前を知っていることは大事なこと。

 おばあさんが見ていたものは、森の奥にある樹齢何百年も経つ大樹。神が宿っている。

 ピアノで食べていくんじゃない。ピアノを食べていくんだ。

 先輩から後輩への伝承を重視するメッセージがあります。

 才能は、好きということ。

 放映開始前に出てくる、とむとむとパンパカパンツのキャラクターがなかなかおもしろく、好みです。



2016年1月2日付けの読書感想文です。
羊と鋼の森(ひつじとはがねのもり) 森下奈都(もりした・なつ) 文藝春秋
 直木賞候補作です。
 いっき読みをしてみます。今、平成27年12月29日(火)午後2時19分です。

(つづく)

 今、42ページに入ったところです。
 ピアノの調律師のお話です。北海道出身、江藤楽器で働く、まだ見習い程度の技術者外村(とむら)男性20歳が主人公です。
 羊は、ピアノの弦を叩くチューニングハンマーの素材となる羊の毛を指します。鋼(はがね)が弦(げん)でしょう。森とは音楽のことです。物語の最初付近では、「森はない」、しかし「森の匂いはする」というような表現から始まります。外村はまだ、高校2年生、山奥の中学を出てひとり暮らしをしながら高校へ通学しています。

 外村は、ふたごの姉妹と出会いました。高校生の佐倉和音(かずね。おとなしい。普通の演奏音)、由仁(ゆに。色彩に満ちている。笑みあり。おもしろい)です。

 この本を読みながら、自分も読書のBGMにピアノ曲を流しています。モーツアルト、ピアノ協奏曲第20番ニ短調という曲です。百田尚樹著「至高の音楽」を読んで手に入れました。美しくて印象深い旋律です。

 気に入った表現として、「ホームランを狙ってはいけない」、「音楽という森の入口に立った僕」

 わからなかった言葉として、「オンコ:樹木の種類。イチイ、これもまたわからない。20mぐらいになる高木。(以前、別の少年少女向け物語で出ていたこわい木がイチイであったことを思い出しました。)」、「馥郁(ふくいく):よい香りがただよっているさま。馥郁たる音色」、「テレパス:テレパシー、精神感応」、「オルフェウスの神話:オルフェウスという楽器と歌がうまい人が、愛する亡き妻を現世に戻そうとしてあの世と交渉してその途中で失敗したお話」、「僥倖(ぎょうこう):偶然の幸い」

 (この物語は、恋愛ものだろうか、それとも殺人推理サスペンスものだろうか。)

(つづく)

 午後3時59分、1時間40分が経過しました。今、113ページ付近を通過中です。モーツアルトピアノ協奏曲は、20番、27番と演奏が終わりましたが、再び、20番をかけて、聴いています。ピアノの音に集中する。タンタンタン・タンタター、切ない響きが繰り返される。

 原民喜(はら・たみき)さんという作家さんのことが出てきますが存じ上げません。彼の目指す文章は、登場するふたごのセットを表しています。おとなしい・明るい、厳しい・深い、夢・現実、相対立するものを両立させる。そこには、困難さがあります。本来、姉妹とか兄弟はライバルです。(後半部分で、音楽と文章表現のリンクがあるのですが、実感が湧きませんでした。)

 調律のテクニックの記述部分は素人なので読んでもわかりません。職人さんの世界です。

 外村の先輩調律師柳さんが、「公衆電話の不自然な緑色」が嫌いというのは、何か深い暗示があるのだろうか。メトロノームで助かったとあります。

(午後5時7分、用事ができたので読書は中断)

(午後6時30分から読書を再開して、同時40分に読了しました。)

 舞台の町、最初は東北地方と思いましたが、どうも道内のようです。
 ピアノ調律師に限らず、広く、働くとはどういうことか(生きがい)、だれのために働くのか(対外的にはお客さま)を考える、あるいは、示唆する内容の小説でした。柳さんという調律師さんが味わいを出していました。

 人それぞれのピアノ(音楽)に寄せる思い、思い出がエピソードとして織り込まれています。ジャンルとしての音楽小説です。北海道を舞台とした大自然との共生もありました。一人前になるには歳月がかかる。

 筋立てはかなり苦しい。ふたご姉妹の未来の夢は対比としてありえない。どちらもスターを目指して競争することが実情です。スターになれないからといって、最初から日陰のポジションを望むことはしない。ましてや相手の引き立て役にはならない。相手はライバルです。身を引く態度は真意ではありません。アニメ「タッチ」を思い出しました。

 音楽の入口に若者たちがようやく立ったというポジションの小説です。もっと、奥へ。

 恋を抑える部分があります。恋は抑えきれない。全体がハッピーな仕上がりで、ほんわかした物語が好きな方向けです。
 悪人は登場しない物語です。三浦しおんさんの辞書を素材にした作品「舟を編む」とか、佐藤多佳子さんのオルガンを素材にした「聖夜」などと合い通じる雰囲気があります。  

Posted by 熊太郎 at 05:49Comments(0)TrackBack(0)DVD・映画

2018年06月20日

つゆどきに咲く花

つゆどきに咲く花

あじさい
















ハーブ








あさがお




ゆり








ばら




はなしょうぶ




マリーゴールド、サルビア、ペチュニアなど



  

Posted by 熊太郎 at 06:32Comments(0)TrackBack(0)名古屋市

2018年06月19日

おとこのおばあさん 永六輔

おとこのおばあさん 楽しく年をとる方法 永六輔(えい・ろくすけ) 大和書房

 ページをめくるとふたりの娘さんに捧ぐとあります。先日は、父「永六輔」を看取るという娘さんの書いた本を読みました。2016年たなばたの日に83歳で亡くなっています。
 この本の出版は2013年6月で、その後5刷されています。人気者でした。

 娘さんの書いた本では、本人は、外と内では、違う人だったとありました。外では、永六輔を演じていた。そして、仕事優先の人だった。

 読み始めました。ラジオ番組での発言を整理してまとめたものと解説があります。46年間の長寿番組です。ラジオはこういうことができるという可能性を示しています。
 おじいさんではなく、おばあさんになる。おばあさんのほうが長寿で生命力が強い。おばあさんのほうが楽。背筋を伸ばしてきびきび生きようとすると短命になる。
 男性79.4歳の平均寿命で、永さんは83歳で亡くなっています。この本の当時は77歳ぐらいです。しみじみします。

以下、項目として、共感したものです。
・ふたつのことをいちどにできない。
・ひとつずつ片付ける。

 以下、秘訣として、
・50代で70代のふりをする。(老いる練習をしておく。)
・健康な時に車いすの練習をして慣れておく。

「若く見せるは、むだなんです。」には、笑いました。

パーキンソン症候群:脳神経系の病気。物覚えが悪くなり、ころびやすく、手足が震える。
アルツハイマー型認知症:物忘れ、見当識障害、判断能力低下
メニエール病:内耳の病気。めまい、難聴、耳鳴り。ストレスが原因

 できる限り、自分のことは自分でやる。

 カラオケ嫌いは意外です。

 薬を飲み忘れるので、食後の薬は食前に飲んでいます。(自分のこと)

(つづく)

 パーキンソン病のお話が続きます。くどいので、飽きてきました。おばあさんになる話はどこへいってしまったのだろう。
 転倒注意、多いのは家の中、浴室。
 自力で着替えができない。
 

腎不全:腎臓機能の低下。水がたまるとむくみ、高血圧、老廃物がたまると疲労感、食欲不振、吐き気、けいれん、意識障害
食事療法、薬物療法、血液浄化

「えばって歩く」 胸を張って、上を向いて歩く。パーキンソンじゃないけれどやってみます。

 ここまで読んで、病気の原因は働きすぎではなかろうかと思いました。以前読んだ娘さんの本では、家では、大量の情報を仕入れてかかえて、番組でどういうふうに表現しようかと長時間没頭していたということでした。番組を45年間休まなかったと本文にあります。
 それでも、長生きされて、やりたいことをやりとげられて、それはそれでいいのかもしれないということもあります。

 読んでいて、「時間」について考えました。もう、亡くなっているので、「偲ぶ(しのぶ、なつかしむ)」本です。時間はだれにも平等に経過して、思い出を残していく。時間の使い方を考える。

 ご本人の納豆好きには実感が湧きません。納豆は味がない。健康食だから、しかたなく食べています。
 
 法然と親鸞(しんらん1133年生まれ):念仏。法然(浄土宗)の弟子が親鸞(浄土真宗1173年生まれ西本願寺)

(つづく)

 最後まで読みました。
 病気の話が延々と続き、最後のほうは、クレーマーではないかと、老害まで考えました。
 ラジオ番組の趣旨は、旅に出て、だれかに出会って、なにかしら出来事があってというレポートだったのが、病気になって、病室にしかいなくてみたいに変化して、魅力の出しようがなくなった。

 話題が、「お見舞いのよしあし」、「手術」、「患者のありよう」、「医療従事者」、「車いすでの移動」になるにつれ、わがままや偏った思いこみが出始めます。関係者へのプレッシャーもあります。
 男性が、「おばあさん」になる冒頭付近の話はどこへいってしまったのだろう。残念です。

 登場する有名人の方々のなかで、瀬戸内寂聴さんだけがご存命で長生きされています。
 お亡くなりになった方々のご冥福をお祈りします。
 野坂昭如さん2015年 85歳没
 小沢正一さん 2012年 83歳没
 大橋巨泉さん 2016年 82歳没
 中村八大さん 1992年 61歳没

 印象に残った言葉「もう話し相手がいない。一緒にやった仲間がいない。」  

Posted by 熊太郎 at 06:29Comments(0)TrackBack(0)読書感想文

2018年06月18日

ぞうれっしゃがやってきた 小出隆司

ぞうれっしゃがやってきた 小出隆司(こいで・たかし) 岩崎書店

 昔からあるお話です。こどもの頃、学童向け雑誌の記事で読んだ記憶が残っています。
 本のカバーの絵をながめていて、本当にぞうの背中に小学生がのったのだろうかと疑問が湧きました。しらべたところ、乗った人たちの声がありました。すごいなー。ぞうのせなかの毛がチクチクして痛かったそうです。

 第二次世界大戦末期、空襲で、動物園が破壊されると、猛獣が街に逃げ出して、人間に被害を与える。その前に、動物を毒殺、射殺してしまう。人間の勝手さが表れています。
 ただ、捨てる神あれば拾う神ありです。人情ばなしになりますが、動物を守ろうとする人たちも現れます。

 戦争が終わって、日本で生き残ったぞうは、名古屋市にある東山動物園に2頭しかいない。大きなぞうを列車にのせて全国を回ることはできない。逆に、小学生たちを列車に乗せて全国から東山動物園に呼ぶ。
 国とか、自治体とか、鉄道会社とか、教育機関とか、いろいろな組織の協力があって、たくさんのひとたちの力を合わせる意識が合体してできたことです。調整役に走った人たちも多かったことでしょう。

 ぞうにのったことがある人たちの話では、戦後、そのことを忘れていたそうです。ぞうの背中に乗った当時は小学校低学年のようですから無理もありません。それでも、なにかのきっかけで記憶が呼び起こされています。それが感謝につながっています。感謝の連鎖が未来にも続くといい。

 ぞうのなまえは、アドン、キーコ、エルド、マカニーです。サーカスで芸を披露して働いていましたが、東山動物園に売られました。戦時中にそのうちの2頭キーコとアドンは餓死するように死んでしまいます。
 人情もので、見て見ぬ振りがあります。むかしはそれがとおりましたが、いまは、非難される時代です。残念ですがしかたがありません。

 平和であることを願い求める。

 戦争をすると、弱い者にしわよせがいく。

 名古屋市の空襲は、1940年(昭和20年)3月12日、3月19日、5月14日、6月9日あたりが激しかった記憶です。若い頃、もういまは超高齢者になられた先輩から、爆弾の雨の中を逃げ回ったと聞いた記憶があります。

 この本を読んでいて思ったことは、国は国民を守るためにある。なのに動物園の関係者が、「ひこくみんめ」と言われるのはおかしいのではないか。

 ぞうさん、ぞうさん、おはながながいのねという歌を久しぶりに思い出しました。

 1983年初版で、2017年現在39刷もされているロングセラー本です。  

Posted by 熊太郎 at 06:22Comments(0)TrackBack(0)読書感想文

2018年06月17日

謎解きはディナーのあとで

謎解きはディナーのあとで 邦画DVD 2013年公開

 ショーで赤いドレスを着ていた歌手、りんこという役の女優さんの歌が良かった。雰囲気ある英語の歌でした。

 男が外国人の男を銃殺した。
 上から人が落ちてきた。豪華客船なので、遺体は海に落ちた。
 シージャックか。
 シンガポールまであと7日
 石川さんがいなくなった。
 終始コミカルな映画でした。出ている方は豪華キャストです。

2012年6月10日の読書感想文です。
謎解きはディナーのあとで 東川篤哉(ひがしかわとくや) 小学館
 短編ミステリーが6本収録されています。1本は約40ページで、20分ぐらいで読み終えることができます。その点で、本屋さんが忙しい現代人に売りたい本なのでしょう。
 短文に情報がいっぱい詰まっていることが特徴です。濃度の濃い作品群です。注意深く読むこと、読んだ小さな部分を記憶しておくことが、最後の謎解きで爽快感を得る秘訣です。
 こちら葛飾区亀有公園前派出所のようでもあるし、名探偵コナンのようでもある。漫画の原作本のようでもあります。宝生グループ総帥のひとり娘で大金持ちの宝生麗子(ほうしょうれいこ)刑事は、こち亀の秋本麗子警察官と中川圭一警察官のミックスのようでもある。謎を解く宝生麗子の執事影山が江戸川コナン(工藤新一)で、風祭警部は、私立探偵毛利小五郎で、それらの点で、人物配置は、独自性が薄い。
 舞台は東京都多摩地区、国分寺市とありますが、土地勘のない人には、比較的裕福な人たちが住む静かな住宅地という印象を受けます。犯人となる対象者は基本的にお金持ちの人たちです。
 物語の展開はワンパターンとなります。殺人発生ー風祭警部と宝生麗子のやりとりー執事影山の謎解き。わたしは第四話「花嫁は密室の中でございます」が6本のなかで一番気に入りました。最後まで犯人隠匿の手法がわかりませんでした。わかったとき、ほーっとうなりました。  

Posted by 熊太郎 at 05:56Comments(0)TrackBack(0)DVD・映画

2018年06月16日

万引き家族 映画館

万引き家族 映画館

 観る前に予想していたよりも静かな映画でした。秘密につつまれた静かな映画です。

 カメラマンの視線で、映像の視界を追う鑑賞から始まります。
 万引きのてはずは、あうんの呼吸です。(話さなくてもふたりの気持ちが一致するタイミング)
 2000円ぐらいの品物に対して、「高い」というセリフに「買えばな」の返答には笑えます。

 児童虐待の素材は現在の社会問題でちょうど提起されておりタイムリーです。
 疑似家族の気配は始まってしばらくで気づきます。血のつながりが感じられない。(本来おばあさんのひとり暮らしなのに、おばあさんの年金を食い物にするために人が集まってきている。)
 民生委員のよねやまさんのお話で気配が伝わってきました。

 底辺の暮らしぶりです。生きることの意味を問う。幸せとは何かを考える。
 スリルがあります。
 心持ちの優しい映画です。
 田中邦衛さんの演技を思い出すリリー・フランキーさん
 役者としての演技上手な安藤サクラさん
 どうしてそこにいるのかという樹木希林さんの孫らしき松岡茉憂さん
 女の子のような左利き少年の子役さんとかわいそうな女児役の子役さん

 病んでいます。虐待。貧困。自殺企図の傷だろうか。(仕事と虐待のやけどでした。)つらいなあ。

 4番さんは、障害者だろうか。

 食べ物つながりがあります。最初のほうは見落としましたが(コロッケ始まり)、途中から、キムチ鍋に見えましたが実はすきやき、お麩(ふ)、ソーメン、とうもろこし、シュークリームみたいなものショートケーキらしい。あと、カップラーメン。やきそば、チャーハンもあったような。

 ゆびかくしの手品は久しぶりに見ました。こどもの頃に、死んだオヤジがやってました。

 樹木希林さんという役者さんがいなくなったらこの路線はだれが引き継ぐのだろう。
 クレヨン青塗りの絵に続く、5人の海での姿が、ハイライトです。それを見ている樹木希林さんがいます。でも、本当ではないおばあちゃんです。

 おふろのなかで歌っていた数え唄が伏線になる。
 捨てられたひとたちです。その捨てられた人がまた、仲間を捨てる。
 よりどころがない。
 空中に浮かんでいるような不安定感があります。

 不登校じゃないのに学校に行っていない少年へかけるアドバイスが、「外に出れば、出会いがある。」

 魚釣り、少年が左利きでの食事、ゲップのシーン、よかった。

 サイドストーリーとしての駄菓子屋ヤマトヤ店主柄本明さんとこどもとのふれあいが良かった。

 劇中のしみじみとしたセリフとして、絆ってなんだろう。なにが、人と人をつないでいるのだろうというのがあります。こたえは「お金」と返ってきます。きれいごとではなく、やはり、まずは、お金です。


続けて、本も読んでみました。

万引き家族 是枝裕和 宝島社

 映画の冒頭では万引きしたみかんをその場でむいて食べていると勘違いしました。本では試食用とあります。

 万引きが見つかって捕まったら、すべてが崩壊するという危機感をはらんで進行します。

 虐待されていた女児の居場所が画面ではわかりにくかったのですが、あとで、ベランダをおおう塀囲いのすき間から見えていたとわかりました。
 めんとむかって、親から「産みたくて産んだんじゃない」と言われたら、子どもはたまりません。だったら産むなよです。

 「爪」の連続性がいい。

 良かった表現の趣旨として、「他人の幸せにケチをつけると胸がスッとする。」、「いたいのいたいのとんでけー」、「自分に守りたいものができた。」、「営業スマイル」、「仕事あきらめて、家族(ほんとうはちがうけれど)とすごす時間を選択する。」、「(血縁よりも)自分で選んだ方が絆が強い。」、「家にあったのはおとなの打算(損得勘定)」、「これからどこにいこう。」
 
 味方だと思っていたら実は敵だったということはたまにあります。

 少年は小学校に通っていない。4年生ぐらい。

 映画の映像で見落としたこと、聞き漏らしたことを補充する読書です。小説は、台本内容で、進行していきます。

 娘の名前の由来「さやか」が判明しました。錦糸町という場所はそういう街なのか。「テンガ:アダルトグッズ」

 100ページ付近、ここまで読んで、底辺で暮らす人々の気持ちをそれで良しとしている。未来への希望が見えてこない作品です。継続でとどまっています。
善意を逆手にとって、相手をだまして、相手から銭や物を盗る。最低の暮らしと行為がありますが、人間生活ってそんなものというメッセージを否定できません。そういう点で、全面賛成、すべて高評価とはいきません。

 本当の家族じゃないから、少年は、常に自分の立場を確認しながら幸せでいようと努力している。

 スイミーのお話はよく理解できませんでした。海で小魚たちが協力して大きな魚を追い出す物語らしい。(こざかなが集まって、巨大なさかなの形をつくる。)

 本には、映画には出ていない登場人物の過去とか心情が出ています。

 夫から妻に対する暴力、親から子どもに対する暴力。深刻で暗い。

 少し、作品「八日目の蝉」を思い出します。

 樹木希林さんのもつ理屈として、今、幸せである人は、その幸せの犠牲になった人間に慰謝料を払わなければならない。(だから寄付をしようという呼びかけと受け取るのは深読みかもしれませんが。)

 虐待した親は虐待された子どもにいつか仕返しされる。

 映画を見たときは、万引きしたあと逃げるシーンで、どうして袋入りミカンを捨てて逃げないのか不可解でしたが、本には若干記述がありますが、真相はわかりません。(少年の声として、わざとつかまったというものがあります。だからみかんを捨てることができなかった。樹木希林さんがいなくなって疑似家族は解散の時期を迎えたと少年は悟ったととるのか。)

 警察とか役所に対する対抗心、反発心があります。(公権力に対する対抗心です。)
 
 「母」とはなにかを考える作品でもあります。産んだだけでは母にはなれない。

 親子は、思い出をいっしょにつくらないと親子になれない。

最後は、喪失感でした。(大切なものを失ったときのむなしい気持ち)

 映画のラストシーンで勘違いしたのですが、女児は、引っ越しをして、引っ越したあとの住宅にいると勘違いしました。同じ住宅でした。結局、最初に戻った。それが、喪失感につながります。  

Posted by 熊太郎 at 06:54Comments(0)TrackBack(0)DVD・映画