2019年06月24日

ザ・ヘイト・ユー・ギブ あなたがくれた憎しみ

ザ・ヘイト・ユー・ギブ あなたがくれた憎しみ アンジー・トーマス 2019課題図書 岩崎書店

 先入観があります。黒人を差別する白人への抗議の内容ではないか。
 作者は、黒人女性です。
 登場人物が多いので、冒頭にある一覧表に基づいて、家系図方式でメモを作成してから読み始めました。
 日本人には抵抗感のあるマリファナパーティから始まります。セクシーな部分もあります。課題図書もここまで寛容な時代になったのかと、時代の変化を感じます。なお、この本は高校生向けの課題図書です。

(つづく)

 主人公は16歳ウィリアムソン高校1年生の黒人女子スター・カーターです。家は「カーター食料品店」を営んでいます。彼氏が、白人のクリスです。幼なじみの黒人男子がカリル・ハリスです。(警官に射殺されてしまう。射殺した警官のバッジ番号が1-15)。スターよりも5か月と2週間と3日年上の16歳です。それから、同級生の女子ケニア(モデル体型、ダークブラウンの肌、切れ上がった茶色の瞳、長いまつ毛、ちょっとだけ太いが背は高い。ギャングのボスの子)が友だちです。
 家族関係は複雑で、ケニアの兄セブン(おそらく18歳を迎えるいまは17歳)は、スター・カーターと父親が同じ異母きょうだいですが、セブンの妹のケニアは、セブンとは異父兄妹のようです。ですから、主人公女子高生スター・カーターと友だちの同級生セブンの妹ケニアとは血のつながりはないけれど、ふたりからみるとセブンは兄というポジションです。ややこしい。
 スターの幼なじみである男子カリルが、巡査に射殺されることで物語の種に火がつくようです。カリルは覚せい剤を売っている。

 翻訳後の文章にリズムがあります。

 ガーデン・ハイツの暮らしは、底辺の暮らしです。ギャング組織の対立として、キング・ロード対ガーデン・デサイプルがあります。ケニアの父親のキングは、キング・ロードのボス、スター・カーターの父親マーベリック・カーターは、ギャング組織キング・ロードのメンバーでした。縄張り争いがあるようです。
 
(つづく)

 社会で白人から人種差別を受ける黒人のおかれた厳しい立場が記述されます。ギャングの活動、薬物、貧困、住居地域の危険性など。ナターシャは10歳で射殺されました。
 ガーデン・ハイツは主人公らが住む住居でスラムです。読んでいると苦しくなってきます。
 
 戦争中のユダヤ人差別とはまた違った苦しさがあります。

 アメリカ合衆国の音楽の流行とか文化を知っている下地がないと日本人なので、なかなか読み込めない作品です。
 主人公女子高生のひとり語りが延々と続きます。外国作品らしい雰囲気です。「スタンド・バイ・ミー」のような進行形式です。「ライ麦畑でつかまえて」にも似ている。

 麻薬を扱っていたとはいえ、武器を持っていない黒人少年を白人警察官が射殺した。それは、正当防衛ではなく、黒人差別意識が根底にあった。そこが、この物語の突きどころです。無抵抗の黒人少年を射殺した白人警察官は無罪でいいのか。麻薬を売らないと生活ができない黒人の生活環境はそれでいいのか。(この点については、このあと読んだ部分183ページに詳しく書いてありました)

 ドラッグを売っている人間は殺してもいい。黒人なら殺してもいいけれど、白人は殺してはいけない。

 人権弁護士として、ジャスタス・フォア・ジャスティスのイエプリル・オフラという女性が登場しました。

 177ページにハンバーグの記事が出ます。おいしいものを食べると心の中にあるもやもやが解消されます。

(つづく)

 半分ぐらい読みました。
 ザ・ヘイト・ユー・ギブ=あなたがくれたあなたへのわたしの憎しみ。きつい表現です。うらみますの世界です。書中での説明では、「子どもに植えつけた憎しみが社会に牙をむく」とあります。
 白人警官に射殺されたカリルの実像が浮かび上がってきません。物足りません。アメリカ人作家の作品なので、社会背景が異なる日本人には、身近に感じることができない部分があります。アメリカ合衆国は銃の所持が許される銃社会という背景もあります。ちょっとした怒りが乱射や射殺につながりそうで不安定で怖い社会です。
 あわせて、幼なじみを亡くした主人公の悲しみがあまり伝わってきません。悲しみや憤り、くやしさの実感が湧いてこない文脈です。
 ヘアブラシを拳銃と見間違えた。そういうことがあるとは思えないので、警官は最初から黒人少年を撃ちたかったということになってしまいますが、安定した生活が保障された公務員である警官にそんな心理ってあるのだろうか。
 
 ラッパーは、金と女と服の歌ばかり歌っている。でも根底には、黒人を勇気づけるという意思がある。
 わたしたちは、抑圧されている側にいる。黒人、マイノリティ、貧乏人、社会の底辺にいる。失うものがないからなんでもできるということはある。だから、わたしたちは、こわい存在でもある。1831年奴隷の反乱があった。そんなことが書いてあります。

 先日読んだ童話「しろいうさぎとくろいうさぎ」を思い出しました。しろいうさぎは白人です。くろいうさぎは黒人です。ふたりは恋人です。でも、くろいうさぎはしろいうさぎに結婚しようと申し出ることができないのです。人種差別があるからです。

 書中に記事がある警察内部の不正と闘ったというアメリカ映画「セルピコ」も思い出しました。セルピコ刑事は、正義を貫いた結果、同僚たちにうらまれて、同僚警官たちの策略によって同僚警官に撃たれました。組織が病んでいます。

 読んでいて、名前だけでは、性別がわからない苦しさあり。

 「タンブラーのフォローをはずす」ということが重視されていますが、SNSの世界のことはよく知りません。インスタグラムとか、フェイスブックとかラインのつながりをはずす。友好関係を解くというような意味に受け取っています。そんなことで一喜一憂しなくちゃいけないなんて、なんだか、めんどくさい。

 もうカリルはここにいない。過去のこと。今、ここで、生きている人間の未来のことを考える。

 ガーデン・ハイツから引っ越す。

(つづく)

 主人公16歳女子高生の主張の意図がわかりません。
 白人警官が16歳の黒人少年カリルを射殺する。その場にいた主人公16歳女子高生スターがテレビ番組でそのときの状況を顔出しはしないで話す。
 そのとき、カリルは拳銃をもっていなかった。(麻薬の所持有無は不明朗だが売買行為をふだんしていたことは肯定)
 スターは、カリルがなぜ麻薬を処分しなければならなかったかを説明する。カリルの母親はドラッグ中毒患者で、息子のカリルは、母親に麻薬を使用させないために、母親の麻薬を処分する趣旨で麻薬を売っていた(このへん、よくわかりません)
 母親を不幸にする麻薬を母親に売っているのはギャング組織キング・ロードの人間だから、悪いのはキング・ロードのボスであるキングであるし、メンバーである。
 カリルは、キングに無理やり命令されて、ドラッグを売らされていた。
 なんだか、すっきりしません。

 外国人のユーモアのツボが日本人の自分にはわからない。

 いざというときに守ってもらうべきおまわりさんと対立することはむずかしい。

 「黒人は自由を求める。警官が黒人に暴力行為をすること、殺害行為をすることをただちに停止することを求める。黒人の完全な自由、正義、平等を確立する」

 キング・ロードは、ふたつある。シダー・グローブ・キングロードとウェストサイド・キング・ロード。

(つづく)

 読み終わりました。後半ドンパチの激しいシーンになるのですが、ギャング同士の内部抗争の雰囲気で、人種差別とは直接結びつかないような印象をもちました。
 読んでいる途中で知ったのですが、映画化されているようです。
 
 パパは服役していた。(家族は3年間つらい思いをしたとあるのですが、犯罪をおかしたことが原因ですのでしかたがないと思うのです)
 
 大陪審の法廷で3時間かけて、検事の質問に答えた。

 マイノリティ同士で団結が必要(マイノリティ:社会的少数者。偏見や差別の対象にされる。社会制度の不備から損失をこうむる。少数民族。性的少数者)

 次の者は親ではない。「学校の行事に一度も来てくれなかった。卒業式にも来てくれなかった。誕生日を祝ってもらえなかった。自分よりも自分の父親ではない男を大事にした。あなたは母親じゃない。一度だっておれを愛してくれなかった」

 「7(セブン)は、聖なる数字。完ぺきという意味をもつ」

 警官は起訴にはならない。(起訴:犯罪の疑いあり)

 白人と黒人の男女がいてもすぐにはカップルとは思われない。

 うーん。かなり演出がきいた小説になっている気がします。真実味とか現実味が薄い。

 警官が取り調べ中に見かけたヘアブラシを拳銃と錯覚して麻薬を所持していた16歳の黒人少年を射殺した。これについて不起訴との裁判所の決定が出た。この件がきっかけになって黒人を中心としたデモが起った。この件は、きっかけという「個」であって、デモの原因は日頃からの黒人差別に対する反発「面」の要素が大きかった。デモや暴動が日頃からの不満のはけ口になった。そう解釈しました。

 なんだか、ぼんやりして、話の趣旨がつかめないので、もう一度、1ページずつ最初からめくってざっと目を通してみます。

(つづく)

 差別というよりも黒人として生まれてアメリカ社会で暮らしていくうえでのたいへんさを訴える作品に思えました。
 ギャングのような活動をしなくてもいい普通の暮らしをおくることができる黒人社会の建設が必要だと感じました。

 調べた単語などとして、「エア・ジョーダン:運動靴のシリーズ」、「シボレー・インパラ:アメリカの大型乗用車」、「トゥパック:ヒップホップの人。俳優。アフリカン・アメリカン、25歳没。22ページにこの本のタイトルについて記述があります」、「ドレッド・ヘア:ロープのように棒状になったヘアスタイル」、「マービン・ゲイ:44歳没。黒人ミュージシャン。父親に虐待される。喧嘩をして父親に射殺された」、「ヒューイ・ニュートン:47歳没。公民権運動の指導者、ブラックパンサー党をつくった。麻薬関係者に銃で撃たれて死去した」、「ドラッグ:薬物。あへん、大麻、麻薬、向精神薬、覚せい剤」、「バハマ:国。諸島。キューバの北」、「ゲットー:アメリカ合衆国では、少数民族の居住区域。もとはユダヤ人対象の強制居住区域」、「タンブラー:アプリケーション。ブログ」、「フレッシュ・プリンス:ヒップホップふたり組」、「ダンスのダブ・ステップ:ツーステップ」、「ジョデシイ:米国のバンド」、「シボレーのタホ:車種」、「ラベラー:ラベルを貼る機械」、「ジャスティン・ビーバー:カナダの白人ミュージシャン」、「グラハムクラッカー:グラハム粉入りのクラッカー。お菓子」、「ジョナス・ブラザーズ:3兄弟のポップ・ロックバンド」、「フレンチネイル:爪先にホワイトをのせたデザイン」、「ドレイク:ラッパー」

 興味深かったこととして、「アメリカ合衆国では車の免許が16歳でとれる(同乗者の条件付きで、14歳から可能な州もあるようです」

 ちょっと驚いた記述などとして、「性教育において、なにがどこに入るのかを看護師の母親が娘に教える。おとなになるまでそんなことはしなくていいと諭す」、「警官に呼び止められたときは言われたとおりにする」、「黒人が黒人というだけで殺される」、「黒人同士で殺し合って死ぬ数のほうが多い」、「コンドームをつけてもつけなくても、できるときはできる」、「うちのおばあちゃんはアル中だ。お酒を口にすると別人になる。」

 印象に残った記述として、「(警官に射殺された黒人少年の)カリルはまだ子どもでした」、「警官たちに黒人に対する思い込みをやめて欲しい」、「私のことも撃ちたかったんですか」  

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2019年06月23日

てあそびうた&ゆびあそびゲームタブレット

てあそびうた&ゆびあそびゲームタブレット 手と指を動かして脳トレーニング (音でる・知育絵本) 朝日新聞出版

 3歳近い孫がとても気に入ったので、ここに書いてみることにしました。
 本人が気に入った曲は、何度もリピートして、手をたたき、あしぶみして、大きな声で歌い続けます。
 自分で、ゲームボタンを押して、動物の鳴き声当てゲームとか、旗上げゲーム、右・左ゲーム、あっちむいてほいも愉快です。  

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2019年06月21日

もうひとつの屋久島から 世界遺産の森が伝えたいこと 武田剛

もうひとつの屋久島から 世界遺産の森が伝えたいこと 武田剛(たけだ・つよし) 2019課題図書 フレーベル館


 高校生だった頃の夏休みに屋久島登山を計画したことがありますが、途中で、別の山に変更して、以来、屋久島に行ったことはありません。そのときに行っておけば、いい思い出になっていたことでしょう。本格的な登山の用意をしていかないといけない場所ということをそのときに知りました。
 屋久島は雨が多い。一年に365日は雨が降る。先日は屋久島で季節外れの大雨でひどい被害が出たということが、ニュースで流れていました。
 縄文杉の樹齢は何千年。それは、岩盤に根をつけて、ゆっくり成長していくから。
 本を読む前の知識としては、それくらいです。
 前のほうにあるページを読まずに、ざーっと目を通しながらめくったあとで、本を読み始めました。最初に、屋久島の歴史書の印象が残りました。そして、屋久島は自然の宝庫です。ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)が認めた自然遺産です。樹齢の長い屋久杉にも寿命の終わりがあると思います。もしかしたら、現代は、屋久島全体が老齢時期を迎える時代に入っているのかもしれません。
 読み始めの最初は、南極や北極の話が出てきて、冒険家の人の冒険記録かと思いながら読み始めました。こういう人は結婚せず、家族をもたずに自分の夢の実現が最優先で、我が道を行くのだろうなと思って読み進めていたら、2012年夏に奥さんと5歳の娘さんがいるのに東京の仕事を辞めて屋久島に移住したとあり、びっくりしました。
 奥さんとこどもさんがいまはどうされているのかわかりませんが、たいへんなご苦労をされただろうなとお察しします。言い出したらきかないだんなさんなのでしょう。ふつうは、家族のために自分の欲望をがまんします。先月、ドラマ「北の国から」のDVDを見たのですが、この本の場合は、「南の国から」というタイトルが似合います。
 ドラマ同様、自分で、家を建てる場所を探して、自分と近所の人とで自宅をつくる作者です。仕事も自分で開拓します。事業者です。報道機関の仕事として、情報発信基地「屋久島支局」をつくります。鹿児島にあるテレビ局の屋久島駐在員です。また、新聞社の屋久島通信員です。
 屋久島の人口は、1万3000人ぐらい。6600世帯ぐらい。発電は、豊富な雨量を活用した「水力発電」だそうです。すごいなあ。知りませんでした。屋久島だからできることなのでしょう。
 江戸時代に切り倒されて放置されている「土埋木(どまいぼく)」が今も活用されていることにも驚かされました。

(つづく)

 82ページまで読みました。読みながら、本の初めにあるカラー写真を見ると内容をよく理解できます。ヤクシマザルとかヤクシカ、アカウミガメ、名前のついた巨木の杉、山の最高標高は、宮之浦岳1936mもあります。海抜0mの海から空へ向かって、そそりたつような感じです。
 2015年、平成27年から屋久島で著者の取材が始まります。
 縄文杉の樹齢が7200年ぐらい、西暦が現在2019年ですから、紀元前が、5181年も前です。びっくりです。
 30年ぐらい前は縄文杉にふれることができたそうですが、ふりかえってみれば、縄文杉だけではなく、自然を始めとして、神社仏閣も、見てふれてができた時代はそれほど大昔のことではありません。ここ数十年で規制がかかるようになったのは、おおぜいの日本人の行動範囲が広がったからでしょう。観光開発と自然保護は相反するものであり、一定の禁止事項をつくって、バランスを維持していくことがどうしても必要です。自然にとって、人間は破壊者です。

 杉の巨木に神の存在を感じる。
 
 著者は、泳ぎが苦手だそうです。意外でした。冒険家タイプなのに。旅猿というテレビ番組に出てくる岡村さんは、小柄ですが、サーフィンもダイビングも得意だし、小型船舶の操縦も免許をもっていて、番組のなかで、瀬戸内海で船を操っていました。

 アカウミガメの産卵補助活動はたいへんそうです。深夜にカメの産卵に立ち会ったあと、砂を掘り返して、卵を安全な場所に埋めなおします。一回の産卵で100個ぐらいも産むのにはびっくりしました。たくさん生まれても海の魚や生き物たちのエサになってしまうのでしょう。生存競争は厳しい。5月から6月が産卵の時期だそうです。ちょうど今頃、屋久島の夜に、ウミガメさんたちは砂浜で卵を産み付けているのでしょう。

 自然保護の啓発を訴える本の内容です。屋久島の価値は、杉がメインではなくて、狭い範囲内に連続して、亜熱帯から冷温帯の植物があることだそうです。
 このあと、原生林伐採反対運動の話が出るようです。

(つづく)

 読み終えました。
 ひとつは、自然を保護するためには人間の存在が邪魔だということです。バランスが必要になります。
 もうひとつは、少数意見を尊重するということです。多数決優先の民主主義では、これがなかなかむずかしい。
 あとは、人間のもつ「悪」でしょうか。たとえば、屋久島の大杉がすべて伐採されたとしてもそれはそれでよし、それでしかたがないと思う人もいるのが人間です。いくら長い寿命があって価値があっても、杉は杉でしかない。人間ではない。杉自身に感情はない。あるものはいつか滅びる。そして最後には人間も滅亡してしまうのです。そのときにも、人間は、しかたがないと思うのです。その人間のおごりをいましめる意味がこの本にあります。
 人間は目の前の利益のためなら、相手の命を奪うという残酷なことを平気でできる性質をもった生き物です。だから、そのことを考えるために、文学や音楽や絵画などの芸術の世界があるのだと思います。

 伐採反対の歴史が熱く語られます。
 人間が食べていくために、資源を売買することがあります。屋久島の場合はそれが杉でした。林業です。杉以外には、魚介類、漁業です。農業が経営として成り立つほどの平坦な土地がありません。そして、今は、観光です。観光にも自然破壊がつきまといます。トイレの記述は現実的でよかった。

 島ゆえに、島から本土への杉の輸送はどうだったのかと気になりましたが、特に記述はなかったように思います。船舶で運んだのでしょう。

 九州で一番高い山が屋久島の宮之浦岳(1936m)というのが、すぐにぴんとこない部分があります。島だからです。九州本土で一番高いのはどこだろう。調べました。大分県九重連山にある中岳でした。(1791m)高校生の頃に登ったことがあります。宮之浦岳のほうが、145mも高い。狭い島の形状にあって驚きです。海面から急激に標高があがっていることがわかります。
 標高660mの土地に小学校があった。夏でも涼しかったことでしょう。小杉谷集落とあります。集落は、1970年(昭和45年)頃まではあったようです。

 大きな杉の名称として書中から拾ってみました。「縄文杉」、「大王杉」、「紀元杉」、「ウィルソン株」、「弥生杉」、「奉行杉」、「二代くぐり杉」、「仏陀杉」、「志戸子ガジュマル」、「中間ガジュマル」、「夫婦杉」
 ただ、巨木というものは、屋久島まで行かなくても身近なところにあるものです。神社の境内にあったりもします。
 
 暮らしは法令に基づいて成立しています。1921年(大正10年)「屋久島国有林経営の大綱」(屋久島憲法)屋久杉を伐採するための決まりごと。
 戦争があって、木が必要になる。戦後、高度経済成長期があって、木が必要になる。なにもかもが人間の生活優先のために破壊されていきます。お金のためならなにをしてもいいのです。それをふせぐためには、110ページに「屋久島のすべての住民を島から移住させなければ屋久島の自然を守れない」というところまできます。自然を守っても収入にはなりません。「山を守ってめしが食えるか」という記述があります。自然保護か、生活か、ともあります。
 「屋久島住民の生活を守る会」が、国有林での伐採を続けることが目標の団体。おおぜいの人たちを乗せる国有のバスのようなものとたとえてあります。
 「屋久島を守る会」が、全面伐採禁止を訴える団体。数人の人間。同じ守る会でも主張が正反対です。地域は、意見が分かれると二分されて、人間関係に深刻な影響を落とします。それでも、正しいことを主張していかないと共倒れになることがあります。
 人間の暮らし優先のために資源を減らしていく。資源があるうちはいいけれど、なくなれば、もうそこに住めなくなるのは予想できます。遅いか早いかだけの違いです。いきつくさきは、ゆきづまりであることに変わりはありません。
 本の記述は、過去の掘り起こしが続きます。
 映画製作では、「お金ってなんだろう」と考えされられました。節約一筋だけでは、お金の活用にはならない。伐採反対映画制作のために寄付のようにお金が集まります。飛行機で事故死されたカントリーウェスタンの歌手ジョンデンバーさんから曲の提供という援助の手が差し伸べられています。
 
 伐採に対して積極的だった国側の意見も聴きたいのですが、聴いても本音は出てこないのでしょう。屋久杉が全部なくなってもかまわないと思っていたのでしょう。そのときは、そのとき。しょせん杉だと思っていたのでしょう。

 最後に、
 観光気分で登れるような山ではない。
 山にとっては、「人間」が災害  

Posted by 熊太郎 at 05:50Comments(0)TrackBack(0)読書感想文

2019年06月19日

そうだったのか! しゅんかん図鑑 伊知地国夫

そうだったのか! しゅんかん図鑑 伊知地国夫(いちじ・くにお) 2019課題図書 小学館

 「一瞬の美」を撮影でとらえた写真集です。
 液体として、水、シャボン玉
 現象として、炎、花火、蚊取り線香の煙
 気体として、水中の泡
 固体として、卵、ポップコーン(トウモロコシ)、ふうせん(ゴム)、ドッヂボール、テニスボールなど。

 シャボン玉の半割れ状態は、クラゲに似ています。
 シャワーはちいさな水滴の集まりで、「表面張力」が美を演出します。
 清潔な水滴です。

 ろうそくの炎が吹き消されるときの映像は幻想的です。炎が横に飛んで、火事にならないかと一瞬心配します。

 割れた卵から、まず白身が落下して、すぐに重い黄身が白身を追い抜いて転落していきます。白身と黄身の競争です。

 はじけたポップコーンはおいしそう。

 ミルクの王冠がきれい。ほんとうに王さまがかぶる冠のようです。

 「慣性の法則」 変わろうとする力とそのままでいようとする力のバランスで、美が生まれます。バランスの均衡を保とうとするのは人生のようだと思うのは考えすぎなのか。
 ボールの反発は、思春期の反抗につうじるのか。

 最後に著者の子どもの頃のことが書いてあります。
 電気器具の分解は男子がよくやることです。目覚まし時計、昔のラジオ、テレビ、昔の電気器具は分解しやすかった
 5年生のときに「顕微鏡」に夢中になった。学者さんの第一歩です。
 ふだんは見えないけれど、こうして本で見ることができるものがあります。視点を変えてものを見ると、多様性を受け入れることができて、いろいろなことが容認できるようになれる気がします。  

Posted by 熊太郎 at 05:43Comments(0)TrackBack(0)読書感想文

2019年06月18日

かみさまにあいたい 当原珠樹

かみさまにあいたい 当原珠樹(とうはら・たまき) 2019課題図書 ポプラ社

 小学3年生、3年1組に属するふたりの少年の物語です。ひとりは、主人公の藤本雄一、3か月前におばあちゃんを亡くしています。おばあちゃんのお墓参りをしているときに出てきたのが、小松崎竜也(小柄でとがったあご、よく動く目)、学習障害がありそうな、教室ではじっとしていることができない少年です。
 場所は田舎町のようで、小高い丘の上に神社があったり、自然が豊かだけれど、人をあまり見かけない場所があったりします。
 88ページまで読んだところで、感想を書き始めます。
 お墓参りのシーンから始まりました。最近は、お墓参りをする人が減ったような気がします。また、書中に出てくるシーンとして、野球遊びをする少年の数も減りました。全般的に家の中でゲームとか塾通いなのでしょう。
 小松崎竜也が、地面にうつぶせになって、神社のおさいせん箱に入れそこなって箱から落ちたおさいせんの小銭を拾おうとします。お金は、働いて手に入れましょう。それから、そのあとに出てくる自動販売機の下をまさぐって小銭をさがすのもやめましょう。みっともないです。

 小松崎竜也は、河川敷に穴を掘って、神さまとの交信を試みます。
 小松崎竜也が思う神さまは女性の姿をしています。

 「友情」の本だろうか。

 両親共働きらしく亡くなった祖母に育てられてきたのが藤本雄一、それから、両親離婚で、母親に引き取られて、片親母子家庭で育つのが小松崎竜也です。
 3年前の12月20日小松崎竜也の誕生日近くだった頃、父親が家を出て行ったそうです。
 小松崎竜也の誕生日に母親は夜勤で(看護師です)、竜也は自宅のこたつの中で眠ってしまい、金縛りにあいます。そのとき、女性の姿をした神さまに会った。神さまは、小松崎竜也に言いました。「いつもそばにいてあげたい」
 小松崎竜也が目が覚めるとこたつの上にカステラがありました。女の人は、ひとちぼっちの小松崎竜也をはげましにきてくれたにちがいない。小松崎竜也は今いる場所が不満で、もう天国へ行きたい。つまり、もう死んでもいいと思っています。そういうことを自暴自棄といいます。悲しい話です。ちょっと湿っぽい話です。

 おばあちゃんと一緒に柔道場へ通ったことがあるのが藤本雄一です。
 藤本勇一は思うところあって、「強くなりたい」、「強くて、まっすぐな男になりたい」

 かみさまへのお願いとして、
 藤本雄一は、「強くなれますように」
 小松崎竜也は、「かみさまにあえますように」
 ふたつのお願いは、これから先、どうなるのだろう。
 
 かくれ家は、古い一戸建てで大きい。レンガの門、鉄の柵は赤くさびている。かくれ家は、小さな手づくりの小屋を予想していたので、ちょっとびっくり。関係者以外立ち入り禁止の住宅です。

 鹿は神の使い。

(つづく)

 かくれ家で、頭がい骨を発見(のちに人体模型と判明)
 かくれ家で、ドクター佐藤ナンシーさん(父親がドイツ人)と初対面となりました。
 藤本勇一は足を骨折して、ドクター佐藤先生と病院で再会します。ふたりの間に縁がありました。かみさまはいるのかいないのかはよくわかりませんが、人間界には縁(えん)というものがあることは事実だと実感があります。会う人とは、こんなところでと思うところでも、何度も会います。旅先の観光地で、こんなところでという時刻に偶然会ったりもします。
 
 一般的に小学3年生の頃は、新しい世界がいくらでも目の前に広がっています。書中では、冒険好きなふたりの少年です。なんども冒険を続けていくと、最後には歳をとってしまい、からだも思うように動かせなくなって、やがて冒険することに飽きてしまいます。

 小松崎竜也は、あまり自分のめんどうをみてくれない母親を疑います。(おれさ、母ちゃんにきらわれているのかな)
 それは、違います。生活をしていくためにはまず、生活費のお金をかせがなければなりません。お金をかせいでから、こどもと遊びます。優先順位があります。お金がなければ、親子が別れなければならないこともあります。

 本の内容は、子どもの頃から入院生活を送っているこどもとか、認知症のおばあさんとか、ごほうびが健康には良くないコーラとか、小学生の死への願望とか、それに対する自殺防止の呼びかけとか、話題がけっこう複雑で、もりだくさんです。あと、先生はどうしてハーフなんだろうか(かくれ家が洋風の建物だからかも)

 11月に入っての最初の土曜日です。
 
 カステラのつくり方:卵と粉とはちみつ。型に入れて焼く。

 バーベキューがはやったのは、バブル経済の頃なので、ドクター佐藤ナンシーは、その頃に子ども時代を過ごしたのかも。
 
 遺品を燃やして、煙を上げて、空の上にいる亡き人に贈る。生きている者は、品物を記憶にとどめる。書中で『永久保存』とあります。

 小松崎竜也がもう一度会いたいのは、自分のことを世話してくれる優しいお母さん。藤本勇一が誓うのは、ウソをついてだましていた亡きおばあちゃんへのつぐない。

 調べた言葉などとして、「おさいせん:神仏へのお願いがかなったときのお礼。自分は神社仏閣を維持管理するための費用ととらえています」、「(学校給食の)きなこあげパン:甘くておいしいパン。コッペパンを揚げて、きな粉と砂糖をつける」、「ローズマリーの木:地中海沿岸原産の常緑低木。香りあり。せっけん、香水のもと」、「びんぼう草:ハルジオン。多年草。白い花」

 印象に残った部分などの趣旨として、「人がしぬときはあっさり(即死だと本人も死の自覚がありません)」、「死んだ人は空の上にいる」、「雪は空に住む人からのプレゼント」

 主題は、「感謝」なのか。  

Posted by 熊太郎 at 06:31Comments(0)TrackBack(0)読書感想文

2019年06月17日

星の旅人 小前亮

星の旅人 小前亮(こまえ・りょう) 2019課題図書 小峰書店

 江戸時代に、日本列島の測量を行った「伊能忠敬(いのう・ただたか)」という人物の伝記です。
 わたしは、以前、伊能忠敬は若い頃に日本を巡ったと思っていましたが、50代半ばから全国の測量を始めたと聞いて驚いたことがあります。その当時の人間の寿命は、50代で終わりだったろうと思っていたので、伊能忠敬の体力と精神力に人間の能力を超えたものを感じました。
 物語は、1800年6月11日から始まりました。数え56歳の伊能忠敬が全国制覇を目指して江戸を出発します。
 桃太郎の始まりのようです。わたしは、伊能忠敬はひとりで全国を回ったものと思っていました。この物語では、本人を含めて合計6人です。次男の伊能秀蔵15歳を含む弟子3人、従者2人、そして伊能忠敬です。架空の連れとして、上林平次(うえばやし・へいじ)12歳ぐらいが入ります。彼の父親上林彦左衛門は幕府の天文方で働く堀田仁助(ほった・にすけ)に同行する測量士で、蝦夷地(えぞち、北海道)で測量業務従事中に事故で消息不明になっています。事故で死んだという話もありますが確かではありません。この物語は、12歳の平次が父親を見つける旅でもあります。
 測量、天文の師匠が、「高橋至時(たかはし・よしとき)」さん。
 地球が丸いということが日本で判明したのは、明治時代以降だと勘違いしていたことがあります。日本人は、江戸時代には、地球が丸いことを知っていたと本で読みました。この本でも、織田信長がキリスト教宣教師に地球儀をプレゼントされて、地球が丸いことを知っていたと解説があります。日本人の学力もたいしたものだなと思うのです。西洋人に負けていません。
 誤解はほかにもあります。わたしは、伊能忠敬は、自分の興味で日本を回って測量をしたと思っていました。「仕事」として回られたのです。仕事なら、できます。毎日、同じようなことを繰り返して報酬をもらって生活していかなければならないのが仕事です。
 解説部分の記述で、マゼランの地球一周が、1519年~1522年。地球が丸いことの証明。最初の場所に戻ってくる。
 
(つづく)

 一日十里40km歩く。

 この本は、科学の本です。天文学と測量です。また、生き方の選び方の本でもあります。努力、根気、探求心。それでいて、仕事を楽しむという気持ちもあります。

 江戸時代の時刻は、まるで「サマータイム制」です。日の長い短いで、夜明けや日暮れの時点が変化します。また、時間の長さが変わります。
 
 天動説、地動説のお話が出ます。最初は、自分たちを中心に考えますが、自分たちは中心ではないと気づきます。自己中心からの脱却がおとなになることのようにも思えます。

 江戸時代は、住宅建築のために江戸とその周辺の木がなくなってしまったというのは意外でした。

 江戸時代最大の飢饉として、「天明の飢饉1782年~87年。5年間は長い。
 
 伊能忠敬は事業家です。先見の明がありました。自然災害への備えが十分で、見習いたい。
 50歳までは家業のことや一族のことを中心に考えて働く生活をして、事業の前線から退いてから自分の好きな学問に専念したところも見習いたい。義務を果たしてから権利を行使する。それから、病弱であったということは意外でした。老齢でも病気でも、日本中を歩くことができた。熱意のたまものでしょう。健康第一、健康管理が徹底していたのでしょう。
 1800年7月1日に青森県津軽の最北端に到着しています。
 測量は海岸沿いに歩く。
 
 身分を超えた文化人のつきあいがあった。1804年~1830年。身分差別のない平和で豊かな江戸時代です。天明の飢饉のあとに幸福な時が訪れています。苦労があれば、楽もあります。

 ねつ造は学問の世界ではやってはいけないこと。されど、たまにやる人が出ます。心してやめましょう。

 オランダ国は、いまは身近ではないけれど、江戸時代は身近だった。アンネ・フランクはオランダ育ち。親日家が多い国。あまり多くのことは知りません。

 北海道は、ロシア船が多い。もうこの頃から北方領土問題が発生するきざしがあったのでしょう。

 1669年、シャクシャインの戦い。アイヌと和人の戦い。

 1854年。日米和親条約締結。1855年、日露和親条約。ロシアとの国境制定。

 必要性の低い負担となる道具をわざと置き忘れる。(大方位盤)

 歩測だけでは、正確な地図は描けないので、天体観測で緯度を確定させる。

 飲酒は、禁止でいいと思います。夜飲むと、星の観測ができません。

 間宮林蔵21歳が登場しました。樺太を樺太を探検した人という記憶があります。この本では、間宮海峡は冬に凍る。歩いてロシアに渡れると書いてあります。
 測量士たちは、何度も同じところを歩いて地図をつくっています。地図は道しるべです。ありがたい。測量士たちは、美しい日本の自然を満喫したに違いありません。日本国内は、歩いて回ることができるということがわかります。
 人間は、生きていて、まずは仕事として、コツコツやれば、偉業を成し遂げられることがわかります。知恵と工夫、根気と努力、そして、記録、読み書き計算です。記録を残せないと、偉業も消去されてしまいます。

 上林平次の父親上林彦左衛門は事故死してはおらず、遠くロシアの地で生きて働いています。父親は、自らの思いを手紙にしたためて、アイヌに暗号を託します。てんもんかたの人が来たらわたせ。「神の魚より壬(みずのえ)に二里二十町(にりにじゅっちょう)【神の魚から北北西に約十キロメートルという意味】」
 神の魚の場所がすぐにはわかりません。
 
 話ははずれますが、書中にロシアのことが多く書かれているので、読みながら「北方領土」のことを考えてしまいました。どっちかのものに決めなければならないのか。共有とか、共存ではだめなのか。とかく、陣地取りは、人間界ではもめる元なのですが。

 「神の魚」とは、「シャケ」のこと。アイヌ語で、「神」は「カムイ」、魚は「チェプ」、カムイチェプが「シャケ」、厚岸湾に(あっけしわん)、ピラッカムイというでかい魚が出た。ピラッカムイは、伝説の魚でやがて崖になった。バラサン岬と呼ぶ。

 シーボルトのことが書いてあります。長崎オランダ商館の医師でした。
 
 いい仕事をして、実績を残すには、「手間を惜しんではいけない」と学びました。めんどくさいはだめなんです。

 半世紀ぐらい前は、サラリーマンの役職者の定年は55歳でした。その頃は、60代で亡くなる人も多くて、60代ぐらいで、もう人生は終わり、静かに死ぬのを待つだけみたいな雰囲気がありました。その頃の孫は、祖父母に長生きしてねと言ったものでした。今では、みんな長生きになったので、孫のその言葉はあまり聞かなくなりました。伊能忠敬の本業リタイア後の日本全国測量という偉業をみると、定年後に違う分野で活躍できるという勇気をもらえます。書中にあるように、多くの人たちに希望を与えてくれるでしょう。

 調べた言葉などとして、「数え年:年齢計算をするときに、生まれた時が1歳から始める。以降、正月を迎えるたびに1歳プラスする。昔の日本の年齢のカウントのしかた」、「人事をつくす:人としてできる限りのことを実行する」、「肺病:肺結核」、「如才のない(じょさいのない):あいそがいい。形式だけのものではない」、「入り鉄砲に出女(いりでっぽうにでおんな):江戸街道関所における規制。江戸への鉄砲、江戸から地方への人質としての大名の家族関係者である妻女の転出」、「梵天持ち:ぼんてんもち。(説明記述あり。280ページに絵あり)棒の先に何枚もの細長い紙をつるした器具。測量の目印にする」、「羅針盤:らしんばん。方位磁石」、「(書中にあり)GPSグローバル・ポジショニング・システム、全地球測位システム。複数の人工衛星から出る電波の時間から距離を測り位置を測定する」

 気に入った言葉などとして、「値(あたい)。あと、緯度とか経度とか」、「(忠敬の昔の名前で三治郎は)よく勉強しました」、「蝦夷地の測量は自然との戦い。ただし、勝ち負けを競うのではなく、自然を受け入れる度量が必要になる。厳しいのは、湿地」、「測量は誤差との戦い。伊能隊は特別な測量はしていない。ていねいな測量を地道に続けた」  

Posted by 熊太郎 at 06:03Comments(0)TrackBack(0)読書感想文