2023年01月31日

彼女の家計簿 原田ひ香 

彼女の家計簿 原田ひ香 光文社

 主人公 瀧本里里(りり):32歳。シングルマザー。未婚の母。銀行から転職して今は、女性向け情報サイトの会社『ホワイトスノウクラブ』で働いている。

 瀧本啓(けい):里里の娘。二歳半。非嫡出子(婚姻関係にない男女の子ども。ひちゃくしゅつし)。誕生日は秋。

 瀧本朋子(たきもと・ともこ):瀧本里里の母親。(親として、よくわからない個性をもつ人)昭和23年5月21日生まれ。<1948年>。『みっともないこと』が嫌いな人です。

 三浦晴美:(まだ読み始めで)身元不明な女性。東京谷中(やなか)居住。A4サイズ封筒を瀧本朋子に送った関係者。(その後判明したこととして)NPO法人『夕顔ネット』代表(夜働く女性をサポートする。水商売、風俗関係の仕事をしてきて高齢になった女性の再就職や就職訓練の手伝いをする。組織の前身が「女性自立推進協会」)
 三浦晴美は42歳。築50年以上の古い家屋を事務所にしている。土地家屋は寄附で受け取った。土地家屋の所有者は『NPO法人夕顔ネット』。寄附を受ける前は、1階が定食屋。2階が五十鈴加寿(いすず・かず)の住居だった。五十鈴加寿の死後、1階を夕顔ネットの事務所、2階を物置・更衣室として使用している。
 三浦晴美は未婚。親族は故郷に母だけがいる。(三浦晴美はふと思う。「死んだあと、(自分にとって)何も残らないのが、ふとさびしい(自分には、配偶者も子どもも、ほかの親族もいない)」
 三浦晴美にはわけありの過去があるらしい。(149ページに自分は人を殺した女とあります。まあ、直接犯行をしたわけではないでしょう。そうなら刑務所に収監されています)

 曽我真紀子:五十代。夕顔ネットの事務局で経理担当。(後記する生前の五十鈴加寿と面識あり)。家庭もち。配偶者とこどもあり。

 檜山彩恵(ひやま・さえ):三十代。夕顔ネットのスタッフ。家庭持ち。夕顔ネットという組織には、ほかに5・6人のスタッフがいる。

 ミキちゃん:五十がらみ。名古屋出身。夕顔ネットの掃除担当

 経理の斉藤:五十代前半の年齢。夫死去。子どもが三人いる。瀧本里里が働いていた銀行の労働組合の女子部長。

 高橋良子:女社長。
 
 町山:初老で、背の低い男性医師。

 読み始めで(どうして、こどもに「啓」という名前を付けたのだろうという疑問が生まれました。性別がどちらかわかりません)
 この件については、16ページに母親である瀧本里里の願いが書いてありました。
 男女平等を訴えるメッセージが、この本にあるのかもしれません。

 20ページまで読んで思ったことです。
 こどものころに親戚づきあいをしたことがない人は、おとなになってからも、親戚づきあいができにくい。

(つづく)

 以下の登場人物は、書中にある昭和17年2月23日(1942年)のことをからめると次のようになります。
 第二次世界大戦の日本の開戦が昭和16年12月で、終戦が昭和20年8月です。
 物語の場所は東京谷中(やなか)です。上野の北北西方向にある地域です。

 五十鈴善吉(いすず・よしきち)大正9年5月23日生まれ。(1920年生まれ)。瀧本里里の話だと、無口な人だった。瀧本里里の祖父。

 五十鈴加寿:五十鈴善吉の妻。大正9年10月6日生まれ。(1920年生まれ)。義母が、五十鈴加寿に家計簿を買ってあげた。一か月の家計費として、五十鈴加寿は、月々14円を預かる。五十鈴加寿は、大柄ではない。五十鈴加寿は『夕顔ネット』のために土地・建物を寄附した。土地は、60坪(198㎡ぐらい)お話の始まりからしばらくは、五十鈴加寿が、瀧本里里の祖母であることが不明朗です。

 五十鈴とめ:五十鈴加寿の義母。五十鈴善吉の実母。明治33年7月2日生まれ。(1900年生まれ)

 倉田義信:夕顔ネット元代表倉田伸子の夫。現在の夕顔ネット代表の三浦晴美とは面識がない。三浦晴美と倉田伸子が出会った時には、倉田義信はすでに死去していた。

 倉田伸子:倉田義信の妻。(倉田伸子は、『夕顔ネット』の元代表)水商売とか風俗で働いていた女性を支援してきた人。三浦晴美と面識あり。ふたりの関係においては、三浦晴美が15年前に倉田伸子と会った当時、倉田伸子は60歳だった。倉田伸子は、体は大柄ではない。倉田伸子は、夕顔ネットの前身となる『女性自立推進協会』を立ち上げた。

 五十鈴加寿の遺品として、大量の家計簿あり。相当古い。(9冊。第二次世界大戦中から戦後まもなくまでの記録)

 (今同時進行で『老害の人 内館牧子 講談社』を読んでいるのですが、どちらの本も登場人物の数が多く多彩で、読み始めで把握に苦労しています。使用済みの大型カレンダーの裏面白色を利用して、家系図をつくるように、人物相関図をつくっています)

(つづく)

 京本:瀧本里里が勤める女性向け情報サイトの会社『ホワイトスノウクラブ』の副社長。

 平原:瀧本里里が銀行に入社して2年目のとき、3年先輩の男性社員だった。瀧本里里と結婚したがっていた。
 
 河西隆(かさい・たかし):瀧本里里の不倫相手。瀧本里里より十歳年上。シングルマザー瀧本里里の子ども啓(けい。女の子)の父親。河西隆は妻子持ち。こどもが三人いる。

 瀧本里里の両親は不思議な夫婦であり、不思議な親だった。
 母親は瀧本里里が小さい頃から瀧本里里とのスキンシップを嫌った。
 両親は瀧本里里が中学生のときに離婚した。瀧本里里は母親に引き取られたが、母親は親らしくなかった。別れた父親はこどものいる女性と再婚した。
 瀧本里里は、両親に愛されているということがなかった。スキンシップを拒否されたこども時代が瀧本里里にはある。
 (瀧本里里はなかなか複雑な家庭で育っています。ファーザーコンプレックスで、妻子ある十歳年上の男性と不倫をしてこども瀧本啓を産んだのかと思ってしまいます)
 
 三浦晴美から瀧本里里の母親瀧本朋子に送られてきて、瀧本里里の母親瀧本朋子経由で送られてきた五十鈴加寿の『家計簿』がこの物語の肝(きも。ポイント)になっていくのでしょう。
 瀧本里里の祖父五十鈴善吉(いすず・よしきち)の妻(妻は、外に男をつくって心中したらしいという設定になっています)、五十鈴善吉と心中した妻のふたりの子どもが瀧本里里の母親瀧本朋子というような設定ですがはっきりしません。(なかなか厳しくせつないものがありそうです)

 昭和17年国民小学校6年担任飯田辰一(いいだ・しんいち)教頭先生の訪問あり。五十鈴加寿に代用教員の依頼があるも義母五十鈴とめが断る。

(つづく)

 82ページまで読みましたが、親族関係がややこしいので、整理します。

 五十鈴善吉(よしきち)の妻は、浮気相手の男と心中をして亡くなった。(読み終えて、そうではありませんでした)
 主人公瀧本里里(りり32歳)の母親瀧本朋子(昭和23年生まれ)は五十鈴善吉の娘だが、母親がはっきりしない。(戸籍を見ればわかるような気がしますが、事実は、読み進めていると、その後わかります)

 瀧本里里は、妻子ある男性と不倫をして、瀧本啓(けい。二歳半女児)をもうけてシングルマザーとしてひとり親家庭を営んでいる)

 凪子(なぎこ):里里の母親瀧本朋子のいとこ。五十鈴善吉の弟の末娘。水商売歴あり。

 悠木南帆(ゆうき・なほ):本名野村みずき。有名なAV女優だったが引退した。26歳だが、見た目は十代に見える。何か事務的な職を得たいが、パソコンはできない。広島の母方実家に住んだことがある。海のそばの家だった。優しい祖父母だった。貧乏だった。魚はいっぱいあった。母はその後再婚して、母子は広島を離れた。

 家計簿は、昭和17年(1942年)『模範家計簿』から始まります。全部で9冊。
 なかなか中身が濃い。
 専業主婦も働く主婦も生活して残るお金は変わらない。
 働く主婦は稼いでも費やす(ついやす)ものも多い。子育ての必要経費がかかる。
 
 日記メモがある家計簿は昭和18年(1943年)の日付です。もう、書いた人は亡くなっています。亡くなってからもう何年もたっています。この本は何を読者に訴えるのか。五十鈴加寿は、代用教員として採用されています。

 38万円の仏像が欲しかったが買わなかった(三浦晴美の話)
 永田義道と付き合った。(たぶん)別れた。(三浦晴美の話)
 
 真菜(まな):三浦晴美47歳が代表をしているNPO法人『夕顔ネット』のアルバイト。大学生ボランティアとの記事もあります。小柄で小太りのころころした体型。

 パーツモデル:手とか足とかのモデル。

 昭和18年当時の五十鈴加寿が教えていたこどもたちの名前として、
 加納やす子、山下たま、洋子、ひろ子、遠藤道子……
 女先生がこどもといっしょに泣くしかなかった時代があります。壷井榮作品『二十四の瞳』で出てくる大石先生を思い出しました。
 校長がいて、校長の奥さんが酒井先生。
 昭和17年善吉出征。戦時中の文化、生活、風俗に関する記述があります。
 (今年読んで良かった本になりそうです)

 瀧本里里の両親は離婚したが、離婚した父親は連れ子がいる女性と再婚したあと、瀧本里里が大学生のときに死亡したそうです。(なかなか複雑で、精神的に重いお話です。瀧本里里はハードな人生を送っています。妻子ある不倫相手のこども啓(けい。女児)を産んでシングルマザーです)
 
 昭和19年9月。91ページ。
 えんこする:この言葉についてですが、ちょっと意味をとれませんでした。

(つづく)

 愚弄(ぐろう):ばかにして、からかう。

 教えるとか、教わるとか、学びがないと、人間は成長しない。

 103ページ、第二次世界大戦終戦の日の家計簿日記です。昭和20年8月15日(水)(1945年)
 『今は何も考えられない……』

 『孤独』があります。
 今、同時進行で『老害の人 内館牧子 講談社』を読んでいるのですが、そちらはおおぜいの人たち出てきて、人間関係のわずらわしさがあるのですが『孤独』はありません。こちらの『彼女の家計簿』は、数人の登場人物ですが、だれもが『孤独』をかかえているようです。さみしい。
 瀧本里里32歳不倫相手との間に生まれた2歳女児を育てるシングルマザー、元AV女優野村みずき26歳、NPO法人『夕顔ネット(水商売、風俗で働いていた女性を支援する団体)』代表の三浦晴美42歳独身。ボランティアの真菜、みんなさみしそうです。
 親が離婚したり、ひとり親だったりすると、こどもは孤独になるのだろうか。
 それから、134ページにある「シングルマザーになってしまった女にたりないもの」とはなにか。

 家計簿日記を書いた五十鈴加寿の実態をつかめません。
 主人公の瀧本里里の母である瀧本朋子の父善吉の何なのか。瀧本朋子は不倫相手と心中をして亡くなった五十鈴善吉の妻の子どもだと思うのですが、五十鈴加寿が、瀧本里里から見て祖父善吉の妻とは思えないような経過なのです。
 人が違うのか、それとも、同じ人だけど、人間の二面性を表現してあるのか。107ページ付近にいる読み手の自分にはまだわかりません。

 家計簿の日付は、昭和20年8月22日(水)1945年です。
 
 デニム:ジーンズ

 パソコン教室の男性先生:エロい。ストーカー。メガネをかけていて、髪はぺたっとしている。三十代独身。一見紳士、なかみはスケベ。さわりたがる。病的なエロ。キモイ。

 「富士屋」の定食
 「パピヨン」のカレー
 「ど真ん中」のお好み焼き

 大学伊藤教授:ジェンダー論(男女平等。性差別反対)もうすぐ70歳のおじいちゃん。

 (戦後のこととして)大垣先生:出征していた。(しゅっせい。戦地に行っていた)。教職に戻る。
 ヤミ市:第二次世界大戦後の市(いち)。物価統制をはずれた非合法的な商品の売買。

 着物と野菜を農家で交換してもらう。
 帰路、警察に捕まって、警察に野菜を没収される。
 八百屋は、警察が没収した野菜を買い取る。野菜はヤミ市で売られる。
 (なんともひどい話です。上層部の人間たちは、権限を握って自己の利益を増やします。悪人たちです)

 NPO法人代表三浦晴美には、人には言いにくい過去がある。

 (戦後のこととして)木藤先生(きとう)が戦地から戻る。3年2組の担任となる。小学校。五十鈴加寿は、3年1組の担任らしい。五十鈴加寿の不倫相手かと思いましたが違うようです。

 おでんをみんなで食べる。
 瀧本里里と啓と野村みずき(元AV女優名悠木南帆(ゆうき・なほ))と食べる。
 (飲食しながら、おしゃべりを楽しむのは精神衛生上いいことです)

 時代はさかのぼり、昭和22年の五十鈴家は暗い。
 五十鈴善吉の仕事がみつからない。
 五十鈴加寿は女教師をして、夫と夫の母を食べさせている。夫はヒモ状態です。

 三村さん:昭和20年代の五十鈴加寿宅の隣人。

 五十鈴加寿は妊娠して出産します。五十鈴善吉との娘です。娘は、瀧本里里の母親朋子です。
 つまり、五十鈴加寿は瀧本里里の祖母であろうということが推測されます。瀧本里里は祖母を知らない。
 今の時代と違って、産休の制度がありません。個別交渉です。産前の休みはありません。産後は、3週間休んだあと教職ですから学校教員として小学校に出勤です。過酷です。
 夫は無職で、姑(しゅうとめ)が同居している。やっかいな状態です。とりあえず、あかちゃん(朋子)は、夫と姑にみてもらって働かねばならないでしょう。

 瀧本里里の祖母五十鈴加寿の土地に建つ『夕顔ネット』に関係者が集中してきます。瀧本里里は夕顔ネットでパソコン操作を人に教えています。
 
 永田義道:三浦晴美の関係者。15年ぶりだか20年ぶりだかの再会話あり。4~5年付き合っていたのだろうか。

(つづく)
 
 221ページまで読みました。
 話がかなり重い。
 男女の性差別とか、学歴差別を扱っている作品です。
 
 家計簿は、家計簿というよりも戦中・戦後の日記です。
 いつの時代でも、生きることは苦しい。

 昭和23年の家計簿。5月21日に瀧本里里の母親朋子が生れています。
 五十鈴加寿は気の毒です。夫の善吉と善吉の母親が、五十鈴加寿ひとりの収入に頼っています。夫親子は寄生虫です。働きません。なのに、あかちゃんの朋子までいます。夫善吉が戦地に行っていた時のほうが、五十鈴加寿の気持ちが安定していたというおかしな状態です。
 ふつうなら消えてしまった遠い過去の出来事ですが、記録は残っています。家計簿日記という形で70年間ぐらいがたっても手もとに残っています。
 
 日本人の性格・性質として、日本人は、だれかをいじめることで自分が生き抜こうとする。五十鈴加寿は、夫と夫の母にいじめられます。そうとうな嫁いびりがあったことでしょう。五十鈴加寿が気の毒です。
 昭和24年の家計簿が最後の一冊。五十鈴加寿は、1歳半ぐらいになった朋子を置いて家を出たのでしょう。家計簿は全部で9冊です。
 五十鈴加寿は精神的に楽になりたかった。五十鈴加寿を責めるけれど、夫と夫の母親から、いじめられたのは五十鈴加寿のほうです。

 戦争が終わって、日本国の紙幣が変わる。新しい円(えん)の制度がスタートする。

 曽我真紀子:五十代。夕顔ネットの事務局で経理担当。(後記生前の五十鈴加寿と面識あり)。家庭もち。
 曽我真紀子がクローズアップされてきます。なかなかきつい人です。代表の三浦晴美と対決です。曽我真紀子の要求を三浦晴美が受け入れないなら曽我真紀子は、夕顔ネットを退職すると主張します。
 辞めるか。引き止めるか。人材を失うと次の人材がなかなか見つからないという組織もあります。
 
 拘泥(こうでい):こだわる。必要以上に気にする。

 『……一度失敗したら終わりなの?……』
 なにかで読んだことがあります。終わりになる、とりかえしがつかない失敗として「殺人」と「自殺」。
 
 『ママ、聞こえて!』ママ聞いて!ではなく、ママ聞こえて! という瀧本里里の娘啓の声です。啓はもうすぐ三歳ぐらいです。

 木藤:生きていれば93歳ぐらい。五十鈴加寿と駆け落ちをしようとしたらしい。

 なにかしら、ひとり親家庭母子のつらさや暗さがあります。
 戦後のこととして、戦死した父親は、どうして死んだのかというこどもの声あり。
 なかったことにする。これからを生きるために、戦死した父や息子のことは、なかったことにする。

 ぐっとくる言葉があります。
 『私には、家族があります。なにもなくなっても、家族がある…… (だけどあなたには仕事しかないという趣旨の言葉。仕事がなくなったらあなたにはなにもないという趣旨の相手を攻撃する言葉)』
 
 思うに肉親は大事です。血族でも姻族でも親族との付き合いは大事です。
 他人は他人です。
 他人は冷たい。手のひら返しがあります。
 たいていは、他人同士は、利害関係、お金でつながっている関係です。

 まだ読み終えていませんが、今年読んで良かった一冊です。

 三浦晴美42歳は、自分の若い頃、27歳と23歳のカップルだったときのことを思い出して傷ついています。

 突き詰めていくと、きっかけをつくった「男」が悪いのに「女」のほうが悪いとされる世の中があります。

 エキセントリック:風変り、行動が奇想天外。
 焼身自殺のようなもの。復讐を強くアピールして死す。加害者をさらし者にする。
 すさまじい。
 
 昔の日本は、個人のプライバシーには無頓着だった。(むとんちゃく:個人情報の公開を気にしない)

 214ページあたりの表現が、この作家さんの柱です。本質があります。本音があります。くっきりしています。

 趣旨として『適当な人と、適当に結婚して、適当に幸せになりたいって……』先日読んだ『おいしいごはんが食べられますように 高瀬準子(たかせ・じゅんこ) 講談社』に出てくる29歳男性二谷と30歳女性芦川の関係を思い出しました。

(つづく)
 
 読み終わりました。
 読み応え(よみごたえ。読むことによる充実感、読む価値がある)のある内容でした。
 最後の部分の出来事設定とその後の時の流れについては、多少の無理があるかと思いましたが、作者が訴えたいことについてのメッセージはよく伝わってきました。

 形はいびつでも(親族関係について)『命をつなぐ(出産によって)』尊さ(とうとさ)があります。
 男女関係について、清い(きよい)つきあいがあります。戦後ならではです。好感をもちました。
 
 戦後数十年間の当時は、親がこどもを祖父母に預けて、あるいは、まかせて、家を出るということは、実際にままあったことだと記憶しています。珍しいことではありません。自分にもこどもの側としての体験があります。
 案外今も似たようなことはあるような気がします。

 慙愧(ざんき):自分の見苦しさや過ち(あやまち)を深く反省して悔いる(くいる)。
 
 また『おいしいごはんが食べられますように 高瀬準子(たかせ・じゅんこ) 講談社』を思い出すシーンが出てきました。やはり、ちゃんとしっかりおいしいごはんを食べることは大事です。生活の基本です。

 (こどもを)『あんまり感情的に叱っちゃだめよ』(もしかしたら、このあと、こどもと永遠の別れになってしまうかもしれないからという理由で。そういうことって現実に起きます)

 かなりつらい話です。
 戦争があってもなくてもこうなったのかもしれない。戦争の問題ではなく、男尊女卑の意識が根底にあるのです。
 
 本に出てくる『赤い蝋燭と人魚』は怖いお話です。
 赤い蝋燭と人魚(あかいろうそくとにんぎょ) 小川未明・作 いわさきちひろ・画 童心社
 1921年、大正10年の作品です。人魚が人間に復讐します。恩をあだで返された(恩に感謝されず、逆に害を加えられる)ことに対する復讐と信頼関係の裏切りに対する復讐です。
 本の中では、戦地で父親を亡くした少年がその本を盗んだということになっていますが、読んでいると泣けてくるようなつらい話です。
 『本』は独占するものではなく、共用・共有するものだと思いたい。

 読んでいて思ったことです。
 人間は、どんなにつらい体験をしたとしても、自然に死ぬまでは、生き続けなければならない。

 家庭・家族をもつ女性の、家庭・家族をもたない女性に対する攻撃的な意思があります。(家庭をもたなかったあなたには)仕事しかない。仕事をしなくなれば、あなたには何もない。
 加えて、(わたしだって一生懸命働いた)、なのに、(家庭も家族ももたなかった)あなたばかりが職場で出世した。(不公平であることに強い不満をもち抗議する)

 里子:さとこ。とある女性。

 (こどもを失ったから、あるいは、こどもがいないから)他の人のこどもを愛する。他の人のこどもを助ける。こどもをもつ母親を支援する。

 家計簿は、昭和17年2月<1942年>から始まり、昭和24年9月<1949年>に終わっています。7年半ぐらい。昭和23年5月21日<1948年>に瀧本里里の母親瀧本朋子が生れています。瀧本朋子が1歳8か月のときに母親の五十鈴加寿は姿を消しました。五十鈴加寿は28歳でした。

 外聞(がいぶん):内部のことを外部の他人に知られること。悪い情報。世間体(せけんてい)。

 一縷(いちる):1本の糸。

 心が固まって、以降、心が動かなくなった人がいます。

 血がつながっていれば、血も涙もない鬼のような親って、いないと思う。
 いや、実の子を虐待する人もいるから、なんともいえません。うーむ。むずかしい。

 かなり苦しい。
 冷酷な母親の涙があります。

 五十鈴加寿は、教師をしていたから、能力があったので書けた家計簿でもあります。
 読み書き計算能力は大切です。
 されど、人間同士の意思疎通がうまくいっていません。
 以前読んだ本に『世界は誤解と錯覚で成り立っている』と書いてありました。お互いの本当のことはなかなかわかりあえません。
 
 作者からのメッセージとして『女は男の所有物ではない』
 男の事情として、妻をほかの男にとられるのは、男としてのプライド(自尊心。自分を大事とする考え、気持ち)が許さない。妻という夫の所有物をほかの男にとられることが許せない。
 男は女を理解していない。女を理解する能力を、男はもっていない。
 
 最後は、昭和24年9月24日(土)の家計簿日記です。
 そうか…… じょうずに書いてある日記です。  

Posted by 熊太郎 at 07:03Comments(0)TrackBack(0)読書感想文

2023年01月26日

せかいいちのねこ ヒグチユウコ

せかいいちのねこ ヒグチユウコ・絵と文 白泉社

 こどもさん向けの本です。100ページぐらいあります。

(1回目の本読み)
 文章は読まずに、絵だけを見ながら、全部のページをゆっくりめくります。
 わたし独自の独特な読み方です。

 裏表紙の絵がかっこいい。
 ねこが、カメのようなものにのって空を飛んでいます。
 カメのようでカメでなさそう。イカとか、カブトガニにも見えないことはありません。

 さて、最初のページに戻ります。

 1から12までの短いお話のかたまりです。
 ねこの名前として:アノマロ
 本のタイトルが『せかいいちのねこ』だから、なにかで世界一の記録をもつねこが登場してくるのでしょう。

 きれいな絵です。絵は優し気(やさしげ)でもあります。
 喜怒哀楽(きどあいらく)の表情があるねこです。
 ねこが家族みたい。人間みたい。
 ハッピーエンドぽい。

(2回目の本読み)
 
『1 ほんもののねこになりたい』
 さいしょはわからなかったのですが、主人公は本物のねこではないのです。
 ぬいぐるみのねこなのです。
 絵本作品『こんとあき 林明子 福音館書店』を思い出しました。ただし、こんは、きつねのぬいぐるみでした。

 ねこのなまえは『ニャンコ』です。
 もちぬしの男の子は7歳になってしまって、ニャンコへの興味が薄れています。
 洋画『プーと大人になった僕』を思い出しました。それから『トイストーリー3』を思い出しました。こどもが成長して、おもちゃに興味を示さなくなるのです。

 ニャンコがのるのが、カメかイカのように見えるのですが、カメでもイカでもありません。
 本には、ヘビとタコが出てきました。
 2015年(平成27年)の絵本形式の児童書です。
 9ページにある本物のねこの絵がかっこいい。(おもしろい)
 
 ぬいぐるみのニャンコは、本物のねこのヒゲを集めて体の中に入れると自分が本当のねこになることができるらしい。(ヘビとタコのアドバイス)

『2 ともだちができたぼうしねこ』
 ニャンコがのっているカメみたいな生き物が『アノマロ』という名前であることがわかりました。
 ひきこもりのようなねこがいます。
 擬人法か。(ぎじんほう。人間を動物にたとえる)

『3 くいしんぼうの本屋のねこ』
 本屋です。
 本は、忍者の忍術とか、忍法が書いてあるような巻物のイメージです。
 ひげの秘密をさぐります。
 ねこのひげには、秘仏の力があるのかも。
 だから、ぬいぐるみのねこは、本物のねこになれるのかも。
 逆に、本物のねこが、ぬいぐるみにはなれそうもありません。剥製(はくせい)にはなりそうです。ちょっと不気味か。

『4 3びきのやさしいねこ』
 アノマロが行方不明(ゆくえふめい)になってしまいました。
 季節感を感じる絵です。
 ヒゲを集めるとぬいぐるみのねこが本物のねこになれる。
 昔テレビマンガで見た『早く人間になりたい』の『妖怪人間ベム』とか『百鬼丸(ひゃっきまる)がでてくる「どろろ」』を思い出しますが、この本のお話とは関連がありませんでした。

『5 大きな旅のねこの約束』
 大きなフキの葉を傘代わりにする。
 むかし、北海道に行ったとき、大きなフキの葉があったので、傘代わりにして家族写真を撮ったことを思い出しました。アニメ『トトロ』のワンシーンのようでもあります。(トトロがもつ葉っぱは「サトイモ」だそうです)
 奇想天外、自由自在な話の運びです。
 ねこが人間みたいで、ペットの犬を連れています。
 トビウオが町中の空中を飛んでいたりもします。

『6 いじわるねこのはなし』
 ニャンコはぬいぐるみで、いじわるねこは、ニャンコと同じ家で飼われているねこです。

『7 助けられた赤ちゃんねこ』
 ニャンコは、アノマロ探しの旅に出ます。

『8 アノマロのゆくえ』
 ねこの本屋さんです。

『9 アノマロと大きなねこ』
 なんだか、ぬいぐるみのニャンコがアノマロを探しているのですが、変な発想ですが、逃げたヨメさんを思って涙しているだんなさんに見えます。オレが悪かった。家に帰ってきてくれ。
 いろんな表情のねこの絵が描いてあります。

『10 いじわるねこはヒーロー』
 そうか、タコとヘビは、この家で暮らしている男の兄弟を表しているのか。
 じゃあ、いじわるねこはだれのことだろう。わかりません。

『11 しあわせな再会』
 ちょっと話についていけません。自分には合わない話の展開です。
 なにかしら、中途半端(ちゅうとはんぱ)で、はっきりしません。
 物語の内容よりも絵を楽しむ本です。
 
『12 みんなせかいいちのねこ』
 ヒゲをいっぱい集めたのにどうしてそうなるの。
 ハッピーではないのです。

(全体を読み終えて)
 ストーリーの展開はいまいち理解できませんでしたが、なにせ、絵がきれいです。
 この本は絵を楽しむ本です。
 こどもには、絵を見せながら、こどもとふたりで、独自のお話をつくる作業をするとおもしろい。
 そんなふうに受け取りました。  

Posted by 熊太郎 at 08:15Comments(0)TrackBack(0)読書感想文

2023年01月24日

無人島のふたり 120日生きなくちゃ日記 山本文緒

無人島のふたり 120日生きなくちゃ日記 山本文緒(やまもと・ふみお) 新潮社

 亡くなった女性小説家の方の日記です。
 おととし2021年10月13日(令和3年)に、すい臓がんのため58歳で逝去されています。
 同作者の作品『自転しながら公転する 新潮社』を読んだのは、2021年5月のことでした。本は、いつも自分たち家族がごはんを食べる部屋にある本棚に立ててあります。(著者への癌の宣告は同年4月です)
 以下は、そのときの感想の一部です。(この本の35ページに作品「自転しながら公転する」のことが書いてあります。167ページには、タイトルの意味の種明かしらしきことも書いてあります)
 感想:自転しながら公転する
 『58ページあたりを読み終えたところで感想を書き始めてみます。全体で、478ページある作品です。
 男性の自分が読むのには場違いかなと感じながら読んでいます。恋愛小説のようです。
 冒頭は、ベトナムでベトナム人の恋人と結婚式を挙げる直前シーンから始まります。その後、過去の出来事にシーンは移ります。世界的に、地球規模で動くから、自分が自転しながら、太陽のまわりを公転するという意味合いのタイトルに思えます。
 主人公は、与野都32歳で、茨城県牛久市(うしくし)にあるショッピングモールのアパレルショップ(おしゃれ衣料品店)「トリュフ」で店員をしています。彼女は、同じショッピングモール内にある回転寿司屋で働いている羽島貫一と付き合い始めます。(彼はあとで年齢が30歳で、与野都より年下だと判明します)
 与野都は、美人ではない。ファニーフェイスだそうです。(個性的で魅力的な顔立ち)丸顔、離れた目、小さい鼻は上を向いている。そばかすあり。だけど、可愛くないわけではない。彼女の前の彼氏はひとまわり年上だった。
 与野都の母親は更年期障害で少々うつ気味で体調が悪いという事情をかかえています。更年期障害なのでホルモンの話が出てきます。女性ホルモン、男性ホルモン。ベトナムの話はまだ出てきません。』

 そのときは、生きていた人が、今はもう生きていない。この世にいない。
 2021年(令和3年)秋、作者が亡くなった頃に、自分たち夫婦は、高齢の義父と義母を立て続けに亡くし、二か月続けてのお葬式の段取りや、各種手続き、事後処理に追われていました。この本を読み始める前に、そんなことを思い出しました。

 急なご逝去(せいきょ)だったようです。
 第一章から第四章まであります。
 これから読む日記の内容は、おそらく、2021年(令和3年)の5月24日から9月27日以降ということでしょう。(亡くなったのは、10月13日です)

 去年読んだ、がん(癌)がらみの本を思い出しました。
 『がん患者の語りを聴くということ 病棟での心理療法の実践から L・ゴールディ/J・デマレ編 平井正三/鈴木誠 監訳 誠信書房』本の中に、医療関係者と余命宣告を受けたがん患者の苦悩がありました。

 自分も長く生きてきて生活していくなか、二十代の頃から、がんの宣告を受けてから、短期間で亡くなられた人たちを何人か記憶しています。
 みなさん、泣きながら亡くなっていきました。二十代の人、(たまたま三十代で癌の宣告を受けた身近な人はいませんでした)、四十代の人、五十代の人、六十代の人、男の人もいたし、女の人もいました。みなさんくやしい思いをこらえながら、失意の中で、無念で亡くなられていったと思います。合掌しつつ(両手を合わせて死者を悼む(いたむ))、されど、自分も明日は我が身かもしれないという気持ちはあります。

 読み始めます。

 タイトルの意味は何だろう? 『無人島のふたり』です。
 日記のどこかに、その言葉が出てくるのだろうと予想します。(38ページにありました。20フィート超えの大波に襲われ……(20フィート=6mぐらい)
 この本は、著者の遺作になるのだろうか。

 胸を突くフレーズ(文章)がたくさん出てきます。
 『……言葉より先に涙が出てしまった……』
 文章づくりの職人なので、グッとくる表現が続きます。
 『……私、うまく死ねそうです。』
 『何も考えたくない』
 『寝ても寝ても眠い。』(抗がん剤という薬のかげんなのでしょう)
 『何かの間違いなのでは』という空気。
 趣旨として、突然死ぬのは、自分以外の人間だと思い込んでいた。
 『毎日11時間以上寝ている』
 夫から(著者の)葬儀はどのようにしたらよいかとたずねられる。
 『花をいっぱい…… 生きているうちにたくさんの花を愛でたい(めでたい。かわいがり、いつくしみ大切にする)。(自分の義父母のお葬式の時に、棺桶の中をお花でいっぱいにしたことを思い出してしまいました)』
 『……抜けた頭髪が少しずつ生えてきている』
 『……私の軽自動車がディーラーさんに連れていかれた……』
 
 胃薬『ガスター10』は、自分も40代のころによく飲んでいました。胃痛によく効く(きく)薬でしたが、薬局で、こんな強いクスリを常時飲んではいけないと注意されてからは飲むのをやめました。最近はこの薬を薬局の棚に見かけませんが、昔は置いてありました。

 イレウス疑い:腸の中にある内容物が、肛門側への移動が阻害される状態。

 15ページにご本人についての背中の痛みに関する記述があります。
 自分は二十代のころに内臓の病気で入院したことがあるのですが、6人部屋の大部屋にいたとき、著者と同じすい臓がんのおじさんが同室におられました。
 しきりに、背中のまんなかあたりが痛いと訴えておられました。そのときに、すい臓がんになると背中が強く痛むのだということがわかりました。
 そのおじさんは、別の部屋だったか(個室)、別の病院だったかへ移って行かれました。
 もう記憶があいまいです。

 著者は、γ―(ガンマー)GTPが1000を超えていたそうです。超異常です。たしか、ふたケタ以内ぐらいの数値が正常値だったと思います。肝機能の検査数値です。
 うーむ。体がだるいとか、どこかが痛いとか、自覚症状はなかったのだろうか。あってもがまんして無理をしていたのだろうか。前兆はありそうな気がするのです。

 文章家は、記録をしっかりととります。(書きとめておく)
 文章家は、こどものころから日記を書き続けている人が多いと思います。毎日文章を書くことで、文章による表現力を磨き、力を維持していきます。
 たばことお酒は13年前にやめられたそうですから、45歳ぐらいでやめられた計算です。話はちょっとはずれますが、先日、たばこは目の病気の原因になるという記事を読みました。
 もうひとつ読んだたばこの記事は男性有名人喫煙者で、80歳近くになっても愛煙家をやめられない。たばこが、心の支えになっているからやめられないという人の記事も読みました。
 その人は胃がんになって胃の部分切除の手術も受けておられますが、たばこをやめる気はないそうです。体の病気というよりも脳みそ、心の病気のようです。たばこはまわりにいる人のことも考えて、やめたほうがいいです。

 17ページ付近を読みながら、支え合うのが夫婦だと悟ります。(さとる。気づきがある)

 余命宣告があります。どうしたって、命は助からない。半年ぐらい。長くて、抗がん剤が効いたと仮定して9か月の命だそうです。
 セカンドオピニオンも求めます。(別のドクターの判断として)4か月。化学療法が効いたとして9か月です。
 残酷です。
 おそらく、著者ひとりだけのことではなく、がん専門病院では、余命宣告は、日常的に起きている出来事なのでしょう。
 4か月だから、30日×4か月=120日が、この本のサブタイトルなのです。(『120日生きなくちゃ日記』)
 38ページにそのフレーズ(文章部分)のことについて少しふれてあります。

 著者のお父上が、5年前にがんで亡くなっているそうです。
 がんになりやすい体質が遺伝するのだろうか。
 ご家族をがんで亡くしたことがある人は、気にして検診をきちんと受診し続けたほうがいい。

 文脈から伝わってくるのは『自分がこの世で生きていた証拠を遺して(のこして)死にたい。(作家である著者の場合、遺すのは本です)』

 58歳で亡くなった著者です。本ではご自身で、長くもなく、短くもなくと書かれています。
 ふと思い出すのは、美空ひばりさん(52歳逝去)、石原裕次郎さん(52歳逝去)です。有能な人が短命だと悲劇を感じます。

 今年読んで良かった一冊になりそうです。

 軽井沢の自宅で創作活動をする。ときおり、東京で借りているワンルームマンションを利用する。新幹線通勤です。

 先日テレビ番組『家、ついて行ってイイですか?』で見たがんで亡くなったミュージシャンの、最後は骨と皮だけになった姿を思い出しました。途中、意識不明になるも親友の声かけで、奇跡のように体が動いたシーンが目に焼き付きました。人間の気力はすごい。
 彼がノートに書き残した(自殺する人に対するメッセージとして)その命をオレにくれ!という趣旨の表現は、自殺志願者にぜひ届いて欲しいメッセージです。

 自分自身ではなく、配偶者や子が、がんになることもあります。
 病気やけが、事故や事件、自然災害などの災難は、どれだけ注意しても避けられないのが人生です。
 若い頃に、とある洋画を観た時に記憶が残った言葉があります。趣旨として『人生では、何が起きるかは問題じゃない。何が起きても動じない度胸と自信、知恵と知識を、日頃から体験を続けて体に覚え込ませておけばいいのだ』というようなメッセージとして自分は受け取りました。そして、失敗は成功のもとなのです。失敗してもめげることはありません。失敗しないと成功できなかったりもします。

 国立がん研究センターというのは、昔訪れたことがある東京にある『築地本願寺』の近くにあることがわかりました。

 ゲラ読み:訂正箇所がないか校正用に刷った(すった)ものを内容確認のために読む。
 うざく:きゅうりとうなぎの酢の物。

 6月ころ、吐き気がひどいようです。

 アルカイックスマイル:古代ギリシャアルカイック美術の彫像のスマイル。口元だけがほほえんでいる。
 アメトーク:テレビ番組。うちも著者同様に、録画して見ています。

 本を読んでいると、まるで、著者が生きていて、目の前で本人が語ってくれているような文章です。

(つづく)

 6月10日(木)あと4か月。(10月13日死去)

 カロナール:解熱鎮痛薬(げねつちんつうやく)
 ホスピス:終末期の痛みや苦しみをやわらげて、人生の最期(さいご。命が尽きる時)を見送る。
 モンチッチ:サルに似た妖精。
 ウィッグ:かつら
 
 もうお金を天国へもっていくことはできません。
 (使えるお金は使える時に使っておきたい)
 税理士に関する事務を夫に引き継ぐ。
 4年前に死んだ愛猫の骨を造園業者に依頼して庭に埋める。
 ジューンベリー:木の名称。バラ科、果樹、白い花。
 錦木(にしきぎ):落葉樹。紅葉する。

 手書きの遺言状を書く。
 著者のお父上が、がんで亡くなったとき、遺言状がなかったので、ご遺族がとまどったそうです。(わたしも書いておこう。本では『財産があろうがなかろうが遺言状は書こう……』と書いてあります。遺言書にはあとに残る者たちへのメッセージ部分もあります。
 
 夫がいないと生活がたちいかない。

 ER:エマージェンシー ルーム。救急救命室。

 第二章 6月28日~8月26日
 まるでエンディングノートの作製です。銀行口座、ログインパスワード、葬儀の出席者名簿……
 (もう、泣いてもしょうがない)とあきらめる。
 タイトル『無人島のふたり』のことが、63ページに書いてあります。コロナ禍(か)で、なかなか人に会えません。夫婦ふたりだけの毎日です。(配偶者がいて良かった)
 日記を書いていることを編集者に知らせてあります。
 自分でも覚えているのは、この年の秋に亡くなった義母が春先からずっと入院中で、コロナ禍のために、親族でもなかなか面会がかないませんでした。
 東京オリンピックは、無理やりのように開催されて、うらめしかったことを覚えています。自分たちは入院見舞いどころか、どこにも行けませんでした。
 そんなことを思い出しました。
 本では64ページに『コロナ禍で面会禁止……孤立無援……』と書いてあります。

 創作のアイデアをいくつか紹介されています。
 自分はもう書けなくなったから、だれか書いてもらってもいいとあります。
 余命を宣告されて、勉強のための読書もやめたようなことが書いてあります。さびしいことです。
 枕元に未読本が置いてあるそうです。(わたしと同じです)

 ベクトル:方向性。向きと大きさ。

 ご自身が、がんこであるというお話も含めて、経緯、ご自身の歴史話は、しみじみします。
 
 ビストロ:食事処(どころ)、大衆食堂。

 思い出がつづられています。
 やはり、人生のイベント、ランドマーク(目印、節目)として、旅のような移動は体験しておいた方がいい。人生は知らないことを知りたいための冒険です。

 夫は英語の勉強をしている。(先日観た邦画『ぼけますから、よろしくお願いします』の90代のご主人も英語を勉強されていました)
 夫は、すごくがまんをしていると妻の目線から書いてあります。『もうすぐ別れの日が来る。(夫と)別れたくない』
 
 ウブド:インドネシア共和国バリ州の村。
 
 知床半島に行きたかったという文章が出てきます。当然ですが、昨年知床半島巡りの遊覧船が沈没した事故とのことはご存じありません。

 『……(自分は)2年ぐらいは持つんじゃないか……』
 7月にコロナ緊急事態宣言4回目が出たとあります。

 訪問診察の医師と看護師は、無人島に物資を届けてくれる本島(ほんとう)の人という感じがするそうです。コロナ禍がなければ、そこまでの孤独感はなかっただろうにとお気の毒です。
 89ページに、会いたかった人がたくさんいたというようなことが書いてあります。

 お母さんとはなにか、過去にいさかいがあったような書き方をされていますが、なんのことかはわかりません。

 病状として、嘔吐、高熱(38℃とか39℃)、だるい(倦怠感)、腹水がたまる。トイレに行くだけがやっと。つらそうです。薬漬けの体です。

 ジェラートピケ:ルームウェアのブランド。

 ご自身は、90歳ぐらいまで生きられると思っておられたようです。
 どんな人でも自分のデッドエンドはわからない。(おっしゃるとおりです)

 次の冬のオリンピック(北京オリンピック)のときには、自分は生きてはいなさそうだな……。
 せつない。

 緩和ケア(かんわケア):苦痛をやわらげる手あて。

 9月13日発売の『ばにらさま』という本が、作者にとっての作者が生きているうちの最後の本になるようです。

 114ページ、8月3日までのところまで読みました。
 人それぞれ人生の体験が違うので、共感できるところもあるし、そうでないところもあります。それぞれが『違う』ということが、ありふれたことであることがわかります。

(つづく)
 
 読み終わりました。
 深夜おふとんで目が覚めて(さめて)、最後のほうの部分をゆっくり読みました。
 そのあと、また眠りに落ちて、早朝を迎えました。
 眼が覚めて、ああ、著者は、もうこの世にいないのだと、腑に落ちました。(ふにおちる。はらにおちて、納得する)
 123ページ『この日記をもし読者の方に読んでいただける日が来るとしたら、わたしももうここにはいない……』
 今、自分が生きていることが不思議な気分になりました。人間が生き続けるためには『生命運』が必要だと思いました。

 8月、嘔吐(おうと。吐く(はく))が続いて、だんだん状態が悪くなっていく。
 腹水がたまって苦しんでおられます。2リットルも抜きます。抜いてもまたたまり始めます。シリンジで抜く。シリンジ:注射筒。
 
 124ページに2009年(平成21年)の作家角田光代さんのご友人たちとの結婚パーティのときの記念写真があります。
 著者を含めて、おふたりの女性ががんで亡くなっています。
 写真に写っている編集担当の女性は2015年(平成27年)に亡くなったそうです。
 写真を見ていて思うことは『若いということはすばらしい』
 節目、節目の集合記念写真は大事です。
 今隣にいる人が、明日も隣にいるという保障はありません。
 なるべく、けんかはしないほうがいい。

 余命宣告を受けた120日目が8月17日。8月16日の記録として『あ、今日もまだ生きているなとぼんやり思う』とあります。もっと生きたいと思いながら、ぼんやりとしているようすがわかります。

 命が静かに消えていきます。(『ブラックホールに吸い込まれるように、ひゅっと命をとられている』と表現があります。

 『がんは、見つかっても治らないがんがある』
 
 パルスオキシメーター:指をはさんで測定数値を表示する。動脈血酸素飽和度と脈拍数を調べる。
 
 自分で感情をコントロールできなくなる。
 何度か転んでしまう。(ころんでしまう)
 週単位で時間を見る→死期が近い。
 ふたりで暮らしている無人島から、夫だけが本島に帰ってしまう。
 せつなくなる文章表現が続きます。
 賢人(けんじん。夫のこと):かしこい人。夫も精神的に相当まいっています。
 
 親族や友人と生きているうちで最後の面談をする。
 痛々しい。
 書くことで、気持ちが助かるということはあります。日記は続きますが、終わりは近い。
 9月13日(月)生きているうちで最後の新刊『ばにらさま』が発売される。喜んでおられます。
 日記の文章だけを読むと、もうすぐ亡くなる人には見えません。元気そうな書きぶりです。
 
 日記は、わたしの義父が亡くなった9月のとある日を通過しました。
 どたばた騒ぎをした自分たち身内の葬儀対応を思い出します。高齢の老衰とはいえ突然の死去でした。
 
 9月下旬、日記の文章を読むと、ご本人の意識が崩れていくのがわかります。10月13日が命日です。
 人間ひとりひとりを『星』とする。星は、自転しながら公転している。作品『自転しながら公転する』の意味がわかります。人間関係のつながりなのです。

 10月4日(月)で、日記の文章は終わっています。
 意識が遠ざかっていったのでしょう。
 胸にグッとくるものがありました。  

Posted by 熊太郎 at 08:20Comments(0)TrackBack(0)読書感想文

2023年01月23日

同志少女よ敵を撃て 逢坂冬馬

同志少女よ敵を撃て 逢坂冬馬(あいさか・とうま) 早川書房

 書評の評判がいいので読み始めます。
 2021年第11回アガサ・クリスティー賞受賞作品:ミステリー小説の新人賞。
 2022年本屋大賞受賞作。

 まだ、読み始める前ですが、第二次世界大戦中の出来事のようです。ロシア人の戦士が英雄として描かれるとするなら、ロシアのウクライナ侵攻の今読むと、読み手としての気分は複雑です。
 今回のことで、ロシアに対する不信感があるからです。本当のことを隠して、国民の人心を操作するロシアの権力者たちです。嫌悪感しかありません。
 
 時代設定は、1940年(昭和15年)モスクワ近郊のイワノフスカヤ村から始まります。ドイツ軍がロシアの村を襲撃して村人が惨殺されます。そこから『復讐心』が生まれます。

 セラフィマ・マルコヴナ・アルスカヤ:主人公の少女。貧農の娘。ソ連ではなく、帝政ロシアのままだったら一生文字も読めなかったそうです。
 1924年生まれ(日本だと大正13年)。物語のスタート当時は16歳。母親のエカチェリーナをドイツ兵に殺された。狙撃の訓練学校で学んで、狙撃手になる。さきざきのことして符丁(ふちょう。名前を表す合言葉)が『ゾーヤ』

 イリーナ・エメリヤノヴナ・アルスカヤ少尉:セラフィマをドイツ兵たちから救助したソ連の女性兵士。上級曹長(そうちょう)。狙撃の教官のトップ。黒髪。黒い瞳。白い肌。精かんな顔立ち。細身の体。長身。美しい。ドイツ兵98人を射殺した。前線の戦いで右手の指を失った。反体制将校の娘。

 ミハエル(愛称ミーシカ):セラフィマの幼なじみ。男子。

 シャルロッタ・アレクサンドロヴナ・ポポワ:モスクワ工場労働者の娘。狙撃の訓練学校の生徒。「シャルロッタ」は、フランス人みたいな名前。金髪。丸顔。頬は赤い。16歳ぐらい。身長160cmはないくらい。

 アヤ・アンサーロヴナ・マカタエワ:カザフ人女子で猟師。カザフ人は、遊牧をして大地とともに生きる自由の民族。漆黒の髪。だいだい色の肌。平板な顔。アジア風の容貌をもつやせた少女。眼光鋭く、冷え切った目をしている。14歳ぐらい。本人は、射撃の瞬間に自由を感じている。

 ヤーナ・イサーエヴナ・ハルロワ:最年長の女子生徒。28歳。グループ内では、年齢が高いためか、愛称が「ママ」

 オリガ・ヤーコヴレヴナ・ドロシェンコ:ウクライナ出身の女子生徒。コサック(軍事的共同体。トルコ人、タタール人がルーツ)の一員。<のちに戦地で自軍の逃亡兵と戦争遂行妨害者を射殺する役割を担当する人間であることが判明する。上司がハトゥナ>

 バロン:飼い犬の名前。シェパード。伝令担当候補。

 リュドミラ・パヴリチェンコ:セヴァストポリ要塞で戦っている女性狙撃兵士。ドイツ兵200人以上を狙撃して倒した。

 ポリーナ:モスクワ出身の女子生徒。狙撃兵に向かず電信隊へ変わる。

 ノーラ・パヴロヴナ・チェゴダエワ:女性狙撃兵教官。中央女性狙撃兵訓練学校の校長。スペイン内戦への参加歴あり。

 ハトゥナ:長身の女性。

 秘密警察(チェーカー。古い名称)。その後、NKVD(内部人民移民部。ソ連で、刑事警察、秘密警察、国境警察、諜報機関(ちょうほうきかん。スパイ)を統括していた組織)。
チェーカーというのは、戦場で、戦士と同行はするけれど、同行する目的は、戦場から逃げようとする自軍の兵士に制裁を加えることが役割の人間ととらえました。

 独ソ戦争:1941年(昭和16年)-1945年(昭和20年)。ナチス・ドイツVSソ連

 ターニャ:看護師
 フョ―ドル:兵士
 ユリアン:狙撃兵
 ボクダン督戦隊(とくせんたい。前線の兵士が敵前逃亡しようとしたら、その兵士を攻撃して逃がさないようにする戦隊)
 イェーガー:ドイツ軍の狙撃手。顔に傷あり。

 ヴォルガ:ロシア西部を流れる大河。
 ケーニヒスベルク:現在はロシアのカリーニングラード(飛び地の領土)
 4ページの地図は、ウクライナが話題の今、テレビでよく出るような地図です。キエフとか、ハリコフの地名が見えます。
 
 プロローグがあって、エピローグがある。第一章から第六章までです。
 読み始めます。

 1940年(昭和15年)5月。
 イワノフスカヤ村。村人40人。
 アントーノフ:薪割り中(まきわり)。その妻が、ナターリヤ。
 セラフィマ16歳。(愛称:フィーマ)と母のエカチェリーナは鹿狩りに行く。生きるために鹿を撃って鹿をみんなで食べる。(1942年(昭和17年)4月、彼女が18歳のときに事件は起きる。当時の彼女の体重が55kg)
 エカチェリーナ:セラフィマの母。1942年のとき38歳。体重85kg。
 セラフィマの父マルク:内戦終結後、1923年(大正12年。セラフィマは1924年生まれ)に帰還し、翌年死去した。
 エレーナ:12歳。ボルコフ家の娘。兄あり。
 コルホーズ:民間の組合が運営する集団農場。ソフホーズが国営農場。
 ゲンナジー:村人農民。
 ミーシカ:16歳。エレーナの兄。ミハイル・ボリソヴィッチ・ボルコフ。金髪。アイスブルー(氷河の水の色。冷たい感じがする薄いブルー系の色)の瞳。ミハイルとセラフィマは同い年。カップルと思われているらしい。
 熊が出るらしい。
 ボリシェヴィズム:ロシアの革命家、政治家レーニンの思想(初めてソ連という社会主義国家をつくった)。ボリシェヴィキ党は、革命的な共産主義者の党。(アドルフ・ヒトラーが共産主義を否定する文章があります)

「第一章 イワノフスカヤ村」
 この部分を読み終えたのですが、不快感があります。異常な世界が描かれています。
 ドイツ軍がロシア農民を虐殺するのですが、現実には、去年1年前ぐらい、ロシア兵がウクライナで、本に書いてあるような行為を事実としてしました。
 去年の本屋大賞受賞作です。この本を読んだ人たちはどのような感想をもって、この本はすばらしいと讃えたのか不思議です。

 『スターリンは恐ろしい独裁者』スターリン:1878年(日本だと明治11年)-1953年(昭和28年)74歳没。ソ連の最高指導者。反対する人間を虐殺した。恐怖政治。

 マトヴェイ神父
 ソヴィエト:会議という意味。
 フリードリヒ先生:高校ドイツ語教師。亡命ドイツ人。元ドイツ共産党員。ナチ・ファシストが嫌い。
 『ヒトラーが総統になったのは、選挙で選ばれたのではなく軍人のヒンデンブルクが彼を首相にしたからだし……』(軍事政権は戦争をします)
 『ソ連の対独戦争は自己防衛であるとともにドイツ人民を圧政から解放する聖戦だ……』(現在のロシア大統領の理屈と共通するイメージがあります)
 帝政ロシア:ロシア帝国。1721年-1917年。
 以前読んだことがある本を思い出しました。『動物農場 [新訳版] ジョージ・オーウェル 山形浩生(やまがた・ひろお)・訳 早川書房』
 ボリシェヴィキのパルチザン:ソ連革命共産主義者の非正規軍。
 なんだか不思議な巡り合わせです。今の時代にこの小説がこの世に存在する不思議さがあります。小説の中の被害者であるロシア国民は、現実社会の今は、加害者の立場にあります。不快な気持ちが湧いてきたので速読に入ります。そして、読み終えたら、ほかの人たちの感想を読んでみます。

 フリッツの死体の数:ドイツ人の死体の数。
 認識票と階級章。NKVD:内務人民委員部

 復讐劇の始まりです。
 セラフィマが復讐する相手はドイツ兵とドイツの狙撃兵イェーガーと母を火葬したイリーナ(教官となる女性)です。セラフィマは、殺意のかたまりになります。

「第二章 魔女の巣」
 1941年6月(昭和16年)ナチス・ドイツの国防軍がソ連に侵攻した。
 ドイツ軍人の多数が、森林地域で“樹上狙撃兵(女性スナイパー)”に射殺された。
 フランツ・クライマー:ドイツ軍人

 教条主義的な共産主義者:現実を無視して、宗教の教えを機械的に適用する。あわせて、財産を共有管理する社会を目指す。

 中央女性狙撃兵訓練学校とその分校。生徒は全員ボブカット(おかっぱ)で制帽をかぶる。訓練期間は予定で1年。(人殺しの育成です)
 狙撃兵に向かない人:感情に流される。無駄口をたたく。目立ちたがる。他人を頼りにする。みんなで協力してがんばろうという人は向かない。狙撃兵は孤独です。

 ミル:角度の単位。射撃・砲撃の照準に用いる角度の単位。360度を6000ミルとする。
 カッコー:敵の狙撃兵のこと。
 フリッツ:ドイツ兵のこと。
 スターハノフ:ソ連で最も虚像英雄化された炭鉱労働者。
 サディスト:相手を虐待することで快感を味わう人。
 戦争孤児の女子たちを狙撃兵に起用する。
 戦う目的はなにか。なぜソ連は、女性兵士を戦闘に投入するのか。

 今の時勢に微妙なことが書いてあります。(78ページ)『ウクライナがソヴィエト・ロシアにどんな扱いをされてきたか、知ってる? …… ソ連にとってのウクライナってなに? 略奪(りゃくだつ)すべき農地よ(戦争をして、(ウクライナという財産を力づくで奪う)』

 狙撃のことが書いてあります。
 思い出すのは、テレビ番組『相棒』のシーンです。かっこよかった。自分の感想記録を調べたらシーズン13(2014年(平成26年))第十話「ストレイシープ」でのスナイパー(狙撃手)の寺島進さんが痛快でした。かっこいいー 異次元のスーパーマンです。

 オソアヴィアヒム:軍事教育や訓練を行うところ。

 射撃がじょうずな順に、アヤ、シャルロッタ、セラフィマ、ヤーナ、オリガ……
 イワン:牛飼い農家の主。

 スターリングラード:ソヴィエト連邦ヴォルガ川西岸。現在ヴォルゴグラード。(ウクライナの東方)
 スターリングラードの戦い:1942年6月28日-1943年2月2日(昭和17年-同18年)ソ連VSドイツ連合(ルーマニア、イタリア、ハンガリー、クロアチア)。ソ連の勝利。
 ウラヌス作戦:1942年11月19日-同月23日。ソ連軍がドイツ軍を包囲した。
 プロレタリアートの家:賃金労働者階級の家。
 デカブリストの乱:1825年。ロシアでの反乱事件。デカブリストは、反乱を起こした貴族の将校をいう。皇帝専制の打破と農奴の解放が目的だった。
 
(ふーっ。(ため息)なんというか、読んでいて、言葉がむずかしい)

 卒業試験としての模擬演習があります。以前テレビ番組「東野&岡村の旅猿」で見たサバゲー(サバイバルゲーム)みたいです。
 卒業試験のあとは、実戦です。
 
 戦う目的は『女性を守るため』もうひとつが『自由を得るため』。

 (RVGK)最高司令部予備軍所属 狙撃兵旅団 第三十九独立小隊 (狙撃手専門の特殊部隊)

 戦争で行方不明になってしまったドイツ兵の手紙があります。1942年11月(昭和17年)5月20日付けの手紙の内容では、自分たちの勝利を確信しています。しかしドイツ兵の願いはかないませんでした。読む方は複雑な気持ちになります。どちら側の人間も、なんだかよくわからない状況の中で国家に強制されて死んでいくのが戦争です。

 SS:ドイツの政党。国民社会主義ドイツ労働者党の組織。元は親衛隊。

 カフカスの赤軍:カフカス地方。コーカサス。黒海とカスピ海の間にあるカフカス山脈の南北地域。赤軍はソ連のこと。
 パルチザン:占領支配行為に対抗する非正規軍。

 ジューコフ:上級大将。全赤軍のトップ。
 ヴァシレフスキー:上級大将。ジェーコフを支える参謀長

 枢軸部隊(すうじくぶたい):第二次世界大戦時に連合国と戦った部隊。ドイツ、日本、イタリアが中心国。

 練度(れんど):熟練度。習得した度合い。

 ミハイル・トゥハチェフスキー:ソ連の過去の上級将校。軍事的天才。対立で粛清された(しゅくせい。処刑、強制収容、左遷ほか。異分子排除)

 アレクサンドル・スヴェーチン:ソ連の過去の上級将校。戦術理論の研究者。粛清(しゅくせい)された。

 ミハイル:ソ連の士官候補。曹長。主人公セラフィマの幼なじみ(ミハイルは、セラフィマと結婚するつもりだった)

 スタフカ:ソ連軍総司令部(大本営)
 カチューシャ:自走式多連装ロケットランチャーBM-13
 
 斥候(せっこう):偵察(ていさつ。調査)、監視、追跡
 政治将校:独裁主義国家で、政府が軍隊を統制するための役割を果たす役職。
 督戦隊(とくせんたい):自軍を後方から監視する。戦地から逃げ出す自軍兵士の逃亡者、降伏希望者、裏切り者を罰する。
 潰走(かいそう):戦いに敗れて逃げる。敗走。
 敵愾心(てきがいしん):あくまでも敵と戦おうとする気持ち。
 
 イーゴリ隊長:歩兵大隊の隊長。

 読んでいて胸に響いたセラフィマの言葉として『ここは、地獄なのか。』

 羆:ひぐま。
 車長用キューポラ―:「車長」は戦車の指揮をする役割の人。キューポラは、戦車のパーツ。円蓋(えんがい)ドーム。
 ペリスコープ:戦車のパーツ。潜望鏡。
 
 ロシア民謡の『カチューシャ』の歌詞が本の中で流れ始めます。壮絶な戦闘が背景にあります。
 大爆発が起こります。人がいっぱい死にます。
 女子狙撃隊に犠牲者が出ます。激戦のなかで敵を12人殺した彼女はもう生きてはいません。生き返ることもありません。

 怯懦(きょうだ):臆病(おくびょう)で気が弱い。
 ボルシェビキ:多数派。レーニンが率いた左派の一派。
 トーチカ:防御陣地。鉄筋コンクリートでできている。

 ターチャナ・リヴォーヴナ・ナタレンコ(ターニャ):イリーナの仲間。第三十九独立小隊の一員。

 現在のウクライナの首都『キーフ』の前の名称『キエフ』という単語が出てきました。
 イリヤ・エレンブルグ:詩人。キエフ生まれのユダヤ人。詩として『ドイツ人は人間ではない…… 殺すのだ…… (殺さなければ(こちらが)殺される)』

 戦いの目的は『復讐(ふくしゅう)』です。やられたら、やりかえす。人間が存在を続けていくための基本です。

 今回の戦争が始まったころ、ウクライナの年配の女性がインタビューに答えていました。『絶対に忘れない。絶対に許さない』

(つづく)

 テレビニュースでときおり耳にする『ハリコフ』という地名が出てきました。
 ソ連に対するイランの援助物資とか、石油資源の話も出てきます。なんだか、今の状況と重なります。
 ナチス・ドイツのシナリオ『電撃的勝利によって半年でソ連を崩壊させて降伏に追い込む』は、現在のロシアのウクライナに対するシナリオに重なります。

 迫撃砲(はくげきほう):簡易な構造の火砲。高い射角で大きく湾曲した弾道を描く。少人数で操作可能。
 誰何(すいか):相手がわかないとき、呼びとめて名前を問いただすこと。

 マクシム・リヴォーヴィッチ・マルコフ上級曹長。隊長:優男(やさおとこ。上品ですらりとしている)。妻と二人の娘が戦争で亡くなった。
 ボグダン:マクシムの部下。やせた小柄な男。(提督隊。逃げ出す自軍の兵士を処分する役割)口は悪いが根はいいらしい。
 フョードル・アンドレーヴィッチ・カラエフ上等兵(一等兵の上、兵長の下):身長2m近い。胸板厚く、腕太い。屈強。表情は柔和で馬のような優しい目をしている。妻帯者。
 ユリアン・アルセーニエヴィッチ・アストロフ上等兵:美少年。狙撃手。

 慧眼(けいがん):物事の本質を見抜く鋭い(するどい)力がある。
 ピオネール:共産党少年団。
 コムソモール:共産党青年団。ピオネールの指導的立場。

 4人しかいない第十二大隊:マクシム隊長、督戦隊ボグダン、妻帯者フョードル上等兵、狙撃兵美少年ユリアン(射殺した戦果23人)。
 マクシム隊長が少女狙撃手たちに声をかけました。『ありがとう、同志少女、あー……』

 チェイコフ中将
 サンドラ:夫をドイツ人に殺された。20代なかばのスターリングラード市民。
 ヒーヴィ:裏切り者。
 玩弄(がんろう):もてあそぶ。なぶりものにする。
 嗜虐的(しぎゃくてき):残虐なことを好む。
 
 読んでいて思ったことです。『悪人とは、自分が苦労して為すべきことを、他の人に苦労させてやらせようとする人のことをいう』

 ニコライ(コーリャ):6歳ぐらいの男の子。
 マーシャ:6歳ぐらいの女の子。
 戦場でもこどもたちは、ふつうに遊んでいる。廃墟で、砲弾の欠片(かけら)を拾って遊んでいる。
 遊撃(ゆうげき):あらかじめ攻撃する目標を定めず、戦況に応じて、攻撃したり、味方の援護に回ったりする。
 狙撃:ねらい撃つ。
 諧謔(かいぎゃく):おどけた。こっけいな。ユーモア。
 星屑作戦:作戦名に星をからめるソ連軍のやりかた。例として、火星作戦(マルス)

<むずかしい言葉が多く、登場人物も多く、コツコツ少しずつ読んでいます>

 狙撃をするときの距離がかなり遠くて驚かされます。
 230ページでは400m、860m、

 ターニャ:看護師。

 仇:かたき。仕返しの相手。敵。
 ラシアン弾:小銃用の弾薬。ロシアで開発された。(ラシアンはロシアンということか)
 ヒーヴィ:敵の協力者。スパイ。
 
 ヴェーラ・アンドレ・ヴナ・ザハロワ:工科大学の学生。パルチザン(非正規軍)
 アンナ・アンドレーヴナ・ザハロワ(アーニャ):同じく学生、パルチザン。ヴェーラの妹

 スパム:ソーセージの材料の缶詰。

 1942年12月12日(昭和17年)、ドイツ軍は、スターリングラードを逆包囲するソ連軍に攻撃を開始した。
 
 247ページ付近まで読んできて、自分には合わない作品だと感じました。
 ドイツもソ連もどっちもどっちです。敵も味方もありません。正義も悪もありません。とりあえず、自分が戦死するわけにはいかない。
 作戦の打合せは、先が見えないプランづくりに見えます。

 仰角(ぎょうかく):見上げた時の角度。
 モシン・ナガン:ロシア製の小銃
 サイロ:貯蔵庫。飼料、穀物、化学原料などを保管する。
 
 銃とか、狙撃にいたるまでの行為が、緻密(ちみつ)に書いてありますが、その道について素人(しろうと)の自分には何のことかわかりません。ただ、かなり遠い距離から狙撃することが脅威で驚かされます。的(まと)になる敵まで、300mとか500mとか850m、860mとか。よく弾(たま)が敵に当たるものです。そんな遠くからでも命中する。恐ろしい(おそろしい)。
 敵味方に分かれた狙撃手同士の撃ち合いは、日本刀を持つ侍同士の戦いのようでもあります。

  『セラフィマ!(楽しむな!)』
 人殺しは、戦争だと犯罪にならない。むしろ、成果となる。
 スコア:(敵を)何人殺したか。(自慢の記録になる)
 16歳女子いなか娘だったセラフィマが、人を殺せないと思っていたのに、今では、射殺した人間の数を誇っている。本人には、自分が「怪物」に近づいていく実感があるそうです。人間はいかなる環境に置かれても順応して変化していきます。

 ドイツの作戦として『冬の嵐作戦』
 ソ連軍の作戦として『土星作戦(サターン作戦)』『小土星作戦』
 12月16日ドイツマンシュタイン元帥の脱出作戦『雷鳴(ドンネル・シュラーク)』

 ハンス・イェーガー少尉:ドイツ国防軍人。(あとでわかりますが、セラフィマの村を焼き討ちした軍人です。つまり復讐されるべき人間です)

 害意(がいい):他人を傷つけようという気持ち。
 峻別(しゅんべつ):厳重に区別する。
 胡乱(うろん):あやしく、疑わしい。
 スラヴ女:中欧、東欧の女性。(この本では、ロシアの女性)
 イワン:ロシア兵を意味するドイツ側の俗語。

 ベルクマン少尉:ドイツ軍人。死去。セラフィマたちに狙撃された。

 1943年1月7日ロシア正教徒のクリスマス(昭和28年):先日のロシア大統領によるみせかけだけのクリスマス停戦が思い出される本の記事です。

 25人、狙撃で敵を殺すと剛毅勲章(ごうきくんしょう)がもらえる。
 上司が熱くなる部下を叱る。『お前のご両親が望んでいたのは、お前が生きることだ! ……』殺そうとすると殺される。

 ザイチョーノク:子うさぎ。
 ヴァシーリ・グリゴーリエヴィッチ・ザイツェフ(凄腕の狙撃兵。ウラル山脈の狩人だった)の教え子が『ザイチョーノク』と呼ばれる。

 膾炙(かいしゃ):いい意味での評判が広まる。
 プロパガンダ:特定の思想へ誘導する意図をもった宣伝活動。
 
 『お前も、私も神ではない……』(戦争では、市民全員を救うことはできないと続きます。(厳しい))
 『誰も守れなかった』『ありがとう 同志少女、セラフィマ……』

 (昨年読んだ『塞王の楯(さいおうのたて) 今村翔吾(いまむらしょうご) 集英社』を思い出します。城主の京極高次(きょうごく・たかつぐ)が、『……儂(わし)はもう誰も死んでほしくない』と言って決断をします。戦いにおいて、主が(あるじが)ある程度の犠牲はしょうがないと考えるのか、一兵(いっぺい)たりとも死なせないと考えるのかで、兵士の士気は変わります)

 寡兵(かへい):兵士の数が少ない。
 欺瞞(ぎまん):人をだます。ウソをつく。

 303ページ付近は、読み手の涙を誘うためのシーンがつくってある。(ゆえに自分は心が揺れない)

 ソ連軍のスローガン(気持ちを集中させる呼びかけ)『ヴォルガの向こうに、我らの土地なし』
 ちょっと読み手の自分には意味をとれません。読解力のなさなのでしょう。

 1943年1月10日、そして、同年2月5日ごろ。スターリングラード攻防戦で、ロシア軍は、ナチス・ドイツ軍に勝利しています。
 おおぜいの人間が死にました。
 この本は『平和』について考える本です。
 幼子たちも亡くなっています。
 人間の未来を自らの手で消しています。

 エイリョーメンコ大将付き政治局員ニキータ・セルゲーヴィッチ・フルシチョフ
 第四機械化軍司令ワシリー・チモフェーヴィッチ・ヴォリスキー少佐

 とある女性の『コウモリにはコウモリの生き方がある』という趣旨のセリフが良かった。
 
 バーニャ:おふろ。蒸気風呂。ロシア伝統のサウナ。

 1943年(昭和18年)連合軍全体が戦局で優位に立つ。

 ビャウィストク:ポーランド北東部の都市。
 ピオネール向け:ソ連・共産圏の少年団。
 RVGK:最高司令部予備軍
 クルスク:ロシア南西部の州都
 城塞作戦(ツイタデレさくせん)
 プロホロフカ:ロシアの都市型集落
 バグラチオン作戦:ベラルーシ―での作戦。

 人間の歴史は戦いの歴史です。日本の戦国時代を思い出します。

(つづく)
 
 第五章の部分を読み終えました。
 戦いがひとだんらくして、小休止のような雰囲気の内容でした。
 ドイツはソ連に対して劣勢です。
 ベルリンの陥落が近づいているようです。ドイツ兵はおびえています。
 ドイツはまだ降伏していません。

 戦争の話、戦果の話、どれもこれも、異常な話題ばかりです。
 男女の会話も男性同士の会話に聞こえます。
 性欲の話、いじめの話、人間の陰の部分が表面に出てきます。
 社会を形成する人間がコントロールしないと秩序が壊れます。
 読んでいて、男の理論、男の理屈で、提示された問題点の処理がうまくてできていません。

 複合的視座:物事を考える時の立場の位置、種類。多角的な視野。
 
 狙撃手は戦後どう生きるべきか。
 ①愛する人を見つける。 ②生きがいとなる趣味を見つける。
 (同感です)

 コムソモール:共産党青年団。

 ケーニヒスベルク:現在は、ロシアのカリーニングラード。リトアニアとポーランドに接したロシアの飛び地領土。1945年までドイツ帝国領内東プロイセン王国。ここが、この物語の最終戦地になるようです。384ページまで来ました。旅するように本の中を移動しています。

 自走砲兵:大砲を車両に乗せて打てる状態にしてある武器の担当兵員。(この本は、軍事用語がけっこうむずかしい。日本の戦国時代の戦法や戦争用具と共通する理解のむずかしさがあります)
 士気阻喪(しきそそう):やる気がそがれて、勢いがなくなる。
 パンツァーファウスト:戦車への拳(こぶし)。ドイツ軍が使用した携帯式対戦車擲弾(てきだん。爆発する火器)発射機。
 国民突撃隊:ドイツ市民軍。民間人の隊。
 
 日本人の侍(サムライ)である武士も外国の軍人も、人を殺すときは、感情を排除して、冷徹になります。

 類似の世界状況を描く作品として『戦場のコックたち 深緑野分(ふかみどり・のわき) 東京創元社』を読んだことがあるのを思い出しました。もう一冊同作者の『ベルリンは晴れているか』は、読んだことがありません。

 『悲劇』が書いてある作品です。
 素材は『戦争』です。
 人間の心に潜む(ひそむ)悪魔的部分をあぶりだしてあります。
 
 呪詛(じゅそ):呪い(のろい)。悪意をもって相手に災難を加える。

 夫とこどもをなくした妻は、生きる希望を失った。妻とこどもをなくした夫も、生きる希望を失うだろう。

 照準器つきのモシン・ナガン:ロシア人設計の小銃。

 うらみを晴らす目的をもって相手を殺害することは、職業軍人にとっては仕事としてやったこととされる。

 狙撃兵の鉄則として:一か所にとどまるな。自分の弾が最後だと思うな。(常におまえは、ねらわれている)

 コミュニストの女兵士:共産主義者の女兵士

 ロシアを憎んでいる民族がいます。『くたばれソヴィエト・ロシア』コサックの女子の言葉。コサック:ウクライナと南ロシアに存在した軍事的共同体。
 今の戦時の時代にこの本を読むとうーむとうなります。第二次世界大戦の被害者国が、今は、加害者国になっています。
 人間には二面性がある。二面性がない人間はいない。
 なにか、哲学の本で読みました。そのときの読書メモを見つけました。
 ニーチェ:1844年-1900年。55歳没。ドイツ・プロイセン王国の思想家。
『ツァラトゥストラはこう言った 上・下 ニーチェ著 氷上英廣訳 岩波文庫』
 ニーチェという人は、ドイツの哲学者です。記述はキリスト教の預言書のようです。ツァラトゥストラ氏は孤独です。精神世界のことが綴られていきます。
 教わらなければ人間は獣(けだもの)と同じ。
 教育の重要性を説く部分だろうと意味をとれた箇所がありました。人間のなかには、「おのれ」と「わたし」が同居している。「おのれ」は本能で、「わたし」が理性です。
 そして両者は常に争っている。人間の心を形成しているものが、「知識」と「知恵」そして「理性」です。人間は最終的に人間の手によって滅びると預言しているようです。
 
 虚仮威し(こけおどし):みせかけだけ。中身がない。
 下賜(かし):高貴な人が身分の低い人にものを与えること。
 
 そうか。指輪が『伏線』か。なるほど。うまい。

 抉った:えぐった。

(つづく)

 セラフィマとオリガの関係において、セラフィマの考えは深い。
 同志とは:同じ思想の仲間。
 セラフィマの意志は『女性を守るために相手と戦う』
 ドイツ兵がソ連の女性を襲う。
 しかし、ソ連兵もドイツの女性を襲うのです。
 セラフィマの怒りが爆発します。
 そして、いまある戦争の現実社会では、ロシア兵はウクライナの女性を襲ったのです。
 この本の意味は、今の時代において意義深い。男は女の敵です。

 収斂(しゅうれん):収縮

 かなりこったつくりで、筋立てが構築されています。
 最後のほうは、勇み足ではなかろうか。
 443ページあたり以降です。

 レニングラード:ロシア連邦の州

 懊悩(おうのう):悩みもだえる。

 良かった文章として『戦争は終わろうとしていた』
 ウクライナとロシアの戦争はいつ終わるのだろうか。
 1945年4月30日ヒトラー自殺。(昭和20年)。5月9日ドイツ降伏。ソ連勝利。

 エピローグ:1978年(昭和53年)のこととしての記述あり。

 全体を読み終えて感じたことです。
 男目線で描いた女性史という印象をもちました。女性がこの本を読んでどう感じたのかは、男のわたしにはわかりませんが、ほかの方の、特に女性の書評を読んでみます。

(その後)
 いくつもの書評・感想を読みましたが、なんだかつかみどころがありませんでした。
 女性問題を考える本として二冊ここに落としておきます。
『私たちにはことばが必要だ -フェミニストは黙らない- イ・ミンギョン著 すんみ・小山内園子 訳 タバブックス』
『説教したがる男たち レベッカ・ソルニット ハーン小路恭子・訳 左右社』  

Posted by 熊太郎 at 06:46Comments(0)TrackBack(0)読書感想文

2023年01月20日

ぼくんちのおべんとう 志茂田景樹

ぼくんちのおべんとう 志茂田景樹(しもだ・かげき)・作 平田景(ひらた・けい)・絵 新日本出版社

 志茂田景樹さんは昔テレビで何度か見かけましたが最近はお見かけしません。82歳になられています。
 絵本を読み終えて、ご自身の体験がベースにあるのだろうと推察しました。

 じぶんでおべんとうをつくるという内容の絵本だろうか。
 そこから読み始めました。(あたりでした)

 タクマが主人公です。
 カナエが同級生です。
 小学一年生ぐらいに見えます。
 遠足みたいな授業で、お昼ごはんです。
 自分が小学一年生のときの山登りを思い出しました。
 おべんとうは、ほかのこどもたちもみんな『おにぎり』でした。
 つくる母親によって、大きさが違ったり、形が違ったりしていたことを覚えています。
 ともだちと、おにぎりを交換したりして楽しみました。
 
 絵本は、色がきれいです。
 
 タクマがなげきます。
 おべんとうは、しょうがやき弁当で、おかずは、白ごはんのうえにぶた肉のしょうがやきが、のっけてあるだけです。(おかあさんの手ぬきみたいなことが書いてあります。毎回、しょうがやきべんとうだそうです)
 
 家に帰ると母と息子しかいません。母子家庭だろうか。
 母親は、自宅で出版の仕事をしているそうです。編集者だろうか。
 タクマは、母親に弁当のおかずについて文句を言いますが、現実社会では文句はなかなか言えません。だまってがまんします。息子は母親に気を使うのです。

 読んでいる自分は思うのです。
(弁当のおかずに文句(もんく)があったら、自分でつくれ。親を頼るな。こどもだからやらなくていいなんて甘えるなと。)
 なんとなく、こどものしつけのための教育図書を読んでいるようです。

 祖父母が登場します。
 夏休みを祖父母宅で過ごします。でもたった一週間です。(絵本では「一週間も」というような表現で書いてありますが、わたしに言わせれば、たった一週間です。もっといていいよ)
 この部分を読んでいて思ったことです。
 社会に出て気づいたのですが、祖父母と交流が深い孫というのは、長男とか長女のこどもで、きょうだいの下のほうにいくにつれて、祖父母と孫の交流が薄くなっていくのです。お墓参りに行くのは、長男・長女、次男、次女ぐらいのこどものこども(孫)です。きょうだいの下のほうのこどもと孫は祖父母との交流が薄く、祖父母のお墓参りの体験がなかったりもします。
 こちらの絵本のほうは、タクマが祖父母に会うのは、1年ぶりぐらいだそうです。お母さんは、長女ではないのでしょう。

 自分は、こどものころ、実父母の両親よりも、父方、母方、両方の祖父母宅に預けられて世話になることが多かったので、お年寄りとの交流が濃厚でした。
 今は、自分が祖父母にしてもらったように、自分の孫たちとも接しています。だから孫たちはわたしによくなついてくれています。

 タクマはおばあちゃんからおべんとうのつくりかたを習います。
 タクマは、いっしょけんめいおべんとうづくりをします。
 あたたかい心がこもっている絵本です。
 料理というのは、つくる時間が長くて、食べる時間は短い。
 
 母親だから調理が好き、女性だから料理がじょうずということはありません。
 母親でも女性でも料理がにがてな人はいます。その代わり、ほかのことがじょうずだったりもします。
 最後の絵は、おべんとうを学童保育所で食べている絵でしょう。
 もう三十年ぐらい前、うちのこどもたちも学童保育所に預けて自分たち夫婦は、共働きをしていました。
 絵を見ながら、うちもこんな時代があったとしみじみしました。
 この本は、2022年(令和4年)、去年出たばかりの絵本です。

(おまけ:もう20年以上前につくったおべんとうにまつわる思い出話の文章データがあったので、この絵本の内容に合わせて載せてみます)

『弁当のおかず』
 わたしは、小学三年生でした。
 学校でお弁当を食べていると、ひとりの男の子がわたしのお弁当を指さして「おかずが、豆しか入っとらーん」と、ばかにしました。
 そのとき、わたしはなんのことかわかりませんでした。
 すると、まわりにいたこどもたちが、わたしを取り囲んで、わたしのお弁当をながめました。
 男の子はさかんに、おそまつなおかずだとはやしたてました。
 まわりにいたこどもたちはうつむいて、何も言いませんでした。
 みんなだって、同じようなおかずじゃない。
 わたしはこの時、生まれて初めて、自分がまずしいということを知りました。
 ショックだったのは、わたしをばかにした男の子は、勉強がよくできる子で、勉強ができる子=(イコール)心のやさしい子というわたしがもっていたイメージが、音をたててくずれたことでした。
 そんなことがあってから、わたしは、お弁当を食べる時、弁当のふたで、おかずをかくして食べるクセができました。
 高校生になって、お弁当を食べている時に友人が、
「どうして、そんなへんなかっこうで食べるんだ?」と聞くので、わけを話しました。
 友人は、
「母親がつくってくれたものだ。どうどうと食べればいい」と言ってくれました。
 しかし、そのとなりにいた別の友人は、
「シャケが1匹入っているだけじゃないか。そんなもの、おかずじゃない」と言いました。

 その後、長い時が流れて、わたしのお弁当についてはげましてくれた友人は、結婚して、しっかり商売をやって家族と生活しています。
 反対に、わたしのお弁当をばかにした友人は、社会人になったわたしからお金を借りて、結局1円も返してくれず、今では、行方不明になってしまいました。
 そまつなおかずのお弁当をどう評価するかで、その人の未来が見えてくるのかもしれません。  

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2023年01月19日

とべ! ちいさいプロペラき 福音館書店

とべ! ちいさいプロペラき 小風さち(こかぜ・さち)作 山本忠敬(やまもと・ただよし)絵 福音館書店

 2000年(平成12年)第1刷の絵本です。
 読み終えて、今年2歳になる親戚の男の子にプレゼントすることにしました。
 今度会うのが楽しみです。
 前回会った時は、お互いのひとさし指をくっつけるETごっこをして盛り上がりました。(宇宙人が出てくる洋画『ET』です)

 絵を描かれた方は2003年にお亡くなりになっています。作品『しょうぼうじどうしゃ じぷた』は以前読みました。小さな消防自動車(ジープタイプ)が、最初のうちは、大きな消防車がうらやましく、自分の車体が小さいことで劣等感を感じているのですが、最後は、狭い場所の消火活動で活躍してくれます。今回も同じような展開になるのだろうか。

 ちいさなぷろぺらきが主人公です。
 おおきなジェット機が出てきます。(かっこいい)
 以前成田空港の滑走路の先にある飛行機の博物館『航空科学博物館』へ見学に行ったことがあります。絵本の絵を見ながらそのときのことを思い出しながら読みました。
 滑走路の離陸の様子は、羽田空港とか中部セントレア空港を見学した時の記憶と重なります。飛び立つジェット機の機影が目に浮かびます。

 体が大きいとか小さいとか、学校にいるうちは気になりますが、社会に出ると背の高さは関係ありません。気持ちの大きさは関係があります。能力が優先になります。

 がんばるプロペラきです。
 絵がすがすがしい。
 元気のない子どもを励ます絵本です。
 滑走路をかけて飛び立つプロペラきに勢いがあります。
 飛び立つ音が聞こえてくるようです。
 グゥーン(かっこいい)  

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