2024年04月13日

はたらくことは生きること 昭和三十年前後の高知 石田榮写真集

はたらくことは生きること 昭和三十年前後の高知 石田榮写真集 羽鳥書店

 白黒の写真集です。
 これまでに同様なパターンで読んだ写真集の本が二冊あります。
 『筑豊のこどもたち(ちくほうのこどもたち) 土門拳(どもん・けん) 築地書館』
 胸にズシンときます。福岡県の産炭地(炭鉱)だったところです。写真に写っているこどもである本人たちにとっては、隠しておきたい、あるいは忘れたい暮らしだったと思いますが、今となっては本人も忘れかけているくらい昔の出来事になりました。貧しい中でのこどもたちの暮らしがあります。(写真に写っている少年少女たちは、いまごろ八十代かもうお亡くなりになっていることでしょう)
 もう一冊が、『足尾線の詩(あしおせんのうた)写真集 斎藤利江 あかぎ出版』
 写真のなかのこどもたちは、笑っています。昭和三十年代の群馬県・栃木県の山奥のこどもたちです。今は中高年になった人たちの、なつかしいこども時代の姿がそこにあります。また、女性である著者は写真家になりたかったが、父親が反対して、カメラもネガも取り上げた。長い時間が流れ、著者が60歳になったとき、父親によって捨てられたと思っていたネガが発見され、今回の写真集になったという製作のきっかけ話には感動しました。

 さて、こちらのこどもたちや人々が写っている写真集は、昭和三十年ころの高知県の暮らしです。

 ふんどし姿で働く男性がいます。場所は海の近く、浜辺です。
 そういえば、わたしの祖父も(父方も母方も両方の祖父が)、ふんどしを愛用していました。わたしは、ふたりがパンツをはいている姿を見たことがありません。

 高知県内の、農村、鉱山(石灰石採掘)、山里、港町、市場などで撮影された生活・労働・風土の写真です。

 観ていて気づくのは、女性の労働者が多いことです。みなさん働き者です。
 くわえて、こどもも働いています。戦前は、こどもには人権はなく、こどもは労働者として扱われていたと書かれた本を読んだことがあります。それは、日本だけではなく、イギリスを始めとした世界中で、こどもは、家畜のような労働力として期待されていたという時代があったようです。女性も同様でしょう。
 いまNHKの朝ドラ、『虎に翼』でも、1945年(昭和20年)第二次世界大戦の終戦前までは、女性は法律上も、無能力者扱いされています。
 ドラマの中で女性は「禁治産者」だというセリフがありました。きんじさんしゃ:本人だけでは意思決定ができない。結婚した女性の場合は、夫が意思決定をして、妻がそれに従うことがあたりまえとあります。
 余談(本筋から離れた話)ですが、ドラマ『虎に翼』の映像を観ていて、撮影場所がたぶん自分が見たことがある場所です。名古屋市昭和区にある鶴舞公園(つるまこうえん・つるまいこうえんと呼ぶ人もいます)の噴水塔とかその背景にある名古屋市公会堂とか、昔、家庭裁判所だった今は名古屋市市政資料館、名古屋市役所本庁舎内の廊下とか通路ではなかろうかと思う場所もあります。階段や壁などの色は、CG(コンピューターグラフィックス)で加工されていると推理しています。
 そのほか、愛知県犬山市にある明治村の中の施設もロケ地として使ってあるような気がします。まだ始まったばかりですが、このドラマ、『虎に翼』はきっと後世に残る名作になります。このドラマを観るしばらく前から、主役を演じる伊藤沙莉さん(いとうさいりさん)の演技のうまさに感嘆し、感心しながら楽しみに毎日観ています。
 もう一点は、少し前に観ていたNHKドラマ、『正直不動産』に出ていたシソンヌ長谷川さんが、弁護士役で(相方のシソンヌじろうさんも弁護士役です。以前、出川哲朗さんの充電バイクの旅で、シソンヌじろうさんの実家がある青森県内のご親族が出演されていたことを思い出しました)出ていて驚きました。どこかで見たことがある人だと思ったら、ドラマ、『正直不動産』に出てくる登坂不動産(とさかふどうさん)で部長職を演じていた人でした。ドラマ『正直不動産』も、こちらの『虎に翼』も、正義(せいぎ。正しい人の道)を通すことがテーマです。

 こちらの写真集の感想に戻ります。
 石灰岩や石灰石がいいお金になったのでしょう。
 資材の原料です。お化粧品や肥料にもなったそうです。
 
 白黒写真に写っている人たちは、いまはもう寿命でお亡くなりになっている人が多いのでしょう。
 しみじみと胸にくるものがあります。
 人は生きて、人は死んでいきます。

 お金を稼ぐ(かせぐ)ための肉体労働です。
 夫婦で協力して、肉体労働をします。
 手仕事が多い。機械の利用は少ない。人力が基本です。
 自然との共生があります。山があって、川があって、農地があって、海がある。
 母親のそばには、ちいさなこどもがいる。この時代、保育園とか幼稚園は、いなかにはなかった覚えです。わたしは、幼稚園にも保育園にも行ったことがありません。それから、学習塾にも行ったことがありません。わたしがこどもだった頃の故郷九州のまちには、塾というものはありませんでした。

 休憩中でも体を動かします。洗濯をされている女性の写真があります。

 おふろがあります。五右衛門ぶろです。

 女の子はみな、おかっぱ頭です。
 こどもがこどもをおんぶして子守りをしています。
 女の子がたくさんいます。
 おとなの草履(ぞうり)をはいているちいさな女の子がいます。

 映画館があります。映画が娯楽だった時代がありました。
 まちに映画館がたくさんありました。昭和三十年代から四十年代なかばのことです。まだテレビは全戸に普及していませんでした。

 紙芝居の写真があります。
 こどもがいっぱい集まっています。
 類似の写真のデータをわたしはもっているのでここに落としてみます。以前、福岡県の飯塚市にある歴史資料館で撮影したものです。(観光目的で入館した時に撮影の届けを出して撮影しました)日本全国で、紙芝居屋のおじさんたちが活躍していた時代がありました。思い出すに、わたしも小学生のこどものころ、自分で紙芝居を家でつくって友だちに披露していました。







 話は戻って、こちらの写真集の本に載っている幼児はいつも、働く両親のそばにいます。
 こどもがこどものめんどうをみています。
 あかちゃんは、じべた(地面)の上にしいたふとんの上で、ふとんをかぶって眠っています。熟睡しています。海に近い砂浜で寝ているあかちゃんもいます。
 写真をみるとたいへんそうですが、案外、こどもにとっては、安心な環境だったのではなかろうか。目をさませば、まわりに両親や兄弟姉妹、近所のひとたちが働いていました。
 こどもをおんぶして働いている母親も複数います。現代よりも恵まれた労働環境があったように思えます。子育て環境です。保育園に預ける必要がありません。

 なにもかもが人力ですから協力が必要です。
 機械はありません。

 轆轤(ろくろ):回転式の装置。重い物を引いたり上げたりする滑車(かっしゃ)。

 女の子たちは、背中に弟・妹をのせて、みんなで子守りをします。
 ばあちゃんは、ゲタをはいて歩きます。
 海辺で石をひろってきて、みやげ物にします。
 
 海辺で、少し大きな石で釜戸(かまど)をつくり、火をつけて、やかんでお湯をわかし、食事をとる漁師がいます。自給自足の暮らしです。

 稲刈りも人力です。
 わたしも中学の時、のこぎり型のカマを使って、手作業で稲刈りをしたことがありますが、とてもつらかった。腰が痛くなります。

 物を運ぶのは、リヤカーです。
 自家用車なんてなかった時代です。

 馬がいます。労働用の馬です。
 物を運びます。
 牛もいます。
 農耕作業用の牛です。
 鉄道列車に乗る行商人がいます。海の物を山へ、山のものを海へと行商に励みます。
 
 魚市場で、大きな魚を洗う写真があります。
 魚というたくさんの命が生まれて、たくさんの命が消えていきました。

 まき割りをする人。プレス工の人。旋盤工の人。職人技があります。
 
 家のそばには、犬がいます。飼い犬なのかどうなのかはわかりません。

 船で南米へ移民する人たちを見送る写真があります。こちらの写真では、行き先が南米のパラグアイとあります。船上の夫婦やちびっこたちは、夢でいっぱいなのか笑顔です。
 小説『蒼茫(そうぼう) 石川達三』を読んだことがあります。日本から南米へ渡った移民のお話です。過酷な太平洋航路と現地での暮らしで、命を落とす人が多かった。
 (読んだときの感想がデータに少し残っていました)
 「蒼茫(そうぼう、青い海原を指します。)」を読みました。おそらく大正時代末期から昭和時代の初期だと思うのですが、ブラジルへ向かう日本人移民の物語でした。日本を出港した移民船の中で、次々と人が死んでいくのです。病死でした。その先は読んだ時の記憶が定かではないのですが、ブラジルへ移民後も、やっぱり人が死んでいくのです。亡くなっていく群像は、日本の貧困な農民家族でした。
 
 写真集の後半部に、第二次世界大戦中のことが書いてありました。
 自爆することを目的とした特攻隊の隊員を選ぶ時は、『長男』は除外されていたそうです。
 そういう時代が確かにありました。いまも少しは残っているのかもしれません。長男優先の考え方です。家制度の保守です。  

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2024年04月10日

いろいろおふろはいり隊! 穂高順也・作 西村敏雄・絵

いろいろおふろはいり隊! 穂高順也・作 西村敏雄・絵 教育画劇

 絵本の帯に、『おいしいおふろ、しょうかいします!』とあることからピンときました。
 お料理が関係している絵本に違いない。
 絵本の表紙をめくると、お顔が描いてあるタマネギさん、マイクを両手に持ったニンジンさん、ジャガイモさんの絵が、コンニチワと声をかけてきます。
 おふろ=お鍋(なべ)じゃないのかな。(あたりました)

 業務用の大きな台所です。
 ニンジンさんが、右手にマイクをもっています。かわいい。
 『おふろはいり隊』のメンバーは、ニンジンさんと、ジャガイモさんと、タマネギさんです。
 きっと、カレーとか、シチューとか、おでんとかの料理がでてくると予想します。(カレーとシチューはあたりました。おでんは、はずれました)

 カレーのおふろから出たおふろはいり隊のメンバーは、カレーのお鍋を出て、次のお鍋へ向かいます。
 ビーフシチューです。クリームシチューもあります。
 お肉がおいしそうです。
 この絵本を、親戚のちびっこにプレゼントする候補の絵本の一冊にしました。
 
 意外なところを突かれました。(つかれました)
 おみそ汁です。コンソメスープもあります。(なるほど。思いつきませんでした)
 
 みんなで、日焼けに行くそうです。なんだろう。
 電子レンジでした。なるほど。
 電子レンジの中の料理はパスタに見えますが、グラタンかもしれません。
 グラタンでした。エビさんやマカロニさんもいます。
 
 次は、せいろ蒸し(むし)です。アイデアが豊かな絵本です。
 たくさんの料理のパターンがあります。
 せいろ(蒸籠。むすかご)の中は、サウナ状態です。
 シューマイさんもいます。でも、シューマイには顔は書いてありません。
 
 サウナを出たから今度は冷たいおふろにはいるそうです。
 長いもをすりおろしたおふろに見えます。
 ながいもではありませんでした。てんぷら粉でした。
 おふろはいり隊のメンバーは、てんぷらになるのか。
 うまくできた絵本です。
 あぶらのおふろはあっついぞーー
 さんにんさんが、『あちちちちーー』です。漫才(まんざい)みたい。

 さいごにてんぷらになったニンジンさんが、両手でマイクをもって、絵本読みをした人に感謝のごあいさつをします。
 『いかがでしたか。おたのしみいただけましたか?』
 パチパチパチーー はくしゅーーです。
 よかったよーー 楽しめましたーー おつかれさまでしたーー

 天丼が(てんどんが)できあがりました。
 きれいな絵でした。ありがとう。  

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2024年04月09日

ねえさんといもうと シャーロット・ゾロトウ 酒井駒子

ねえさんといもうと シャーロット・ゾロトウ文 酒井駒子・絵と訳 あすなろ書房

(1回目の本読み)
 絵本ですが、ひととおり読んで、類似の絵本を思い出しました。お留守番が素材になっていました。思い出してみます。
 『あさえと ちいさいいもうと 筒井頼子(つつい・よりこ)・さく 林明子・え 福音館書店』以下、感想の一部です。
 読み終えてしばらくして思ったことです。
 いまどきの『ヤングケアラー』のようです。
 兄弟姉妹における長男、長女の立場を語る絵本です。
 こどものころは、長男、長女が、弟、妹のめんどうをみるのです。
 上のポジションにいる人は、がまんを強いられます。(しいられます)
 長男、長女の立場であることのつらさが表現されています。

 さて、こちらの絵本のほうは、二度目に読んだ時、さきほどの絵本とは内容がちょっと違うなと感じました。

 酒井駒子さんの絵が優しい。(やさしい)。
 淡い色、柔らかい(やわらかい)色調です。とても優しい。
 姉と妹が、お互いを思いやる内容です。
 姉と妹です。妹と姉の物語です。

(2回目の本読み)
 表紙に、シャボン玉を飛ばしている姉妹の絵があります。
 表紙の裏は布地です。おしゃれで、味わいがあります。高級感ありです。
 酒井駒子さんが描く絵本は、絵画集のようでもあります。
 お話では、『姉が妹のめんどうをみる状態』から、『妹が姉のめんどうをみる状態』に変化する展開があります。ふたり姉妹とか、ふたり兄弟のパターンです。
 だいじなことは、安全であること。平和であることです。
 小学校一年生ぐらいの姉と、2歳~3歳ぐらいの妹に見えます。
 姉は、母のようでもあります。
 姉が妹に、お裁縫(さいほう)を教えます。
 泣いている妹を泣きやませます。
 姉はいつも、妹に教える立場にあります。
 先駆者(せんくしゃ。道を切り開く人)です。
 姉はしんどい。姉はいつか、自分がおねえちゃんでいることをやめさせてと、ママに言いそうです。
 
 いっぽう妹は、ある日、姉に指示されることがイヤになりました。
 この点が、最初に出した絵本、『あさえと、ちいさいいもうと』とは違います。
 どちらの妹も、勝手にないしょで、家の外に出て行ってしまいます。
 行方不明になるのです。さあ、たいへんです。
 
 こちらの絵本の妹は、草原(くさはら)に入って行って、草の中に隠れて(かくれて)しまいます。
 あちらの絵本の妹は、ひとりで近所の公園に行ってしまいます。
 思いやりとか、兄弟姉妹間の愛情の話です。
 
 レモネードとクッキー:レモネードは、レモンのなかに、ハチミツ、シロップ、砂糖などを入れた飲み物です。ホットだと、あったかい飲み物になります。

 助け合いがあります。
 以前テレビで見たどっきり企画の番組を思い出しました。
 おすもうさんの兄弟でした。
 たしか、弟のおすもうさんが、(ウソで)400万円貸してくれと兄であるおすもうさんに頼むのです。
 兄は、理由も聞かずに、『いいよ』と返答してくれました。弟に、お金を何に使うのかとは問いませんでした。
 『(理由は言わなくていい)必要なんだろ。いいよ。』(お兄さんが太っ腹(ふとっぱら)で感心しました。  

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2024年04月04日

月の満ちかけ絵本 大枝史郎・文 佐藤みき・絵

月の満ちかけ絵本 大枝史郎・文 佐藤みき・絵 あすなろ書房

 理科・科学の絵本です。
 月の見え方について、新月から満月まで、上弦の月(じょうげんのつき)から下弦の月(かげんのつき)まで紹介します。(吉田拓郎さん(よしだたくろうさん)の歌を思い出しました。『上弦(じょうげん)の月だったっけ ひさしぶりだねぇーー 月見るなんて(つきみるなんて)……』というような歌詞でした。たしか、歌のタイトルは、『旅の宿』でした。

 夜の星を見上げる絵本でもあります。
 以前類似の絵本を見たことがあります。外国の絵本でした。思い出せるかなあ。
 『夜をあるく マリー・ドルレアン作 よしいかずみ訳 BL出版』でした。でも夜空の星を見たあと、家族で、夜明けを見る結末でした。月のことは書いてありませんでした。でも、満点の星空の中に、白い月は輝いていたと想像します。

 さて、文字数が多い絵本です。
 これから文章を指でなぞりながら読んでみます。

 月の輝きの部分は、太陽に照らされている部分である。
 地球の自転と公転:1日1回自転。1年365日で公転(太陽のまわりを1周する)
 月は、地球のまわりを回っている。
 新月:地球から月が見えない。
 三日月→半月→満月→欠けていく→新月:約29.5日
 月が地球を1周する(公転周期):27.3日
 
 文章と絵なので、わかったような、わからないような気分での読書です。

 日食:太陽と月、地球が一直線に並ぶ。金環日食(きんかんにっしょく。太陽がはみだしてリングが見える)、皆既日食(かいきにっしょく。太陽が全部隠れる)、部分日食。

 1日目の月は見えない。「朔月(さくげつ)」という。朔は、はじめという意味。新月ともいう。
 旧暦:月の満ち欠けで1か月とする。日本の古代から明治時代はじめまで使用された。

 2日目の月。二日月(ふつかづき)
 2日目なのに『ついたち』とあります。
 糸のように細い月です。
 大昔の日本では、この二日目の月を一日目の月として数えていた。
『ついたち』は、『月立ち(つきたち)』が由来となった。
小説作品を思い出しました。以前読んだことがある本です。『月の立つ林で 青山美智子 ポプラ社』 次は、読んだ時の感想の一部です。
朔ヶ崎怜花(さくがさき・れいか):主人公女性。41年間ずっと同じ一軒家に住んでいる。41歳です。未婚。元看護士。三か月前、総合病院を辞めた。実家暮らし。40歳過ぎの無職の未婚女性に貸してくれる不動産物件なしのため実家で暮らしている。印刷所の事務員の求職に申し込んだ。高校生のとき、うさぎ(小雪という名前)を飼っていたことがある。(そんな設定から始まります)

 絵本に戻ります。
 3日目の月。三日月(みかづき)
 戦国時代、武将は兜に(かぶとに)三日月を付けて戦に臨んだ(のぞんだ)。三日月はだんだん満ちて満月になる。望みがかなえられる。(なるほど)

 7日目の月。上弦の月(じょうげんのつき)。半月(はんげつ)。弓矢の弓のつるが、上にある状態で地平線に沈む。武将の弓矢からきている。

 15日目の月。満月。ひと晩じゅう見えるのは満月だけだそうです。
 春の満月。『菜の花や 月は東に 日は西に』 江戸時代の俳人の与謝蕪村(よさぶそん)作。1716年-1784年。68歳ぐらいで没。
 
 思い出してみれば、こどものころ、月が身近にありました。
 さらにさかのぼれば、電灯がゆきわたっていない時代がありました。
 停電もよくありました。
 停電して、ろうそくをつけて、夜をすごした体験があります。
 テレビ放送が始まって、一般家庭にテレビが普及したのは、昭和40年代(1965年代)だったと思います。それまでは、こどもは、テレビがある家に招かれて、近所のみんなとひとつのテレビを囲んで見ていました。夜8時になるとこどもは寝る時間だと言われて、解散して、夜空に月が見える中を家に帰って行きました。

 今から60年ぐらい昔は、静かで、暗い夜がありました。
 秋になると、秋の虫たちの鳴き声が家のまわりで響いていました。

 28日目・29日目の月。細い糸のような三日月型の月です。
 明け方に出るので、『明けの三日月(あけのみかづき)』と呼ばれるそうです。

 月の大きさは、だいたい地球の4分の1だそうです。
 本の最後のほうに、月と宇宙の豆知識、日食、月食の説明があります。
 地球の海の潮の満ち引きは、月の引力が関係しているそうです。遠くにあっても影響力ありです。
 月のもようが何に見えるかという説明もあります。うさぎとか、カニとか、ライオンとか。
 最後に月の満ち欠け一覧表がありました。これを書いている3月27日は、満月を過ぎたあたりです。

(その後)
 これまで読んだことがある本で、月にちなんだものをいくつかピックアップしてみました。

 『月と散文 又吉直樹 KADOKAWA』
  エッセイ集です。どこかに掲載していた文章をまとめてあるようです。
『はじめに』に、小学生の時に書いた作文が笑われたとあります。なぜかというと、ひとつの作文の中に、『はずかしかったです。』という文節が大量に書かれていたからだそうです。なるほど。笑えます。リフレインのように(くりかえし)、『はずかしかったです。』と書かれていれば、読み手には自然と笑いが生まれてきます。

『つきのぼうや イブ・スパング・オルセン やまのうち・きよこ訳 福音館書店』
 まず、絵本のサイズが変わっています。縦が、34cmで、横が、12.7cm。細長い本です。この細長さを利用して、空の月から下にある地面、そして、海底までを絵で表現してあります。1975年(昭和50年)初版の絵本です。

『おやすみなさい おつきさま マーガレット・ワイズ・ブラウン作 クラメント・ハート絵 せた・ていじ 訳 評論社』
 絵は、反対色の構成です。緑と赤の反対色です。昔懐かしいダイヤル式の黒電話機です。この絵本は、アメリカ合衆国における1947年(日本では昭和22年)の作品で、日本では、1979年(昭和54年)に初版が出版されています。

『きょうはそらにまるいつき 荒井良二 偕成社』
 2016年発行の絵本です。月夜ですから、月の姿があります。『あかちゃんがそらをみています』から始まります。風景は、外国、イギリスに見えます。背の高いビルディングを背景にして、樹木が生えた都市公園が見えます。ページをめくると、黄色で大きな満月の絵が目に飛び込んできました。こどもにはいい絵です。月がどかーんと見開き2ページの半分ぐらいを占領しています。

『まんげつのよるに 木村裕一・作 あべ弘士・絵 講談社』
 シリーズ「あらしのよるに」の第7話でこれが最終話です。第6話で雪崩に飲み込まれたオオカミのガブはどうなったのか心配です。ガブは物語の主人公ですから必ず生きているはずです。ほら生きていました。よかった。えッ?! なんとそれはヤギのメイの夢でした。

『パパ、お月さまとって! エリック=カール・さく もりひさし・やく 偕成社』
 こどもさん向けの絵本です。まずは、全体を1ページずつめくってみました。なんというか、すごい絵本です。しかけがある絵本です。ダイナミックです。1986年が初版です。アメリカの田舎町でしょう。夜空も地上も広い。なんていう長いハシゴなんだ。

『月と珊瑚(るなとさんご) 上條さなえ(かみじょう・さなえ) 講談社』
 「月(るな)」も「珊瑚(さんご)」も人の名前です。「月」は、つきとは読まずに、「るな」と読みます。 「月」は英語でいうと、「ムーン」です。「ルナ」は、ラテン語で、「月の女神」です。ローマ神話に出てきます。この物語の舞台は、沖縄で、第二次世界大戦のことが書いてあるのかもしれないと予想しました。

『流浪の月(るろうのつき) 凪良ゆう(なぎら・ゆう) 東京創元社』
 流浪:住むところを定めず、さまよい歩くこと。小説の中では、小学校上級生ぐらいの女児である家内更紗(かない・さらさ)が、両親がいなくなって、預けられた叔母の家の居心地が悪くて、公園で見かけた大学生男子のマンションにころがりこんでいます。「月」は、家内更紗をさしているような。

『おつきさまこんばんは 林明子 福音館書店』
 絵本です。最初にスリムなネコの黒い影絵があります。アメリカ映画のピンクパンサーみたい。かっこいい。黒い影の一戸建ての家があって、ネコが2匹いて、あたりは、真っ暗。室内に黄色い電灯がついている。屋根の上が少しだけ黄色いだ円になる。ほんの少し明るい。エジプト絵画みたい。明るい。太陽のような月が目を閉じている。おめめをあけてくださーい。金太郎顔のお月さんです。猫2匹がお月さんの顔に見とれています。こんばんは。

『太陽と月の大地 コンチャ・ロペス=ナルバエス作 宇野和美訳 福音館』
 スペインの昔の話です。1492年、コロンブスがアメリカ大陸を発見しています。日本は、室町時代です。宗教の対立があります。キリスト教とイスラム教です。100年間ぐらいかけて、イスラム教徒がキリスト教徒に追い出されたような内容と、冒頭付近を読むと、書いてあります。キリスト教が上で、イスラム教が下みたいな雰囲気がただよいます。

『月の満ち欠け 佐藤正午 岩波書店』
 かなりおもしろい。こういう話は読んだことがありません。某作家の作品「秘密」に似ていますが違います。佐野洋子さんの「百万回生きたねこ」には通じています。舞台は青森八戸、千葉県稲毛、市原、船橋、福岡、名古屋、そのほか、自分が知っている地名が次々と出てきます。憑依(ひょうい)とか、時間移動、輪廻転生(りんねてんせい)、ホラーの要素もあります。

『月はぼくらの宇宙港 佐伯和人 新日本出版社』
 60年ぐらい前、月はまだロマンチックな存在でした。うさぎが、もちつきをしている影絵を見た記憶があります。その後、たくさんのアポロが、何度も月を訪れて、荒涼とした月面風景を画像で観ることが重なり、月がもっていた神秘性は消えていきました。この本では、月学者である作者(ときにおたくっぽい)が、科学的に月のありようを解説しています。そんななかでも、月を港とし、地球を宇宙船とたとえるロマン(夢や冒険へのあこがれ)があります。作者が記しているとおり、もともと宇宙開発は、戦争のためのものでした。宇宙から、相手の国を攻撃するのです。もし、それが、現実となれば、勝者はいません。地球は滅びます。

『みかづき 森絵都(もり・えと) 集英社』
 時は、昭和36年です。登場人物は、大島吾郎22歳、赤坂千明27歳、赤坂頼子40代、赤坂蕗子(ふきこ)小学1年生ほかです。それから茶々丸とかブラウニとかいう愛犬が出てきます。この時代に、学習塾をつくろう!とするようです。

『二日月(ふつかづき) いとうみく・作 丸山ゆき・絵 そうえん社』
 障害者差別解消をめざした作品です。主人公夏木杏(なつき・あん)小学校4年生に、障害児の妹が生まれます。両親、とくに母親が妹の芽生(めい)にかかりっきりになります。母親に相手にしてもらえなくなった杏は母親の愛情不足のストレスに陥ります。そこを、克服していかねばなりません。同級生の磯部真由が支えになってくれます。

『月と蟹 道尾秀介 文春文庫』
 直木賞受賞作品ですが、読み始めは、児童文学を読み始めたような感じがします。小学校5年生の利根慎一、富永春也、葉山鳴海(女子)たちが登場人物で、舞台は神奈川県、地名は書いてありませんが、わたしは、藤沢市あたりだろうと勝手に設定して読み始めました。(読み進めた先で、横須賀線沿線のような記述があったので、はずれでしょう。)慎一と春也が、鎌倉の鶴岡八幡宮、建長寺、十王岩を訪れています。

『チャーシューの月 村中李衣(むらなかりえ) 小峰書店』
 児童養護施設で暮らす少年少女たちの暮らしぶりです。最初の数ページを過ぎたあたりから、泣けそうになります。最後は涙がにじみました。子どもを育てる気がない親はいらない。
 小学校6年生女子美香の視点から見た世界がつづられています。美香の相方が、小学校1年生新米入所の明希(あき)です。彼女は正確な記憶力をもっています。

『赤い月 なかにし礼 新潮社文庫 上巻・下巻』
 スタートは冷酷表情です。戦争において殺人は罪に問われません。簡潔平易な文章であるが実情がよく伝わってきます。「説明」ではないことが不思議なくらいです。情景、状況の表現がわかりやすい。これは自伝なのだろうか。満州での逃亡列車の様子は凄惨(せいさん)です。人の行為は詐欺です。善も悪もありません。植物的で無表情で平らな心が広がります。日本人が第二次世界大戦をとおして、どのように生きてきたのかをたどるいい本です。

 けっこうたくさんありました。  

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2024年04月03日

やさいのおしゃべり 泉なお・作 いもとようこ・絵

やさいのおしゃべり 泉なお・作 いもとようこ・絵 金の星社

 野菜の擬人化です。
 まず、きゅうりが出てきます。
 次に、きゅうりがキライな、小学一年生のれいちゃんが出てきます。
 (わたしは、きゅうりは、味がしないけれど、腸の中をきれいにそうじしてくれるような気がします)
 そのあと、物を乱暴に扱うおかあさんが登場します。
 
 冷蔵庫の中です。野菜が、たくさんあります。
 ニンジン、トマト、キャベツ、ピーマン、タマネギ、ナス、アスパラ、ネギ、ダイコン、サツマイモ(サツマイモは、冷蔵庫に入れるようなものではないと思いました。案の定(あんのじょう)、あとからその話が出てきます)

 冷蔵庫の2階にあるのが、冷蔵室です。
 カマボコ(カビがはえているカマボコです)、ハム

 冷蔵庫の3階にあるのが、冷凍室です。
 3年前のごはんが凍っています。(こおっています。きたないです。3年前とはえらい古い)

 女の人だから、きれい好きとは限りません。お顔はきれいで、スタイルが良くても、家に帰れば、ごみ屋敷ということはあります。
 女の人だから、片付けやおそうじができるとは限りません。
 料理がじょうずとは限りません。
 家計簿をきちんとつけて、お金の管理ができるとは限りません。
 世の中は、誤解と錯覚で、できあがっています。
 男の人だから、強くてたくましくて、頼りがいがあるとは限りません。
 見た目で、中身を判断するのは気が早すぎる判断です。

 ぼく:キュウリのことです。
 ナス:冷蔵庫の中で、おかあさんから忘れられた存在
 みんな早く食べられたい。食べられることが、みんなの役割です。
 ダイコン:美人。女の子のダイコンだそうです。買って来た時は若かった。放置された今は老齢でお顔にはブツブツがいっぱいできています。ダイコンさんは、病気にかかっているように見えます。
 サツマイモとジャガイモとニンニクの主張があります。自分たちは冷蔵庫に入れるのではなく、冷蔵庫の外で保存してほしいそうです。ごもっともです。
 
 おもしろい。
 野菜たちの会話です。

 その夜は、マーボナスとサラダの夕食でした。ナスとトマトが冷蔵庫から出て行きました。
 くさったカボチャとしょうがは、ごみ箱へポイされました。(悲しいことです)
 (この本を親戚のちびっこにプレゼントしよう。来月5月、また親戚にちびっこが生まれます。ここ数年、出産ラッシュです)

 おかあさんの声が聞こえます。
 キュウリは酢の物にしよう。だいこんはおでんにしよう。
 好き嫌いはやめようという雰囲気の呼びかけがありますが、どうしても食べられないものというのはだれしもありそうです。
 わたしは、こどものころ、おみそ汁に入っているワカメがにがてでした。口の中でぬるぬるして気持ち悪くてのみこめませんでした。しかたがありません。どうしてもにがてなものは、無理して食べなくてもいいのです。
 
 心優しい内容の絵本でした。
 ちびっこにとっては、優しいのが一番です。  

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2024年03月29日

これはのみのぴこ 谷川俊太郎・作 和田誠・絵

これはのみのぴこ 谷川俊太郎・作 和田誠・絵 サンリード

 『これはのみのぴこ』というのは、『これは、のみの、ぴこ』という意味で、さらに、『これは、蚤(のみ)のぴこ』という、蚤の名前が、『ぴこ』ということなのです。
 こどもさん向けの絵本です。1979年(昭和54年)にできたお話です。

(1回目の本読み)
 今の子どもは、『蚤(のみ)』を知らないのではないか。(わたしでさえ、わたしがこどものころに、一度だけしか「蚤(のみ)」を見たことがありません。とても小さくてぴょーんとはねます)

 ねこの名前が、『ごえもん(五右衛門)』です。
 こどものころ、近所の家にあった五右衛門ぶろに一度だけ入ったことがあります。
 お釜が熱いので、板を踏んづけて沈ませながら入りました。恐ろしかった記憶が今も残っています。
 石川五右衛門のことです。有名な大泥棒です。1590年頃の人物。関ヶ原の合戦が1600年です。
 捕まって、かまゆでの刑に処せられたのですが、同時に、こどもであった息子もお釜に入れられたとだれかから聞きました。お湯が湧きだした最初は、熱くなるお湯からこどもをかばって、お湯の上にこどもを持ち上げていたのですが、お釜の底は鉄で、だんだんお湯が熱くなると、五右衛門は自分のこどもを自分の足の下にしいたと聞きました。こどもは死んじゃいます。残酷です。その話が、ほんとか、どうかは知りません。そんなふうにだれかに聞きました。おとなから聞いた覚えです。最後は、五右衛門もお釜の中で死んじゃうんです。ふろに入れてあったのは、わたしが思うお湯ではなく、油だったという話もあります。ちょっと思い出しました。小学校低学年の時に、学校の先生から聞いた話でした。

 この絵本に出てくるねこに、『五右衛門』と名づけたということは、そのねこは、どろぼうねこだったのかもしれません。
 ひとつ思い出しました。小学生の時に、石川くんという男の子がいて、石川五右衛門とからかわれていました。気が強い子だったので、『五右衛門』と呼ばれるとかなり怒っていました。

 絵本では、だんだん文章が長くなっていきます。
 そういう連鎖か。落語の『寿限無(じゅげむ。ながーいお名前)』みたいです。
 左のページは、長い文章、右のページが絵です。
 さいごはどうなるのだろう。
 ずーっと話が続いて、「おしまい」でした。

 谷川俊太郎さん・文:1931年(昭和6年)生まれ。92歳
 和田誠さん・絵:2019年(令和元年)83歳没。料理愛好家平野レミさんのだんなさんで、テレビ番組徹子の部屋で、平野レミさんがゲストのときに、だんなさんのことが毎回紹介されます。

(2回目の本読み)
 文章は、ぜーんぶ、ひらがなです。
 ところどころのページで、ちっちゃなのみを絵の中でさがす楽しみがあります。ちびっこと読み手でさがしましょう。のみは、どーこだ?

(のみの)ぴこ→(ねこの)ごえもん→あきら→あきらくんのおかあさん→おだんごやさん→ぎんこういん→おすもうさん→かしゅ(歌手)→どろぼう→やおやさん→しちょう(市長)→はいしゃさん(歯医者さん)→ほるんのせんせい(ホルン(管楽器)の先生)→(ねこの)しゃるる→のみのぷち(蚤のぷち)
 のみから始まってのみで終わる。物語づくりの基本パターンです。
 そして、よーく見ると、のみの名前が、最初と最後で違うのです。のみの名前は、『ぴこ』で始まって、最後の、のみの名前は、『ぷち』で終わっています。オチですな。(お話の締め。結末)

 世の中には、いろいろなものがあるということを、ちびっこに教える絵本です。
 ちびっこに音読させると、読み方の練習にもなるでしょう。  

Posted by 熊太郎 at 07:32Comments(0)TrackBack(0)読書感想文