2008年08月25日

兵庫県 姫路城

兵庫県 姫路城

 とあるお盆の頃に姫路城へ行きました。写真はありません。
 姫路城の写真を初めて見たのは小学校4年生のときで、国語辞典の最初にある写真のページでした。別名白鷺城、おとなに成長してからは新幹線の車窓からながめていました。
 とても暑い日でした。新大阪駅から乗車した快速電車は満席で座ることができませんでした。途中、美しい城壁が見える場所を通過しました。播磨国分寺跡でしょうか。不確かです。
 姫路駅前にあった山陽百貨店で昼食を摂りました。広島風お好み焼き屋でおいしかった。瀬戸内の街には明るい雰囲気がただよっています。
 間近で初めて見た姫路城の姿は、予想とは違っていました。わたしは城壁は純白だと思っていました。その色はうっすらと灰色がかったくすんだ白でした。大きさはさすがに巨大です。400年ぐらい前に建築されたもので、昭和30年代に大改修されています。名古屋の街ができてからもうじき400年ですから長い歴史をもった貴重なお城です。ずいぶん前に読んだ名古屋地域の新聞に、明治維新の頃、無用となった名古屋城をどうするかという議論がもちあがったのだけれど、武士の権力の象徴である城なんぞ、取り壊してしまえという意見が多かったと書いてありました。現代人の感覚とは正反対で、意外です。結局のところ、名古屋城は空襲で焼失してしまいました。明治維新のときには、アメリカの戦闘機に焼かれるなどということは想像もできなかったことでしょう。
 姫路城をぐるりと回って、天守閣にも上がって、姫路の街を一望して、出入り口に戻ったのですが、暑さのためにばててしまい、城見学は春か秋、涼しいときがいいと感じたのでした。
 案内をしてくださる市民ボランティアのような年配の人たちがいました。英語の案内もできるようで素敵です。
 西の丸から長い廊下を歩いてお姫さまが貝合わせをして遊んだ部屋、小天守閣、えっちらおっちらと大天守閣を登り、昭和の大改修では、莫大な費用と労力が費やされたことを知り、宮本武蔵が居たことがある畳部屋を見て、播州皿屋敷の「お菊井戸」では、背筋がすーっとして不気味でした。  

Posted by 熊太郎 at 19:55Comments(0)TrackBack(0)兵庫県