2022年06月03日
静岡県にある浜名湖を楽しむ
静岡県にある浜名湖を楽しむ
昨年秋に、高齢でどちらも障害者だった義父母を、2か月続けて天国へと見送りました。
6年間ぐらい続いた介護がなくなって、夫婦で日帰りドライブに行ける時間がとれるようになりました。無事(ぶじ)に見送ることができて、今はほっとしています。
昔、自家用車で何度か立ち寄った浜名湖サービスエリアの美しい景色が忘れられず、久しぶりに訪れてみることにしました。
愛知県内の自宅から自家用車でいっきに行けば、1時間ちょっとぐらいで行けますが、歳をとってきて、途中で休憩をとらないと運転で体が疲れます。トイレが近くなったのも理由のひとつです。
息子がまだ小学生だったころは、ふたりで、浜名湖のそばにある釣り堀まで自宅からノンストップで行っていましたが、今はもうそういうことができる体力はありません。ゆっくり、ゆったり、のんびり行くドライブ旅です。
まず、舘山寺(かんざんじ)に立ち寄って昼食と観光をしてから、帰路で、浜名湖サービスエリアに立ち寄りました。
次の写真は、午前中の小雨がお昼過ぎにきれいにあがって、すがすがしい青空が広がった帰路での浜名湖サービスエリアの風景です。
青空に浮かぶ白い雲が美しい。
浜名湖の湖面では、遊覧船が周遊していました。知床遊覧船の沈没事故以来、旅先での偶発的な事故に警戒心をもつようになりました。
事業者の方には、どうか、金もうけ第一主義ではなく、観光客の命を守るための安全運航最優先主義でお願いします。
次の写真で見ている方向は、舘山寺(かんざんじ)がある地域です。
左手に東名高速道路の橋脚があって、その右にある分かれたふたつの陸地の間にはロープウェイがかけられています。
次の写真にある男女のカップルが愛を誓い合う愛の鐘を初めて観たのは、2009年(平成21年)の大みそか(12月31日)だったという自分の記録が残っています。
ずいぶん永い年月がたちました。
写真には写っていませんが、この場所に行く途中、この場所から少し離れた手前の屋根のあるところに、愛のプレート販売のためのガチャガチャの機器がおいてあります。筆記用具のペンもあります。
プレートには、真剣にラブラブのコメントが書いてあります。絶対結婚しよう!とか、ずっといっしょにいたい、というメッセージが多い。どうか、その気持ちをいつまでも継続してほしい。
次の写真は、舘山寺の公営無料駐車場のそばにあるジェットコースターです。
このあたりは、どうも、火曜日・水曜日がお休みらしく、この日(5月31日火曜日)は、地域全体がひっそりとしていました。遊園地もお休みでした。空中をツバメが飛んでいました。
写真の中の看板に書いてある昼食バイキングでおひるを食べる予定でしたが、そこもお休みでした。残念。
そのかわり、うなぎ料理専門店で、地元名物うなぎのひつまぶしをいただきました。自分へのごほうびに奮発しました。たいへんおいしかったです。食べて良かった。満足しました。さんしょの香り、そして、梅との組み合わせが抜群でした。舌が喜んでいました。
人は、おいしいものを食べると、今まで生きてきて良かったと思う時があります。そんな気持ちになれました。もう死んでしまいたいと思う人がいたら、値段が高くてもいいから、どうかおいしいものを召し上がってみてくださいとアドバイスを送ります。
次の写真は、今年のお正月にテレビ番組『出川哲朗の充電バイクの旅』で、出川哲朗さんとゲストのさまぁ~ず三村さんが立ち寄ったことがある舘山寺です。(かんざんじ)
自分もおふたりがおまいりした眼病にいいという穴大師(あなたいし。ほら穴の中に仏さまがおられました)でおまいりしました。石仏(せきぶつ)は弘法大師がつくられたそうです。(弘法大師:空海。774年-835年)
また、お寺さんの以前の建物は、兵火で焼失してしまったそうですが、そのときの建物は、現在のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」にも出てくる源頼朝の命により(めいにより。指示により)つくったそうです。
本殿に向かって右側にどういうわけか、『エヴァンゲリオン』の絵があって不思議でした。あとで調べたら、地元の鉄道会社と共同企画でスタンプラリーのイベントがあったようです。この日が(5月31日)が最終日でした。
次の写真の橋は『志ぶき橋(しぶきばし)』という町のシンボルとなる橋だそうです。
そばに説明の看板があって、浜名湖大遠泳のことが書いてありました。昨年亡くなった義母が、戦時中こどもだったころ、愛知県の南知多(知多半島にある地域)へ疎開(そかい)して、こどもたちで遠泳をしたことがあると話していたことを思い出しました。
ここも青空に浮かぶ白い雲がきれいです。
次の写真は、舘山寺の山の上にあった菩薩様(ぼさつさま)の像です。
高さが16メートルあるそうです。
この記事の最初にある浜名湖サービスエリアから、この仏像が立っているのを遠くに見ることができました。
この写真を撮った時は、まだ、午前中の雨雲が残っていたので、空が幻想的に流れています。
舘山寺(かんざんじ)の町には、30年ぐらい前に仕事で来たことがあります。
以前ここにあった『九重(ここのえ)』という高級ホテルが閉館されたことを帰宅してから知りました。現在同ホテルの建物はカバーでおおわれていて、解体工事をしているそうです。
昭和のバブル景気のころは、にぎわっていた温泉街だったと思います。もしかしたら、数年前のインバウンド(中国方面からの大量の訪日観光客)のときも外国人旅行者が多かったのではなかろうかと察します。
コロナ禍(か。災難)がおさまって、またにぎやかになるといいですね。
平日なので観光客はまばらでした。
散策しているのは、わたしたちのような年配の夫婦、こどもさんたちがもうおとなの親子連れ、中年カップルの人たち、年配女性のひとり旅のようすでした。
近くには、遊園地とか動物園、海水浴場(海水と淡水が混じっている)があるので、夏休みとか週末土・日の休みには、ちびっこ連れの家族が遊びに来るのでしょう。
ワンちゃんと泊まれるホテルとか、ワンちゃんの美容室もありました。
自宅テレビの動画配信サービスで観た『東野&岡村の旅猿 ワンちゃんと軽キャンピングカーの旅』という番組を思い出しました。オードリーの春日さんがゲストでした。キャンプをした場所は、神奈川県でした。
ペット同伴可能なホテルとかキャンプ場が喜ばれる時代になりました。
平和がなによりです。
昨年秋に、高齢でどちらも障害者だった義父母を、2か月続けて天国へと見送りました。
6年間ぐらい続いた介護がなくなって、夫婦で日帰りドライブに行ける時間がとれるようになりました。無事(ぶじ)に見送ることができて、今はほっとしています。
昔、自家用車で何度か立ち寄った浜名湖サービスエリアの美しい景色が忘れられず、久しぶりに訪れてみることにしました。
愛知県内の自宅から自家用車でいっきに行けば、1時間ちょっとぐらいで行けますが、歳をとってきて、途中で休憩をとらないと運転で体が疲れます。トイレが近くなったのも理由のひとつです。
息子がまだ小学生だったころは、ふたりで、浜名湖のそばにある釣り堀まで自宅からノンストップで行っていましたが、今はもうそういうことができる体力はありません。ゆっくり、ゆったり、のんびり行くドライブ旅です。
まず、舘山寺(かんざんじ)に立ち寄って昼食と観光をしてから、帰路で、浜名湖サービスエリアに立ち寄りました。
次の写真は、午前中の小雨がお昼過ぎにきれいにあがって、すがすがしい青空が広がった帰路での浜名湖サービスエリアの風景です。
青空に浮かぶ白い雲が美しい。
浜名湖の湖面では、遊覧船が周遊していました。知床遊覧船の沈没事故以来、旅先での偶発的な事故に警戒心をもつようになりました。
事業者の方には、どうか、金もうけ第一主義ではなく、観光客の命を守るための安全運航最優先主義でお願いします。
次の写真で見ている方向は、舘山寺(かんざんじ)がある地域です。
左手に東名高速道路の橋脚があって、その右にある分かれたふたつの陸地の間にはロープウェイがかけられています。
次の写真にある男女のカップルが愛を誓い合う愛の鐘を初めて観たのは、2009年(平成21年)の大みそか(12月31日)だったという自分の記録が残っています。
ずいぶん永い年月がたちました。
写真には写っていませんが、この場所に行く途中、この場所から少し離れた手前の屋根のあるところに、愛のプレート販売のためのガチャガチャの機器がおいてあります。筆記用具のペンもあります。
プレートには、真剣にラブラブのコメントが書いてあります。絶対結婚しよう!とか、ずっといっしょにいたい、というメッセージが多い。どうか、その気持ちをいつまでも継続してほしい。
次の写真は、舘山寺の公営無料駐車場のそばにあるジェットコースターです。
このあたりは、どうも、火曜日・水曜日がお休みらしく、この日(5月31日火曜日)は、地域全体がひっそりとしていました。遊園地もお休みでした。空中をツバメが飛んでいました。
写真の中の看板に書いてある昼食バイキングでおひるを食べる予定でしたが、そこもお休みでした。残念。
そのかわり、うなぎ料理専門店で、地元名物うなぎのひつまぶしをいただきました。自分へのごほうびに奮発しました。たいへんおいしかったです。食べて良かった。満足しました。さんしょの香り、そして、梅との組み合わせが抜群でした。舌が喜んでいました。
人は、おいしいものを食べると、今まで生きてきて良かったと思う時があります。そんな気持ちになれました。もう死んでしまいたいと思う人がいたら、値段が高くてもいいから、どうかおいしいものを召し上がってみてくださいとアドバイスを送ります。
次の写真は、今年のお正月にテレビ番組『出川哲朗の充電バイクの旅』で、出川哲朗さんとゲストのさまぁ~ず三村さんが立ち寄ったことがある舘山寺です。(かんざんじ)
自分もおふたりがおまいりした眼病にいいという穴大師(あなたいし。ほら穴の中に仏さまがおられました)でおまいりしました。石仏(せきぶつ)は弘法大師がつくられたそうです。(弘法大師:空海。774年-835年)
また、お寺さんの以前の建物は、兵火で焼失してしまったそうですが、そのときの建物は、現在のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」にも出てくる源頼朝の命により(めいにより。指示により)つくったそうです。
本殿に向かって右側にどういうわけか、『エヴァンゲリオン』の絵があって不思議でした。あとで調べたら、地元の鉄道会社と共同企画でスタンプラリーのイベントがあったようです。この日が(5月31日)が最終日でした。
次の写真の橋は『志ぶき橋(しぶきばし)』という町のシンボルとなる橋だそうです。
そばに説明の看板があって、浜名湖大遠泳のことが書いてありました。昨年亡くなった義母が、戦時中こどもだったころ、愛知県の南知多(知多半島にある地域)へ疎開(そかい)して、こどもたちで遠泳をしたことがあると話していたことを思い出しました。
ここも青空に浮かぶ白い雲がきれいです。
次の写真は、舘山寺の山の上にあった菩薩様(ぼさつさま)の像です。
高さが16メートルあるそうです。
この記事の最初にある浜名湖サービスエリアから、この仏像が立っているのを遠くに見ることができました。
この写真を撮った時は、まだ、午前中の雨雲が残っていたので、空が幻想的に流れています。
舘山寺(かんざんじ)の町には、30年ぐらい前に仕事で来たことがあります。
以前ここにあった『九重(ここのえ)』という高級ホテルが閉館されたことを帰宅してから知りました。現在同ホテルの建物はカバーでおおわれていて、解体工事をしているそうです。
昭和のバブル景気のころは、にぎわっていた温泉街だったと思います。もしかしたら、数年前のインバウンド(中国方面からの大量の訪日観光客)のときも外国人旅行者が多かったのではなかろうかと察します。
コロナ禍(か。災難)がおさまって、またにぎやかになるといいですね。
平日なので観光客はまばらでした。
散策しているのは、わたしたちのような年配の夫婦、こどもさんたちがもうおとなの親子連れ、中年カップルの人たち、年配女性のひとり旅のようすでした。
近くには、遊園地とか動物園、海水浴場(海水と淡水が混じっている)があるので、夏休みとか週末土・日の休みには、ちびっこ連れの家族が遊びに来るのでしょう。
ワンちゃんと泊まれるホテルとか、ワンちゃんの美容室もありました。
自宅テレビの動画配信サービスで観た『東野&岡村の旅猿 ワンちゃんと軽キャンピングカーの旅』という番組を思い出しました。オードリーの春日さんがゲストでした。キャンプをした場所は、神奈川県でした。
ペット同伴可能なホテルとかキャンプ場が喜ばれる時代になりました。
平和がなによりです。
2018年08月21日
笠をかぶったような富士山
笠をかぶったような富士山
新幹線の車窓から見えた光景です。
山頂付近だけ、台風の渦巻きみたいに囲まれています。
初めて見ました。
写真が下手なのでわかりにくいかもしれません。
次は、前日に車窓から見たときの富士山です。
新幹線の車窓から見えた光景です。
山頂付近だけ、台風の渦巻きみたいに囲まれています。
初めて見ました。
写真が下手なのでわかりにくいかもしれません。
次は、前日に車窓から見たときの富士山です。
2014年03月17日
静岡市内 呉服町通り
静岡市内 呉服町通り
用事を済ませて、時間があったので、2時間ほど散策しました。
静岡駅の近くにありました。
歩行者天国になっておりなかなか雰囲気のいいところでした。
カメラを向けるような場所ではないので写真はありません。
この日も富士山を見ることができてよかった。
静岡駅からは離れた大型ショッピングセンターの屋上駐車場から撮影しました。
夕映えが始まる頃でした。
用事を済ませて、時間があったので、2時間ほど散策しました。
静岡駅の近くにありました。
歩行者天国になっておりなかなか雰囲気のいいところでした。
カメラを向けるような場所ではないので写真はありません。
この日も富士山を見ることができてよかった。
静岡駅からは離れた大型ショッピングセンターの屋上駐車場から撮影しました。
夕映えが始まる頃でした。
2014年01月02日
富士山
静岡県 日本平(にほんだいら)、久能山東照宮(くのうざんとうしょうぐう)、三保松原(みほのまつばら) 富士山
ドライブ情報風に書いてみます。
今回は、2013年のおおみそかに行きました。
9:17に愛知県の自宅を出て途中、新城PA、牧の原PAで休憩をとって12:36に日本平に到着しました。
途中休憩は1時間ぐらいです。
最近はサービスエリアよりもパーキングエリアを利用します。
すいている。商品や食べ物に力がこもっている。
個人商店風です。それぞれ地域性が強調されています。
サービスエリアは、大型ショッピングセンターのようです。
世俗化されていて自分の性格にはあいません。
富士山との相性は悪く、たいていは雲に隠れて山頂は見えない。
前回をふりかえると、4年前の2009年、やはり、おおみそかに来ていますが富士山頂は見えませんでした。
この日は、静岡ICで下りて、左折すればよかったのですが、カーナビの指示が耳に入らなかったため、右折しました。
静岡駅南にある道路を東へ走って、「日本平パークウェイ」から登りました。
その頃から正面に富士山が見えていてうれしかった。
日本平パークウェイは、けっこう長い山道でした。帰路は、「清水日本平パークウェイ」
を利用しました。こちらの山道は短い。楽です。
前回は、海側の駐車場に車をとめて、長い階段を上り、久能山東照宮経由で、ロープウェイを使い、日本平に来ました。
かなりきびしい山登りだったので、日本平に着いたとき、なんだ、車で来ることができるのかとがっくりしました。
ところがこの日、この駐車場に着くと風景が前回と異なるのです。
ずいぶん時間がたってから、もうひとつ上に駐車場があることに気づきました。
このあと、再び車でロープウェイ乗り場がある上の駐車場へ移りました。
日本平頂上付近にある童謡「赤い靴」像です。
どうしてここにあるのかは知りません。
おかあさんらしき人が着物姿で
当時の時代背景を知らされます。
(調べたら女の子の出身地が地元だそうです。9歳で亡くなっています。)
久能山東照宮は、おおみそかの行事やお正月準備が整っていました。
徳川家康の遺訓は、いつ読んでも納得させられます。
境内の説明には、身長155cm、体重60kgとあります。
小柄ですが、手型があり、指の長い人だと感じました。
家康さんのお墓ですが、分骨されているようで、この下にご遺体があるのかは知りません。
周囲には霊を感じさせる木々が茂っていました。
このあとロープウェイで日本平に戻り、山を下りて三保の松原へ向かいました。
なおロープウェイは、5分程度の短時間・短距離です。
紅葉の時期はきれいでしょう。あいにくこの日は、枯れ木ばかりでした。
世界遺産に選ばれるべき場所です。
富士山は雄大でした。
雪は太い白い血管のようで力強かった。
前回来たときは、半島の先端東海大学の博物館まで行ってしまいました。
今回三保の松原まで来て、駐車場やみやげもの屋が整備されていることを知りました。
2013年最後の夕日が沈んでいきました。
昨年は仕事が忙しく、とんぼ帰りでスカイツリーを見たぐらいでした。
1年最後の日に美しい景色を見ることができてよかった。
砂浜に立ったとき、日本に生まれてよかったと実感しました。
帰路は、17:00頃、静岡ICにのって、途中、小笠PA、赤塚PAで休憩をとり、自宅には20:00頃到着しました。
ドライブ情報風に書いてみます。
今回は、2013年のおおみそかに行きました。
9:17に愛知県の自宅を出て途中、新城PA、牧の原PAで休憩をとって12:36に日本平に到着しました。
途中休憩は1時間ぐらいです。
最近はサービスエリアよりもパーキングエリアを利用します。
すいている。商品や食べ物に力がこもっている。
個人商店風です。それぞれ地域性が強調されています。
サービスエリアは、大型ショッピングセンターのようです。
世俗化されていて自分の性格にはあいません。
富士山との相性は悪く、たいていは雲に隠れて山頂は見えない。
前回をふりかえると、4年前の2009年、やはり、おおみそかに来ていますが富士山頂は見えませんでした。
この日は、静岡ICで下りて、左折すればよかったのですが、カーナビの指示が耳に入らなかったため、右折しました。
静岡駅南にある道路を東へ走って、「日本平パークウェイ」から登りました。
その頃から正面に富士山が見えていてうれしかった。
日本平パークウェイは、けっこう長い山道でした。帰路は、「清水日本平パークウェイ」
を利用しました。こちらの山道は短い。楽です。
前回は、海側の駐車場に車をとめて、長い階段を上り、久能山東照宮経由で、ロープウェイを使い、日本平に来ました。
かなりきびしい山登りだったので、日本平に着いたとき、なんだ、車で来ることができるのかとがっくりしました。
ところがこの日、この駐車場に着くと風景が前回と異なるのです。
ずいぶん時間がたってから、もうひとつ上に駐車場があることに気づきました。
このあと、再び車でロープウェイ乗り場がある上の駐車場へ移りました。
日本平頂上付近にある童謡「赤い靴」像です。
どうしてここにあるのかは知りません。
おかあさんらしき人が着物姿で
当時の時代背景を知らされます。
(調べたら女の子の出身地が地元だそうです。9歳で亡くなっています。)
久能山東照宮は、おおみそかの行事やお正月準備が整っていました。
徳川家康の遺訓は、いつ読んでも納得させられます。
境内の説明には、身長155cm、体重60kgとあります。
小柄ですが、手型があり、指の長い人だと感じました。
家康さんのお墓ですが、分骨されているようで、この下にご遺体があるのかは知りません。
周囲には霊を感じさせる木々が茂っていました。
このあとロープウェイで日本平に戻り、山を下りて三保の松原へ向かいました。
なおロープウェイは、5分程度の短時間・短距離です。
紅葉の時期はきれいでしょう。あいにくこの日は、枯れ木ばかりでした。
世界遺産に選ばれるべき場所です。
富士山は雄大でした。
雪は太い白い血管のようで力強かった。
前回来たときは、半島の先端東海大学の博物館まで行ってしまいました。
今回三保の松原まで来て、駐車場やみやげもの屋が整備されていることを知りました。
2013年最後の夕日が沈んでいきました。
昨年は仕事が忙しく、とんぼ帰りでスカイツリーを見たぐらいでした。
1年最後の日に美しい景色を見ることができてよかった。
砂浜に立ったとき、日本に生まれてよかったと実感しました。
帰路は、17:00頃、静岡ICにのって、途中、小笠PA、赤塚PAで休憩をとり、自宅には20:00頃到着しました。
2010年01月12日
静岡県 中田島砂丘
静岡県 中田島砂丘(浜松市南区)
御前崎市から浜松市まで、おそらく50kmぐらいあると思うのですが、海岸沿いの道路を淡々と走りました。目指すは中田島砂丘です。ようやく着いたと安心したら、近くの別の公園でした。モアイ像と石の彫刻があったので、写しておきました。
再びクルマを走らせましたが、今度は、浜松まつり会館の駐車場を通り過ぎました。ぐるりと1周して、ようやく着いた駐車場で空を見上げると、複数の凧が浮かんでいました。まつり会館の閉館まであと15分しかなかったので、見学はしませんでしたが、おそらく中には、凧の展示がしてあるのでしょう。
道路に出て、信号交差点を渡って、階段をのぼったら、海かと思ったら、砂浜というよりも砂の固まりが遠くまで続いていました。
うみがめくんもいました。しかし、海までがとおい。
おそらく400mから500mぐらい砂地を歩いて、ようやく水辺に着きました。風による風紋はなく、人間の足跡が無数に広がっていました。
やがて、太陽は西に傾き、波は、もう、今日は終わりだよと、語るように寄せてはかえし、砂浜と恋人たちと凧(たこ)は、夕映えに染まるのでした。
御前崎市から浜松市まで、おそらく50kmぐらいあると思うのですが、海岸沿いの道路を淡々と走りました。目指すは中田島砂丘です。ようやく着いたと安心したら、近くの別の公園でした。モアイ像と石の彫刻があったので、写しておきました。
再びクルマを走らせましたが、今度は、浜松まつり会館の駐車場を通り過ぎました。ぐるりと1周して、ようやく着いた駐車場で空を見上げると、複数の凧が浮かんでいました。まつり会館の閉館まであと15分しかなかったので、見学はしませんでしたが、おそらく中には、凧の展示がしてあるのでしょう。
道路に出て、信号交差点を渡って、階段をのぼったら、海かと思ったら、砂浜というよりも砂の固まりが遠くまで続いていました。
うみがめくんもいました。しかし、海までがとおい。
おそらく400mから500mぐらい砂地を歩いて、ようやく水辺に着きました。風による風紋はなく、人間の足跡が無数に広がっていました。
やがて、太陽は西に傾き、波は、もう、今日は終わりだよと、語るように寄せてはかえし、砂浜と恋人たちと凧(たこ)は、夕映えに染まるのでした。
2010年01月12日
静岡県 御前崎 浜岡原子力発電所
静岡県 御前崎 浜岡原子力発電所
このところ、静岡県の海岸線をドライブしているのですが、その印象をひとことで言うと「風の強い県」です。去年鹿児島県の指宿(いぶすき)スカイラインを走ったときにもあった風力発電用の風車が見えて感激しました。ただ、その数が多くて、だんだん飽きてしまいました。
さらに、鹿児島県指宿から開門岳へ向かう道路と同様に、ヤシの木の街路樹が延びていました。お互いに遠く離れた県なれど、風景が似ていたことが日本の国土を知るうえでとか、産業構造を知る上で、興味深い。
御前崎の海岸付近です。この日は風速8mから12mの強い風が吹いていました。
正面、中心の少し左に富士山の山頂付近が見えたのですが、次の写真ではわかりにくいです。この日の10日前に三保松原や日本平で見たときには山頂部が雲に隠れて見えませんでした。この日は逆に雪をかぶった山頂部付近しか見えませんでした。うまくいかないものです。この日の富士山は幽玄でした。空のまんなかに雪におおわれた山頂部だけがぽっかりと蜃気楼(しんきろう)のように浮かんでいました。
御前崎の灯台です。それからウミガメさんが卵を産みに来るらしき海岸ではウィンドサーフィンの帆がたくさん浮かんでいました。
これは何のためのものかわかりませんが、ドームが見えました。
クルマをさらに走らせて、浜岡原子力館に到着しました。ちょっとおっかなびっくりでしたが見学してきました。見学は無料です。この日はちいさなこどもさんたちが多く、何かイベントを開催していた様子です。
建物の上部、ふたつの突起部分をつないだ展望台からはたくさんの鉄塔が見えました。神社の鳥居があったのでほっとしました。
原子核がぶつかりあって熱が発生する。周囲の水が蒸気になり、蒸気の力で発電する。単純にそう理解しました。原子力と聞くと以前訪れた広島市の原爆ドームを思い出してしまうのですが、事故のないように気をつけて運転してほしい。
このところ、静岡県の海岸線をドライブしているのですが、その印象をひとことで言うと「風の強い県」です。去年鹿児島県の指宿(いぶすき)スカイラインを走ったときにもあった風力発電用の風車が見えて感激しました。ただ、その数が多くて、だんだん飽きてしまいました。
さらに、鹿児島県指宿から開門岳へ向かう道路と同様に、ヤシの木の街路樹が延びていました。お互いに遠く離れた県なれど、風景が似ていたことが日本の国土を知るうえでとか、産業構造を知る上で、興味深い。
御前崎の海岸付近です。この日は風速8mから12mの強い風が吹いていました。
正面、中心の少し左に富士山の山頂付近が見えたのですが、次の写真ではわかりにくいです。この日の10日前に三保松原や日本平で見たときには山頂部が雲に隠れて見えませんでした。この日は逆に雪をかぶった山頂部付近しか見えませんでした。うまくいかないものです。この日の富士山は幽玄でした。空のまんなかに雪におおわれた山頂部だけがぽっかりと蜃気楼(しんきろう)のように浮かんでいました。
御前崎の灯台です。それからウミガメさんが卵を産みに来るらしき海岸ではウィンドサーフィンの帆がたくさん浮かんでいました。
これは何のためのものかわかりませんが、ドームが見えました。
クルマをさらに走らせて、浜岡原子力館に到着しました。ちょっとおっかなびっくりでしたが見学してきました。見学は無料です。この日はちいさなこどもさんたちが多く、何かイベントを開催していた様子です。
建物の上部、ふたつの突起部分をつないだ展望台からはたくさんの鉄塔が見えました。神社の鳥居があったのでほっとしました。
原子核がぶつかりあって熱が発生する。周囲の水が蒸気になり、蒸気の力で発電する。単純にそう理解しました。原子力と聞くと以前訪れた広島市の原爆ドームを思い出してしまうのですが、事故のないように気をつけて運転してほしい。