島はぼくらと 辻村深月

2014年01月06日

Posted by 熊太郎 at 20:07│Comments(0)TrackBack(1)読書感想文
島はぼくらと 辻村深月(つじむらみづき) 講談社

 力強い。ラストはすごい。豪快でした。
 構成は、Ⅰ池上朱里(あかり)高校2年生、父は海で死亡、瀬戸内海、淡路島あたりにある小さな火山島冴島(さえしま、人口3000人)居住の語りです。続くⅡは、池上朱里の同級生矢野新(あらた、男子、演劇脚本家志望)が語り始めます。彼らのほかに同級生男女がいます。榧野衣花(かやのきぬか)、網元の娘、そして、青柳源樹(あおやぎげんき)、リゾートホテル経営者の息子です。Ⅲは、衣花または、源樹の語りになると思いきや、そうではありません。作者の視点で記述が続きます。独特です。同作者作「ゼロ・ハチ・ゼロ・ナナ」も珍しい構成でした。同作者原作「ツナグ」を映画館でみたのは、もうおととしのことです。
 冴島のモデルは伊豆大島でしょう。最初は兵庫県の地図を広げて、舞台探しをしました。本には福島県も登場します。東日本大震災です。そういった点から、物語はフィクション(架空)です。
 特徴として、「行政小説」です。行政と地域住民との間に立つ民間コーディネーターが紹介されています。過疎化を防ぎ、島の活性化を図るために地域活性デザイナー谷川ヨシノ30代前半がいます。Iターン(アイターン、都会から島に居住するために来る人)として、元オリンピック背泳ぎ選手多葉田蕗子・未菜2歳親子がいます。蕗子はシングルマザーで、某フィギュアスケート選手が目に浮かびます。
 女性が読む小説です。登場人物は高校生ですが、束縛下にある女性の生き方を問う内容です。網元の子、衣花は、家業を継ぐために高校卒業後も島に残る宿命を背負っています。地元を愛する気持ちを基礎におきながら、制限された範囲内で、女性の自立に挑戦する。女性が支えとなった地域社会を形成する。
 「幻の脚本」が秘密となって、物語を最後まで引っ張ります。村民が継続して島で暮らし続けていくための心もちが脚本にこめられています。
 濃厚な人付き合いを良しとする朱里の判断があります。反面他の島民には、島外からの居住者をよそ者とする差別があります。心の汚いおとなを拒否する思春期男女高校生たちの心理表現があります。彼らは、「対立」→「許容」を学んでいきます。
 「ロハス」の意味をとれませんでした。調べたら、大量生産・大量消費に反発する英語表現の頭文字をとった言葉とあります。健康的で持続可能な生活でした。物語では、冴島(さえしま)での暮らしを指すのでしょう。
 以下、気に入った表現です。
 シングルマザーの家庭は、島と相性がいい。
 (以前訪れた三河湾に浮かぶ島のご老人の言葉を思い出します。島の若い女性は不便だからと島を出て行く。逆に本土の若い女性は都会暮らしに疲れたからと島で暮らす。顔も名前も知らない女性が島内に増えた。)
 「兄弟」島内の男子同士で血縁関係がなくても兄弟の契り(ちぎり)を結ぶ。
 はじめて、人の心が痛くて泣いた。
 人はここまで、自分を捧げられるものなのか。
 母子手帳への書き込み。(5歳の源樹を島に残して、浮気相手の男性と姿を消した母親が書いた。)
 『見上げてごらん』
 演者と観客が盛り上がる空間をつくる。
 女性三世代の心残り
 「行ってらっしゃい」、「行ってきます」


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母と祖母の女三代で暮らす、伸びやかな少女、朱里。美人で気が強く、どこか醒めた網元の一人娘、衣花。父のロハスに巻き込まれ、東京から連れてこられた源樹。熱心な演劇部員なのに、...
「島はぼくらと」辻村深月【粋な提案】at 2015年01月23日 15:35
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