久しぶりの奈良市内散策

久しぶりの奈良市内散策

人事異動で職場を変わって、カレンダー通り、休日にちゃんと休めるようになりました。
さっそく日帰りで奈良市を訪れました。
興福寺五重塔となんとか堂です。金という文字がついたような。
「阿修羅像」を見学しました。パステルカラーで明るい。
以前は、ガラスごしの陳列でしたが、じかに見る形式で、宝物館は動線が以前とは変わっていました。



国立博物館は、仏像博物館みたいな名前に変わっていました。改修工事のために当分は休館と看板が出ていました。さびれた感がただよっていました。なんだか、3月に東京で見た築地本願寺に似ている。



東大寺はいつ見ても巨大です。
前回の訪問は、記録を見ると、2012年5月でした。
40代の頃、悩み事があるとよく大仏さん頼みをしていました。
この日は、正面からよく見えました。






東大寺の参道は中国人観光客が多い。
中国語、英語、韓国語、フランス語、ポルトガル語などが飛び交い、さすが国際観光都市奈良です。



二月堂。お水取りを見学したのは、2009年3月でした。
今回の旅は、ふりかえりの旅です。



若草山の山焼きを見学したのも2009年3月です。



このあと、春日大社を経て、参道を下りました。
途中で見た物産館が、この日に見た景色で一番美しかった。



昔よく行った秋篠寺の苔は健在でした。お堂の中で、仏像群をながめながら思ったことです。
何も変わっていない。1300年ぐらい、ずっとこの状態でいる。
入れ替わるのは人間たち。
人間たちは、命が途絶えて学習できないから、同じ不幸を繰り返す。  

奈良市 若草山ドライブウェイ

奈良市 若草山ドライブウェイ

若草山の頂上です。



ここにも鹿がたくさんいます。
「若草山三重目」とあるように、山の峰は複数です。
初めて知りました。



麓からは小学生のグループメンバーが次々と登ってきました。



駐車場も頂上も閑散としていました。
このあとドライブウェイの通り抜けをしました。
途中の4km区間、道路は舗装されていません。
原生林の中、狭い一方通行路をぐらぐらと揺れながら走行します。
車のタイヤや車体が傷むことが気がかりならば頂上往復のみにとどめておいたほうがよさそうです。
お天気はよかったのですが、遠景は白くかすんで視界がよいとはいえません。

(このあとの教訓)
ドライブウェイを出たあと近道をしようと山道に入って行きました。
途中から車1台しか通れない幅になりひやひやしました。
以前、岐阜県の山奥でも同じ体験を複数回経験しています。
対向車が来なくてよかった。
「近い・早い」ではなく、回り道になってもよいから「安全・安心」を基準にして道を選択しよう。
どんどん行け・行けではなくて、停まって引き返す意思をもとう。  

車で奈良市東大寺を訪ねる。

車で奈良市東大寺を訪ねる。




2010年5月以来、2年ぶりの訪問になりました。
修学旅行生と鹿さんたちでいっぱい。
生徒さんたちは外国人グループを見つけると
積極的に話しかけてアンケートをとっていました。
そういう時代が自分にもあった。
若い人たちに囲まれて生気を取り戻しました。
鹿たちを見ていたら「鹿男あをによし」万城目学(まきめまなぶ)著を思い出しました。
高校1年生堀田イトさん剣道の達人が活躍する物語でした。



交通費を節約するために鉄道を使わず休日出勤の代休を利用して平日の日帰りで愛知県の自宅から軽自動車で奈良県庁横にある駐車場を目指しました。実走行時間は2時間45分ぐらいですが、幾度かの休憩と昼食タイムをとったので4時間30分ぐらいかかりました。ずーっと行きたかったのをがまんしていたので念願かなってうれしい。仕事や天候の都合で何度もあきらめていました。



修学旅行はやっぱり行っておいた方がいい。
昔の小説やドラマでは、経済的な理由で、修学旅行への参加を見送るこどもが登場しましたが、生活が苦しいのはいっときです。何十年もたって同じ場所に立つと感慨無量になります。巨大な大仏殿を目の前にすると「生きててよかった」とさえ思えるのです。江戸時代の再建とはいえ、1300年前の人たちは人力でこのような壮大な建造物をこしらえたのです。たいしたものです。  

奈良県吉野山

奈良県吉野山

5年ぶりに訪ねました。
ときおり小雪が舞っていました。
千本桜はただいま準備中でした。






金峯山寺(きんぷせんじ)にある蔵王堂(ざおうどう)の屋根が美しい。
寺は、夏に読んだ雨月物語(江戸時代後期の作品)にも登場します。



吉水神社
源義経、武蔵坊弁慶、豊臣秀吉、水戸光圀に出てくる助さんの足跡あり。
南北朝時代の後醍醐天皇滞在地です。



お食事所で食べた、あたたかいにゅうめん、おいしかったです。
柿の葉寿司も、おいしかったです。
名前は忘れたけど、なんとか餅もおいしかったです。
今年も1年、おいしいものを食べて元気でありますように。  

奈良 秋篠寺、東大寺

奈良 秋篠寺、東大寺

秋篠寺(あきしの)の薬師如来(やくしにょらい)さんも三十三間堂の千手観音菩薩(せんじゅかんのん)さんと同様この日はむっとした表情に見えました。訪れるごとに仏さまの表情は変化して見えます。
秋篠寺境内の木漏れ日です。






大和西大寺(やまとさいだいじ)から歩きです。途中、散策中の中高年夫婦から道をたずねられ案内しておきました。道を知っている案内人がいないと迷うでしょう。この日の奈良市は大混雑でした。イライラがつのって、喧嘩している親子連れとか夫婦連れを見かけます。興福寺宝物館そばの奈良公園内にて、コンビニで買ったサンドイッチを食べていましたが、おそらく阿修羅像見学の行列ができていて、入館まで45分待ちでした。ふだん奈良に来たことがない人たちが、平城なんとか1300年でどっと押し寄せているのでしょう。もう10年ぐらい前、冬の平日に来たときは、奈良公園には誰の姿もなく、自分ひとりだけが吹雪のなかでたたずんでいたことを思い出しました。
このあと訪れた東大寺はすさまじい混雑でした。南大門の階段をあがらずに横から回りこみました。帰路は裏手に回って、戒壇院(かいだんいん)側から近鉄駅まで歩いて人ごみを避けました。



戒壇院から見えた若草山です。



近鉄電車の急行で京都駅までの帰路に着きました。車内で小さな子ども連れの親子を何組か見かけました。自分自身も幼い子どもで、親に連れられて、どこかへ行ったときのこととか、自分が親になって、今はもう大人になったこどもたちを電車に乗せて、どこかへ連れて行ったことなどを思い出しました。こどもは疲れてねむってしまいます。奈良路はなつかしい過去へとさかのぼる旅です。  

奈良県 法隆寺、中宮寺

奈良県 法隆寺、中宮寺

前回来た時は、駅前のレンタサイクルを利用しました。歩道が狭くて苦労しました。今日はマイカーです。信貴山寺(しぎさん、朝護孫子寺ちょうごそんしじ)を出たあと山を下りました。麓(ふもと)の国道168号線、法隆寺へ向かう道は渋滞でした。また、帰路の法隆寺から西名阪自動車道の法隆寺入口までも混雑していました。奈良のひとたちは、休みのたびに道路が渋滞するので気の毒です。
法隆寺前にあるiセンターというところをカーナビで設定して向かいました。その日はそこでイベント実施中で駐車ができませんでしたが、隣接したおみやげ屋さんの駐車場にすんなり駐車できました。500円で、1000円以上おみやげを買うと500円が戻ってきます。わたしは、せんとくんのぬいぐるみみたいな人形さんをおみやげに買いました。せんとくんはデビュー当時に物議をかもして、わたしも眉(まゆ)をひそめましたが、いまとなっては、とっても可愛い。






次の写真は金堂です。



次の写真は夢殿です。これまでにも見たことがあるのですが、この日は、夢殿がとても大きいということに今になって気づきました。いつも何を考えながら見学していたのだろう。夢殿という名付け方がいい。



次の写真は中宮寺です。
仏さまは、黒いブロンズ像のように見えるのですが、木造だと思います。ここの仏さまと京都市広隆寺の指を口元に運んでいるちいさな弥勒菩薩(みろくぼさつ)とは似ています。両方見たことがあるのですが、見る前はかなり期待して、ロマンをかきたてられたのですが、実際に見てみると、いずれの菩薩さまもわたしの好みではありませんでした。ひとそれぞれ好き好きがあります。



顔が細長い仏像とか(聖徳太子の顔なのか、仏さまなのかはわかりません。わたしはいわれや名称などを覚えるまではできず、自分で勝手に名前をつけて自分の世界にひたります。)、玉虫厨子(たまむしのずし、仏具、とても大きい)を見ることができてよかった。