2012年01月07日

三重県津市 津城跡

三重県津市 津城跡

ネットを徘徊していて、とあるバイク乗りの人のブログにいき着きました。
津市に城郭があるとなっていました。
津へ行ったこともなく、城が好きでもないのですが、灯台下暗しで知らなかった。
行ってみました。
本丸の城はありませんでした。
敷地の角にある櫓(やぐら)でした。
それでもかまいません。未知の場所を訪れることが楽しみのひとつです。



お城の代わりに藤堂高虎という方の立派なブロンズ像がありました。
築城の名人とあります。






三重県は県庁所在地が津市で、経済(石油化学工業)の中心地が四日市市です。
アメリカ合衆国のワシントンとニューヨークのようです。
人口は津市が28万5000人ぐらい、四日市市が31万人ぐらいです。
大都市圏と比較すると人口は少ない。
大都市への人口集中と地方都市からの人口流出が続き、さらに都市も地方も高齢化が進みます。
高齢者層はいつか減少しますが、その先にどんな世界があるのか考えさせられます。  

Posted by 熊太郎 at 18:18Comments(0)TrackBack(0)三重県
三重県伊賀市伊賀上野城址(じょうし、城跡)

松尾芭蕉(ばしょう)は、ひとりたたずんでいた。



この門をくぐって旅に出た。



城よ、さようなら。



石垣よ、別れじゃ。



花は咲けどもわが夢いまだかなわず。



山よ!



樹(き)よ!
いざゆかん。



そして今、長い旅を終えた彼の魂は、この竹林に宿っている。



(盆地について)
 上記のことを書いて数日後、書き忘れていたことを今書きます。
 城の石垣からながめる町並みは盆地に囲まれていました。
 盆地には閉塞感とか圧迫感があります。自分自身の体も青春時代は盆地にありました。
 囲まれた山々の外へ出たいという願望は強い。
 時代は異なっても、松尾芭蕉も同じ気持だったでしょう。  

Posted by 熊太郎 at 19:15Comments(0)TrackBack(0)三重県

2011年09月25日

三重県菰野町御在所山

三重県菰野町(こもの)御在所山(ございしょやま)

前回来たのは昨年12月で、その翌週、山頂付近に雪が積もりました。寒かった。
今回は台風15号がゆき過ぎて、見晴らしがいいかもしれないと登ってみました。
気温は13度でした。半そでだったのでやっぱり寒かった。
風が強く、ロープウェイには小さな横揺れがあって、かなりの高度であり、恐怖感満点でした。



頂(いただき)にある雨量計です。台風のときはお世話になりました。ありがとう。



岩の上には人がひとりいます。
男性がタオルで汗をぬぐっています。
映画「クリフ・ハンガー」みたい。すごい!



夕映えがきれいです。
太陽は琵琶湖方向へ沈んでゆきます。


  

Posted by 熊太郎 at 09:37Comments(0)TrackBack(0)三重県
三重県松阪市 小津安二郎、本居宣長







地震列島と化した日本の紀伊半島を南下して、渋滞を抜け出してたどり着いたのは三重県松阪市でした。途中のパーキングエリアで、美空ひばりさんがジャズを歌ったCDを見つけて手に入れました。貴重な曲集が棚に何気なく置かれていました。中学2年生の頃、40年ぐらい前に戻る旅でした。この記念館の近くのスーパーマーケットでは、石川さゆりさんのCDを手に入れました。「津軽海峡冬景色」を聴きたかった。同時にカーペンターズの「Now and Then(今、そしてあの頃)」を手に入れました。なつかしい。しばらく前から、古い映画のDVDを見たりCDを聴いたりして2度目の人生を体験しています。20代後半から40代までの約20年間は、なにかと忙しかったため、何をしていたのかの詳しい記憶が脳から消えています。
小津安二郎作品は、「東京物語」しか見たことがありません。夫婦が熱海の旅館に泊まった夜の街の喧騒ぐらいしか覚えていません。地元出身の人、本居宣長という人はよく知りません。江戸時代中期の学者さんのようです。古事記とか、源氏物語を訳した人という紹介です。千年間、翻訳できなかった物語を訳した人となっています。記念館で資料を見ました。几帳面で、根気強い方だったという印象をもちました。奥さんが旅好きで、旅に出たまま家に帰ってこないという嘆きが面白かった。次の写真では本居さんが学習や研究に励んだ場所、鈴屋というお店の2階を撮ってみました。



松阪市は、ひっそりとした城下町でした。城跡の石垣が美しい。



松阪牛のステーキとかしゃぶしゃぶのお話はありません。複数だと高価になるので、おごってもらうか、何かの記念日でないと食べられません。街中を車で走っていて、松阪牛有名料理店の看板を複数見かけましたが、反面、外国産牛肉を使ったステーキハウスチェーン店もあり、その店の経営は成り立つのだろうかと、いらぬことを考えていました。  

Posted by 熊太郎 at 19:04Comments(0)TrackBack(0)三重県
軽自動車 三重県御在所(ございしょ)ロープウェイ

中古で買った軽自動車は、ドアもシートも屋根も薄くてペラペラでした。されど、スタートダッシュはすばらしく、きびきびと走り、ブルーの車体は光沢が美しく、気に入っていました。カーブで外に大きく振られるのもご機嫌気分でした。自転車かバイクに乗っている感覚で運転していました。
されど、家族からは、乗り心地がよくない、疲れると文句さんざんでした。わたしにとって快音と感じるうなるエンジン音は、家族にとっては騒音でした。まるで、娘を嫁に出すような悲しみに耐え、やむなくその軽自動車を下取りに出し、ターボ付きのシートも分厚い中古の軽自動車に買い換えました。別れがあれば出会いありです。買い換えた軽自動車で、東名阪自動車道を走り、三重県四日市インターから湯ノ山温泉方面へドライブしました。
紅葉シーズンは終わって閑散としていました。ロープウェイが、出発しまーす!



麓(ふもと)がどんどん小さくなります。



紅葉が少し残っていました。



伊勢湾が見えてきました。



中間地点です。



見上げると、正直、怖い。床にへばりついて撮影しました。



着きました。気温はマイナス1℃です。寒い。



こんな岩や



あんな岩も見えました。



自分たちが乗っているゴンドラの影です。



ところで、購入した軽自動車の乗り心地は、軽自動車ではなく普通車のようです。ターボエンジンはパワフルで圧巻です。そーっとアクセルを踏み、しっかりとブレーキを踏みこむ。まだ乗りこなせません。  

Posted by 熊太郎 at 20:21Comments(0)TrackBack(0)三重県
三重県 二見浦夫婦岩(ふたみがうらめおといわ)

先月読んだ韓国に関する本の中に、韓国人男性高齢者が、夫婦岩に憧(あこが)れていた。実際に日本へ行って夫婦岩を見たら失望した。大損をした気持ちになったとさかんに訴えておられました。わたしは夫婦岩を見たことがなかったので、その記事を見て、自分が見たらどんな気持ちになるのだろうかと楽しみでした。駐車場に車を止めて、夫婦岩方面へ歩き出した頃、前を歩いていた高齢の男性グループのひとりが「なあんだあ」という声をあげて、まだ夫婦岩の前にたどりついていないのに「もう帰ろう」と言い出しているのです。本の中の記事を思い出して、なにがそんなにがっかりするのだろうかと考えました。わたし自身は、がっかりは、しませんでした。思うに、損得勘定にこだわる人にとっては、つまらないものなのでしょう。



わたしの第一印象は、「(貝の)サザエを置いてあるようだ」というものでした。
岩の上に鳥居が建っているのは、実物を見て初めて気づきました。



夫婦にしては、奥さんの岩がやけに小さい。もっとも現代の夫婦にあてはめると小さいほうが旦那さんのような気がする。左のふたつの岩がこどもたちで、大きな岩のおかあさんから見ると、おとうさんよりもこどもたちのほうが、存在感が大きいのです。しばられている小さなお父さん岩に、どこへでも行ける自由をあげたい。
岬の突端にはかえるさんたちもいました。ちょっとこわい。




にほんブログ村 旅行ブログ 国内旅行へ

にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ
  

Posted by 熊太郎 at 19:45Comments(0)TrackBack(0)三重県
過去記事