列車での外国人ファミリー

 栃木県宇都宮駅で、とりめし弁当と山菜弁当を買って、日光線の車内で食べるつもりでした。下のホームへ降りていくと、横長シートだったので、他の乗客の手前、食べにくいなあ。
 ドアはほんの少しのすき間を残して閉じている。自分であけてちょうだいみたいな表示あり。そういえば、こどもの頃の電車は自分で戸を開けて乗車していました。今でもあるんだー。戸を開けて中に入ると、がらがらに近い。でもなにか雰囲気が違う。外国人のファミリーが多いのです。西欧人、南米人と思われる。みなさん、ラフな格好で、外国から観光で来たのではなく、日本に居住している方たちが普段着で遊びにいく様子です。席もあいているし、これなら遠慮せずに駅弁を食べられる。
 わたしの隣には小学生らしき外国人の男の子がふたり、お向かいにそのご夫婦と通路に大きなベビーカーが2台。奥さん、4人も産んで、がんばったなー。ポルトガル語で家族が会話しています。向かいに座っていたご主人が隣のサラリーマン2人連れに英語で話しかけました。若い男性はイエス、イエスを繰り返している。「困ったなー」という日本語が彼の口から出る。ご主人は、華厳の滝と東照宮は近いのかとか、JR日光駅と東武日光駅は近いのかとか、東照宮までは歩くと何分かかるのかとか聞いている。若い男性は四苦八苦しながら英単語を並べていました。代わってあげようかとも思いましたが、自分自身が地理に詳しいわけでもなく、なんだかタイミングを逃してしまいました。サラリーマンさんたちは途中の駅でバイバイしていきました。
 日光駅に着いたときに、突然、ご主人が話しかけてきました。ここは、日光駅か(そうです。終点です。)東照宮まで徒歩で10分か。(そんなに近くない。上り坂が続く。)そんな会話をしました。彼は駅前で、走り出したバスを、大声をあげながら手で制して強引に止め、家族6人がバスに乗っていきました。映画のワンシーンを見ているようでした。
 わたしたち夫婦はその後レンタカーでいろは坂を上り、明智平の展望台から中禅寺湖周辺を巡り夕方華厳の滝を見上げながらその雄大な姿に心を打たれ、来てよかったなー。そこへ、さきほどのご主人が大きなベビーカーをかかえて水しぶきに濡れながら突如現れました。あれ! 東照宮へ行ったんじゃなかったの!! パワフルなファミリーでした。



  

Posted by 熊太郎 at 22:21Comments(0)TrackBack(0)栃木県


JR日光線、修学旅行列車

 JR日光駅に到着したときに撮影しました。右側がJR日光線で、左側が修学旅行専用列車です。小学生たちが乗車していて、このあと出発していきました。今でも修学旅行列車ってあるのだなあとびっくりしました。そんなわけで思い出話です。

 修学旅行はお米持参 -現在60代の人達の修学旅行-

  先日60代のおじさん達と話をしました。食べるものが無かった時代で、小学校の修学旅行には各自、米を持参して行き、それを旅館に渡して食事を出してもらったとのこと。それから、電車は修学旅行専用電車で、数校の児童が乗車して、行き先は京都・奈良だったそうです。
 今年50代になる私はお米を持参したことはありません。でも電車はやっぱり修学旅行専用電車でした。「飛び梅号」というディーゼル電車でした。当時わたしは福岡県に住んでいて中学生でした。飛び梅というのは、大宰府の菅原道真が由来と聞きました。
 朝8時頃地元の駅を出発して夕方京都に着きました。修学旅行列車は列車ダイヤのすき間を縫いながら走ります。帰りは国鉄のストライキのため、大阪駅のホームに新聞紙を敷いてその上にしゃがんで長い間待ち、遅れてきた飛び梅号に乗りました。 そして、一晩かけて、翌朝福岡県の地元の駅に着きました。今はもう、「飛び梅号」はありません。それから、地元の駅も線路もありません。廃線になって、線路があったところは舗装道路になっています。  

Posted by 熊太郎 at 21:41Comments(0)TrackBack(0)栃木県








東照宮、二条城、徳川美術館(名古屋市東区)

 週末に栃木県の日光市へ行ってきました。
 20代のときに東照宮を訪れたときは、たいへん混雑する中を坂や階段を上って下りてきた記憶しかありません。また、寺社に興味がなく、有名な観光地だからということで行ったという動機のみでした。
 今回は、開門の午前8時過ぎ、まだ観光客が少ない時間帯から見始めました。おかげでゆっくり観察することができました。「みざるいわざるきかざる」の三猿は、建物の右側の壁面までその物語が続いていること、拍子木を叩くと天井に描かれた龍が鈴のような音をたてて鳴く「鳴き龍」、意外に小さかった「眠り猫」、なかなか見つけきれなかった模様が反対になっている「逆さ柱」、そのほかにもトビウオのような羽が生えた龍とか想像上の象などをしっかり見学してきました。そういうものを見て、いいものを見ることができて良かったと思える年代になりました。





 京都市にある二条城は、以前NHKドラマ「新選組」がはやっていた頃に見学しました。こちらも中学の修学旅行で訪れているのですが、廊下を歩いた記憶しかありません。





 それから上にある徳川美術館は、自宅から自転車をこいで見に行きました。円山応挙の今にも動き出しそうな鯉の絵と織田信長の刀が美しかった。

 総じて、徳川家の権力と財力の強さ、大きさに圧倒されます。東照宮の参道を歩き始めると杉や建物が巨大で、ガリバー旅行記で巨人の国を訪れたようです。徳川家康公のお墓に続く階段は石の一枚板であり、その横の石垣は大きくかつ切り口はきれいに切れていてたいへん立派です。また、二条城の入り口付近を少し離れた位置から見ると、その豪華絢爛な建築に圧倒されます。特定少数の人のために大勢の人たちが労力を費やしたのだと庶民のおじさんであるわたしはちょっと悲しくなったりもします。されど権力者、財力者は、その力を維持していくために全力を尽くしていかねばならず、やっぱり庶民でよかったという思いに帰着するのです。  

Posted by 熊太郎 at 22:59Comments(0)TrackBack(0)栃木県

2008年05月18日

華厳の滝(日光市)





上は25年ぐらい前に撮影したものです。
下の写真が先日行って撮影したものです。







華厳の滝(日光市)

 数年前から妻が、日光に行ったことがない。東照宮に行ってみたいと、ときおりつぶやいていました。そしてきょう、ようやく予約をしてきました。来月行きます。
 写真はもう25年ぐらい前の華厳の滝で、友人が撮影しました。まだ結婚前で、友人たち男ばかりの5人で行きました。滝はその後崩落をして、現在は異なる形に変わっていると思います。
 当時はレンタカーを借りて、だけどオートマチックの車はまだ普及していなくて、小さな車に大勢乗ったので重たくて、急な坂道では時速20キロぐらいしか出なくておおじょうしました(困りました)。また、いろは坂は大渋滞で、止まるたんびに、坂道発進の半クラッチがうまく合わさらなくて、100回以上エンストをしてようやく上に着き、たくさんの車に囲まれて、大変恥ずかしい思いをしました。
 日光は、今はもう人気がない観光地だろうとたかをくくって旅行社を訪ねたのですが、第一希望のホテルは空いていなくて、第二希望はあとひと部屋しかないというので、すぐに押さえてもらいました。ですから、びっくりしました。
 大きくなったこどもたちに留守番を頼んで、夫婦でレンタカーを使って観光するつもりです。中禅寺湖、華厳の滝、明智平だったっけ、それから星野富弘美術館まで足を伸ばして、なによりも東照宮をじっくり見学するつもりです。わたしはそこへ行ったことはありますが、行ったというだけで、しっかり見てきたわけでもありません。最近テレビで、逆さ柱とか、見ざる、言わざる、聞かざるの猿とか、いろいろと話題性があることを知ったので、そのあたりのところを注視してくるつもりです。  

Posted by 熊太郎 at 20:05Comments(0)TrackBack(0)栃木県
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