2024年09月06日
ブリキの太鼓 ヨーロッパ映画 1981年
ブリキの太鼓 ヨーロッパ映画 1981年(昭和56年) ディレクターズカット163分 動画配信サービス
有名な映画ですが初めて観ました。
奇妙な映画でした。
第二次世界大戦がからんでいます。
ポーランド人の少年と家族が出てきます。
少年オスカルは障害児のようにも見えますが、架空の体の状態です。生まれながらに大人の知能を有しているという少年の設定です。
しばらくまえに見たバカリズム脚本のドラマ、『ブラッシュアップライフ テレビドラマ 2023年1月~3月放送』みたいです。この映画にヒントがあって、『ブラッシュアップライフ』が生まれているのかもしれません。
自分で自分の年齢をコントロールする能力をもっている少年で天才です。体の成長を3歳の状態でストップして、以降年齢を重ねても体は大きくなりません。
こどもの体のまま、精神年齢は、最終的には21歳ぐらいまでいきます。ただ、映像を見る限り、3歳よりも大きい年齢の体に見えます。4歳後半から5歳児ぐらいに見えます。
少年はもうひとつ能力をもっています。高い声(叫び声)を出すことで、ガラスを破壊することができます。
戦時中ですから激動のポーランドです。ドイツ軍が侵攻してきます。
先日観た映画が、『トラ・トラ・トラ』と、『ミッドウェイ』でした。たまたま、戦争における戦闘シーンの連続鑑賞になってしまいました。広島・長崎原爆投下記念式典とか、8月15日終戦記念日が近い時期にそれらの映画を観ました。
映画は、なんとも奇妙な出だしでした。
字幕スーパーが出なくて、なにをしゃべっているのかわからない外国語が続きました。
途中で、自分で字幕を設定するのだと気づいて、設定のマークをしどろもどろに設定してセリフの意味がわかるようになりました。
天才である男の語り話だろうか。
『物語は、僕が生まれる前から始まる。僕のかわいそうなママが生まれることになったのは、僕の祖母アンナ・ブンスキが、若くて世間知らずで、スカートを4枚はいていて芋畑に座っていた1899年(日本だと明治32年)のある日、カシュバイの野でのことだ。(警察官ふたりに追われて逃げて来た常習放火犯人の男を祖母はかくまって、さらに夫にした)』
カシュバイ人という民族があるらしい。(カシューブ人)
母親のアグネスは、オスカルが3歳になったときに、ブリキの太鼓を誕生日のプレゼントとしてプレゼントします。以降、壊れたら新しいブリキの太鼓を買いながら、いつもオスカルのそばにはブリキの太鼓があります。そして、オスカルは、周囲がやかましいと思うほど、ブリキの太鼓をたたきます。
おとなたちを見る少年オスカルの目線は、冷ややかです。
おとなたちのだらしない暮らしぶりを見て、少年オスカルは、おとなになることをやめました。ピーターパンみたいです。
生活に、『不幸せ』があります。
なにがなんでもおとなの言うことをきかないこどもっています。
物事の見方はいろいろあって、そんな奇妙なオスカルを研究対象にしたいという人物も現れます。
オスカルは、何がしたいのだろう。何のためにそこにいるのだろう。観ている自分の所感です。
人間がもつ『悪』をあぶりだす作品です。
哲学的です。
人間とは何か。
人間とは、きれいなものではない。
人間とは、『業のかたまり(ごうのかたまり。欲望の固まり。悪行(あくぎょう)の固まり。自己中心的)』
サーカスが出てきます。
小人チーム(こびとチーム)が芸をして、話を引っ張ります。オスカルも仲間に入っていきます。
ドイツの侵攻があります。
『僕はポーランド人だ』
それに対して、『ドイツ語の新聞を読め!』と言われる。
おおぜいの人間がナチス・ドイツに洗脳されて集団行動をとります。
こどもからおとなまで、心がコントロールされていきます。
エロい話も多々出てきます。
気が変になってしまう女性もいます。
戦火に巻き込まれた少年マルコです。
銃声で鼓膜が破れそうです。
部屋の中に弾丸が飛んできます。
戦車の砲撃で部屋が壊れます。
そんななかでも、トランプゲームしている人たちがいます。みんな頭がおかしい。
異常です。
宗教が人心をコントロールする。
冷めた目で、こどもがおとなを見ています。
女性が商品のようになっている。
ウソ泣きをするこどもは、化け物(ばけもの)のようです。
ドイツ人たちは、戦況がいい今は幸せそうですが、最後は戦争に負けます。
戦争は悲惨な殺し合いです。
今日は生きている人も、あしたは、生きているかはわかりません。
生き残った人間の気持ちがあります。
妻もこどもたちもみんな死んでいなくなった。
自分だけが、生き残った。
埋葬は土葬です。
『なすべきか、なさざるべきか。僕は成長するんだ』
マルコは、二十歳を過ぎて、自分の体を成人に成長させることにしました。
ここで、全部がだめになったとあります。
不思議な話でした。
この時代に、この場所に生まれた人のお話でした。
原点は、祖母が芋畑で夫となる男に出会ったことから始まったのです。
理屈で考えるというよりも、人生とか戦争を、心で感じる映画でした。
有名な映画ですが初めて観ました。
奇妙な映画でした。
第二次世界大戦がからんでいます。
ポーランド人の少年と家族が出てきます。
少年オスカルは障害児のようにも見えますが、架空の体の状態です。生まれながらに大人の知能を有しているという少年の設定です。
しばらくまえに見たバカリズム脚本のドラマ、『ブラッシュアップライフ テレビドラマ 2023年1月~3月放送』みたいです。この映画にヒントがあって、『ブラッシュアップライフ』が生まれているのかもしれません。
自分で自分の年齢をコントロールする能力をもっている少年で天才です。体の成長を3歳の状態でストップして、以降年齢を重ねても体は大きくなりません。
こどもの体のまま、精神年齢は、最終的には21歳ぐらいまでいきます。ただ、映像を見る限り、3歳よりも大きい年齢の体に見えます。4歳後半から5歳児ぐらいに見えます。
少年はもうひとつ能力をもっています。高い声(叫び声)を出すことで、ガラスを破壊することができます。
戦時中ですから激動のポーランドです。ドイツ軍が侵攻してきます。
先日観た映画が、『トラ・トラ・トラ』と、『ミッドウェイ』でした。たまたま、戦争における戦闘シーンの連続鑑賞になってしまいました。広島・長崎原爆投下記念式典とか、8月15日終戦記念日が近い時期にそれらの映画を観ました。
映画は、なんとも奇妙な出だしでした。
字幕スーパーが出なくて、なにをしゃべっているのかわからない外国語が続きました。
途中で、自分で字幕を設定するのだと気づいて、設定のマークをしどろもどろに設定してセリフの意味がわかるようになりました。
天才である男の語り話だろうか。
『物語は、僕が生まれる前から始まる。僕のかわいそうなママが生まれることになったのは、僕の祖母アンナ・ブンスキが、若くて世間知らずで、スカートを4枚はいていて芋畑に座っていた1899年(日本だと明治32年)のある日、カシュバイの野でのことだ。(警察官ふたりに追われて逃げて来た常習放火犯人の男を祖母はかくまって、さらに夫にした)』
カシュバイ人という民族があるらしい。(カシューブ人)
母親のアグネスは、オスカルが3歳になったときに、ブリキの太鼓を誕生日のプレゼントとしてプレゼントします。以降、壊れたら新しいブリキの太鼓を買いながら、いつもオスカルのそばにはブリキの太鼓があります。そして、オスカルは、周囲がやかましいと思うほど、ブリキの太鼓をたたきます。
おとなたちを見る少年オスカルの目線は、冷ややかです。
おとなたちのだらしない暮らしぶりを見て、少年オスカルは、おとなになることをやめました。ピーターパンみたいです。
生活に、『不幸せ』があります。
なにがなんでもおとなの言うことをきかないこどもっています。
物事の見方はいろいろあって、そんな奇妙なオスカルを研究対象にしたいという人物も現れます。
オスカルは、何がしたいのだろう。何のためにそこにいるのだろう。観ている自分の所感です。
人間がもつ『悪』をあぶりだす作品です。
哲学的です。
人間とは何か。
人間とは、きれいなものではない。
人間とは、『業のかたまり(ごうのかたまり。欲望の固まり。悪行(あくぎょう)の固まり。自己中心的)』
サーカスが出てきます。
小人チーム(こびとチーム)が芸をして、話を引っ張ります。オスカルも仲間に入っていきます。
ドイツの侵攻があります。
『僕はポーランド人だ』
それに対して、『ドイツ語の新聞を読め!』と言われる。
おおぜいの人間がナチス・ドイツに洗脳されて集団行動をとります。
こどもからおとなまで、心がコントロールされていきます。
エロい話も多々出てきます。
気が変になってしまう女性もいます。
戦火に巻き込まれた少年マルコです。
銃声で鼓膜が破れそうです。
部屋の中に弾丸が飛んできます。
戦車の砲撃で部屋が壊れます。
そんななかでも、トランプゲームしている人たちがいます。みんな頭がおかしい。
異常です。
宗教が人心をコントロールする。
冷めた目で、こどもがおとなを見ています。
女性が商品のようになっている。
ウソ泣きをするこどもは、化け物(ばけもの)のようです。
ドイツ人たちは、戦況がいい今は幸せそうですが、最後は戦争に負けます。
戦争は悲惨な殺し合いです。
今日は生きている人も、あしたは、生きているかはわかりません。
生き残った人間の気持ちがあります。
妻もこどもたちもみんな死んでいなくなった。
自分だけが、生き残った。
埋葬は土葬です。
『なすべきか、なさざるべきか。僕は成長するんだ』
マルコは、二十歳を過ぎて、自分の体を成人に成長させることにしました。
ここで、全部がだめになったとあります。
不思議な話でした。
この時代に、この場所に生まれた人のお話でした。
原点は、祖母が芋畑で夫となる男に出会ったことから始まったのです。
理屈で考えるというよりも、人生とか戦争を、心で感じる映画でした。