2020年08月12日

ペスト カミュ

ペスト カミュ 新潮文庫

 ペスト:ネズミやノミに噛まれることで人間に感染する。発熱、頭痛、脱力感。皮膚が内出血する。別名黒死病。治療しないと致死率60%-90%。古来より、なんどか世界的大流行あり。14世紀には約1億人が死亡。1347年から1353年の間にヨーロッパの人口の三分の一が死滅した。19世紀末に感染防止策がなされて流行は減った。
 この本のなかでの症状としては、吐血、嘔吐、39度5分から40度の発熱、頚部(首)のリンパ腺と四肢(手足)が腫れる(はれる)。脇腹に黒っぽい斑点(はんてん。内出血と思われる)。焼けつくような痛みがあるという患者の発言あり。
 肺ペストと線ペストと敗血症型ペストがある。

 この本では、194*年に、アフリカ、地中海の南に面したアルジェリアにあるスペインの南に位置するオラン市で、ペストが大流行する設定になっています。1947年の出版です。

 アルベール・カミュ:フランス人小説家。1913年-1960年 交通事故で46歳没 ノーベル文学賞受賞者

 登場人物として、
医師ベルナール・リウー35歳ぐらい。フランスのモンテリマル生まれ(フランス南部の小都市)。中背、がっしりした肩つき。長方形の顔。まっすぐな暗い目つき。あごは張っている。たくましい鼻。短く刈り込んだ黒い頭髪。熱いくちびる。シチリアの百姓風

門番ミッシェル老人:ペストの最初の犠牲者。病死する。

予審判事オトン氏:長身、黒髪。裁判官。予審はフランスでの昔の制度。刑事事件の証拠の有無を確認・判断する。彼の息子フィリップは、ペストに感染して死亡する。

新聞記者レイモン・ランベール 短い胴、厚い肩、はっきりした顔つき、明るく聡明な眼

市の吏員ジョゼフ・グラン。ひょろりとやせている。体全体が、だぶだぶの服の中でただよっているように見える。うわあごの歯はない。笑顔は亡者のような口つきになる。日給62フラン30。フランス本国に甥と姪が要るのが唯一の親族。本を書いている。老人。

医師リシャール:医師ベルナール・リウーの同僚。オラン市医師会の会長職

パヌルー神父:ミッシェル老人を発病の始めに開放したイエズス会士。ペストは、あなたがたの当然の報い(むくい)と説諭する。『反省すべきときがきたのです』。最期は、ペストの症状を発症するが、検査を受けずに死亡する。

ジャン・タルー:旅行者。今回の病気の記録者。がっしりと彫りの深い(ほりのふかい)顔に、濃いまゆ毛を一文字に引いた、姿全体に重々しさがある若い男。この物語のはじめのほうで出てくる人物。数週間前にここオラン市に住居を定め、そのときから大きなホテルに宿泊している。いろんな収入があって、楽をして暮らしている。ただ、どこのだれでなにをしている人間なのかはわからない。海で泳いでいる。いつもニコニコしている。娯楽の愛好家。イスパニア人の舞踏師と楽士たちのところへ熱心に通っている。彼の手帳には、日記のように、オラン市に来てからのことが記録されている。ペストが終息を迎える頃、ジャン・タルーは、ペストで死亡する。

カステル老人:年配の医師。「ペスト」の発生をリウー医師に告げる。

コタール:犯罪歴のある自殺未遂者。密輸業。前科あり。

 4月16日にネズミの死骸が一匹見つかるところから始まって、4月25日には、ネズミの死骸が一日だけで、6231匹収拾されるまでに増加します。
 
 どういうわけか、猫がいなくなります。
 正体不明の熱病がはやりだします。
 パニックが始まろうとしています。突発的な混乱です。
 48時間以内で死者11名です。

 ジョゼフ・グラン(オラン市の職員)と医師ベルナール・リウー、そして、首つり自殺に失敗したコタールの三人が、同一の人格のなかに存在するように感じながら読んでいます。同一の人格者は、作者のカミュです。

 医師のベルナール・リウーは県庁に保健委員会の召集を要請しました。
 ペストは市民の半数を死に至らしめる危険性があるとリウーは警告します。治療法とワクチン(予防薬)がありません。

 行政機関である県庁はのんきです。楽観的です。
 日がたつごとに死者数が急増していきます。四日間で100人の死者に達しました。
 ついにペストであることの宣言、市の閉鎖(ロックダウン)に踏み切ります。

 市外電話が使用できなくなりました。電話回線使用の混雑が集中したためです。代替えの方法が電報と手紙です。「コチラブジ アンジテイル ゲンキデ」の電文が飛び交います。
 医師は伝染するかもしれないので、家に帰れません。家族との別居が長引きます。
 作者の言葉として、『ペストがわが市民にもたらした最初のものは、追放の状態であった』
 いまの、新型ウィルス感染拡大中の社会にあってこの本を読むと、時代は違えど、状況に大きな相違はないと感じます。
 第五週目で321人の死者が出ています。市の人口は20万人です。
 食料の補給が制限され、車のガソリンは割り当て制になりました。
 映画館では、同じ映画しか上映されません。
 物の買い占めと高値転売行為が始まります。
 「オレはペストだ!」といって戸外でかけまわる男が現れます。
 
 6月の終わりまで進みました。
 一週間のペスト感染者数が700人近くです。
 夏の暑さがますます感染を助長するだろうと人々の間に恐怖が広がっています。ペストが発生して、94日目の死者数が124名です。

 科学や医学がいまほど発達していないので、神に祈る行為で病気をさけようという雰囲気があります。ところどころは、読んでいても意味がとれないのは、自分の読解力のなさなのでしょう。

<ここで物語からは離れますが、ペスト菌がらみの日本人の偉人として>
北里柴三郎:1853年(江戸時代。明治元年が1968年)-1931年(昭和6年) 1894年(明治27年)にペスト菌を発見。

<話を戻します>
 8月のなかばまできました。
 自宅への放火が増えます。ペストを焼き殺す幻想をみて、自分の家に火をはなつ人が出てきたのです。
 投獄されている収監者と刑務所従事者看守等の間にもペストが広がり死者が出ます。裁判に基づき処刑されるのではなく、だれかれなしに死が襲いかかります。法秩序の崩壊です。
 
 埋葬においては、遺族の気持ちを落ち着かせる儀式をすることができません。

 9月、10月と時が過ぎていきます。

 物の値段が高騰しますが、死を覚悟した市民たちは、持ち金をつぎ込む浪費を始めました。生きているうちに持ち金を使い切って最後の人生を楽しむのです。
 「ペストが終わったらこうしよう」という言葉も出てきますが、ペストが終わるまでに生きていられる保証がありません。

 表面上、『米』がありませんが、ヤミ米はあります。

 今晩12時、まちを脱出する計画が密輸グループを主体として組まれます。人を通じて、医師のベルナール・リウーを療養所で療養している彼の妻に会わせたいようですが、肝心の本人の意思表示が物語には出てきません。その後、ベルナール・リウーは、提案を拒否します。
 
 10月下旬、年配の医師であるカステルが、血清を仕上げました。
 しかし、血清の効果はありませんでした。判事オトンの息子フィリップに試されましたが失敗でした。息子は骨と皮になって死んでいきました。血清づくりはやり直しです。

 パヌルー神父は、ペストに感染する原因は、生まれる前の前世において、なにかよくないことをした報いだと説きますが、そのパヌルー神父自身がたぶんペストに感染して亡くなります。本人は、自分がペストに感染したことを認めたくなかったようで、診察を拒否しました。

 人々は、ペストの感染がおさまることはないのではないかと考え始めます。
 
 ペストに感染しても無症状の患者が出てきます。それでも感染者の隔離は必要です。
 無症状だった患者は、やがて、発病し急速に亡くなります。この部分を読んでいて考えたのですが、現在、新型コロナウィルスに感染しても無症状とか軽症だといわれている若者世代は、いまはそうでも、これから先も無症状、軽症でいられるとは限らないのでないか。安心するのは、危険ではないかという疑念が生じました。

 食糧難が起こります。経済は混乱します。

 旅人であるジャン・タルーが、医師のベルナール・リウーに自分の身の上話を語り始めます。父親は次席検事だった。ある日、裁判所で、父親が、容疑者に死刑を求刑した。
 自分は、銃殺による死刑を見たことがある。相手からわずか1.5mのところから射殺する。タルーは、殺人行為だと思った。自分には反発する気持ちが芽生えて、政治運動をやるようになった。
 タルーは、「僕たちはみんなペストの中にいる」と強調しますが、その意味は本を読んでいる自分には理解できません。こじつけると、人は心の中にペスト(殺人願望と殺人可能能力。いわゆる『悪』)をもっている。

 息子をペストで亡くした判事のオトン氏は、ペストから隔離するための収容所で働くことを希望します。オトン氏は、収容所で事務員の仕事をするつもりです。彼は、ペストに対応する世界のなかにいて、ペストで亡くなった息子をしのびたいと希望します。息子を失って、これからさきの自分の生きがいとして、そういう人生を過ごすことを決心しました。

 ペストの感染は自然に衰退していきます。台風が去っていくようです。
 人々は、元の生活にもどれると思いつつも、生活のしかたのすべてを元通りに戻ることはできないと感じています。「(ペストは)この市を変えるだろう」「(嵐は去ったけれどペストのことを)忘れることはできない」
 
 年が明けて、1月25日まできました。
 これまで、病気の記録者としての立場で物語の中で存在していたジャン・タルーがペストに感染しました。そして、ジャン・タルーは、亡くなります。
 このあたりが、わかりにくいのですが、神の存在の否定とか宗教的な話が出てきます。
 『(旅行者の)ジャン・タルーは、勝負に負けた。いっぽう(医師の)ベルナール・リウーは勝負に勝った』と書いてあります。なんの勝負に負けたり勝ったりしたのだろう。相手は、『ペスト』という感染病です。死んだら、主役にはなれないということだろうか。ちょっと理解できません。

 医師ベルナール・リウーの母親が出てきました。母親は生き抜きました。そして、ベルナール・リウーの妻はペストで亡くなりました。
 
 ペスト菌が去って、生き残った人々に活気が戻ってきます。まるで、ペスト菌で亡くなった人たちのことは、これから忘れ去られるようです。

 この世では、人、ひとりひとりに割り当てられた演じる役割があると書いてあるように読めます。

 医師ベルナール・リウーも旅人であるジャン・タルーも、そして、作者のカミュも、このペストという物語の記録者であると自己解釈しました。三人ともが同一人物なのです。
 『ペスト』は、病気のペストだけではなく、『戦争』とか、『人間がもつ殺意』とか、悪の部分を象徴している言葉だと解釈しました。
 この世に、『神』はいるかという問いかけがあり、神はいないという結論に達するのですが、登場人物のひとりは、『聖人』になることを強く願うのです。聖人は正しいことをする人です。でも、聖人にはなれないし、ペストには勝てないのです。ペストは、一時的に起こったことですが、ペスト菌は死滅したわけではないのです。いつ、また、未来のどこかの時代で、息を吹き返すかもしれないのです。再び戦争が起こることを予期するような地雷として扱ってあると解釈しました。
 結局、歴史は、悪(戦争)によって進んでいくし、正しき者は消えていき、生き残った者が、正しい、正しくないは別として、勝利者なのです。

 とてもむずかしい本でした。何度も読み返さないと理解できません。そして、いまは、そのエネルギーが自分にはありません。長い物語でした。疲れました。半月ぐらいかけて毎日少しずつ読みました。
 
 最後のほうのシーンで、自殺未遂者で悪人グループのコタールが発砲騒ぎを起こします。気が狂ったという扱いで終わっています。なぜそういう記述になったのか、わかりません。

 調べた単語などとして、
醜聞:しゅうぶん。そのひとの名誉や人格を傷つけるような噂
嘲弄:ちょうろう。ばかにしてからかう。
外郭区域:外側の地域(この本の場合、貧民の住居がある地域)
ティラード・スーツ:テーラード・スーツ。仕立てをしたスーツ
留保のない証言しか認めない:りゅうほ。中途半端ではっきりしない証言は採用しないという意味に受け取りました。
テレビン油:マツ科の樹木から得られる油。医薬品の成分になる。
イスパニア:スペイン
コンスタンティノープル:イスタンブール
血清:感染症の検査に使用する。
鼠径部:そけいぶ。足の付け根からななめ上へ三角状の部分
チフス:細菌感染症。発熱、下痢、発疹(ほっしん)汚染された食べ物や水で感染する。
脾臓:ひぞう。左わき腹にある器官。循環器官。免疫機能あり。
コレラ:食べ物や水から感染する。急性腸炎
ソドムとゴモラ:聖書に登場する都市。天からのイオウと火で滅びた。
アビシニアのキリスト教徒:エチオピアの旧名
ラヴァリエール・ネクタイ:1880年代。幅広ネクタイ
少年衛兵:警備や監視を行う兵士
冥府:めいふ。死後の世界
帷:とばり。隠すための垂れ布(たれぬの)
豌豆:えんどう。豆

(その後、録画してあったテレビ番組で、小説『ペスト』の解説を聴きました)
 NHKのEテレ『100分で名著“ペスト”』 2020年4月11日(土)に放映されたうちの第3回分と第4回分を観ました。
 司会:伊集院光 島津有里子 ゲスト:フランス文学者 中条省兵 哲学者・武道家 内田樹(うちだ・たつる)

 登場人物各自の心の動きがメインで、ペストという病気の感染話はほとんど出てきませんでした。人間は、『不条理(ふじょうり。筋道が通らない話)』とどう向き合うのかがテーマでした。
 いくつかの発見がありました。
1 自殺未遂者で犯罪者のコタールの自殺の理由は、「逮捕される恐怖」だった。しかし、ペストの感染が拡大して社会が混乱したので、自分に対する逮捕捜査活動がにぶり、逃げおおせることができるようになったので、コタールは、ペストの出現を喜んだ。つまり、コタールは、ペストによって、『自由』を獲得した。
 ピンときたのは、『ペスト』によって、損をした人と得をした人がいた。物事には二面性があります。だから、今回の新型コロナウィルスにおいても、損をする人と得をする人が存在することは事実です。得をした人は、利益を還元する行為をしてほしい。

2 ジャン・タルーは、『死刑廃止論者』だった。人間として、『殺人』という行為が許せなかった。だから、処罰に死刑という殺人行為を用いたくなかった。

3 『ペスト』は、ナチスドイツのたとえであった。この物語全体は、第二次世界大戦が素材だった。ナチスドイツのことを書いた文学で、カミュは、レジスタンス(ナチスドイツに対抗する地下抵抗組織)に参加して、ナチスドイツに反抗し、仲間と『連帯』をつくった。

4 『神』は信じないが、人間は、グレーゾーンをもちながら『聖人』になることはできる。

5 自分の死を受け入れたあとも『文学』として、この世に本を残す。つまり、本に記録して、『認識と記憶』を次世代に伝えて、戦争を回避する。未来において、平和で健康的な世界をつくる。  

Posted by 熊太郎 at 06:20Comments(0)TrackBack(0)読書感想文