2023年04月22日

太川&えびすバス旅 大阪城から金沢兼六園 再放送

太川&えびすローカル路線バス乗り継ぎの旅 大阪城から金沢兼六園 2015年1月3日分再放送(平成27年) BSテレビ東京

 もう何度も観ました。
 マルシアさんの元気で明るいお姿がまぶたに焼き付いています。
 三人で、琵琶湖の西岸を歩くあたりの映像は暗記するぐらい記憶に残っています。

 このバス旅企画は、単純に、心も体もぼろぼろになるまで疲れ果てて、三人でときには言い争いをしながら、ときには仲良くしながら、ときにはなぐさめあいながら、路線バスで最終目的地の停留所をめざします。(観光するための場所ではなくて『停留所』をめざすのです)
 見ている途中、なんでそんなにつらい思いをしてまで、そのようなこと(路線バスだけで目的地の停留所へ行く)をしているのかと、そこまですることないんじゃないかと思えてくるのです。路線バスがなくて、延々歩いている三人も、黙々と歩きながら、そのように思えているに違いありません。(自分は今、いったい何をしているのだろう。なんのためにこんなことをしているのだろう)
 されど、もっと奥深く思考してみると、あんがい人生って、そんなものじゃなかろうか。自分でも理由もわからず前に進んでいるのです。
 いったい、どうして、今、自分は、こんなことをしているのだろうかと思いながらも、そうしている。そうすることで生きていけている。だから、今こうしていることは、むだなようでむだじゃない。
 理屈をあれこれこじつけて立ち止まるよりも、とにかく、今やること、今やれることをやってしまおう。
 そう、割り切れると、苦労も楽に変わるのではないか。最後にハッピイ(幸せ)を手に入れることができる。
 これまでのバス旅で、ゲストの方たちの何人かは『路線バスの旅は、人生そのものです』とおっしゃっていました。

 映像に出てくる京都の『醍醐寺(だいごじ。家から自家用車で行きました)』福井県にある『小浜(おばま。こちらも家から車で行きました)』その間を路線バスだけで行かれています。すごいなあ。

 日系ブラジル人のマルシアさんは陽気です。始まりでは、自分は、一日200歩しか歩かないと言われいましたが、かなりのキロ数を歩かれました。
 マルシアさんの年齢で、人生で初めて路線バスに乗るという言葉にも驚かされました。
 それから、バスの車内でのマルシアさんの歌声を聴きながら(歌っていいなーー と思いました)美空ひばりさんの歌です。
 ときおりのサンバミュージックも良かった。
 マルシアさんの番組締め(しめ)の言葉が『やる時は本気でやれ! そして「感謝」』がよかった。
 
 伏線のようになりましたが、大阪でのやきいも、福井県の山奥でのやきいもと「やきいも」続きがありました。やきいもは、黄色く輝き、いい色をして、ふっくらで、おいしそうでした。

 えびすよしかずさんの変人らしい言動がときおり出ていておもしろかった。
 えびすよしかずさんは、魚介類が食べられないので(滋賀県から福井県への鯖街道で(さばかいどう)にあったサバ寿司のお店にて)『オレ、サバ寿司は食べたくない(ガリだけ召し上がっておられました。ガリ:甘酢しょうが)』
 ゴールして太川陽介さんがふたりに『カニをおごってあげるよ!』
 えびすさんが『カニはあまり好きじゃない……』

 路線バスの乗り継ぎは、行けたら行くし、行けなかったら行けない(歩く)
 そういうことのくり返しです。(人生に似ている。何がなんでもとか、絶対にとかいうのは、いつもできることではないのです)


(2022年1月に観たときの感想)
太川&えびすローカル路線バス乗り継ぎの旅 大阪城から金沢兼六園 2015年1月3日分再放送 BSテレビ東京

 最後まで観て、さわやかな感動に包まれました。
 三人ともよくがんばられました。
 雨天の時間帯もあり、過酷な徒歩時間がありました。
 地元の人たちの親切やバス乗りかえ乗車のラッキー運にも恵まれて、なんとかゴールできました。
 ゲストのマルシアさん『これか!』
 太川陽介さん『これだよ! (ゴールできた喜び)これを味わいたいんだ!!』
 みなさん『この(感動の)一瞬を味わいたいんだ!』
 マルシアさん『すべてガチ(本気、まじめ、真剣)』

 太川陽介さんがバス旅に強い愛情を注いでおられるからできる企画です。
 うまくいっているときはいいのですが、ときに人間関係が険悪になる瞬間もみられます
 最後のゴール達成で、苦労が報われます。(むくわれます)

 忙しい旅です。
 忙しいけれど、バスに乗っているときは、太川陽介さん以外はすることはない。

 マルシアさんがバスの車内でくちずさんだ歌『山の牧場(まきば)の夕暮れに~(美空ひばり あの丘越えて)』歌がお上手でした。

 琵琶湖の背景に滋賀県と岐阜県にまたがる雪山となっている伊吹山の景色、福井県から石川県への日本海の景色、夕映え風景などがきれいでした。

 えびすさんは、魚介類が苦手なので、鯖寿司は(さばずし)は無理でしょう。気の毒でした。

 えびすさんは、珍しく熱心です。
 バス案内所で『バスがないということはありえないんです』
 焼き芋を食べる場所が、場所を変えて二回出てきました。
 焼き芋は黄金色(おうごんいろ。こがねいろ)で、湯気が出ていて、おいしそうでした。

 長時間の歩きはつらい。
 マルシアさんはスタートするときに、自分は一日200歩ぐらいしか歩かないと言っておられましたがたいへん努力されました。
 バスに乗り遅れそうになると、駆け足で、ヒヤヒヤドキドキします。さっき食べた食事が口から出そうだと嘆きながら、バス停を目指して駆け足をされていました。
 姿勢を見習いたい。  

2023年04月21日

出川哲朗の充電バイクの旅 長崎島原→福岡久留米

出川哲朗の充電バイクの旅 長崎島原→福岡久留米 テレビ番組 島原半島から有明海渡って絶景街道125キロ! 目指すは久留米“水天宮”でザキヤマ&塚本高史が初登場で哲朗タジタジ!ヤバいよ2

 時間ができたので、録画してあったものをようやく再生して見ました。
 ただ、二週に分けての前半部分の録画はしていなかったので、後半のゲスト塚本高史さんの部分だけの感想です。
 2022年12月17日関東地区放送だそうです。東海地区放送は2023年2月18日でした。日本各地で放送日がバラバラです。
 あいにく、自分は塚本高史さんという俳優さんを存じ上げませんが、長身でスタイル良く、イケメンのかっこいい方でした。
 ロケ地が最近は、九州、長崎、福岡、熊本が多いなと感じています。ロケがしやすのか、人脈があるのか、そんなところだと思います。

 万田坑(まんだこう)見学があります。(熊本県荒尾市。世界遺産)
 出川哲朗さんは忘れていましたが、縫田ディレクター(ぬいださん)が言うとおり、過去の番組でその近くを電動バイクで移動した記憶が自分にも残っています。
 炭鉱は、昭和時代に生きた当時の一部のこどもたちにとっては身近な産業ですが、いまはもうだれも思い出話をしなくなりました。昭和四十年代は、炭鉱が次々と閉山した時期で、産炭地では、短期間に大量の児童や生徒が全国へ転校で散っていきました。ほかにも銅山の閉山もありました。
 炭鉱の歴史はそれほど長くはなく、江戸時代末期から150年間ぐらいの命だったと学びました。
 炭鉱での働く場所は、とても深い。番組では、地下267mです。頭の中でイメージしたら発狂しそうです。事故が怖い(こわい)。死と隣り合わせの作業です。
 自分がこどものころに体験した炭鉱住宅生活は、番組にも出てきた三池炭田、ほかに、筑豊炭田、熊本の島である天草炭田(あまくさたんでん)、それから、茨城県から福島県あたりの常磐炭田(じょうばんたんでん)でした。
 出演されている出川さんほかのスタッフの人たちは炭鉱のことはなにも知らないのだろうなあと思いながら映像をながめていました。

 いいお天気です。
 映像に出てきた『大牟田駅(おおむたえき)』は、こどものころに何度か行ったことがあるのでなつかしく拝見しました。
 きのう、内田麟太郎さん(うちだ・りんたろうさん)の絵本『ぴょん 金の星社』を読んだのですが、内田麟太郎さんは大牟田市出身の方です。ほかに同じく出身者として、漫画家の萩尾望都(はぎお・もと)さんがおられます。自分の親族にも大牟田市生まれの人間がいるので親近感が湧きます。
 番組の中で、統廃合になる小学校のことが出てきますが、おそらく統廃合になる4校のうちの映像とは別の小学校に短期間でしたが自分も通っていました。まだ小学校低学年でした。なにもかもがなつかしい。映像に出ていた先生も、そのころはまだこの世に生まれておられなかったであろうと想像しながら観ていました。
 こどもの数の減少で、学校の統廃合が進んでいると感じます。小学校と中学校の共同校舎が建築されているのを、今年の二月に福岡県内で見かけました。四月の開校に向けて工事中でした。珍しい。
(こちらの文章全体をつくったあと、もしやと思って部屋にあった昔使用していた机の引き出しをあけてさがしたところ、自分が福岡県内三池炭田地域の小学校に通っていたころの通信簿が出てきました。自分がまだ8歳ぐらい、小学二年生のころのものです。半世紀以上昔のものが保管してありました。「給食係でがんばっています」と、先生のコメントが書いてありました)
 
 電動バイクのバッテリーの充電をさせていたただいたおうちで、おかえしにホースで葉っぱに水やりをする出川さんと塚本高史さんです。
 ふたりで水のかけあいをするところがおもしろくて笑いました。
 旅というものは、有名な観光地を見学したときよりも、名も知れぬ場所で、戯れて(たわむれて)遊んで大笑いしたことのほうが、いい思い出だったりもします。

 九州弁がいい感じです。
 『はいよかです(充電されて、いいですよ)』
 『(充電させてとお願いして)かまわんたい』

 夕映えがきれいな映像でした。
 柳川市には行ったことはありませんが、映像にあった川船による川下りはなかなか風情(ふぜい)があって良かった。橋げたの下をくぐる時は、頭が橋げたに当たりはしないだろうかとハラハラする映像でした。

 出演者の方々や番組制作スタッフのみなさんは、視聴者がどんなことを考えながら映像を見ているのか想像もつかないのでしょうが、年配者となったわたしのような人間は、映像に思い出の地が出てくると嬉しいものなのです。バラエティの旅番組のいいところです。
 視聴者参加型のロケ番組は、視聴率が上がる要素をもっています。
 テレビに出た人たちは、テレビ画面に映る自分を見たいし、友人・知人・親戚一同にも見てもらいたいからです。  

2023年04月20日

マンガ節約ママのちょっと得する株日記 高橋三千世

マンガ節約ママのちょっと得する株日記 高橋三千世(たかはし・みちよ) 電子書籍 Kindle Unlimited

 電子書籍の定額読み放題を利用して、週刊誌や旅行雑誌、マンガ本などを楽しんでいます。
 銀行定期預金の利息が微々たるものであることに失望し、銀行の人に勧められて株式投資を始めて二年目です。株の本もさきほどの電子書籍サービスを利用して何冊も目を通しました。

 株の購入をするときは、昭和50年代(1975年代)ころの高利だった昔の銀行定期預金の利息に相当する配当金を出してくれる銘柄を選択するようにしていますが、なかなか、この会社がいいという銘柄を見つけることがむずかしいです。
 今回、主婦の方が描いた昔のこのマンガ本に巡り合って、けっこうたくさんの銘柄が書いてあったので参考にすることにしました。情報は2006年ころのもので古いのですが、そのことも考慮しながら検討材料にします。(思い返してみると2008年にリーマンショックがありました)

 よくできたメッセージ本です。
 株主優待を期待して株取引を開始して、そのうち売り買いでもうけるようになって……という流れです。2000年ぐらいからの6年から7年間の経過の集大成となっています。中身は濃い。なかなかいい本でした。

 株主総会にも出席されています。(おみやげがもらえるそうです。知りませんでした(すべての会社がそうとは限りませんが))

 登場する銘柄です。
 オリエンタルランド
 モスフード
 ジョナサン
 ジーンズメイト
 (わたしが知らない会社もあります)
 ミニストップ
 サンリオ
 ココス
 トミー
 不二家
(このマンガの特徴として株式取引の専門用語はほとんど出てきません。わたしは、専門用語をほぼ知らずに株取引をしています。証券会社に電話をして、担当の人にわからないことは聞いて、株を買ったり売ったりしています。どしろうとです。されど、収支はへこんではいません。現在、日本の株式市場は荒れていますが、自分はたまたま運がいいだけだろうと思っています。それと、緻密(ちみつ)な知識はいらないのではないか、システムをあまり知りすぎるとうまくやれないのではないかという思いはあります)
 コモ
 コロワイド
 ナムコ
 ラ・パルレ
 日本トイザらス
 ワタミ
 フォルクス
 東京テアトル
 タカキュー
 吉野家
 セガトイズ
 セガサミー
 ホクト
 カゴメ
 ダイエー
 タスコシステム
 すかいらーく
 マネックス・ビーンズ・ホールディングス
 
 本に出てきた会社は以上です。
 これからひとつずつチェックして内容を楽しむつもりです。
 よその人がどこの会社の株を買っているのはなかなかわかりません。
 参考にしようとネットで見て回っていますが、手の内(うち)をオープンにしている人は少ない。
 今回のこの本は参考になりそうです。
(追記。その後:各社をチェックしたところ、上場廃止になっている会社も数多くありました。世の中は厳しい。唯一(ゆいいつ)、㈱バンダイナムコホールディングスだけ、購入できるか検討してみることにしました。わたしのやりかたとして、すぐに購入はしない。購入したつもりで、1か月以上、株価の動きをみてみる。たぶん安全だろうと自分が納得できたら買い入れるようにしています。(それでも、失敗することもあります。「(株価というものは)買ったら下がる、売ったら上がる」と観念しています。保有する株の合計で収支がプラスなら良しです))(その後:任天堂についても検討材料にすることにしました)(さらにその後の追記:㈱バンダイナムコホールディングスを購入しました。株価の動きを追跡調査していたところ、5月11日から株価がぐんぐん上昇していきましたので、あわてて他の株を売ってそのお金でバンダイの株を購入しました。同様に任天堂も株価が急上昇しましたが、資金不足で購入はあきらめました。いずれも決算が良かったのです)(2023年5月21日追記:任天堂の株が急上昇のラインを描き始めたので、あわてて保有している株のひとつを売却して資金にして、任天堂株を手に入れました。自分はその世界にうといのですが、ゼルダの伝説なんとかというソフトが、発売開始後わずか三日間で、世界的規模で1000万台売れたそうです。何百億円という収入があって、これからも売れるそうです。びっくりしました)

 このマンガから情報を教えてもらったお礼として、わたしがこの二年間ぐらいに売り買いをした会社のうちのいくつかをピックアップして披露しておきます。
 証券会社に支払う手数料や税金(手数料にかかる消費税、所得税、地方税。けっこうとられます)も考慮して、得したこともあるし、損したこともあります。
 そのときは調子が良かったけれど、今は調子が悪い会社もあります。でも、先はまた良くなるかもしれません。未来のことはだれにもわかりません。単価は、ひと株あたりの単価です。何株買ったかは秘密ですが、たいした株数ではありません。売った利益で別の株を買ったりもしています。
1 西松屋チェーン 1428.8円→1706円 277.2円↑
2 丸紅 915.3円→1451円 535.7円↑(その後、再購入しています。つい先日、4月11日にアメリカ合衆国から来日していた投資の神さまと呼ばれているウォーレンバフェットさんのインタビューがあってから、この銘柄を含む日本商社株の株価が急上昇しました。含み益が増えました。でも、このあと紹介するUFJがへこんでいますので、トータルでは、それほどの利益はありません)
3 エイベックス 1265.7円→1550円 284.3円↑
4 三菱UHJフィナンシャルグループ 581.8円→773円 191.2円↑(その後、再購入しました。購入した翌日に、アメリカ合衆国のシリコンバレーバンクが破たんして、そのあおりをくらって、UFJの株価は急落しました。ショックです。含み損が出ています)
5 住友金属鉱山 4264円→5235円 971円↑
6 住友化学 523.2円→465円 58.2円↓(失敗しました。決算が悪かった。配当金の額が減りました)
7 ENEOS 440.4円→459.7円 19.3円↑(石油がらみの資源株はむずかしい。ちょっとしたことで株価が動きやすく、うまく運用できませんでした)
8 住友林業 2309円→2642円 333円↑(わたしが楽しみにしているBSテレ東で火曜日に放送されている昔の太川さんとえびすさんのバス旅番組のスポンサーでしたが、4月からスポンサーをおりられたようです。残念ですが、わたしも利益を確定させるために3月に売却しました)(2023年5月23日追記:その後、住友林業株を再取得して保持しています。住友林業の株価の上昇が止まりません。昨日現在1株3165円です。強靭(きょうじん。粘り強い)な力をもった株です。会社を素直に応援する株主さんが多い印象があります。株主さんの質がいい)

 これまでのことをふりかえって思うのは、やはり、企業は決算が大事ということです。
 増収であれば、配当金も増えて、株主が集まります。
 減収ならその逆です。大きなお金が企業から離れていきます。  

Posted by 熊太郎 at 07:12Comments(0)TrackBack(0)株式投資

2023年04月19日

おならをならしたい 鈴木のりたけ

おならをならしたい 鈴木のりたけ 小学館

 タイトルからして、おもしろおかしく楽しいものを期待したのですが、ちょっぴり期待はずれでした。
 以前読んだ同作者の『ぼくのおふろ PHP』と『おしりをしりたい 小学館』のほうが、水準が上です。こちらは、ちょっと質が落ちるかな。おふろとおしりの話はいい内容でした。
 今回の作品は自分に合わなかっただけかもしれません。
 大事なのはちびっこの反応です。
 絵と文章が、期待したよりもわかりにくいです。
 読み手の自分には、笑えないということがあります。

 絵を見ていて、先日テレビで放送された『探偵ナイトスクープ』を思い出しました。昔放送した作品で良かった作品を振り返るという内容で、間寛平さんとスタッフがおならをしたときの肛門の動きを写真におさめるという奇想天外な内容のものでした。かなりおもしろかった。おならといっしょにおならではない、う○こが飛び出してきて、映像では流すことができないので、イラストまんがで放送されていました。ばかばかしいことなのですが、そこまでやるかと、あわせて、人目を気にせず、なりふりかまわず、なんというか、超越(ちょうえつ)した言動があり驚愕(きょうがく)と笑いとともに、ちいさな感動が生まれました。
 人間はなんとしてでも生きていけるのです。
 同じく同番組で思い出した相談内容として、中学生ぐらいの男子のお尻の穴のまわりにたくさん毛が生えていて、その中学生のお母さんが、息子のパンツを脱がせて、ガムテープでなんどもお尻の穴のまわりに生えている毛を抜いてあげて、お尻の穴まわりがきれいになったというものがあります。自分が産んだこどものお尻の穴を見てなにが悪いです。性的な思考はあり得ないのです。
 すごいのです。『探偵ナイトスクープ』という番組は。
 関西パワーに圧倒されます。
 人はなんとしてでも生きていけるのです。
 たしか、自殺の名所福井県東尋坊(とうじんぼう)の崖の上から何度も飛び込む男性という番組内容のときがありました。そうとう高い崖の上から平気で頭から海に飛び込んで、なんと、素手(すで)で、切り立った崖を登って上がって来て、再び飛び込んだりするのです。自殺願望者がそれを見たら驚愕して(きょうがくして)、自殺を思いとどまるかもしれません。
 『探偵ナイトスクープ』は、なんともすごい番組です。

 さて、こちらの絵本です。
 おならの音の考察があります。
 りくつっぽいところが、笑いにつながりません。
 おならの名称の由来があります。音をならすという言葉『ならし』に『お』が付いたそうです。(諸説あり)
 音が出ない時の『へぇ~』は、笑えました。
 おならが出る仕組みの解説があります。人の内臓の絵が出てきます。
 おならの音は、おしりの穴の筋肉が音をつくっている。
 おならとうんちの出し分けの説明があります。
 後半の絵では、複数の家の配置が内臓を表しているのですが、わかりにくいです。
 おならの研究書のような絵本でした。  

Posted by 熊太郎 at 06:27Comments(0)TrackBack(0)読書感想文

2023年04月18日

育児まんが日記 せかいはことば 齋藤陽道

育児まんが日記 せかいはことば 齋藤陽道(さいとう・はるみち) ナナロク社

 この本と同時進行で読み始める本があります。
 『ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと 五十嵐大(いがらし・だい) 幻冬舎』
 ろう(聾):聴力を失っている。耳が聞こえない。
 本の帯に『耳の聞こえない母が大嫌いだった。』と書いてあります。
 コーダ:耳が聞こえない・聞こえにくい親をもつこどものこと。著者の両親は、ふたりとも耳が聴こえないと本の帯に書いてあります。
 その本は、ろうの両親から生まれたこどもさんが書いた本です。
 そして、対比するようにこれから読むのは、ふたりのお子さんをもつ、ろうのご両親のうちのパパが書いたこちらの本です。本の帯にあるメッセージは『毎日は、いつもおもしろい』です。0才と3才のこどもさんがおられます。2018年生まれの長男とあります。そして二男です。
 こどもの立場の人が書いたほうは暗そうな内容、親の立場の人が書いたほうは明るそうな内容です。
 さて、どのような感想になるか楽しみです。

 まず、ページ全体をゆっくり最後のページまでめくってみます。
 絵がいっぱい書いてありますが(マンガ)、言葉もいっぱい書いてあります。
 楽しそうです。
 手話のことが書いてあります。
 いつき:3才3か月。長男
 ほとり:0才2か月。次男
 まなみ:ママ『背中を使って手話でおしゃべり』とあります。どうやってやるのだろう。
 
 昔風の大学ノートの写真です。たくさんの冊数があります。まんが日記が書いてあります。
 文章創作の基本は日記を書くことです。
 『回転と宇宙』『時間』『ぼくたちは手で話す』
 会話は手話です。(こういう世界があるのか。手話による子育てです)
 『こどもを「通訳者」にさせない』
 力作の本です。
 こどもさんは、しゃべることができます。
 『おかあさん 33さいおめでとう』
 東日本大震災のことが出てきました。最近読んだ『君のクイズ 小川哲(おがわ・さとる) 朝日新聞出版』それからさきほど紹介した『ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと 五十嵐内(いがらし・だい) 幻冬舎』にも出てきます。地震のことが重なりました。不思議です。

 旧優生保護法のことも『ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと 五十嵐内(いがらし・だい) 幻冬舎』に書いてありました。

 祖父母の存在は大事そうです。

 絵本の本読みが始まります。
 でも親の口からことばが出てきません。出てくるのは『ぱん』という単語だけです。それでもこどもさんは大笑いします。
 
 旅行好きです。熊本県へ行って、高知県へ行って。
 沖縄行って、石垣島にも行って。飛行機に乗って。
 こどもにはいろんな体験をさせておくと、将来こどもの役にたちます。
 まだちびっこですが、なんども飛行機に乗っています。
 
 ページをめくり続けて、最後のほうのページ近づいてようやく気づいたことがあります。
 見開き2ページの左側のページの端に、西暦と日付が書いてありました。
 本のタイトルどおり、まんが日記でした。
 なんだか、すごいなあ。

(2回目の本読み)

 育児まんが日記ですから、本のつくりは、日記です。
 2019年(平成31年・令和元年)1月から始まって、同年8月で終わっています。

 パパ 齋藤陽道(さいとう・はるみち):1983年生まれですから、この日記のときは、35歳です。
 ママ 森山麻奈美(もりやま・まなみ):1986年生まれ。日記のときは、33歳です。仕事をもつママですから旧姓を使用しているのかもしれません。ご実家は家族みんながろう者だそうです。
 いつき:長男。日記のときは、3才2か月
 ほとり:二男。0才1か月。日記のときは、あかちゃんです。

 『ことば』にこだわる本です。
 耳が聴こえない両親です。会話は手話でします。
 意思を伝えあうために『ことば』にこだわります。

 日本手話:日本語とは異なる言語。手指の動き、速さ、視線、表情、からだの動きに意味あり。(別の本で、手話にはふたつあって、生まれながらに耳が聴こえない人が使う手話と、後天的に耳が聴こえなくなった人や健常者の人が使う手話は異なると読んだことがあります)
 こちらのまんがでは『日本語対応手話』と『日本語手話』というようにイラストで説明があります。

 CODA(コーダ):Children of Deaf Adults 聞こえない親をもつ、聞こえる子。
 『ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと 五十嵐内(いがらし・だい) 幻冬舎』でも同じ説明があります。そちらの本の内容は、かなり暗い。泣いている顔があります。対して、こちらのまんが日記は明るい。家族に笑顔があります。

 指文字を使って、我が子をあやすそうです。
 こどもさんは、手話と指文字と日本語を同時に覚えていくそうです。(すばらしい)
 こどもさんの耳が聴こえて、こどもさんが、言葉を話すことがうれしいそうです。(胸にじんときます)

 おならをしたら、各自は手をあげて、みんなに自己申告するそうです。(いいなーー)

 あかちゃんのほとりさんが、手を「ぐっぱぐっぱ」するのは、「おっぱいください」のお願い指文字だそうです。

 イラスト入りの「指文字」がなかなかおもしろい。漫才やコントのネタになりそうです。
 右手の親指と人差し指で輪をつくると、それが太陽で(お金を表すような形)、左手のてのひらの右側を下へ動かすと日が暮れるという意味です。
 右手の輪っかだけを上にあげると「明るい」(なるほど)
 こどもさんがその動きをします。(こどもは頭がいい)

 家族同士が「手」で話すのです。(すごいなーー)
 3歳の長男が、0歳の二男を指文字であやします。
 指文字は、スキンシップです。
 
 ろう者である祖母が、指文字で「あいうえお」を教えます。
 
 不思議です。言葉を話すことができるこどもさんが、あえて、言葉を使わずに、指文字でコミュニケーションを図ります。
 数字も指文字で覚えます。

 『教育のしかた』について、深く考えさせられる本です。

 こどもさんが、節分の『鬼は外』を指の言葉で表現します。
 片手の5本指であごをつまむのが『ふく(福)』両手で屋根をつくるのが『うち(家)』福は内。そして、手を前に出すのが『鬼は外の』豆まきです。

 感動した時の涙の表現のしかたが、非凡で納得できました。
 両手それぞれ、つまんだ形の5本の指を頬のあたりから頭の方向へ上げていく。
 涙というのは、目もとから下方向へ指を動かすものと思っていましたが、感動した時の涙は逆で、感情が下から上へこみあげてきてこぼれるものなのです。つまり『感動の涙』なのです。

 『はやく!』は、親指と人さし指をつけて、びゅっ!とななめ下に動かしながら、すばやく逆方向へ動かして、指でピストルの形をつくるそうです。
 パパは、効率優先の資本主義社会(お金獲得目的の競争社会のことです)がイヤだと反発しています。

 年齢を表すときの指文字です。
 ぼくは3才は、右手で三本指、おかーさんの年齢は、右手を3本、左手を3本立てて並べて33才と表現します。

 あかちゃんの誕生を表現する手の動きです:両手を胸の前で迎え合わせにして、斜め下に「ハ」の字を描くように下げる。

(つづく)

 2019年(平成31年)1月30日水曜日から同年3月31日日曜日までを読みました。
 なかなかいい本です。今年読んで良かった一冊になりました。

 デフファミリー:家族メンバーの全員が、聴覚障害者である家族。こちらの本の家族はそうではありません。三十代の両親は聴覚障害者です。乳幼児の長男と次男は耳が聴こえます。
 同調圧力:自分たち家族が強く生きていくためには、同調圧力に屈しない姿勢が大切とおっしゃられています。みんな同じが正しいという考え方は、場合によっては、間違っているときもあるのです。

 ご夫婦が、ハグをしながら、お互いの背中に手を当てながら手話をされて意思疎通(いしそつう)を図られます。(はかられます)。すごいなあ。
 相手の顔を見なくても会話ができます。
 
 ご夫婦の出会いの話があります。
 高校生です。
 だんなさんは、鋭くて怖い目つきで、とんがっていた。奥さんの目は死んでいた。5年ぐらい付き合って、だんなさんは丸くなった。奥さんのおかげだそうです。

 こどもさんは『表情』が言葉になる。

 『もしネアンデルタール人が生き残っていたら手話がもっと主な言語になっていたかも……』
 そうか、たぶん、人類が言葉を発する前段階として、手話による会話があったに違いない。

 耳が聴こえずに生れてきた人が、成長過程で『音』の存在を知った時、『言葉の存在と意味』を知った時に受ける心の視界がぱっと広がる感覚がステキでした。

 3歳のいつきさんは、はだしが好きで、くつしたもシャツもズボンもパンツも脱いでしまいます。
 草や土や川沿いの感触を楽しむのです。
 すっぱだかで、世界にあるものを体感したい。
 そして、いつきさんは、すべりだいからのジャンプで骨折してしまいました。
 (小さなこどものケガや事故はつきものです。一瞬のことで起きるので防ぎきれません。親ならたいていの人が体験していると思います)
 
 SNS(ソーシャルネットワークサービス)のアプリケーションソフトが、聴覚障害者の生活をより良い方向へ導いてくれているというようなお話があります。
 耳が聴こえないといろいろと不便なことが多い。
 病院での呼び出しが聴こえないそうです。福祉機器に呼び出しの振動ベルがあるそうです。
 (本では、このあとのページで、東日本大震災のときに聴覚障害者として困ったことがあったと書いてあります。非常事態発生時に、障害者はおいてきぼりにされてしまいます)
 
 『音声文字変換&音検知通知』というAndroidスマホのアプリケーションソフトがあるそうです。

 救急車や消防、警察を呼ぶためのものとして『NET119 緊急通報システム』というものもあるそうです。

 コロナ禍では、マスクをしている人たちの口元を見て、何を言っているのか判断できなくて困ったことでしょう。口の動きで言葉がわかるそうです。

 読んでいてあれっと思うのは、パパさんは、こどもさんの名前に『さん』づけでこの本に書いています。こどもの名前を呼び捨てにしたり、愛称で呼んだりする親もいるなかで、違和感があるのですが、相手の人格をきちんと認めた『さん』づけで感心しました。

 パパとママの本業(職業)は、写真家です。
 写真を中心において、コミュニケーションを図ります。

 この本の成り立ちについて書いてあります。
(わたしが思うに、創作の基本は『日記』です)
 最初のこどもさんが生れて、パソコンで日記をつけ始めた。
 日記のデータを誤って消してしまった。バックアップはない。(ありがちです。バックアップはとりましょう)
 紙ノートに日記をつけ始めた。
 途中から、まんが絵日記を書くようになった。

パパは、障害者プロレスをやるそうです。元気です。

(つづく)

 優生保護法の話が本に出てきます。(不妊手術。人工妊娠中絶)
 障害者の関係ではありませんが、昔見た洋画のシーンを思い出します。
 男性同僚ふたりの会話です。ふたりともパイロットだったという記憶です。映画のタイトルは思い出せません。飛行機の操縦室の中でのふたりの会話でした。
 『こどもが何人もできてしまって、生活が苦しくなってきて、妊娠したこどもを中絶するかどうかで、もめたことがあるよ(妊娠している子を人為的に排出して産まれないようにする)』
 『そうか…… それで、どうしたんだ……』
 『中絶はしなかった』
 『そうか』
 『何人もいるこどもの中で、そのときに生れてきた子が一番可愛いよ』
 
 こどもはどういうわけか『恐竜』が好きです。
 恐竜に関する手話が出てきます。『むかーしむかし おおむかし』を両手で表現するのです。むかーしむかし、おおむかし、きょうりゅうがいたのです。

 お子さんの絵を見ていて迷うのですが、長男さんの顔が女子に見えるのです。でも男の子です。
 
 著者が、昔、おこなった活動のひとつとして『2015年に仙台の映画館で男性と「筆談トーク」をした』
 そのときの相手の言葉として『オレは男だけど、赤ちゃんが産めるんだったら、そうしたいと思うよ』その言葉に共感した著者がいます。
 4年後、ふたりは、女装をして筆談トークをします。(こどもを産めるようにとの願望が感じられます)
 なんだか、すごい。

 おかたし:「おかたづけ」のこと。かわいい。

 ラップの芯と(しんと)、玩具の人形を1.5メートルくらいのひもでつないで、ドアの上部ごしに、おトイレの中と外で分けて、トイレが終わったら人形が動いて、トイレの終了がわかるというシステムがおもしろかった。(トイレのカギがないようです。耳が聴こえない。声が出せないことでのアイデアです。用を足しているときにドアを開けないでということだそうです)

 こどもさんが走り回る音が、近所迷惑になるのではないかとたいへん心配されていますが、ご本人は聴覚障害者なので音が聴こえません。
 平屋の借家を選択されて成功されています。

 まんが絵日記に書いてあることで、自分にも覚えがあるのですが、仕事が休みの朝に、遅寝して、おふとんの上でちびっこたちも含めて家族みんなでくっつきあって、だらだらしながらおしゃべりをして、そんなことに幸福感を感じた時期がありました。

 『間(ま)』について書いてあります。手話にも『間(ま)』があるのです。
 感情表現において『間(ま)』は大事なのです。

 ゲージ:長さや重量を測定する器具

 小学生の時の意識として『聞こえる人のほうがえらい』があったそうです。
 (そんなことはありません)

 寝言を言うように、眠りながら手話で言葉を出すことがあるそうです。寝手話です。初めて聞きました。手話でなんでもできます。

 熊本の話が出ます。わたしか訪れたことがあるところもいくつか出てきます。阿蘇山のあたりです。
 (その後、一家は、熊本県へ引越しています。ろう者の家族として暮らしやすい場所だと判断されたそうです)
 こどもたちがのびやかだった。(私立学校です)手話も音声も身につけることができるとあります。
 おふたりのお子さんふたりは、聴文化(ちょうぶんか。聞こえる文化)とろう文化(聴こえない文化)の間を行き来しながら生きていく。
 教育のやりかたです。
 こちらのまんが絵日記の著者は、ろう者ですが、小学校・中学校は、補聴器をつけて(すべての音が雑音に聞こえて苦痛だったそうです)普通学校に通われたあと、高校は、ろう学校に進学されています。ご本人は、最初からろう学校に通えば良かったという感想をもたれています。
 もうひとつ、同時進行で読んでいる『ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと 五十嵐内(いがらし・だい) 幻冬舎』に出てくるお母さんも両親の考えで普通学校に通われてその後苦労されています。
 障害がある人は、専用の学校に通うのが本人のためと思われる内容です。

 熊本の方言のことは出てきません。
 ろう者であるので、方言という感覚はないのかもしれません。
 2020年(令和2年)12月に熊本へ移住されています。引っ越しは、ご主人は、自家用車で20時間のドライブでした。こどもたちは飛行機で行かれたようです。

 ちびっこたちは、まだ3歳ぐらいですが、何度か飛行機搭乗体験をしています。
 思うに、こどもの勉強は問題集を解くことに加えて、いろいろな体験をさせてあげることです。こどもは体験から多くのことを学びます。いいときもあるし、いやな思いをすることもあります。なにごとも二面性があるのです。そんなことを学びます。

 1歳ぐらいのほとりさん(二男)も毎日新しい手話を覚えて、見せてくれます。すごいなあ。

 音がある世界と音がない世界を体験するコーダ(聴覚障害者のこどもで健常者)は、緊張があって疲れるそうです。

 このまんが絵本の文章は普通に書いてあります。
 読みやすい。
 聴覚障害者の方が書く文章はいかようなものかと思いながら読んでいます。
 親の立場として、ほかの子と同じようになってほしい、してほしいという気持ちがあります。
 だけど、違うのです。いいとかわるいとかではなく、著者の文章を読んでいると、実態に合った教育をしてほしい。それがこども自身のためになるのです。
 著者は、小中学生、高校生のころ、補聴器を付けて無理に聴こえない音を聴こうとして苦しんでいました。著者は、二十歳の誕生日で補聴器を付けることをやめました。楽になれました。

 ご長男『樹(いつき)』さんの名付けの由来が紹介されています。
 沖縄石垣島で著者が見たガジュマルという木からきています。地に足を付けて育ち美しく輝く存在になる。

 本を読みながら考えたことです。
 人は、18歳になれば、自分の好きなところに住むことができます。(居住地選択の自由です。たしか憲法に書いてありました)
 自分も九州にいた高校2年生の時に今のこの地に住むことを決めました。社会科が好きで、それまで、日本各地のことを調べたり、訪れて現地で体験をしたりしました。東海地区は、どこも製造業主体の町で、おもしろみはありませんが、経済的には安定した地域です。生まれてから結婚するころまで貧しい暮らしで苦労体験をした自分は、ここならお金の心配をせずに子孫代々暮らしていけると判断しました。不動産や物価が高い東京は、たまに遊びに行くだけでいいと割り切りました。正解だったと思います。
 著者も自分たち家族にとって暮らしやすい町を選択されています。著者は、わたしとは逆で九州の地を選択されました。人それぞれです。

 ろう者向けの育児書がなかった。
 ネットにもなかった。
 だからということでもありませんが、自分でこの本をつくったそうです。
 たくさんの人の協力があったことに感謝されています。
 本一冊つくるのにもたいへんな苦労がともないます。

 同時進行で読んでいた別の本も読み終えました。
 『ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと 五十嵐内(いがらし・だい) 幻冬舎』
 そちらの本の表紙カバーの写真を撮影されたのが、こちらの本の著者斎藤陽道(さいとう・はるみち)さんであることが、読んでいたそちらの本の終わり近くでわかりびっくりしました。
 思えば、ろう者の狭い世界であることから関係者同士が出会うこともあるのでしょう。濃密な人間関係のなかで生活されている人たちだという感想をもちました。  

Posted by 熊太郎 at 06:42Comments(0)TrackBack(0)読書感想文

2023年04月17日

ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と…… 五十嵐大

ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと 五十嵐大(いがらし・だい) 幻冬舎

 ろう(聾):聴力を失っている。耳が聞こえない。

 本の帯に『耳の聞こえない母が大嫌いだった。』と書いてあります。
 コーダ:耳が聞こえない・聞こえにくい親をもつこどものこと。著者の両親は、ふたりとも耳が聴こえないと本の帯に書いてあります。
 暗い内容の本に感じました。これから読み始めます。

 わたしの読書習慣のパターンです。
 複数の本を同時進行で読みます。
 ときに複数の本の内容を合体させたりして、頭の中で、この世にない本を想像して楽しんだりしています。
 たいていは、三冊を同時進行で読んでいます。ひとつめは、こどもさん向けの絵本のたぐいです。気に入った絵本に出会った時は、自分の孫や親戚のちびっこたちにプレゼントしたりもします。
 ふたつめは、実用書です。日常生活のことに関する本を読みます。
 みっつめが小説です。

 こちらの本は、耳が聴こえない両親をもつこどもさんが書いた本です。
 内容は暗そうです。
 もう一冊類似のもので読み始める本があります。
 『育児まんが日記 せかいはことば 齋藤陽道(さいとう・はるみち) ナナロク社』です。
 耳が聴こえるこどもをもつ耳が聴こえなくて手話で話す両親のうちのパパが書いた育児まんが日記です。内容は明るそうです。
 本の帯には『毎日は、いつもおもしろい』と書いてあります。手話で話す両親と、0才と3才の健常者であるこどもたちの『ことば』の成長と発見を描いた育児まんが日記!と書いてあります。
 本のカバーにあるこどもさんの姿を描いた絵は優しい感じがします。
 
 今回は実用書の部類としてこの本を読むのですが、まず、自分の実用書の読み方として、わたしはページ全部を最初から最後までゆっくりめくりつつ、書いてある中身を確認します。
 
 著者は、ろうあ者の両親のもとに生まれて、いつもひとりぼっちだったそうです。
 第一章から第五章まで、第一話から第三十話まであります。
 お母さんのことで情けない思いをされたようなことが書いてあります。
 親には学校に来ないでほしい。
 自分の親が恥ずかしい(はずかしい)とあります。けっこうつらい言葉です。親が聞いたら泣きます。

 仙台という地名が出てきました。
 昨年秋に訪れました。
 大都会で驚きました。

 『障害者のこどもになんてなりたくなかった』とあります。
 わたしはこどものころ、お酒飲みの父親のこどもになんてなりたくなかったと思ったことがあります。
 それぞれ事情があります。
 しかたがないのです。
 いったん受け入れて、おとなになったら自立と自活をめざすのです。
 そして、自分が理想とする家庭を築くのです。
 みんな苦労しています。
 人生は長いから、今ある困難が永久に続くわけでもありません。

 大学にいくことをあきらめざるをえなかったとあります。
 わたし以上の世代には、学力があっても家にお金がなくて、進学をあきらめたり、定時制高校や夜間の大学で、働きながら学んだりした人がたくさんいました。
 そんな人たちが中小企業などに入って、しっかり働いてがんばって、日本の社会を支えてきたから、日本の経済が発展したのだと思っています。
 大学へ行ったからといって仕事での成功が約束されるわけでもないし、大学を出ていても働いていない人はたくさんいます。希望する職業に必要な資格の取得が目的なら大学進学は理解できますが、そうでないのなら、大学に行けなかったからといって、親をうらむのは筋違いです。

 障害者夫婦がこどもをつくることが書いてあります。
 強い決断がいりそうなことです。遺伝の不安と障害者の夫婦に子育てができるのかという課題があります。

 全部のページをめくり終わりました。
 211ページある本です。
 著者は1983年生まれで、宮城県出身です。健常者です。ご両親がろう者です。
 この文章のはじめのほうで紹介した本『育児まんが日記 せかいはことば 齋藤陽道(さいとう・はるみち) ナナロク社』の作者であるパパは、ろう者で1983年生まれです。奥さんもろう者です。こどもたちふたりは健常者です。人生いろいろです。

(2回目の本読み)
 著者の父親:後天性の聴覚障害者。幼少期の病気が原因で聴覚を失った。
 著者の母親:生まれつき音を知らない先天性の聴覚障害者

 CODA(コーダ):Children of Deaf Adults 聞こえない親の元で育った、聴こえるこどもたち

 『いつも、ひとりぼっちだった。』から始まります。この言葉が、著者の人生の前半を占めていきます。(しめていきます。時間を埋めていく)

 自分の生れた家の家庭環境をうらむ部分を読んで、こども時代というものは『そういうものかもしれない』と思いました。
 他人同士お互いに知らないだけで、子育てに快適で満足な生活環境の家庭に生まれてくるこどもの数というのは少ないと感じています。お金持ちの家や家柄のいい家に生まれたとして、それはそれで苦労があります。
 どこの家もポンコツ一家です。親族を広げれば変な身内がいないこともありません。
 先日読んだ『ポンコツ一家 にしおかすみこ 講談社』では、おかあさんが認知症、お姉さんがダウン症、お父さんはお酒飲み、にしおかさんはSM女王キャラクターの芸人さんです。読んでいて、なかなかハードなものがありました。
 ろうの両親のこどもに生まれてしまったというこちらの本を109ページまでいっきに読んで、著者は、人の目を気にしすぎる人だと思いました。
 一般的に、人が関心をもつのは自分のことで、他人のことには興味がありません。
 著者は、被害者意識が強い人です。人目(ひとめ)を気にすることはありません。恥ずかしいと思うことはありません。人はそれほどあなたを見ていません。
 こどものころに、自分は家庭に恵まれず不幸だと思っていたことが、歳をとってみて、あのときはあれで良かったのだと思える時があります。
 わたしは、気が短くて、仕事が長続きしないお酒飲みの父親のこどもとして生まれてきて、こどものころは、たいそう苦労しました。父親は職場でケンカして仕事を辞めてきて、転職してのくり返しで全国各地を転々と引っ越しばかりして、小学校は6校、中学校は3校通いました。わたしは自分がとんでもない家に生まれてきてしまったと腹が立ちましたが、六十代になった今思うと、あのこども時代があったからこそ、これまで精神的につぶれることもなく、さまざまな体験が自分を支えてくれて、つらいことがあってもくじけずに働けて、穏やかな(おだやかな)老後を迎えることができたと判断しています。暴れん坊の父親もわたしが中学のときに病気で亡くなってしまいました。もう遠い昔のことです。

 本読みの感想の続きです。
 宮城県の仙台から電車で30分ぐらいのところがご実家のようです。
 仙台あたりは、昨年晩秋に観光で訪れた場所であるので、親近感が湧きます。
 著者の家の窓から港が見えるそうです。
 4人家族で祖父母がおられます。祖父は元ヤクザの暴れ者とあります。お酒を飲んで暴れるそうです。昔はそういう男が日本各地にけっこういました。祖母はとある宗教の熱心な信者です。夫が壊れると家庭が荒れるので、妻が宗教にすがるということは、しばしばあります。
 
 ご自身が小さいころは、母親の耳が聴こえないということは、なんの問題もないと思っていたそうです。
 耳は聞こえないけれど、目の観察力が良かった。お母さんは有名人をはじめとした身近な人の物まねが得意だったそうです。
 読んでいて、すごいなあ。すごい体験です。なかなかできません。

 きれいな文章です。ご本人の文章作成能力もあるのでしょうが、編集者の手助けもあるのかもしれません。

 祖父母は障害をもつ子の親の気持ちとして、養護学校ではなく、著者の母親を普通学級に通わせた。そのことで、母親は言葉をわからないままに育つことになった。
 むずかしいものがあります。平等とはと考えると普通学級がいいのでしょうが、こどもさんの未来を考えると専用の教育を受けたほうがいいのでしょう。

 次に書く内容は、手話のことです。
 大丈夫だよ:そろえた右手の指先を左胸にあてる。それを、ゆっくり右胸へと動かす。
 次は、著者の母親が発する言葉です。
 おういあね:よく来たね(こどもである著者の友だちが家に遊びに来たときにかけた言葉です)
 おうど:どうぞ。
 あいちゃん:大ちゃん(著者のこと)
 
 著者は、人に対して『(母親は)耳が聴こえないから、仕方ないんだよ。』と言えないこどもでした。
 著者は、もう少し、気を強く持って生きていけたら、悩みを小さくできたような気がします。
 なにくそ! コンチクショー 負けてたまるか! という気迫は、生き続けていくために必要です。

 本の中の著者は小学4年生です。
 学校で『手話クラブ』をつくります。
 小学校時代の思い出話が続きます。
 苦労話です。
 
 近所に住む嘘(うそ)をつくおばあさんが出てきます。
 ずいぶん昔のことですが、わたしにも体験があります。
 世の中には、嘘つきのおばあさんがいるのです。
 ひどい人です。認知症とは思えませんが、その気配はあるのかもしれません。
 ありもしないことをあるがごとくに、自分が善良な被害者であるようにつくり話をするおばあさんに出会ったことがあります。びっくりしました。情(じょう)のある正直者の男性は、ひ弱そうに見えるおばあさんの言葉に簡単にだまされます。自分は、そうやってだまされたお年寄りの男性に怒られたことがあります。(おこられた)。だけど、そんな事実はないのです。本当に、びっくりしました。

 人を差別する人もけっこういます。
 学歴差別をする人がいます。
 まさか、この人がというような人が、裏では厳しい差別をする人だったりもします。
 人間の表(おもて)と裏(うら)は違います。
 女性蔑視(べっし。見くだす)の男性もいます。妻を家政婦扱いする男性を見ると、不快な気分になります。
 著者は障害者差別に直面しています。
 47ページあたりは、人間の強さと弱さ、もろさが表現されています。
 自分を差別した人間を許すことで、笑顔が生れています。

 本の中で、著者は中学生になりました。
 この年齢は、むずかしい時期です。
 母親への反発、反抗があります。
 一番苦しいのは、耳が聴こえないお母さんです。
 
 お母さんの補聴器が20万円しました。
 中学生である著者が高すぎると怒ります(おこります)。
 お母さんは、息子である著者の声を聴きたかったから高い補聴器を買ったのです。
 息子が、どんな声をしているのか知りたかったのです。
 そういうことは、お金の問題じゃありません。
 自分や家族の世話をしてくれる人には、たとえ高くても、お金は使うものです。

 著者と同じように聴覚障害の両親をもつ同級生女子が登場します。
 彼女は両親の聴覚障害を隠しません。あっぱれです。
 
 高校進学の時期が来ました。
 祖父母も聴覚障害者の両親もこどもの高校進学の相談相手になるだけの実力と経験がありません。
 ここまで(76ページ)まで、読んできて思うのは、著者に友だちがいません。
 この本の冒頭にあった言葉『いつも、ひとりぼっちだった。』が思い出されました。先生のフォローが必要です。(不足を補う行為)
 著者はひっそりと隠れるように毎日を送っています。
 78ページに『障害者の子どもになんてなりたくなかった』という項目が出てきました。

 塾の話が出てきました。
 わたしは、親の立場として今思うのは、塾に行ったからといって、成績が上がるものではない。
 こどもたちを塾に通わせましたが、効果があったとは思えませんでした。友だちづきあいの延長だっただけです。
 わたし自身は塾には行ったことがありません。当時住んでいたいなかの町には塾はありませんでした。

 著者の高校受験は失敗に終わっています。
 すべり止めの高校に入学しましたが、学力面で授業についていけません。
 こどもが受験で第一志望校に不合格になると、こどもは荒れます。

 著者は自分の高校受験不合格が、貧しさとか、聴覚障害者である親のせいだとしたのですが、そんなことはありません。
 わたしが歳をとって思うには、テストでいい点をとる能力というのは、家の貧富とは関係ありません。貧乏人の家でも学力優秀なこどもはいます。生まれつき問題を解く脳みそのできがいいのです。ただ、一芸に秀でた(いちげいにひいでた)人は、その一芸以外のことはできなかったりもします。

 著者は大学進学をあきらめています。
 芸術系の大学進学を希望されています。
 芸術系の大学の学費はとても高いです。
 そのことを最初、著者は気づけていません。
 そして、芸術系の大学を出たからといって、就職が安定しているわけでもありません。
 世間知らずの著者です。

 電車の中で、複数のおとなのろうあの人たちが手話をする光景はたまに見かけます。
 電車の中で、聾学校の生徒さんたちの姿も見かけます。
 変だと思ったことはありません。
 著者は、その光景が変で、イヤだと思っていたそうです。
 著者は、人の目を気にしすぎです。
 自分に自信がないから、人の目を気にして、いつもオドオドしているような弱い人間に思えます。

(つづく)

 同時進行で『育児まんが日記 せかいはことば 齋藤陽道(さいとう・はるみち) ナナロク社』を読んでいるのですが、内容の趣は(おもむきは)こちらの本とは、だいぶ異なります。
 なんだろう。『聴覚障害者が快適に生活できるための教育』があるか、ないかです。障害者に限らず、教育の有無で、人生の送り方が変わってくるという気づきがあります。
 育児マンガのほうは、三十代のご両親がろう者で耳が聴こえません。言葉もうまく出ません。そのおふたりのこどもさん3才長男と1才近い次男は、耳が聴こえて、言葉も発します。
 じょうずに子育てをされていて、こどもさんは、日本語の言葉と指文字と手話を使ってご両親と会話を楽しんでおられます。あわせて、顔の表情で感情を伝えるということもあるのでしょう。
 将来が楽しみなおふたりのお子さんたちです。きっと将来は、社会に貢献してくれるお子さんに育つことでしょう。
 対して、こちらの本の著者のこども時代はつらい。高校進学先の相談をしたくても、ろう者のご両親には頼りづらい。祖父母については、高校進学の考え方が時代錯誤でアドバイスにならなかったようです。

 こちらの著者は、高校をなんとか卒業されて、母親を捨てる気持ちをもちながら東京へと旅立ちます。仙台駅発の新幹線でしょう。母親とのせつない別れがあります。
 思春期のころの著者にはマザーコンプレックスの気配があります。そして、心が屈折しています。母親の温情がわからないばかたれでもあります。親の気持ちは、親になってみないとわからないということはあります。
 マザーコンプレックス:母親に対する愛着と執着がつよい。

(つづく)

 124ページ。第四章『コーダに出会う』からです。
 今同時進行で読んでいる『育児まんが日記 せかいはことば 齋藤陽道(さいとう・はるみち) ナナロク社』に登場している、ろう者同士の夫婦のお子さんである3才長男ともうじき1才の次男に出会うようなものですが、なにせそちらはまだ小さい。
 聴覚障害者のこどもさんが、コーダですから、こちらの本の著者とさきほどの本のちびっこたちもコーダです。

 本の中では、著者と他人である聴覚障害者たちとの出会いがあります。
 手話と手話で話すのですが、言葉が通じると、心が通い合ったり、気持ちが通じたりします。ステキなことです。
 同時進行で読んでいる『育児まんが日記 せかいはことば 齋藤陽道(さいとう・はるみち) ナナロク社』では、3歳と0歳のちびっこたちが、生まれてすぐに聴覚障害者対応の教育を受け始めています。
 こちらの『ろうの両親から生まれたぼくが……』のほうの著者は、25歳からようやく聴覚障害者対応の教育に取り組み始めました。遅いスタートになりましたが、一生何もやらないよりはましです。
 著者は、聴覚障害者のお子さんから『コーダ』の意味を教えてもらって、初めて『コーダ』という言葉を知ります。
 そして『……ぼくは決して孤独ではなかったのだ。』という自覚が芽生えます。(日本国内には推定2万2000人のコーダがいる)

 耳が聴こえない人たちのお誕生日会があります。
 あっぴーあーすでぃうーゆー:ハッピバースディトゥユー
 拍手を表す手話:両手を上にあげてヒラヒラさせる。(音はしません)
 ステキです。

 東日本大震災が、著者の実家がある宮城県を襲ってドタバタ騒ぎがあります。
 耳が聴こえない両親と老齢の祖父、認知症の祖母がいる世帯ですから心配です。
 その後の経過のなかで、祖父が亡くなり、祖母が亡くなり、家族の数が減っていきます。
 昔話のことで、障害者同士が結婚した夫婦は、遺伝で障害を持つこどもが生れてくる可能性があるから結婚してもこどもをつくってはいけないというような話が出ます。つまり、著者は、この世に生まれてくることはなかった人間だったかもしれないということです。

 158ページあたりは、涙なくしては読めないような内容です。
 今年読んで良かった一冊になりました。
 今の年配の世代の人たちは苦労されています。
 ようやくできたこども(著者)に差別される障害者夫婦です。
 著者に後悔と反省が生まれます。
 身内とか、親族というものは、なるべくいっしょにいる時間をもって、むだ話をしているだけでいいのです。

 『第五章 母親との関係をやり直す』が始まりました。
 介護の苦労があります。
 介護の苦労は介護の体験をした者にしかわかりません。
 介護の苦労から逃げる親族もいます。
 本では、障害者に対する健常者がする間違った対応について書かれています。
 障害者が自分でできることを健常者は奪わないでくださいです。
 「自分でやれることは自分でやります」です。
 
 親を聴覚障害者にもつ高校野球選手の取材話が出ます。
 
 本が始まったころにあったトゲトゲした、グルグルした、クチャクチャした状況が、本の最後のほうに近づくようになって、ゆっくりほぐれていきます。ぼんやり丸くて柔らかな(やわらかな)玉になっていくようです。

 あとがきではあの頃のぼくに戻ります。
 『いつも、ひとりぼっちだった。』です。

 209ページでびっくりしました。
 この本と同時進行で読んでいた『育児まんが日記 せかいはことば 齋藤陽道(さいとう・はるみち) ナナロク社』の斎藤陽道(さいとう・はるみち)さんのお名前が出てきました。
 こちらの『ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと 五十嵐内(いがらし・だい) 幻冬舎』の本のカバーの写真を斎藤陽道(さいとう・はるみち)さんが撮影されたそうです。斎藤陽道(さいとう・はるみち)さんの本職は写真家です。
 カバーの写真を見ました。少年が、大きな葉っぱを持って自分の顔を隠しています。
 葉っぱには、両目と鼻の穴として4か所に穴があけられていて、その葉っぱをお面(おめん)にして、少年が写真におさまっています。
 少年の片目の瞳は見えていますが、もう片方の目は見えていません。少年の目つきがいい。
 片方見えて、片方見えていないという世界を表現してあります。
 聴こえる世界と、聴こえない世界を重ね合わせてあるのです。
 秀逸です。
 二冊の別々の本を同時に読んでいて、最後に作者同士の出会いのシーンがあって、びっくりしました。  

Posted by 熊太郎 at 07:03Comments(0)TrackBack(0)読書感想文