2021年10月15日

くろねこのほんやさん シンディ・ウーメ

くろねこのほんやさん シンディ・ウーメ 文・絵 福本友美子 訳 小学館

 作者は台湾の女性です。
 童話は日本語に訳してあります。

 表紙と裏表紙には、たくさんの猫とこどもたちが読書をしている絵が描いてあります。
 猫カフェみたい。

 いろんな姿、形をしている猫たちです。
 そのなかで、主人公となるのが、黒い猫です。

 いろんなねこたちです。おばあちゃん猫、おじいちゃん猫、パパ猫とママ猫、きょうだい猫、それぞれ仕事がありますが、黒い猫は本を読んでいるだけです。
 ページを次々とめくっても、黒い猫は本を読んでいます。黒い猫の趣味は読書です。

 黒い猫は、読書と同じく散歩が好きだそうです。
 黒い猫は、散歩がきっかけで、バイオレットという人間の女の子がいる本屋で、手伝いをすることになりました。
 
 以前、「図書館ライオン」という本を読んだことを思い出しましたが、今回は、本屋さんです。
 図書館は、無料貸し出しですが、本屋さんは、有料販売です。
 自分は、本は、なるべく買うようにしています。
 出版社や本を書く人たちを応援するために資金を提供したいのです。

 黒猫さんは、本屋の手伝いをしていくうちに、仕事の段取りを身に着けていきます。
 そうじをして、整理整とんをして、問屋に注文を入れて、店内の雰囲気づくりをします。

 いまどきは、リアルな本屋が減ってきています。ネット販売が主です。
 また、紙の本の売れ行きが落ちて、電子図書の販売が伸びています。

 絵本の中のお話のほうは、天候が悪化して、大雨で洪水の被害が出始めました。
 絵がていねいで細かい。
 大雨と水道管の破裂が結びつかず、物語の展開が頭にピンときません。
 不思議な水害です。
 
 助けあいがあります。
 いろいろありますが、おとなが読んだ感想とは違って、この本を読んだこどもたちは、おとなとはまるっきり別の感想をもつような気がします。
 こどもたちが集まる本屋には、きれいなお花がたくさん飾られています。
 メルヘンです。(空想物語。おとぎ話、童話)
 
 見開き2ページに、本を読むこどもたちと猫の姿がいっぱいに描かれています。
 電子書籍が広まってきた今、紙の本を大勢で読んでいるというだんだんみられなくなっていく光景です。
 時代はデジタル化ですが、児童書は、紙の本として残ってほしい。
 複数人が一冊の本を囲んでの読み聞かせも読書です。
 複数人でわいわいがやがややりながら、物語をつくるのも読書です。
 紙のぬくもりを感じながらの読書でした。  

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2021年10月14日

妖怪大戦争 邦画 2005年公開

妖怪大戦争 邦画 2005年公開 fuluフールー動画配信サービス

 この映画のきっかけになった作品が、1968年の同名の映画だそうです。自分は小学生でした。近所のこどもたちといっしょにその映画を見に行きました。女性の首がにゅーっと長く伸びるろくろっ首とか、唐傘お化け(からかさおばけ)のシーンは、今も脳裏に残っています。
 2021年の今、新しい作品が映画館で上映されているようですが、コロナ禍になってから映画館からは足が遠ざかっています。

 気の弱そうな少年タダシが、善良な妖怪たちを味方にして、悪霊妖怪団と戦います。

 最初のうちはなかなか怖い。
 だんだん妖怪が可愛らしく見えてきます。
 「スネコスリ」という妖怪は、最初はネコのように見えますが、だんだんウサギのような雰囲気に変化していきます。ペットのようです。
 和風な妖怪たちです。どこかで見たようなタレントさんのお顔が次々と出てきます。
 もう亡くなったタレントさんもいますし、いろいろ事情があって、表舞台に出てくることができなくなったタレントさんもおられます。2005年ですから、今から16年前の作品です。

 昆虫のような妖怪もいます。蚊です。
 
 鳥取県境港市にある水木しげるロード(妖怪通り)が出てきました。
 旅番組「旅猿」で観た場所が映像で出てきます。
 ゲゲゲの鬼太郎ともコラボ(営業協力)しています。一反木綿(いったんもめん)が登場します。

 ユーモラスでもあります。
 映像美にこっています。
 特殊撮影です。

 少年が、江戸時代にタイムスリップしたみたいです。

 アンパンマンでみた「モグリン」のような妖怪も出てきました。
 アイデア大集合です。
 「ガメラだー」というセリフも出ます。小学生のころ、怪獣映画もよく見に行きました。映画館でとなりに座っていたオヤジは、いつもイビキをかいて寝ていました。

 「捨てる」ことをいましめる日本文化があります。ただし、「もったいない」は、ごみ屋敷を生みます。

 大きいものを見せる。
 合成だとわかる映像もあります。
 東京の夜景映像がきれいです。
 とんがっている形のもの(歯)は怖い。

 暴力の応酬がありますが、暴力には反対です。

 仮装大会のようでもあります。
 妖怪たちが、ジェット機につかまって飛んでいくシーンが現代的でおもしろかった。
 コンパスのようなロボット妖怪は強そうに見えませんでした。
 筋立てがよくわからない部分もありました。
 こどもには見せたくないシーン(刃物による刺殺行為)がありました。あと、妖怪が喫煙するシーンもつまらない。
 ところどころ眠たかった。
 とはいえ、もう16年ぐらい前の映画になってしまいました。  

2021年10月13日

漫画バビロン大富豪の教え 原作:ジョージ・S・クレイソン

漫画バビロン大富豪の教え 原作:ジョージ・S・クレイソン 漫画:坂野旭 企画・脚本:大橋弘祐 文響社

 バビロンは現在のイラクあたりにあった王制国家です。相当昔、今が西暦2021年、バビロンがあったのが、紀元前18世紀から紀元前4世紀ですから、日本はそのころ縄文時代とか弥生時代です。
 大昔の話ですが、この本では、バビロン人の知識・能力は発達していて、数学をもとにした交易社会があったと紹介されています。原書は「The Richest Man in Babylon」(バビロン一(ばびろんいち)の大金持ち)とあります。
 この漫画の原作が発表されたのが、1926年とされています。日本だと大正15年・昭和元年です。ずいぶん昔のことになりました。その年に生まれた人が今生きていれば95歳です。
 
 以前、渋沢栄一氏の伝記を読んで株式投資に興味をもって調べて、現代は、定期預金の利息が皆無に近く、銀行や郵便局の預金でお金を増やすということができない時代であることを理解しました。
 たぶん、これから読み始めるこの本には手持ちのお金を増やすというようなこともあるのだろうと、予測しながら読書が始まりました。
 株式市場の動きを見ながら自分は次のようなことを思いました。
 株は、上がれば下がる、下がれば上がる。上がれば株を売りたい人がいるし、下がれば株を買いたい人がいる。株価は、ずっと上がり続けることはないし、下がり続けることもない。だから気持ちのもちようとして、上がっても浮かれず、下がっても悲観せず。気長に構えて未来を楽しみにする。
 未来の株価がどうなるかということは、たいていは、わからない。
 儲かるか損するかは、各個人がもつそれぞれの「金運」次第と自分は判断しました。
 株式投資をしている人たちが書き込みをしている掲示板を読むと、投資している会社ごとにカラー(雰囲気)が違うことに気づきます。短期で売り買いをして差額で儲けようとしている投資家が集まる掲示板は、とげとげしさがあります。
 いっぽう、特定の企業を応援する人たちが集まっているところもあります。買った株を手放す気持が薄い人たちです。彼らは、毎年の配当金や株主優待を楽しみにします。
 ありようはいろいろですが、お金と人間の関係は切り離せません。

「プロローグ」
 大場拓也:現代の主人公。考古学者
 近藤武:大場拓也の友人。大企業の社長。イラクでの仕事がある。イラクで発掘された粘土板に書いてある古代文字の解読を大場拓也に依頼する。
 『黄金の法則』に富を得るための真理が記されているとあります。
 大富豪になる。金を失わずにキープ(維持)する秘訣(ひけつ。コツ)です。5つの法則があるそうです。
 
 はじめのほうのページを読んでいて、株式投資の勉強をするような雰囲気を感じる本です。

 お金は使えばなくなります。
 お金を残さなければ、富豪にはなれません。
 通常は、結婚後、出産と育児で、教育費、そして、住宅取得で住宅ローンと、かなりの出費をともなうのが人生です。

「第一章 バビロン一の大金持ち」
 古代バビロンでの物語がスタートしました。
 貧しい職人の息子が、この時代の主人公で、バンシルという15歳の男子です。
 こどもが労働力として、奴隷で売り飛ばされる時代背景です。
 商人の息子として15歳のコッビが出てきます。
 アルカドというおとなのお金持ちがいます。
 「説明」を漫画にしての表現です。
 収入の一割を貯蓄する。お金は使うものであるが、貯めるものでもある。
 昔、収入の一割を団体に差し出すという活動を聞いたことがあります。団体の運営費にあてるのでしょう。運営が善良になされればいいのですが、金銭管理の担当者による使い込みが発生しやすそうです。
 「一割」というのは、いろいろなパターンでの基準になりそうです。

 「第二章 学びの殿堂」
 知恵(知識を含めて)が大事。優先順位をつけてコントロール(管理)する。定期的な収入が見込める手段を活用する(貸金業)。財産を守る。そのほかの提案があります。
 野生動物に餌を与えないでくださいという注意喚起文を思い出すような内容です。
 食べ物を与えると自力で食べ物を狩る能力が低くなって命を落とします。
 人間も同じで、与えられて生きるのではなく、自力で利益を獲得する手段を学びます。
 魚を与えられるのではなく、魚の釣り方を学ぶのだと、わかりやすく表現されています。
 
「第三章 試練」
 手間賃をとる。
 お客には、すげなくしない:冷たい、そっけない、あっさりしない。
 夢をもつ。
 素材は金もうけですが、人間哲学(人間とは何か)がメインテーマの本です。性悪説、性善説にも関係があるようです。
 
 ぎこちなさはありますが、大切なポイントを示してある内容です。

 詐欺行為でお金を増やす人間たちがいます。
 他人を利用して自分が金もうけをする人間がいます。
 お金を増やしていくのに「信用」という財産と「知恵」という武器があります。

「第四章 帰還」
 アッシリア人の侵攻に対して交戦するバビロニア人たちです。
 うまくいかなったときの対応を考えておく二段構えの勧めがあります。先日テレビで観た「ローカル路線バス乗り継ぎの旅で鬼ごっこ」のシーンを思い出しました。絶対大丈夫だとうぬぼれて安心していたら足もとをすくわれるのです。人生にはだれしもたいてい落とし穴が待ち受けています。
 
 「自分が資本」という考え方には賛同します。自分に投資して、自分で判断ができるようになるのです。本書では「知恵」と表現されています。知恵には対価があると説明されています。

 現代において、お金を増やすには、株式投資とか、投資信託で優良企業に投資をすることが望ましいというような宣伝があります。ただし、ご自身の責任においてやってくださいというものです。

「第五章 ザ・ウォール(壁)」
 古代の歴史は国盗り物語ばかりです。
 略奪して金貨を得ても、金貨を消費してしまえばなにも残りません。経済は行きづまります。

 家族をはじめとした自分の身の回りにいて自分を支えてくれる人たちを守って大切にしましょうというメッセージがあります。次の章では「恩」として紹介されます。

「第六章 奴隷だった男」
 大富豪が貧民にまでおちぶれるのには違和感がありますが、原書がそういうお話なのでしょう。
 「宦官(かんがん。去勢した男性)」という言葉からは中国の歴史を思い浮かべます。王朝に仕える男性職員です。
 
 リテラシー:能力や知識

「第七章 伝承」
 戦争がお金と親族と友人を奪います。
 王女の考えはわがままで自己中心的です。
 それでも止めることはできません。
 これからも起こるあちこちの国のお話にも思えます。
 洋画「ローマの休日」でのオードリーヘップバーンのような毅然とした(きぜんとした。意志が強くてしっかりしている)王女にはなれない現代人です。
 
 「働く意味」についての考察があります。
 いくらお金があっても、勤労年齢なのに無職だと一人前(いちにんまえ)のおとなとして見られないということはあります。

 「お金」とはなにかというところまで考えます。本書では「おまけ」とあります。わたしは「道具」だと考えます。

 仕事をとおして、人から感謝されることで、自分がこの世に存在する価値を感じる。流通するお金には、働く人たちの幸せになりたいという思いがこめられている。そういうメッセージがあります。

 お金だけでは幸せではありません。「健康でいられること」が大事です。
 本書では、健康をさまたげるものとして「孤独」が提示されています。
 昔、職場で習ったことです。「人が生きていくために必要なものは、水、空気、食べもの、そして、コミュニケーション」
 
 最後のほうで家族を大事にしようというメッセージがあります。
 先日、テレビ番組「家、ついて行ってイイですか?」で、出演されていた年配の男優さんが家族仲良くについて熱っぽく強調されていたシーンを思い出しました。
 この物語の場合は、考古学者の男性が、ストーカーぽいことが気になるのですが、「一度離婚した夫婦が復縁する(こどもあり)」というチャレンジは、一度はやったほうがいいと思いました。  

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2021年10月12日

ローカル路線バス乗り継ぎ旅 鬼ごっこ 成田山から筑波山

ローカル路線バス乗り継ぎ旅 鬼ごっこ 成田山から筑波山 テレビ番組録画

 なにかと忙しかったので、録画してから10日ほどたって、ようやく観ることができました。
 思うに、いまどきは、リアルタイムで地上波のテレビ番組を観ている人は少ないような気がします。 リアルタイムで見るのは、ニュースとか天気予報ぐらいで、見たい番組は録画しておいて、好きな時間に見る人が多いのではなかろうか。また、動画配信サービスを利用していろいろな番組を観る人が増加しているような気がします。
 この番組は放映時間が長いので、録画しておいてあとからゆっくり観ることが多いです。

 太川陽介チーム:IMALUイマルさん、マテンロウのアントニーさん(からだがかなりでかい)
 EXILEエグザイル松本利夫チーム:EXILEネスミスさん、元NHKアナウンサー登坂淳一さん

 一泊二日の勝負です。一日目はおとなしい雰囲気でしたが、二日目は激闘でした。
 一日目は、千葉県や茨城県の自然豊かな風景に心がなごみました。田んぼに囲まれた農道は一直線です。夏のロケで、稲が青々と輝きながら風に吹かれて揺れています。

 うなぎつかみをする太川陽介さん、IMALUさん、アントニーさんの姿を見ていて、小学校低学年のころ、オヤジと釣り堀に行って釣ったうなぎを素手で握ってアパートまでぶらさげて持ち帰ったことを思い出しました。
 オヤジから、うなぎは、人差し指と中指と薬指で、頭近くの首みたいな部分をはさんで締めてつかむと教わりました。

 登坂淳一さんは、事前に先々の情報を仕入れておく(記録しておく)ところがいい。ぐるぐるぐると頭の中を回転させています。ああではなかろうか。こうではなかろうか。
 太川陽介さんは、加齢のためか思い込みが強すぎて考えを変化させにくい。経験で物事を考える年齢です。(それでも、最後は勝利を手にします)
 
 (さあ、どうする?)油断は禁物です。失敗した時の次の一手も(いっても)考えて心の準備をしておかなければ勝てません。

 かけひきがむずかしい。
 太川陽介チームは、メンバー同士でも何がどうなっているのかわからないときがよくあります。
 松本利夫チームの活動は、まるで、新入社員の集合研修で、班ごとの活動をしているようでした。プラン・ドゥ・シーだったと思いましが、計画を立てて実行して振り返りの反省をすることを繰り返すのです。分析しながら最大限の力を発揮して勝利を手に入れる。

 松本利夫さん「くそ! くやしい!!」「もう意地だよ」
 お互いに飛びかう言葉が「うそでしょ?!」意表を突かれる展開が互いにあります。
 茨城県のご当地キャラクター「ねば~る君」がからんだご当地キャラ探しはむずかしい。たくさんのキャラクター人形があります。9連続ハズレはかなりショッキングな出来事でしたが、さすが、体力に勝るネスミスさんが走力という力で解決しました。
 
 パン屋さんで、太川陽介さんの「お店のパンのほうが(奥さんがつくるパンより)おいしい」笑いました。

 二日目はタクシー利用がらみでにぎやかな活動日になりました。
 相手を追い込む。
 激しい動きがおもしろい。
 大失敗した太川陽介チームですが、最後に笑ったのは、太川陽介チームです。
 真剣勝負です。
 あわただしい。

 最後のくす玉割りシーンが良かった。
 やっぱりなと思いました。
 太川陽介さんは強い。おめでとうございます。
 途中のカヌーのシーンで、今回は、太川陽介チームは負けたかと思いました。
 松本利夫さんは、いさぎよく負けを認めるところが、堂々としていて好感をもちます。  

2021年10月11日

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? フィリップ・K・ディック

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? フィリップ・K・ディック 朝倉久・訳 ハヤカワ文庫

 洋画「ブレードランナー」の原作だそうです。
 自分は、映画を観たことはありません。
 原作は、1968年の作品です。昭和43年です。
 22ページまで読みました。読みながら感想を継ぎ足していきます。

 生きている動物を所有することが地位の象徴になっている世界だそうです。
 リック・デッカード:主人公男性。下級警察官。アンドロイド狩りをして賞金をもらうことが仕事。電気羊(機械である電気動物)を飼っている。生きている動物を買うお金がほしい。植民地惑星である火星から地球に逃げてきた懸賞金をかけられた5人のアンドロイドを狩って懸賞金をもらい、動物を購入するためのお金をつくるそうです。
 イーラン:リック・デッカードの妻
 バーバー:リック・デッカードが住む場所の近隣住民。本物の馬を飼っている。
 デイヴ・ホールデン:警察職員。賞金稼ぎの主任
 ポロコフ:デイヴ・ホールデンをレーザー銃で撃って負傷させたアンドロイド。ベイエリア清掃会社勤務の作業員
 バスター・フレンドリー:地球では有名なテレビコメディアン。
 サンドール・カダリイ:ソ連の刑事。
 ミス・ルーバー・ラフト オペラ歌手。自称ドイツ生まれの女性

 近未来SF(サイエンスフィクション)小説です。1968年ごろに、1992年1月3日からのこととして書いてあります。
 テレビ電話が出てきます。「888をダイヤルすればいい」というセリフです。この時代にスマホは想定されていません。ダイヤル式電話機です。
 第三次世界大戦後、地球は核戦争後の放射能汚染で住むことがたいへんになったのでしょう。 人々は植民惑星火星に移住しています。宇宙植民とあります。
 本の中における未来として1990年のこととして書いてあります。天気予報では、放射性降下物の予報が、降雨予報のように解説されます。

 マーサー教:この世界を支えている宗教

 この世界では、動物を飼わない人間は、不道徳で同情心がないと思われるそうです。
 飛行車(ホバー・カー):通勤用。主人公のリック・デッカードは、公務員で警察職だそうです。

(つづく)

 新たな登場人物として、
 ジョン・イジドア(J・R・イジドア):男性。アメリカ合衆国サンフランシスコの郊外にあるビルに住んでいる。模造動物修理店の集配用トラックを運転する仕事をしている。自称、程度の軽い特殊者(スペシャル)
 
 人間型ロボット:ヒューマノイド。戦争ロボット。自由の合成戦士。有機的アンドロイド。
 レギュラー:(人間の)適格者
 マル特:人間の分類。良くないほう。特殊者。ポンボケの部類。イジドアのこと。
 共感ボックス:読んでいてテレビのようなものと受け止めました。映像に出てくるウィルバー・マーサーという人物と映像を見ているジョン・イジドアが一体化します。ドラえもんのどこでもドアのようなイメージをもちました。「転移」と表現されています。また、ほかの人と触れ合う時に必要な器具ともあります。感情や体験を共感する。

 なぜ、生きた動物をペットのように飼育することが、ステータス(高い社会的地位)になるのかは、読んでいても理解できません。ダチョウを三十か月ローンで購入する話が出てきますがピンときません。

 ハリイ・ブライアント警視:主人公リック・デッカードの警察における上司

 ホバー・カー:通勤用飛行車ですが、先日、とある商社が、近い未来にそのような小型飛行機を東京駅から成田空港へ飛ばすというような計画記事を読みました。操縦士は専用でいるそうです。どんどん未来が近づいてきます。15分程度の飛行時間だったと思います。タクシーみたい。料金が高そう。

 映話(えいわ):テレビ電話のこと。

 フォークト=カンプフ改良検査法と同検査器具:アンドロイドだと見破る検査法
 話をしている相手が、実は人間ではなく、アンドロイド(精密な人間型ロボット)だったりもします。少し怖い。
 アンドロイド(人間型ロボット)は無生物だから「廃棄処理」ができる。

 生きたフクロウは、絶滅危惧種で貴重な生き物らしい。フクロウのことを「スクラッピー」というらしい。

ジョン・イジドア(J・R・イジドア)が、レイチェル・ローゼンを名乗る女性に出会いますが、彼女が本当にレイチェル・ローゼンかどうかはわかりません。アンドロイドかもしれません。イジドアと出会ったレイチェル・ローゼンは、自分のもうひとつの名前は、「プリス・ストラットン(結婚後)」と名のります。プリス・ストラットンには、自分のほかに7人の仲間がいる。(すべてアンドロイドであることがあとでわかります。みんなで火星から逃げてきた)マックス・ポロコフ、ガーランド、ルーバー、ちょっと把握できないのですが、(ハスキング)という人物もそのなかにいるような、アンダース、ギッチェルは死んでしまった。ロイ・ベイティーとアームガード・ベイティーは薬局を開いていた。ロイは薬剤師、アームガードは美容相談担当。(結局、レイチェル・ローゼンの複製がプリス・ストラットンで、複製だから何体でもつくれるのです。みんなアンドロイドです)

 キップル化:役に立たないもの。キップルはどんどん子供を産み始める。キップルはキップルでないものを駆逐(くちく。追い払う)する。
 
 イジドアを中心に見て、地球上に地球人がほとんどいないのに(みな火星などの惑星に移住した)運転手の仕事(ハンニバル・スロートの動物病院に勤めてスローとのトラックの運転手をしている)があるということが不思議です。不思議な世界です。

 リック・デッカードは、第一の賞金稼ぎに成功します。

(つづく)

 ルーバー・ラフト:オペラ劇場のステージに立つ女優だが、リック・デッカードが狙うアンドロイド
 ガーランド警視:アンドロイド
 フィル・レッシュ:アンドロイド、警察職員

 不思議な展開になりました。何が真実なのかわかりません。
 時間設定が移動したのか、アンドロイドがつくっている虚構の世界に入ってしまったのか。(そこが正解でした。あとで仕掛けがわかります)
 ホメオスタシス:恒常性。生物体の性質。秩序を安定した状態に保つ働き。調節作用。体温、血液・酸素の循環など。
 
 敵対していてものんびりとしたやりとりがあります。過去の作品という時代を感じます。
 
 ポネリ反射弧テスト:アンドロイドかどうかの判定をするテスト
 合成記憶の移植:アンドロイドに対して行う。偽りの記憶を植えつける。アンドロイドは自分を人間だと思い込んでいるので、自分がアンドロイドだと知らない。

 アンドロイドと人間との共存はできないのだろうかという疑問が生じました。人間から見て、アンドロイドは、人間を打ち負かして、人間をぺしゃんこに押しつぶすだろうという疑念があるそうです。 されど、アンドロイドは精巧で精密、緻密で、人間と変わりません。
 物語は、人間にとってアンドロイドは、「物」なのか、それとも「愛情の対象」なのかという話に発展していきます。
 アンドロイドにも「淋しい」という感情がありますが、アンドロイドは人工的な機械であり、アンドロイドハンターにとっては「殺す」というよりも「壊す」という概念です。

 薬剤師だった男性ロイ・ベイティーと奥さんが、プリス・ストラットンとイジドアの前に現れます。
 生き残りの三人のアンドロイドは、人間のイジドアを人質のように扱うつもりで、生き残りのためにビルにたてこもることを計画します。
 三人のアンドロイドを狩るリックは、それまでの狩りの賞金で牝の(めすの)山羊(ヤギ)を買います。
 この物語のオチはどうなるのだろうか。

 意志をもつアンドロイドは、夢を抱いて、ときどき雇い主を殺して、地球へ逃亡してくる。かれらが欲しいものは「自由」なのでしょう。人間の奴隷でいるのは嫌だという気持ちが伝わってきます。

 リックが狙うアンドロイドは、
 ロイ・ベイティー 男性
 アームガード・ベイティー 女性 ベイティー夫妻
 プリス・ストラットン(レイチェル・ローゼンと同じ規格のアンドロイド)

 レイチェル・ローゼンは、機械モノなので、あと二年ぐらいしか生きられないらしい(使用できないらしい。細胞の再生が必要なようすでどうのこうのと書いてあります)

生きたクモの登場とクモの足8本のうち4本を切断するアンドロイドたち。

 ふと、「原子力発電所」のことが頭に浮かびました。
 現在、原子力発電所がなければ、日本人の生活は成り立たないと主張する人がいます。
 思い出すに、自分がこの世に生まれたころ、原子力発電所というものはなかった。なかったけれど、日本人は長い間この日本の地で生きてきました。原子力発電所がないと生活できないということは本当のことなのだろうか。

 人口の空が広がる世界があります。なにもかもがつくりものです。

 ウィルバー・マーサー:マーサー教の教祖
 アル・ジャリー:昔の男優。端役を演じていた。

 イカサマ

 アンドロイドには「命」がありません。

 絶滅したと思われていた「ヒキガエル」が出てきて、実は、ヒキガエルは電気動物でしたというお話です。
 核戦争後の地球上です。
 「われわれにはもはや見分けられない生命」
 生き物のほとんどが絶滅して、電気動物が地球上の社会を構成している未来の地球を描いてありました。空虚な世界です。
 「命」を大切にしましょう。
 物語は終わりました。


(訳者 あとがき 訳者は、2010年に79歳で亡くなっています)
 「1994年の今」としてあとがきは書かれています。
 先日読んだ発達障害の本を思い出しました。
 アンドロイドの性格と発達障害の状態に似たところがあるのです。
 未来を予言しているかのようなアンドロイドの本です。
 「人間とは何か?」を問い、突き詰めていく。
 ガイタン:悲しんだり、心配したりする。慨歎  

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2021年10月08日

ようかいじいちゃん あらわる 最上一平・作 種村有希子・絵

ようかいじいちゃん あらわる 最上一平・作 種村有希子・絵 新日本出版社

 小学一年生向けぐらいの本です。
 年配者が、次世代、次々世代に伝えたい気持ちが表現されている本です。
 
 高齢化が著しい日本国です。
 じいちゃん、ばあちゃんが出てきますが、九十歳というばあちゃんの年齢、新一年生に見えるぐらいのこどものすみれさんの見た目から考えて、ばあちゃんとかじいちゃんは、ひいじいちゃん、ひいばあちゃんのイメージです。
 ひいばあちゃんは生きていて、ひいじいちゃんはあの世にいるのでしょうが、あの世にたどりつくまえに妖怪になっている雰囲気があります。
 でも本当は、ひいばあちゃんがひいじいちゃんを演じているのでしょう。

 古くは、「ゲゲゲの鬼太郎」いまでは「妖怪ウオッチ」のマンガテレビ番組を思い出します。
 先日は、幼稚園の孫にアマゾンのファイアーテレビスティックを使っての動画サービスで「妖怪ウオッチ」をたくさん見させられました。見た感じ、内容はコメディです。

 すみれちゃんが、ようかいばあちゃんのうちに泊まります。

 気になったのは「ちゃん」が連続で続くので、くどさが脳裏に残ります。「すみれちゃん」「ばあちゃん」「じいちゃん」です。「ちゃん」「ちゃん」「ちゃん」の文章が続きます。「すみれちゃん」は「すみれ」のほうが読みやすく理解しやすい。

 「てんぐさま」です。先日テレビの「アド街ック天国」で観た東京都八王子市にある高尾山の天狗を思い出しました。
 
 ようかいミンミン(たぶんセミのこと)
 ようかいじいちゃん(ようかいばあちゃんが、「おっつぁん」と呼ぶ)

 「血止め草」は、いまどきだと「バンドエイド」なのでしょう。

 高齢者の、自分がこどもだったころの「思い出」の記のような感じもする物語です。

 カッパの登場です。(実は、ばあちゃん)

 イワナの塩焼きが出てきます。
 昔、静岡県の「寸又峡温泉(すまたきょうおんせん)」に泊まりに行ったときに食べたヤマメの塩焼きの味を思い出しました。たくさん食べました。おいしかった。
 イワナは高級魚と聞いたことがあります。
 
 お盆とか、お墓参りとか、法事とか、時代の変化で、体験することが少なくなってきている今どきのこどもたちに、年配者の気持ちが伝わるかどうかというむずかしいものがあるのですが、そんな背景をもつ現在社会の風潮(時代の推移によって変わる世の中のありさま)です。  

Posted by 熊太郎 at 07:16Comments(0)TrackBack(0)読書感想文