ただいま!マラング村 ハンナ・ショット 徳間書店 2014課題図書

 今年夏の課題図書を読むのもこれが最後の1冊です。夏はまだ来ませんが、わたしの夏に向けた風物詩は終わりを迎えます。少し、もの淋しいものがあります。このあと、これまでに読んだ課題図書を再読するかもしれないし、再読しないかもしれない。
 今年の課題図書の傾向として、アフリカを舞台にしたものがいくつかありました。今回のテーマになっているのでしょう。人種差別とか、貧困、自然との共生とか、スポーツによる人生の再生などがありました。
 「ただいま!マラング村」は薄い本ですが、4歳のアフリカ人少年が、16歳を迎えるまでの長い年月が流れています。両親が亡くなって、親戚の家に預けられて、逃げ出して、ホームレス生活を送って、児童施設(本の中では「寄宿舎」)に入所し、勉強をして、いい青年に育っています。実話です。
 雪をかぶったアフリカの代表的な山、キリマンジャロのふもと、タンザニアのマラング村(主人公ツソのふるさと)から始まります。同国の北側にケニアがあります。キリマンジャロと聞くと、子どもの頃、テレビで熱心に見ていたアニメ「ジャングル大帝(たいてい)レオ」を思い出します。
 愛称が「ちびすけ」、4歳のツソは、おばさんに言いつけられて水運びの仕事をしています。他の課題図書にもあったとおり、アフリカの人は、物を頭のてっぺんにのせて運びます。彼には兄ダウディ8歳がいます。とおさんは病気で亡くなっています。かあさんは失踪(しっそう。家を出ていなくなってしまった)しました。子だくさんのおばさんにとってふたりは、負担となる存在です。自分の子どもではないということもあります。養育の義務は重いのです。おばさんを責めることはできません。
 8歳と4歳の兄弟がよく生き延びることができたと思います。ふたりは家出をして、マラング村からモシという町まで歩きました。モシでは生まれて初めてテレビを見ました。テレビが何かを知りませんでした。マラング村には電気がかよっていませんでした。村では、電化製品は使えません。
 さしあたっておなかがすくから食べ物を手に入れなければなりません。兄はどこで覚えたのか知りませんが、盗むことで、食べ物を手に入れようとします。標的は、ピーナッツ売りのおばさんです。ピーナッツ泥棒に成功したふたりの部分を読みながら、ふたりを「保護」しなければならないと考えました。行政の役割です。思いは日本国憲法の基本的人権の尊重にまで至ります。国民には、幸せに暮らす権利があるのです。行政には幸せを提供する義務があるのです。でも、本の中の国、タンザニアは日本国ではありません。タンザニアに日本のような憲法があるかないかは知りません。憲法の下(もと)の「保護」を受けるには、勤勉に働き、納税の義務を果たさなければなりません。もしかしたら、国際的には、子どもは大切にしなければならないという憲章があるのかもしれません。
 ひとりぼっちになって、どうしていいかわからなかったツソがさまよって入って行ったところはキリスト教の教会でした。その部分を読みながら、だれでも自由に居られる公共の場所がほしいと思いました。
 ツソがかわいそうでなりません。両親がいなくなると、ちいさなこどもはこうなるのです。親とはなにか、こどもとはなにか、親子とは、愛情とはというところまで考えが及びます。
 兄とはぐれたツソはひとりでバスに乗って海辺の町ダルエスサラームまで行きます。冒険です。おそらく大型スーパーの食料品コーナーに入り込みます。そこには、大量の商品が並んだ棚があります。富裕層と貧困層の比較があります。
 今の日本のことを考えました。昔、日本は、貧しくても一所懸命努力すれば、そこそこの生活ができるようになれるという夢がありました。現在、それは、むずかしくなりました。教育を受けるためにはたくさんのお金がいります。安定した賃金体系は過去のことになりました。今の若い人たちが将来の夢をもてない気持ちがわかります。
 ページをめくると、4歳のツソは8歳に育ちました。ツソは、よく死なずに済みました。ストリートチルドレン(こどものホームレス)として生き残りました。家なき人の集団の一員として育っていきます。擬似家族があります。お互いに血縁関係はないけれど、父代わり、兄代わりがいます。犬であるドア(黒のブチ(斑点)という意味)も飼っています。アフリカ現地のスワヒリ語で、ムゴドが弟、カカが兄、ババがおとうさん、バブはおじいちゃんです。
 アフリカの貧困の様子はアフリカだけのことだけではありません。先進国でもそのような時代があった。歴史のいち時点であるのです。以前、イギリスロンドンのことが書かれた本を読んだことがあります。「ロンドン貧乏物語」というタイトルでした。1800年代のロンドンの商業ストリート(通り)で働く人々へのインタビュー結果が文章化されていました。「オレ、たぶん12歳だと思う」という少年の言葉がありました。
 ツソは、スワヒリ語でワズンクという白人女性に助けられました。ツソは犬のドアとともに、キリマンジャロの登山口となるらしきアルーシャという町で暮らし始めます。シスターと呼ばれる白人の金髪女性、やさしいおまわりさん、学校の先生であるメガネをかけた女の人がユッタ・ママ、ツソは心のあたたかい人たちに囲まれて、勉強するチャンスを与えられます。寄宿舎では、ふたり部屋も与えられます。制服も与えられます。
 ツソは文字を学ぶよろこびを手にします。絵も描きます。
 ツソには「家族」というものがわかりません。親子4人、家族として暮らした記憶が薄いからです。寄宿舎での暮らしが5年経過して、ツソは13歳になりました。家族が居る寄宿生は、クリスマスに実家に帰ります。親がいても親の事情で、親子そろって暮らせない家族はいます。ツソは、マラング村へ帰ることを希望します。交通機関を使うわけではありません。地図を見ながら、自分の足で歩いていきます。一日歩けば、着く距離のようです。ツソはふるさとの村を、もう9年間も訪れていません。死んだとうさんのことを思い出しながら歩きます。ツソは最後に、マラング村で、4歳のときに別れた兄ダウディと再会を果たしています。よかった。
 本にときどき出てくるスワヒリ語の言葉で気に入ったフレーズがあります。カリブ(いらっしゃい、おかえり、どうぞ)、昔、クルマの名前でスプリンター・カリブというのがあったことを思い出しました。意味がここからきているかどうかはわかりません。
 作者あとがきを読みました。作者はドイツ人です。シスターは、アンジェリーカ・ヴォーレンベルクさん。ユッタ・ママは、ユッタ・レーディングさんだそうです。アフリカでの教育活動は、教会や篤志家の寄附で成り立っているそうです。
 ツソへのインタビュー記事がのっています。彼の最後の答が印象的です。「この世から武器を全部なくしたい。」「サッカーをしているときが幸せ」

<これを書いた夜、午前2時30分>
 目が覚めて、眠れなくなりました。読みかけの別の本を30分ぐらい読みました。その本を片付けようとしたら別の本が出てきました。「時をつなぐおもちゃの犬」、課題図書でした。もう1冊、まだ読んでいない課題図書がありました。30分ぐらいでそれも読み終えて、そのあと朝まで熟睡しました。

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この記事へのコメント
わたしも、この本を、読んで読書感想文を書きます。
Posted by 石原 at 2014年08月26日 13:46
 夏休みももうすぐ終わりですね。
 読書は人間を成長させてくれます。
 本読み好きな人になってください。
Posted by 熊太郎熊太郎 at 2014年08月26日 19:55
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