アヴェ・マリアのヴァイオリン 香川宜子(かがわよしこ) 角川書店 2014課題図書

 1914年~1918年まで続いた第一次世界大戦中(日本は14年8月23日参戦。中華民国青島を攻略)に、徳島県(鳴門市)にあった坂東収容所で18歳のときに、俘虜(ふりょ。中華民国青島で生け捕りにされたドイツ兵)としての生活を送ったポーランドのクロスウェイズ村に住む90歳近いポール・カルザス(アウシュヴィッツ収容所での囚人音楽隊のチェロ奏者レオ・ロチェスター)による昔話です。ベートーヴェンの交響曲第九番「合唱」がからんでいます。彼は、日本の同収容所で捕虜らしからぬ温かい暮らしができたことに感謝しています。しかし、物語の大半は、第二次世界大戦中にポーランドのアウシュヴィッツ収容所でユダヤ人の大量虐殺を見てきたことの記録です。音楽の文化交流によって、民族の違いによる衝突を克服していきましょうというメッセージがひしひしと伝わってくる内容です。課題図書では毎年、第二次世界大戦でのユダヤ人への迫害がとりあげられた作品がとりあげられます。日本人に身近ではなく違和感があるのですが、ユダヤ人だけではなく、他の差別撤廃にも通じることから素材にされていると理解しています。
 読みはじめで、以前観た洋画「オーケストラ」を思い出しました。戦争で散り散りになっていたユダヤ人楽団員たちが何十年ぶりかでオーケストラを再編成して演奏をするお話でした。観たときは事情がよくわからなくて、ユダヤ人の集まりということにも気づけませんでした。
 この小説では、冒頭と巻末に徳島市に住む中学2年生14歳村上あすかにプレゼントされたヴァイオリンのことが書いてあります。 ”アヴェ・マリアヴァイオリン”と名付けられたヴァイオリンは、アウシュヴィッツ収容所で製作されたものです。(訂正:その後、作者さんから徳島県の坂東収容所で製作されたものですとご指摘をいただきました。)そんな貴重なヴァイオリンが、中学2年生村上あすかへのプレゼントになるとは思えず、なおかつ、彼女の家系は医師で、ヴァイオリンを習うその暮らしぶりは庶民の生活からはかけはなれており、庶民である読み手は、身を引く思いで読み始めなければなりません。そのほか、長いセリフや気持ちの入りすぎた表現が気になりましたが、学ぶべき事柄が多い作品であることに変わりはありません。
 「D・B・L」ドイツ製ヴァイオリン。1200万円。あすかちゃんは、そのヴァイオリンを母親に買ってもらったのです。10年ローンの無利子です。あすかちゃんは、東京にある大学の医学部を受験すべき運命なのです。ただ、本人の将来設計は、24歳で結婚して主婦になることでしたが、さきほどのヴァイオリンを手に入れたことで、ヴァイオリニストになる夢をもちました。あすかちゃんが手にしたアヴェ・マリア・ヴァイオリンの持ち主は、アウシュヴィッツ収容所に収容されていた14歳ハンナ・ヤンセンというやはりヴァイオリンを弾く女の子でした。
 1933年冬、ドイツでナチス党首ヒトラーが首相に任命されてから、ナチスによるユダヤ人への迫害が始まりました。ユダヤ人は、夜間外出禁止令で自由が制限され、ラジオの所有は禁止され、ゲシュタポ(ナチスが組織した国家秘密警察)の監視下におかれました。
 小説の記述にあるハンナの病弱な姉ニーナや祖母に対するゲシュタポの残忍な行為は、あまりにも度が過ぎていて「本当のことだろうか?」という疑問が生じました。つくり話ではなかろうか。相手も同じ人間です。本当のことだとしたら、「異常」です。この点についてカルザスさんは、「普通の人たちでも組織に組み込まれると残酷なことも平気でできるようになる。」と解説しています。僕たちには音楽があるから絶対そうはならないと決意を語っておられます。
 ハンナ一家はドイツ人音楽家の所帯にかくまわれて、ナチスに発見され捕まるまでの1年間を地下室で過ごしました。秘密の地下室に逃げ込む前に、ゲシュタポの手によって、ハンナのおばあさんと病弱で内気な姉ニーナが亡くなっています。アウシュヴィッツ収容所では、おじいさん、おとうさん、おかあさん、弟アンドリュー3歳が一緒でしたが、戦争が終わったときには、4人とも亡くなっており、ハンナはひとりっきりになりました。そして、ハンナは、今回昔のことを語ってくれたレオと一緒にドイツ北部のベルゲン・ベンゼン収容所へ移送されました。彼女は、終戦後、病気になりました。病院を退院した後も「音楽恐怖症」に悩みます。曲を聴くと亡くなった人たちの顔を思い出してしまうのです。怖くなるのです。ハンナの精神的な病気は、アウシュヴィッツを訪ねて、そこでヴァイオリンを弾くことで克服されます。ポピーが群生となって咲く野に立って、「アヴェ・マリア」を弾くことで、亡くなった人たちの魂を慰め、自分を励ますことができたのです。
 一家がゲシュタポに発見されるときには、仕掛けがあります。猫をおとりに使った作戦のくだりは展開の構成がうまい。
 収容所での収容者は氏名では呼ばれません。番号で呼ばれます。ハンナの番号は「D15783」でした。Dは収容されている建物の棟表示あるいは、区画の表示かもしれません。
 長らく、「アウシュヴィッツ」という収容所のある場所はドイツ国内だと誤解していました。当時、ドイツ占領下にあったポーランドにあったことをこの小説を読んで知りました。1945年1月にソ連軍によって解放されています。
 この物語では、収容されている者たちで、オーケストラを結成させられ、収容者に向けて、音楽を提供しているというよりも、音楽で心理誘導しています。食事や衣服、寝る場所の提供を受けている安全地帯にいる音楽隊員は、他の収容者から心理的攻撃を受けます。また、自分自身でも悩みます。ナチスは、なぜ、収容所内にオーケストラを結成したのでしょうか。これは、「虚偽(きょぎ。うそ)の世界」です。諸外国に対して、俘虜を大切に扱っていると示したかったのでしょう。ここが、日本の四国にあった坂東収容所と異なる点です。同収容所は「人を育む(はぐくむ)」場所でした。指導者の意識次第で、民衆が不幸になったり、幸福になったりするのです。調べたところ、坂東俘虜収容所でもオーケストラが結成されていますが、アウシュヴィッツとは、趣旨が正反対です。神社の境内でオーケストラの演奏をすることも含めて、文化交流がなされています。書中にあるとおり、音楽は民族や国境を越えて心でわかりあえる共通の言語なのです。交流会最終日には「阿波踊り」が披露され日本人に混じってドイツ人収容者たちも踊っています。翌朝俘虜解放の日には、日本人住民が演奏する「蛍の光」でドイツ人俘虜を見送っています。作者のメッセージとして、「文明では戦争はなくならないが、文化は人の心を豊かにしてこの世から戦争をなくすことができる」があります。別の物語で「ビルマの竪琴(たてごと)」を思い出しました。「水島、日本へ帰ろう」と呼びかけた日本軍の人たちは、戦地で英国軍の人たちと一緒にコーラスで歌を歌ったのです。日本人のご先祖は偉大でした。現代の日本人もご先祖さまから学ぶべきことがあります。
 この小説では、169ページに「梵天の民ぼんてんのたみ(天上界に住むひとたち)」が登場します。サムライ姿をした日本人グループがニューヨークに来たとき詩人がつけた固有名詞です。サムライたちは、威風堂々と礼節ある態度をとった。詩人ホイットマンはその姿に感銘しました。
 日本の収容所に収容されたドイツ人18歳レオ・ローチェスターは、日本人に食べられるのではないかという恐怖心があったと語ります。わたしがこどもの頃は、アフリカ人に食べられるという迷信がありました。外国人同士がお互いに食べられると誤解していたのです。世界は誤解で成り立っているという世界中を旅した若い女性の旅行記を読んだことがあります。
 終戦後のユダヤ人、そして、ドイツ人はどうなったのかを知りたい。戦時中を扱った作品群はたくさんあるようですが、その後のことを記した作品を見ることは少ない。たぶん、そういった作品を読んでも日本人である自分には登場人物たちの気持ちを理解できないのでしょう。
 たくさんの曲名が登場する作品です。気づいた部分だけつなげてみます。ヴィタリーの「シャコンヌ」(曲名とは思えません。お菓子の名称のようです)、「きらきら星」(これはわかります)、タルティーニ作曲クライスラー編曲「コレルリの主題による変奏曲」(なんのことかわかりません)、「アヴェ・マリア」(わかります)、フレデリク・ショパンの「別れの曲」(有名な曲です)、ワーグナーの「タンホイザー」(ドイツを讃える曲で、これを弾いている間は怪しまれないそうです)、バッフェルベルの「カノン」(カノンという単語は聞き覚えがあるけれど曲は知りません)、モーツアルト「ハフナセレナーデ第四楽章ロンド」、プニャーニ「ラルゴ・エスプレッシーボ」、ゴセック「ガボット」ボッケリーニ「メヌエット」、ヨハン・シュトラウス「春の声」、「ラデツキー行進曲」、シューベルト「軍隊行進曲」、シューベルト「ます」、ヨハン・シュトラウス二世「フランツ・ヨーゼフ一世万歳行進曲」、モーツアルトの「ヴァイオリン協奏曲第三番」、モーツアルト「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」、バッハの「G線上のアリア」、プニャーニ「ラルゴ・エスプレッシーボ」、フィオッコ「アレグロ」、ヴィヴァルディ「ヴァイオリン協奏曲イ短調第一楽章」、ボッケリーニ「メヌエット」、ウェーバー「狩人の合唱」、バッハ「メヌエット第二番」(いずれも未知の曲です。もしかしたら聴けば聴いたことがあるとわかるのかもしれません)、「浜辺の歌」、「ふるさと」この2曲はさすがにわかります。

(その後 「アヴェ・マリア」ばかりがおさめられたCDを聴きました」
 Ⅰ カウンターテナー(男性高音域)とピアノ
    外国人女性のような男性の深い声が響きます。女性だと思って聴いていました。
 Ⅱ コントラバス(抱えて弾く弦楽器)とオルガン
    さきほどの男性の歌声がコントラバスの響きに置き換えられます。
 Ⅲ ソプラノとピアノ
    高音域女性の声です。聴き終えてCDを見たら中国人の方だったのでびっくりしました。
   この歌を歌うのは欧米人という固定観念がありました。
 Ⅳ チェロ・アンサンブル(複数の演奏)とピアノ
    豊かな音のゆるやかな流れ
 Ⅴ サクソフォン・アンサンブル
    やさしき音色

曲相(きょくそう:ワタシの造語として、許しを乞い、許されるという意味合いあり)

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この記事へのコメント
熊太郎さん、長い素敵な感想文をありがとうございました。ところどころ間違った記載がありますが・・・ヴァイオリンは板東収容所で作られたもので、アウシュビッツではありません。たまたま偶然にもつくられた地方にヴァイオリンが戻ってきたのです。人生前向きに生きると、そういうシンクロがかなりあります。また、ヴァイオリンは庶民の多くが学んでいらっしゃいます。スズキメソッドですと、分数楽器も借りられるしお稽古費用は月6000円くらいです。(楽曲のほとんどはスズキのお稽古曲です)

あまり気づいてくれないことですが、ハンナはアウシュビッツの過酷な運命の中でも一応毎日することがあり、必要とされ、仲間意識やちょっとした恋愛気分もありましたが、平和になったのに、幸せではありませんでした。人生の目的使命を見つけて初めて生きる力になりました。板東でも戦時中(平和ではない)に個々の尊厳が保たれて生きる目的がドイツ兵にあり、嬉々として生きることができました。戦争は憲法25条にある生存権を脅かすもので言語道断ですが、戦争や平和とは関係なく個々の平穏、幸せは別問題であることを知っていただきたいと思います。

また、どちらも戦時中のことですが、しいて言えば反戦はいままでは戦争の悲惨なことばかりを訴えていますが平穏、平和(板東で示した尊厳が守られ、生きる目的がある)とはこんなにいいものなんだよということを音楽というツールでより明瞭にしたつもりですが、北風と太陽のごとく、そういう平和を知ることがより反戦になることと思います。

あすかちゃんはヴァイオリニストになったと想像する人もいれば、医学部にいったのかなと思ったひともいれば、さまざまでしょうけれど、ここではどういう道に進んだかは明らかにしていません。ハンナちゃんのように明日あると思わないで生きていかないといけないんだなと、勉強もヴァイオリンも中途半端に逃げていた自分を反省しただけですから、あとは読者が続きを考えてくださればいいのです。実際のあすかは娘でアヴェマリアのモデルヴァイオリンは娘がもっていて医学部に在籍しながら、大学管弦楽団のコンミスをしたり、患者さんの待合外来で弾いてあげたりしています。

最後に、どんどん曲を先に進ませずに何度も習った曲をより音楽的に引きこなすことが、より腕が上がる王道で、勉強も同じ。そういう教育論も書いたり、精神科的に皆さんはいまある症状についてどうしようかと困っていらっしゃることが多いのですが、どうしてそうなったのか、という原点に返って見つめ直し、どう生きるべきかの答えを見つけるといいですよっていう医者としての視点でも描いたつもりですので、読書感想文はいくらでも切り口があって、書きやすいと思います。

詳しく読んでいただき、ありがとうございました。
Posted by 香川宜子 at 2014年05月14日 13:54
ごていねいにありがとうございました。
パソコンの調子が悪くなって、家族のパソコンを借りて点検をしていたらコメントが届いていることに気づきました。遅くなって申し訳ないです。
夏休みがきて、こどもさんたちがここを読んだら、きっと、こどもさんたちは喜ぶことでしょう。楽しみです。
Posted by 熊太郎熊太郎 at 2014年05月25日 14:53
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