2013年11月28日

ロスジェネの逆襲 池井戸潤

ロスジェネの逆襲 池井戸潤 ダイヤモンド社

 バブル経済崩壊後の1994年から2004年の就職氷河期に求職活動を体験した世代ロスト・ジェネレーションをロスジェネと略し、失われた10年間を過ごした彼らに意地をみせろとエール(応援の声)をかける小説でした。
 誠実に働いていれば、いいことがあるという小説でもありました。
 「欲」を描いた作品でもありました。お金持ちになりたいという「金銭欲」、他者を見下したいという「欲」、競争心は強い。
 筋立ては、ありがちでシンプルです。半沢直樹ドラマ前作同様のパターンです。企業内秘密の漏洩ー乗っ取り(どうしてこのような行為が商行為上許されるのか解せ(げせ)ません。信義則に違反していると思うのです(信頼を裏切らない))ー情報戦ーだましー報復人事。前半を読んでいたとき、もうこの作者のこのタイプの企業小説を読むのはこれを最後にしようとまで思いました。読みながら仕事を思い出してしまうのです。仕事の疲れを癒すために小説を読むのですが逆効果です。しかし、最後でタイトルどおり逆襲・逆転のシーンが訪れます。読み続けて良かったと感動と安堵に包まれました。
 業務の途中経過において、どの意見が正しいという判断はできない。形式にこだわりだしたとき、組織は壊れる。
 初めの頃、半沢直樹の登場シーンとセリフのシーンは少ない。上戸彩の奥さんは最後まで出てきません。東京セントラル証券の森山の地味な父親と東京スパイラル瀬名の派手な父親との対比とふたりの親友関係があります。330ページ付近から始まる対決は胸がスカッとしてすばらしい。
 団塊の世代、バブル世代、ロスジェネ世代。それぞれの言い分があります。書中では、こだわることは無意味と結論づけます。そのとおりです。
 以下、心に残った表現です。
 世間的には紳士面をしているが実態はそうではない。
 人事のために自分の意思を曲げることはできない。組織に屈する人間に組織を変える力はない。(これを実行することはとてもむずかしい。)
 会社の大小は関係ない。看板じゃなく中味だ。
 東京中央銀行営業第二部長内藤寛の言葉「人の話は最後まできいたらどうなんです」
 好きな仕事を誇りをもってやる。
 世の中が悪いと文句を言うやつは、いつの時代でもいる。(その言葉には何の意味も中味もないという表現)
 自分のために仕事をするのではなく、世のため人のために働くというような表現


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