2013年07月03日

(再読)泥の河 宮本輝

(再読)泥の河 宮本輝 新潮文庫

 文庫には「螢川」もおさめられていますが、泥の河だけ再読しました。
 大阪が舞台です。大阪湾に注ぐ川の手前に架かるが、「昭和橋」、「端建蔵橋(はたてぐらばし)」と「船津橋」で、端建蔵橋のたもとにあるうどん屋が「やなぎ食堂」、主人公は、やなぎ食堂を営む夫婦の息子板倉信雄、小学校2年生8歳、そして、彼と短い期間を過ごすのが、船上生活をする松本喜一(信雄と同じくらいの年齢だが学校には行っていない)とその姉の銀子(喜一より2~3歳年上)です。大阪の地図をながめてみましたが、その場所には行ったことがなく、なんとなく、行ったことのある広島市の風景に似ていたので、広島をイメージしながら読みすすめました。
 成人した板倉信雄が、小学生の頃にあった出来事を思い出して書いた小説です。時代は昭和30年、戦後10年を経過していますが、いまだ戦争の記憶とか、貧しさをひきずっています。あわせて、時代の転換期を迎えつつある時期です。輸送手段としての馬車はトラックへ転換する時期として記述があります。市電はやがて姿を消すことになります。また、人間の世代交代の時期であり、戦地体験者が亡くなることが「死」を考える命題として提示されています。「すかみたいな死に方(はずれのような死にかた)」という表現によって、人生のはかなさが読者へ伝わってきます。満州、ビルマという地名の響きには戦争未体験者でも、うつむきたくなります。
 風景描写が秀逸です。軍歌、河に棲む(すむ)お化け鯉、見張り番のように河を見つめる信雄の姿、喜一が火をつけた蟹の動き、祭り囃子(はやし)など、文章が幾層にも重ねられていきます。
郭舟(くるわぶね)。母親の売春収入で暮らす松本姉弟(きょうだい)です。差別される者も差別する者も貧しい。人間がもつ「悪」を素材にしてつくるのが「小説」です。さげすまれた人間は、自分よりも弱いものをいじめることで、ストレスを昇華させます。
 最後に、気に入った文章表現です。「雨が急に太くなった」。「あのおっちゃんこないだ死にはったんや」。喜一の母を買ったおっちゃんが死んだわけで、喜一の心に悲しみはない。

(2007年に書いた感想で、ブログを始めた初期です。短くて恥ずかしい。)
大阪が舞台です。
作者の才能と作品の魅力を感じます。
「優駿」(ゆうしゅん)もこの作家でした。
セリフが生きている。
読みながら、自分も作家になりたいと思う。


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