2013年06月25日

ニセ坊っちゃん 東貴博

ニセ坊っちゃん 東貴博 幻冬社文庫

 ひさしぶりに「恩(おん)」という言葉を思い出しました。仰げば尊しわが師の「恩」です。作中では、師への「恩」はありませんが、父親への「恩」が延々と語られています。ちょっと甘えた「パパ」という呼称で思い出がつづられていきます。
 「恩」は、親からみれば、子をもつ親の重い責任です。愛情表現です。親はできそこないのこどもをもったとしても自ら(みずから)のこどもであることから喜怒哀楽をもってこどもを正しい道へと導く責任を抱えています。
 あとさきになりましたが、作者は人を笑わせてハッピーにする仕事をしていたコメディアン東八郎さんの息子です。おとうさんは、昭和63年に脳出血で52歳の若さで急逝されています。本名飛田義一、没後20年以上が経過しました。
 有名芸能人のこどもであるがゆえの小学生当時の悩みがあります。細かい話が多い。花札のやりとりはなつかしい。作者自身の気持ちばかりの記述ですが、同じくこどもであった兄や妹たちはどんなふうに感じていたのだろう。作者自身は「狡猾(こうかつ、ずるい)」な性格設定です。ずるさの要因として、周囲の目を気にしすぎる神経質があります。
 ページをめくりながら、印象に残った部分を出して感想を添えます。
 「パパは有名、すごい」。(実は迷惑な話です。こどもにとっては精神的な負担です。比較は苦しさにつながる。)
 「お前の親父ってバカだよな!」は、最高のほめ言葉だった。(それがわかるまでには長い時間がかかる。)
 「ニセ坊ちゃん」。(坊ちゃんのふりをしていた。したかった。)
 亡父の言葉「うちのパパが一番とこどもから言われるようになりたい」
 自分がグレて何かをしたらパパの仕事に多大な迷惑をかけると確信した。(有名でも無名でも親には迷惑がかかる。)
 「東八郎の息子でよかった」
 「なるべく不良の少ない学校に行きたかった」(作中では、作者のまわりは不良だらけです。作者は周囲に染まります。)
 「できたらパパ、たかひろに大学に行ってほしい」。この部分は胸にぐっときます。父親の学歴は小学校卒です。貧乏だったから義務教育も受けられなかった。息子からみて、「小卒なのにこんなにがんばっている。」
 「やればできる子だった」(だれでも勉強はコツコツ積み重ねていけばある程度の水準まで達することができる。)
 受験当日の朝、テーブルにパパのつくった弁当が置いてあった。横にがんばれ!と書かれた手紙があった。(作者は手紙をお守りがわりにして高校受験に挑み見事合格します。人は、自分のために生きるのではなく、自分ではないだれかのために生きるという心もちがないと安定した人間関係を築くことはむずかしいと感じました。)
 「何があっても、俺はおまえの味方だ。」。(たとえば、自分のこどもが犯罪者になったとしても、親はこどもを信じる。)
 父の死後、萩本欽一さんの言葉「君のお父さんに教わったことを、今度はぼくが君に教える番だ。」
 作者の父は、死してなお、家族を支え続けます。「永遠の0(ゼロ)」主人公特攻隊飛行士宮部久蔵さんと同じです。


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