2013年03月27日

横道世之介 吉田修一

横道世之介 吉田修一 毎日新聞社

 第三者の視点で観察記述が続きます。72ページ付近で、読み手は、横道世之介は、もう死んでいるのだろうと気づきます。彼は長崎県から東京の大学へ進学します。時代背景は1970年代後半から80年代前半でしょう。
 横道君の個性は明確ではありません。読者は、読み始める前に、横道世之介という氏名から西郷隆盛氏のような豪放快活なイメージをもちますが、彼の性格は平凡です。対して、彼がつきあう与謝野祥子さんの個性は常識を突き抜けています。ふたりがつきあうとは思いがたいのですが、読みながら妥協できます。
 1年間の物語です。章は月(1月、2月…)で成り立っています。起承転結の展開ではなく、日記の掘り起こしで出来事がつくられています。読後感は「郷愁」です。
 登場人物たちは、理論とか理屈に基づいて動くのではなく、「流れ」とか「勢い」で行動していきます。無駄な動きが多いのですが、それが青春であることには共感します。50代になった今、卒業アルバムの写真を見ながら、このうちの何人が存命しているのだろうかという想いにかられた作品でした。


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