2013年03月26日

優駿上・下 再読 宮本輝 

優駿上・下(ゆうしゅん、優秀な競馬の競走馬のこと)再読 宮本輝 新潮文庫

 名作です。25年ぐらい前、30代始めに読みました。ながい歳月を経て再読するとどんな感想をもつのだろう。一頭の競走馬「オラシオン(祈りという意味)」に複数のグループに属する他人たちが祈りをこめて、彼の一等賞を願うのです。彼が、競馬で勝ったらかなう夢とか決断・決心が重なるのです。
 北海道に行ったことがあります。現地を知っていると小説の内容が身近です。日高ケンタッキーファームには二度行きました。最初に行ったとき、北海道はヨーロッパみたいだと感じました。二度目にファームに泊った時、西洋人若い女性が馬に乗っている姿をみて、ここはやっぱり日本とは別の世界だと思いました。北海道の大自然が目に浮かびます。(同ファームは4年前に閉館しました。)
 渡海博正は競走馬の生産者渡海千造の息子で18歳です。彼の牧場で、雌馬ハナカゲと種馬ウラジミールとの交配で幼少期は「クロ」という名前の額に星の模様をもつ牡馬(おすうま)が誕生します。渡海博正は、「クロ」の馬主になる和具久美子18歳(和具工業和具平八郎の娘)を好きになります。彼女には、父親の婚外子である田野誠15歳という腎臓病によって腎臓移植が必要な異母弟がいます。同社の社長秘書多田時夫は精子が薄くてこどもができない苦悩をかかえています。彼が、「クロ」の名前を「オラシオン(スペイン語で祈り)」と名付けます。
 渡海博正にとって、和具久美子は雲の上の存在です。久美子との結婚を求めて増矢武志という騎士の親子が迫ってきます。久美子はそんなことよりも異母弟の命を助けるために父親に父親から誠への腎臓移植を迫ります。
 ひとつ、馬の血筋にからめて、「血統」の話があります。異母弟の扱いです。和具夫婦には互いを思いやる心もちはありません。父親と娘は同じ血をもつ異母弟に神経を集中させます。
 社長秘書「多田時夫」35歳の個性設定が成功しています。彼は情がある人間です。ゆるいだけのキャラクターではありません。幼い頃、両親が離婚、父方祖母に育てられました。実母に会いたくて少年期にバイトで旅費を貯めて九州の母親宅まで行っています。そこには、母親と新しい夫との子どもがいました。母親からは冷たい言葉をかけられていまだにショックをひきずっています。彼の冷血漢はそんな過去からきていて、だました女性からは「ピノキオ」(人間じゃない)と呼ばれました。
 冒頭付近では「競馬はロマンか」という答がありそうでない素材への思考があります。競走馬の種付け風景はまるでサイボーグの製作シーンで、行為は「金のため」という目的に集中します。そこには、「生活のため」という切実さも混じります。
 登場人物たちは、ひとりひとりが、なにがしかの苦悩をかかえています。他者を傷つけたこともあるし、他者から傷つけられたこともある人たちです。作品中では、この平衡感覚がときおり文章で表現されています。
 上巻を読み終えたところです。ここまでで気に入った表現を列記しておきます。
 馬は出産後、8日目から12日目にふたたび妊娠の時期を迎える。(競走馬製作にあたって、牝馬は出産した途端妊娠しなければならない)
 ただの人間の道楽
 (大金を賭けて)馬が走り出した瞬間、(自分が)死ぬのではないかと思った。
 社長秘書多田時夫が社長和具平八郎に向かって「(平八郎の婚外子)誠を死なせたくない」
 一世一代のばくちをうつ。
 引退後大学の馬術部に寄附
 愛には金が要る(いる)
 オラシオン(スペイン語。祈り)
 16歳の多田少年が、3歳の時に生き別れた母親に九州まで会いに行って、母親から「もう親子ではない。迷惑。」
 何度か出てくる表現として「母の肉は子の肉、子の骨は母の骨」
 (ミラクルバードという競走馬について)顔を蹴られて死にかけて、生き返ったとき(馬は)人間になった。
 騎手奈良五郎の意志決定として、毎レース死ぬ気で走る。ターフの上(レース場)で死ぬ。

(つづく)

 目覚めたときの夢見がいいので助かります。夢の中でも仕事をしている自分がいます。たいていは、苦闘していて、うなされます。この小説を読んでいてみる夢も仕事の夢ですが、心地良く働いている夢をみます。小説の内容が良質で落ち着きます。どろどろとした企業間競争とか冷徹な部分があるのですが、根底に流れている意思は人間の優しさです。
 下巻の136ページまできました。あと250ページぐらいです。できればきょう、読み終えたい。
 オラシオンが挑戦するレースはダービーになるでしょう。上巻から2年半の月日が流れています。
 作品中の高齢になったおとなたちは、若人(わこうど)に賭(か)けています。伝承です。作品のあちこちにギャンブルの要素がちりばめられています。
 全体をふりかえると終わった時代です。25年前の日本の経済状態を背景においた日常生活を仕事とは少しはなれた競走馬世界で表現してあります。その後日本の経済は低迷し衰退しました。上巻では18歳博正の10年後、20年後の牧場拡張の夢が語られていますが、現実にはかなわなかった夢です。昭和時代末期の物語です。

(つづく)

 ただいま23:00。なんとか読み終えたので感想を継ぎ足します。
 作中で昔と今を比較する。国鉄はもうない。作中に大阪空港はあるけれど関西空港はない。記述内容にセクハラはあり。公衆電話のダイヤル式赤電話はない。
 本作品を堪能するためには、競馬の知識と馬券を買ったことがある経験が必要です。1ハロン=約201m。レースのかけひきはマラソンに似ている。だれがこのレースを引っ張るのか。だれが1着になる見込みなのか、走りながら考える。これまでの実績とか有名か無名かは関係ない。コンディションと運はレースごとに異なる。
 「満たされてはいけない」。満たされると未来にゆきづまる。
 天才は近親婚によって生まれる。
 途中経過で悲観することはない。最終場面で勝ち組ならよし。卑怯者は最後には負ける。
 そんなこんなを思いながら最終ページに到達しました。
 下巻で心に響いた部分を書いて終わります。
 競馬は結局さびしくてむなしい遊び
 「訣別(けつべつ、物別れ)」
 跡を継ぐ者がいない。
 夢なんかもつな。夢をもつから苦しむ。
 みんなもちつもたれつだ。
 「お願いですから、お父さんの腎臓をください」
 うらみは捨てたが許してはいない。
 オラシオンが生まれてからいろんな問題が洪水のように押し寄せてきた。
 俺は生涯、俺を許さん。
 馬は心で走る。


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