2013年02月17日

海賊とよばれた男 上・下 百田尚樹

海賊とよばれた男 上・下 百田尚樹 講談社

 本屋大賞候補作8作品目の読書です。
 2年前読んでいたのは同作者の「錨を上げよ(いかりをあげよ)」でした。膨大な文字数の大長編でした。23年7月16日から読み始めて、同年8月20日に読み終えたと記録に残っています。作者が主人公又三に自分自身を重ねた自叙伝の様子がありましたが、彼の行動は破天荒で、ありえぬほどの現実離れしたものでした。第5章「嵐」北海道納沙布からソ連が支配する海域へウニの密猟をしにいったときの激しい記述は今も脳裏に残っています。
 この作家さんの特徴として、長編でもすいすい読めるというところがあります。読みやすい文章です。さて、この本の感想を書き始めてみます。今は、上巻第一章「朱夏」を過ぎたあたりです。
 第一章「朱夏」どうしたのだろう。文章量が少ない。これまで読んだ同作者の作品群と異なって、文全体に重厚さと勢いがない。石油取扱い業界で名をなした人の伝記となっています。しかし、あくまでも創作を読むという立場は崩したくない。
国岡鐡造(てつぞう)60歳という方が主人公です。時代は1945年8月15日第二次世界大戦日本での終戦日から始まります。石油業界の幹部社員さんたちの名前がたくさん登場します。国岡さんが経営する石油販売会社国岡商店の社是(しゃぜ、会社の方針・主張)は、「社員は家族」、「非上場(株式会社化しない)」、「定年制度不要」、「労働組合不要」です。いまどき、考えられない思想です。社員は1000名以上で、大半は戦地へ行ったままです。戦後の荒野となった日本に仕事はなく、ふつうなら倒産です。でも、国岡店長は、だれひとり解雇しないと宣言します。なぜなら、社員は家族だからです。NHK番組「プロジェクトX」を思い出しました。国岡氏の視野は広い。一企業としての利潤追求はしない。日本国という立場で企業を興す(おこす)。財産を失ったら乞食をやればいいという割り切りのよさがあります。
 第一章を読み終えて、このままでは、とある人物の偉人伝で終わってしまうとあやぶみました。過去へ戻って、彼が「海賊」であった部分を引き出さなければなりません。そう考えて第二章「青春」へ移りました。明治18年からスタートです。期待は裏切られませんでした。
 第二章「青春」この章で終わる上巻を読み終えました。主人公国岡氏を助けてくれる人たちがいることが、ここまでの感動の種です。資産家であったり、銀行員であったり、従業員であったりします。本は、会社に依頼されて取材して作成した会社の歴史、社史のようです。このままでは、項目を箇条書きにしただけの会社史で終わってしまいます。この作者さんの最大の武器は、最も後半部での急上昇する渦巻き表現です。最後まで到達しないとわからない。
「財産は人(従業員)」という言葉は、今の会社組織に対する痛烈な批判と受け取りました。正規社員は必要ないのです。人物重視という意識はないのです。生産者と消費者が得をするために安い価格設定をする。そのことも含めて、海上で油の販売をする。その商売手法を「海賊」と称する。
 352ページに同作者「永遠の0(ゼロ)」の主人公ゼロ戦操縦士宮部久蔵さんが登場します。なつかしい。別の本ですが、同様に本屋大賞候補作「光圀伝」では、同一作者作品「天地明察」の主人公安井算哲が登場します。作家は物語の創作をとおして、自分自身の世界を形成していきます。

(つづく)
(下巻を読み終えました)
 第三章「白秋」、第四章「玄冬」、終章という構成でした。
 感動はちいさかった。やはり社史の域を出ていませんでした。記述するにあたり、制約が多かったのかもしれません。
 なれあい社会の中から「孤高(孤立しながらも他にぬきんでた能力と意志をもつ人)」が抜け出した。お金はないけれど、大きな夢があった戦後間もなくの厳しい労働環境。アジアの国々にとって、アメリカ合衆国は資源の搾取者であって親友ではない。寄せてくる海の波を乗り越えるごとく船を動かしてゆく行為が「海賊」であり、すばらしい男たちのサクセスストーリー(成功物語)となっていました。高度経済成長期であったことからやれたことという運もありました。
 サムライタイプの先輩たちは見当たらなくなってきました。個人からグループによる統制の時代です。過去においては、各組織の個人が強大な権力を握っていました。彼らが日本の再興を目指してリードしてきました。
書中では、アメリカ合衆国を中心とした占領からの脱出を目標として「自由」を手に入れる論争が繰り広げられます。未来が訪れてみないとわからない正解のない議論です。
政府や大企業とちがって、国岡商店は小回りがきく会社でした。店主はマイナスをプラスに転じる発想をもっている闘志の固まりの人でした。
 教訓の本でもあります。目的を達成するためには、「賭け」をして、「運」にのる必要があります。神さまに頼るほどの「信仰心」もいります。お金をコントロールする。お金にコントロールされない。お世話になった人や物に感謝の意を表わす。人を大切にして再起を促す。主人公は50歳から爆発的な業績を残し始めます。人生の後半が勝負。義理人情を重んじた昔の日本社会をふりかえる本でした。
 最後に、今あるものは、70年前にはなかったと感慨にふけりました。
書中で、イランに石油の買い付けに行った武知氏が怒鳴るシーンがあります。のらりくらりとした態度をとるイラン人に対して店主の命を受けた社員が利潤の追求のためにしていることではないと激情をこめて価格数値の交渉をします。ともすれば、契約話が御破算になる行為です。涙がにじました。対するイラン国及びイラン人の態度も立派でした。

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