2013年02月13日

ふくわらい 西加奈子

ふくわらい 西加奈子 朝日新聞出版

 本の扉をめくって「えッ!?」 大きなクジラの絵が目に飛び込んできました。先日読んだのは「晴天の迷いクジラ」でした。読み始めてみると、同作と同じ「鬱(うつ)」が素材になっているらしい気配がありました。鬱の人はクジラを見たい願望があるようです。本屋大賞候補作7作品目の読書です。
 哀愁に満ちた幻想的な物語でした。人はかよわいものであることが、ひしひしとこの身に伝わってきます。主人公である鳴木戸定(なるきどさだ、25歳女性、編集者)の個性設定が成功しています。定は肉親がなくひとりぼっちです。母親は腎臓病でしたが、無理をして定を出産し、定が4歳のときに腎臓病で亡くなっています。父親は紀行作家でしたが、小学生だった定と一緒にアフリカ冒険旅行中、ワニに喰われて亡くなっています。
 おとなになった定の感情には、喜怒哀楽がありません。思考回路もふつうではありません。頭脳のなかには、幼児の頃から好きだった「ふくわらい」がぐるぐる回っています。人の顔を見て、その人の顔のパーツの位置を変えたり、形状を変えたりすることが習慣です。友情とか恋愛がなんなのかも理解したり体感したりすることができません。幼少期から思春期の通常ではない体験がフラッシュバック(瞬間的に過去の記憶がよみがえる)します。消してしまいたいけれど、消すことのできない思い出です。口をきかなかった少女時代。闇が好き。異様な匂いに包まれる雰囲気が好き。タオルを巻いて目を隠してじっとしながら頭の中でふくわらいをすることが好き。
 現実社会でも定のような若者が増えました。必要最低限の会話しかしない。無言。挨拶の返答なし。耳にはイヤホン。ひとりで壁に向かって食事。毛布にくるまってひとりの世界にひきこもる。病んでいるのか性格なのか何でそうなるのか。社会生活に適応できない障害なのか。定の場合は、幼少期の過激な体験が原因です。彼女は、人肉を焼いて食べた過去があります。今もなお、そのときの味や硬さ、臭いの記憶が残っています。かといって、定は弱い人間ではありません。母亡き後、父親と各国を旅した思い出が定の毎日の生活を支えています。それでもときに読み手は、さみしくなりホロリときます。
 定は、顔のパーツ(部分)を組み合わせることが好きですが、同じくらい、言葉の組合せをすることが大好きです。そのことから、作者の小説創作に関する強い意思が作品の背後から読者に伸びてきます。作家が作家である理由と物語を書き続ける決意がみなぎっています。
 登場人物は作家水森次郎91歳、病気で筆をもつことができず、妻ヨシが口述筆記をしています。すべては「ふくわらい」に通じます。伝承、憑依(ひょうい、のりうつり)です。定は「ふくわらい」から、絵、言葉、変化を学びました。
 定に恋する視覚障害者、白い杖を美しく回転させる武智次郎(顔はイタリア人、日本人とのハーフ)が言う「先っちょだけ」には笑わされました。その後の展開もよく、案外「先っちょだけ」は意味深い。武智の定に対するいちずな思いには心をうたれる部分がありました。セリフに真価があります。女性はうれしいだろうなあ。
 うつ病の巨漢プロレスラー守口廃尊(もりぐちばいそん)が登場します。彼は定の父親が書いた紀行文作品のファンでもあります。「大河紀行」。その本が定に光を与えてくれます。天国にいる両親からの光です。両親の愛情、川の字になって、家族そろって寝ていた頃を奇跡的に思い出して、眠っていた定の感情は発散されます。涙を流して泣くことを体が思い出します。
 なりたいものになろうとして努力するけれど、なりたいものになれない。なれないけれど、ここまできたら、なれないまま、生活するしかない。それが、アーチストであり、プロスポーツ選手であり、画家や作家である。作品の背後にはそういった意識が隠されています。
 ラストシーンはどうかなあという疑問をもちました。ちょっとやりすぎのような気がします。「純愛」がくずれました。


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