2013年01月29日

楽園のカンヴァス 原田マハ

楽園のカンヴァス 原田マハ 新潮社

 本屋大賞候補作2本目の読書です。
 どういった趣旨の物語なのだろうと思い描きながら読んだ最初の100ページでした。疑心暗鬼、つかみどころのない不安を伴いました。ところが、100ページを過ぎると、グイグイと展開にひきずりこまれました。いっきに最終ページ294ページまで疾走しました。フランスへ行きたいとまで思わせてくれたこの本は、読み手をヨーロピアン(ヨーロッパ人の意識)に変えてくれます。情景描写では、モンマルトルの丘とか、布施明さんのカルチェラタンの歌が聴こえてきます。
 現代と画家アンリ・ルソー、そしてパブロ・ピカソが生きていた100年前の時間差表現です。そして、現代と17年前のエピソードがつながる時間差表現も含まれています。
 岡山県倉敷市大原美術館で監視員を務める早川織絵43歳は遠い過去にアメリカ合衆国で事故死した商社フランス支店長の父親とともに、高校生時代をフランスで過ごしています。ソルボンヌ大学卒の彼女は、若き頃、美術界で輝かしい業績を残しました。今は、未婚の母として、ハーフの娘真絵(さなえ、高校2年生)と老いた母親と3人で暮らしています。彼女にアメリカ合衆国ニューヨークにある美術館幹部職員(チーフ・キュレーター学芸部長)ティム・ブラウンからお呼びがかかります。ふたりは、昔、スイスのバーゼルで、アンリ・ルソー作品の真贋(しんがん、本物・偽物)を鑑定するための対決をしたことがありました。
 物語のなかに、もうひとつの物語が挿入されています。絵を描きたくて税関吏を40歳で辞めたルソーの伝記です。酷評されつづけた彼の作品に日をあてたのがピカソとなっています。絵を観て真贋を判定するのではなく、物語を読んでタイトル絵画作品である「夢をみた」が本物か偽物かを決めるのです。推理小説の要素があります。登場人物たちと一緒になって自分も考えをめぐらせる一体感があります。
 絵と同様に、人物も本物・偽物の世界を設定してあります。名前もまぎらわしくしてあります。トムとティム、織絵と真絵(さなえ)ほかです。
 美術の歴史、美術史を読んでいるようでもありました。既成の描き方を否定する運動、「創造者」あるいは「破壊者」と呼ばれたピカソが中心になった時代です。絵とは感じること。描かれている人物や動植物が生きているような強い衝撃を受けること。カンヴァスの上に楽園を想像できること。
 ルソーの実生活を書いてある文章からは、だれがそれを書いたのかということに意識は集中します。幾人かの名前が頭に浮かんでは消えていきます。同時にルソーの生活に愛情が湧きだします。貧困、老いらくの恋、妻子という親族を亡くした失意などです。作品が高評価されることなく、彼は66歳でこの世を去っています。
 最終部のどんでんがえしは見事でした。絵画作品「夢をみた」を中心にすえながら、読者も夢をみました。女神となった貧しきフランス夫人ヤドヴィガが握っていたものは明確に語られませんが当時の画家たち、今生きている人間たちにも夢と希望を与えてくれるものでした。


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