2012年11月26日

そろそろ旅に 松井今朝子

そろそろ旅に 松井今朝子 講談社

 十返舎一九こと重田与三郎が東海道中膝栗毛を執筆する前の生活が語られています。一九が20歳の頃から始まります。ちょうどこの本を電車の中で読んでいるとき、吊り広告に「トコトコ東海道」というキャッチコピーが目にとまりほほえみました。
 一九は、静岡県に生まれ、下級武士をしていたのですが、大坂(大阪)へ転勤となった上司を頼って幼馴染の太吉とともに東海道を下ります。時は江戸時代、田沼意次氏が権力を振るっていた頃です。今から200年と少し前になります。大坂の様子がよくわかります。
 槍の使い手だった一九は、浄瑠璃に深く興味をもち、恋をして、武士を辞め、材木問屋に婿養子のような立場で入りますが、やがて離婚して失意のままに江戸へ戻ります。細かな様子は史実に基づくものなのか創作なのかはわかりませんが、すばらしい。若い頃の一九の生活は、現代サラリーマンの様子にも似ています。仕事はほどほど趣味に専念、そういうタイプは今も居ます。交渉の仲介役に立たされて十分な役割を果たせずに自信をなくしていく。よくあることです。一九のありようは、なんだか、自分を見ているような気持ちにさせられました。
 最初の奥さん、お絹さんはなんとやさしい女性なのか。NHKの大河ドラマを見ているようでもあります。以前訪れたことのある中山道木曾の妻籠(つまご)とか馬籠(まごめ)の宿を思い出しました。お絹さんを始めとした大坂の人たちとの淋しい別れは、やがて江戸での新しい出会いへとつながっていきます。旅は人生そのものです。長い歳月の間に起きたあれこれの記憶がよみがえりつつ、そのことが作品「東海道中膝栗毛」に注ぎ込まれていく。この本の282ページにある本屋「蔦屋」は今の「TSUTAYA」なのでしょう。わたしは一九に対して親近感が湧きます。自分に似ている。それから、東海道中膝栗毛は映画「フーテンの寅さん」の原型ではなかろうかと思いました。


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