2012年11月22日

徘徊老人の夏 種村季弘

徘徊老人の夏 種村季弘(たねむらすえひろ) ちくま文庫

 わたしは作者を存じ上げませんが、作者はすでに亡くなっています。また、書名は「徘徊老人(はいかいろうじん)」ですが、作者は徘徊老人ではありませんでした。そこが、本を買ったときのわたしの誤解でした。内容の全体は、短いエッセイ集となっています。
 全体をとおして、古い過去のことを記したものとなっています。昭和時代の後半に関する歴史書の様相があります。自慢に感じる文章も読み進むうちに味わいが出てきて、「伝承」とか「遺産」に値します。落ち着きます。エッセイの最後で「オチ」をつける書き方がしてありますが、オチがなくても十分完成しています。
 26ページ、失業保険で暮らしていたときの「無時間」がいい。77ページ、守銭奴(しゅせんど)と貧乏人の違いがいい、87ページ、箱根と洋食の記事がいい、150ページ、女子高生の温泉好きがいい、彼女たちが今、バス旅行好きなおばあさんになっているのでしょう。154ページ、四国へ渡るマリンライナーには、わたしも乗車したことがあるので、親近感が湧きました。有名作家や芸術家のお名前が次々と登場して、この作者はどれほど有名な人なのだろうかと驚きました。ことに、私が高校生の頃大好きだった詩人金子光晴氏については、着物姿でよろよろと歩いていたらしく、彼の詩から受ける印象とは正反対でした。294ページ、機械音の無い生活には、わたしもあこがれます。
 作者は翻訳を中心とした自由業の人らしい。定められた勤務時間がないその生活がうらやましい。仕事自体も自分の好きな趣味の延長のようであるらしく、その労働時間の半分は楽しんで働いていたようです。
 後半に作者が脳梗塞で右半身麻痺になる記事があります。現実感に満ちています。彼は、川の流れにのって遠ざかっていった笹舟のようです。あとには何も残らない。本全体の記述は消えたしまったモノについて書かれてあります。死ぬということは、消えてなくなることでした。


この記事へのトラックバックURL

http://kumataro.mediacat-blog.jp/t85439
※このエントリーではブログ管理者の設定により、ブログ管理者に承認されるまでコメントは反映されません
上の画像に書かれている文字を入力して下さい