2012年11月20日

鉄の骨 池井戸潤

鉄の骨 池井戸潤 講談社文庫

 よくできた企業小説です。646ページありますが、長さを感じません。建築業界の談合に検察庁の捜査、一松組(建設会社)業務課の主役富島平太(信州上田出身)の恋人銀行員野村萌をからませた銀行の内部事情など話題に飽きさせません。読み始めは仕事を思い出しちょっと気持ちが沈みますが、読むペースがのってくると読む苦痛を忘れました。
 内容は1990年代の業界と感じました。それからの年月で入札を始めとした契約手法、取引は厳格さを求められるようになり、平太の母親と陰の実力者三橋萬造のような私情を交えた人間関係は排除されるようになりました。とはいえ、血縁・姻族関係を中心とした支配者階級の組織構成は今なお残っています。それらの点からこの作品の芯にある価値観の評価は人間観察の点において水準が高い。
 選ばれた者たちのストーリーに負けん気と真面目さがとりえの凡人平太がからんでいきます。彼は談合話にまみれながらも最後は自分の意志を遂げます。決断をもって実行し、自分がしたことはしたこととして事実を話し、罪逃れのための嘘はつかない。これからも立派な建築物をつくってほしい。恋人の萌も背伸びせず、自分が気楽に話できる平太を選択して、エリート意識強く、差別意識もつよい男性から離れる。そこにあるふたりの素直な人間性に共感します。
 ちょうど読んでいるときにいきなり衆議院が解散して、作品中の政治話とからみあい臨場感が増しました。読み始めは、裏社会の研修資料を読んでいるようでもありました。ここまで書いていいのだろうかとちょっと作者の身を心配しました。「下町ロケット」の作者さんでもあります。
 心に残ったセリフやシーンです。
 「ようこそ本音の世界へ」、「今が一番いい。そう思うようにしている。」、「金は票と一体」、結論を出さないのが結論というやりとり、自分がおもしろいと思える仕事をする。続けて「人生なんてあっという間よ」


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