2012年10月13日

夜のピクニック(再読) 恩田陸

夜のピクニック(再読) 恩田陸 新潮文庫

 本を読んで、映画を観て、もう一度本を読んでみました。その間(かん)はたぶん3年以上の期間があります。「ひきずる」ということについて感想をもちました。この物語では、言いたくても言えないこと、聞きたくても聞けないことが言えて聞けて解決に向かっています。たいていは、そのまま、悪い印象のまま、卒業し何十年もの時が流れてゆきます。40年ぐらい経って、なにかのはずみに再会する、あるいは再会しそうになることが現実にあります。かなり苦しい状況に位置することになります。大昔のことだからではすまされません。わびて済むものでもなく、責任にさいなまれます。
 小説を読むのは二度目ですし、録画した映画は夕食時の家族おしゃべりタイムのBGMでしたので、何度も巻き戻して観ました。ほぼ原作に忠実な映画だったので、文章を読みながら映画の映像が重なります。映画の舞台は茨城県でした。映画の冒頭で舞台は千葉県だと思いましたが少し違っていました。
 秘め事に関して言えば、十代の頃の秘密は、実はだれもが知っていたということに二十代になって気づきます。この世はオープンです。自分だけが知っていることは少ない。
 映画と小説では、最後の一部分が異なります。映画ではタカコがもう一度いつか一緒に歩きたいと言いますが、小説では、わたしのうちに来てと、とおるを誘いとおるは受諾します。
 言うまでもなく、「とおる」と「しのぶ」の男同士の友情が描かれています。人生は長いけれど親友はなかなかできません。利害関係のない学生時代が希少なチャンスの時期のひとつです。
 勘違いしていました。中絶した女子高生の父親はしのぶだと思っていました。小説では明確に否定されています。


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