2012年09月15日

我輩は猫である 夏目漱石

吾輩は猫である 上・下 夏目漱石 集英社文庫

 作者37歳のときの作品です。「こころ」を書いた人と同じ人が書いたとは思えません。
本音が書かれています。作者は、思考と筆記表現の天才です。第一章の終わりにはしみじみとしました。猫の目を借りて、作者自身の生活を自ら滑稽(こっけい)に分析しています。日記が基になっていると思います。心理分析は作者が二重人格者であるようです。作者は文章を書く行為を楽しんでいる。この猫は最後にどうなるのだろうか。猫の目による人間生活観察後の表記はすばらしい。
 100年前の作者の知識量に感嘆します。しかし、作者は世界の狭い人だったのではなかろうか。同等の水準で会話ができる友人・知人が限られてきます。それから、自分の身の回りにいる人たちのことをこれだけ書いて抗議を受けなかったのだろうか。
 猫は自由でいいなあ。どこでも好きな家へ入り込める。落語のようです。この作品は、小説家としてスタートするための試験的作品だったような気がします。面白おかしく書いてありますが、その実、作者のさみしさがただよってきます。主人の怠けぶりの記述が楽しい。
 不思議なことがあります。明治時代初期の暮らし向きを指して、今が最高という書き方をしてあります。エアコンも車も電話もない。それらを求めるという発想もない。夏は暑いように、冬は寒いように暮らしていく。この時代の人たちは生活に不便さを感じていません。
 書くエネルギーはすさまじい。猫は漱石で、猫は死に近い位置に居る。しかし死ねないと思う。

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