2012年09月05日

兄弟 なかにし礼

兄弟 なかにし礼 新潮文庫

なにゆえそこまで作者は兄を憎むのか。
お金が原因であることはわかるが、冒頭で詳細は記述されない。
兄は戦争の犠牲者なのだろうか。
人間は極限状態の苦痛を味わうとその事実を口にできなくなる。
不思議だ、作者の兄の女がらみの素行は、先日読んだ「ゆっくり歩け、空を見ろ」そのまんま東氏の父に似ている。ふたつの作品がつながっていて、ひとつの作品に感じてしまう。
この本は、同作者「赤い月」の解説版となっている。
兄の影響があったからこそ今のなかにし礼氏があるということは否めない。
兄は終戦時に一度自分を殺したのではないか。
国家をはじめとしたすべての人類と人間の所業に不信感を抱いたのではないか。
北海道の風景描写は作詞そのものだ。
にしん漁の記述は「すごい」のひとことに尽きる。ぐいぐいと引き込まれる。この本を読んでよかったと思う。私は脱帽である。作者の体験にはかなわない。
男のためにこどもを捨てることができる母親がいる。

(つづく)

作者は自分の人生を清算したかったから本を書き始めた。
浅草での生活における記述では、「しゃべれどもしゃべれども」佐藤多佳子著の光景が目に浮かんでくる。
本というものは、総体的に日本人の生活の記録、歴史書ではないかと思えてくる。
作者はいったいいつまで過去にとらわれるのだろう。
作者の最初の奥さんが可哀想だ。
自由のために妻子を捨てることができる男がいる。
お金があると失うもの、お金がないから得ることができるもの。
作者が親兄弟と会う年数の間隔が長いことに驚く。5年とか6年に一回とか。
借金王の兄が迷惑をかけたのは弟である作者だけではないだろう。周囲の人たちみんなが苦労をかけられただろう。
全体をとおして「すさまじい」のひとことに尽きる。


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