2012年08月12日

人間失格 太宰治

人間失格 太宰治 新潮文庫

 読み始めたのは「人間失格」太宰治、新潮文庫です。古本屋さんで手に入れました。39才、女性と入水自殺する前に書かれているので、遺書のように自分の人生を振り返るような記述で始まっています。こどもが書いたような文章に思える部分もあります。天才であるが故の悩み、自虐的な自己分析が続きます。
 読んでいるとむかし聴いた森田童子(どうし)という女性の歌声を思い出します。以前リバイバルされたようですが、そうではなくもっと前、昭和40年代のオリジナルです。人が死んでしまう歌ばかりなのですが、思春期の私には共感できました。今になって思えば、通過点として人には誰しもそんな時代がある。太宰という人はずっとその世界に居続けた人なのだろうかと感じます。生まれてきてすいませんという本人の言葉が浮かびました。

 読み終えました。思うままに記してみます。どこまでが虚構で、どこまでが事実なのか。作者自身を責め続ける記述が続く。読むことがつらくなってくる。世界が狭い。世の中にはもっと広い世界があることを記述は語らない。思いつめている。他者のありように義憤をぶつけつつ、自分を甘やかしている。いつもなら本を閉じて読むことを絶つのだけれど、なぜかしらゆっくりだけれど読み進んでいく。事実だと仮定して、何枚かの写真が脳裏に浮かんでくる。本の中の登場人物たちはすでにこの世にいない。消えてしまった人たちの姿が見えてくる。後半、文章が乱れてくる。脆弱(ぜいじゃく)でこの部分の記述は不要でなかったかと感じていると、「人間として失格」という頭を強打する文に出会う。人間として失格とか合格とか、そんな規準も標準もない。人間をどのように捉(とら)えるのか。深い命題に突き当たる。

(その後)
 以上の感想文を書いたのはもう何年も前です。
 その後、生誕地の青森県を訪れて「斜陽館」の見学もしました。
 人間に失格はないけれど、最近感じるのは、どんな人間にも欠陥があるというものです。なにかしら足りないものがある。あるいは、余計なものがくっついている。完璧な人間はいない。だから、互いに助け合っていく。孤独にならないように気をつける。


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