2012年08月04日

なずな 堀江敏幸

なずな 堀江敏幸 集英社

 まだ読みかけですが感想を書き始めます。読みながら感想文を書くのがわたしの手法です。
 主人公記者は「菱山秀一」という名前で44才地方紙の記者、独身です。「なずな」は生後3か月近い乳児で女の子。秀一の弟亮ニ42才の娘です。弟はドイツで仕事中に交通事故に遭い骨折して現地の病院に入院しています。弟の妻明世44才はおそらくウィルス性の肝炎で日本国内の病院に入院中です。感染防止のために赤ちゃんは連れてくるなという指示です。やむなく、秀一がなずなちゃんを預かっているわけです。
 秀一の住むビルの1階が喫茶店兼夜は飲み屋<美津保>で、ママの名前が瑞穂さん、常連客の小児科医ジンゴロ先生(佐野甚五郎65才)、その奥さんが千紗子さん、出戻りの娘が友栄さんで、秀一は育児をふくめて佐野ファミリーにお世話になるのです。
 うまい文章運びです。舞台は伊都川市となっていますが、モデルの市がどこかはいまのところわかりません。私小説を読んでいるようです。章は18ページ刻みぐらいで読みやすい。雑誌に連載されていたからでしょう。
 四太という犬を飼う見崎さんという人が登場します。捨て犬に一太郎から名付けして二太郎、三太郎、四太郎をちぢめて四太です。
 静かに時が流れていきます。自分自身も遠い昔に妻の里帰り出産入院で3才の娘とひと月ほどふたり暮らしをしたことを思い出しました。保育園へ継続通園するために娘は家に残りました。寒い冬で苦労しました。子育ては気が遠くなるほどの忍耐をともなうと知りました。この本では、序盤、なずなちゃんの描写は少ない。あかちゃんだと説明の文字数も限られてきます。去年見た映画で、似たような設定で、「うさぎドロップ」がありました。いい映画でした。心にしみるいい映画はなかなか売れません。残念です。
 つまりこの物語は、親族とはいえ、自分のこどもではないこどもを育てるのです。できそうで、できません。
 この先も淡々と進行してゆくようです。
(つづく)
 293ページまできました。まだあと140ページぐらいあります。山も谷もありません。たんたんと日常が綴られてゆきます。育児の苦労話がないのは肩透かしでした。目の前のさまつなことを文章でていねいに描写・観察してゆくことで落ち着きが生まれてきます。2350gで生まれた赤ちゃんをそばに置き、話の中心は主人公をとりまく人物たちの平和な日々です。碁会所、ゲートボール、秀一さんはなずなちゃんのおむつ交換をしながら静かに語ります。ときおり、若い頃にしていたハンドボールの記事が入ります。東北地方かと思ったり、山梨県、静岡県あたりかと思ったり、舞台は固定できません。
(つづく)
 読み終えました。長かった。3週間ぐらいかかりました。ページのほとんどが文字で埋め尽くされています。良質な落語を聴いているようでした。
 平坦な内容です。なぜ、読みながら落ち着くのか考えてみました。登場人物のみなさんが善人です。「悪」がありません。かつ、登場人物たちは上品(じょうひん)です。邦画「東京物語」だったか、小津安二郎作品の世界を思い浮かべました。
 特徴は、20代の世代がもつ赤ちゃんではなく、40代の世代がもつ赤ちゃんであることです。334ページ付近に記述されているこの歳(とし、44歳)でおじになるのかというところに落ち着きが現れています。自分の人生にこのような瞬間とか期間が発生するとは予想もしなかったのです。そういうことはたいてい、事件とか事故に巻き込まれることを指すのですが、本作品の場合は反対で、よい事柄での現象となっています。次いで、高齢出産に関する記述が続きます。20代のような若々しさがないかわりに40代の落ち着きがあるのです。
 子育てをどちらかといえば積極的に体験した者の立場から話すと、赤ちゃんは自由を奪う。時間を奪う。代わりに平穏とか心の充足を与えてくれる存在です。本当に苦しい子育ては、生後半年を過ぎてから訪れます。この作品では、そこにまだ至らない状態での「なずなちゃん」を横に置き、おとなの世界を描いています。畑をつぶして、道路や高速道路にするとか、ホンダのシビックをアコードに買い換えるとか、ゲートボール場をつくるとかです。
 擬似家族の表現にチャレンジしている部分があります。菱山秀一さんと小児科医の娘友栄さんが夫婦で、なずなちゃんがふたりのこどもです。そうなるといいなという読者の期待感が読みながらほんわかとした雰囲気をつくりだすのです。なずなという名前自体が春の七草であり、日本的なやすらぎがあります。こういう書き方の小説は希少で価値があります。


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