2012年07月29日

ここがわたしのおうちです アイリーン・スピネリ


ここがわたしのおうちです アイリーン・スピネリ さ・え・ら書房

 作者の回顧録だろうか。アメリカピッツバーグで少女時代を過ごした思い出の記です。黄色い家に住んでいましたが、父親の失職で、白い家に引っ越しましたで終わります。文章は詩を主体とした散文です。主人公ダイアナは淋しさを詩作で克服してゆきます。
 読み始めの記述では、主人公はすでに亡くなっているのではないかと感じました。もしかしたら作者が亡くなった母親から聞いた話かもしれません。
各ページには絵本のように簡単なスケッチとデッサンが添えられています。わたしであるダイアナがいて、妹が愛称キララ(ルーシー)、パパとママ、ミソサザイという野鳥の家族も巣をつくっていたのが黄色い家です。親友のローズがいて、星には興味はないけれど天文マニアのダイアナの話をよく聴いてくれます。太陽は星だから、日焼けではなく、星焼けが正しいという文節はよかった。
 アメリカは父母の離婚が身近にある。離婚率が高い。離婚ではなかったけれど、だじゃれ好きだったパパは会社をクビになってしまった。住宅ローンが返済できない。家族は母方祖父の家へころがりこむことになります。
 生活していると次々とトラブルに見舞われます。書中で紹介されているのは、作業中のケガ、離婚、解雇(会社をやめさせられること)、引越し、転校、親友との別れ、お金がなくなったから自転車を買えない。がまんです。ともだちと別れることがつらいから転校はしませんなどという選択の余地はありません。世の中は厳しくつらい。パパは、小屋のくらがりの中で静かにすごします。葛藤(かっとう、どうにもならないこと)をまぎらすために、文学、音楽、美術、運動があります。
 やがて家族は再生へ向かって歩き出します。ダイアナは貯めたお金で自転車を買い、親友ローズにもらった紫色のふにゃふにゃ帽子をかぶり外の広い世界へとペダルをこぎだします。
 家に対する愛着がテーマの本ですが、わたしは、だれもかれもが家に100%の愛着をもつとは考えていません。思い出は家にあるのではなく、自分の記憶のなかにあります。つまり自分の頭がマイハウスなのです。物語は、仕事があるよろこび、この世ですることがある幸福感についてふれています。


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