2012年07月13日

オリンピックの身代金 奥田英朗

オリンピックの身代金 奥田英朗(ひでお) 角川書店

 東京オリンピックですから、昭和39年、もう48年ぐらい前のことになります。東北出身の東大生、彼は貧困暮らしを経験しているわけですが、その島崎国男が東京へ出稼ぎに出ていた兄の死をきっかけとして、爆弾魔と化しテロ行為をしていくわけです。
 なぜ、今、「昭和」の再現なのか。団塊の世代が現役を去りつつあるからなのか、若い新人作家の作品には時代背景がない作品が多いからなのか。それは最後まで疑問のまま読み終えました。
 文章全体から東北弁が響いてきます。匂(にお)ってくると言い換えてもいい。犯人である島崎国男と自分自身が重なる人も多いのではないか。オリンピックのための建設と同時進行で失われていく古い家屋とか心がある。北京オリンピック前の北京の街風景に似ています。肉体労働者はどん底の暮らしを送っています。出身県とか所属する団体にこだわるのは日本人だけだろうか。兄の死がなければ、島崎がテロリストになることはなかった。この本の313ページ、「カシオペアの丘で」はひとり娘が亡くなって娘の父親が自殺志願者になった。この本では、島崎の共犯者が女房とこどもふたりを戦争の空襲で亡くし、残された夫である共犯者は長期間の悲しい時期を送っている。
 484ページ、執筆中である作者のほっとした気分が文章から伝わってくる。もうすぐ書き終えることができる。
 読み終えて、虚無感が残る。全体を貫いていたテーマは、「人柱(ひとばしら)」だったことがわかる。目には見えないところに犠牲者がいる。そういった人たちの上に社会の繁栄がある。


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