2012年07月10日

飢餓海峡 映画と読書感想文 ケーブルTV録画


飢餓海峡 映画と読書感想文 ケーブルTV録画

 原作に忠実で好感をもちました。冒頭に紹介があるように日本版「レ・ミゼラブル ああ無情」です。その後の邦画「砂の器」にもつながります。両方の映画に加藤嘉さんが出演しています。
 犯人にからんでゆく杉戸八重さんを中心に幻想的なシーンがスポットで入ります。白黒映像、3時間半の映画です。途中で、数時間休憩をとって、2回に分けて観ました。
 1965年(昭和40年)の作品です。すでに小説を読んでいるので先がわかってしまうのですが、もし読まずに映画だけを観たら、次はどうなるのだろうかとワクワクするでしょう。犯人である犬飼多吉(樽見京一郎)の味方をする観客もいるでしょう。刑事役で登場する高倉健さんが若い。当時は30代です。エアコンはなく、夏の暑い部屋のなかで、扇風機とうちわで捜査会議を開いています。そういえば、この当時、エアコンというものはなかった。
 「大湊(おおみなと)」、青森県に行ったことがありますが、その地名に覚えがなかったので地図を見ました。恐山(おそれざん)の麓(ふもと)に見つけました。
 津軽海峡に始まり津軽海峡に終わる。最初の舞台に戻るパターンは好きです。伏線は「新聞切り抜き記事」、「爪の破片」、「小船を燃やした後の灰」。重厚ないい作品でした。

ずいぶん前に小説を読んだときの感想文も付記しておきます。
いまみると、読みながら書いた散文形式の感想文でちょっと読みにくいです。

飢餓海峡 上下巻 水上勉(みずかみつとむ) 新潮文庫
海峡とは津軽海峡であり、飢餓とはお金への欲です。
函館を出た青函連絡船が台風のために沈没して多数の死者が海に浮かぶ。その中に別の事件の死体が2体まぎれこむという惹(ひ)きつけられる状況設定から始まります。
クライマーズ・ハイ(横山秀夫著)とか白夜行(東野圭吾著)テロリストのパラソル(藤原伊織著)の筆致(タッチ)です。展開が思い浮かびます。ことに犯人はわかっているけれどその姿が小説の上では見えないことは白夜行と重なります。
青函連絡船は国鉄が運航していたことが今頃わかりました。
事故を示した後に舞台背景を説明していく手法です。
前半部分は非常に暗い。北海道とか青森が暗く描かれている。本当はもっと明るい土地柄だと思う。
生きていくうえでの基本的なことがいっぱい書いてあります。チームワークとか、根気とか、努力・情熱、決心、断行など。
近頃わたしも歳をとってきたせいか、本を物語としてではなく歴史記録として読むようになりました。
社会風俗だったり、暮らしぶりの表記です。この本は第二次世界大戦後間もなくの日本人の暮らしを説明しています。それから民俗学に興味が湧いてきます。
漢字を意図的にひらがにしてあることが印象的です。特別→とくべつ、一度→一ど、熱い→あつい。ひらがな表記が読みやすさとともに雰囲気をかもしだしています。
この本は女性の悲哀史のようでもあります。
なぜ作者はこの本を書いたのであろう。わたしの興味はそこに集中してきました。お金のため?
作者は物語の中に自分にからんだ何かを隠している。何だろう。考えながら読む。
主人公は八重なのか。犯罪者たちの声はでてこない。
青森県大間(おおま)という地名がよく出てくる。最近ではマグロの一本釣りでテレビにて紹介されるところだ。作者が生きていたら驚くことだろう。
自殺に見せかけた殺人、事故にみせかけた殺人、偽(にせ)が犯罪の手法になっています。
砂の器(うつわ)松本清張著が浮かぶ。
下巻70ページから劇的な展開が始まる。
元函館署刑事弓坂は犯人犬飼に殺されてしまうのではないか。犯人は自殺するのではないかと思いついた。犯人と警察をつなぐ酌婦八重は殺されたあとも物語のなかでは生きている。
状況判断による犯人推定だけで証拠がない。
昭和30年代のこととして、60歳は完璧な老人として表現されている。現在と比較すると隔世の感がある。
読みはじめから長い間、警察方向からの記述が続いている。犯人犬飼からみた記述がない。これには何か仕掛けがあるに違いない。
人間描写から推理重視に移行した。刑事コロンボのようだ。鋭くて深い思考を求められてくる。
警察職員の姿をみて、昔、日本人にとって、働くことは生きがいだった。無償であるいは自腹を切って成果をあげる人たちが多かった。今はそのことが否定される時代になった。どちらかいいのかわたしには判定できない。
八重はフォレスト・ガンプに出てくる女優さんのようだ。アメリカ人も日本人も同じという集大成の本に思えた。
犯人犬飼多吉こと樽見京一郎(たるみ)が可哀想になってくるけれど、殺人という超えてはいけない一線を超えてしまったことから許されない。東野圭吾「手紙」が思い浮かぶ。
作者は、犯人の外見にこだわっている。昨今の現実における事件ではまさかあの人がという人が犯人であることが多い。
時代を切り取って、登場人物が生き生きと描かれている。書いている作家も生き生きとしていたことだろう。
富の再配分、できるだけ多くの人の貧困からの脱出、ありえない話、レ・ミゼラブル(ああ無情)それらの言葉が頭に浮かんだ。本当のことは犯人本人しか知らない。
あとがきが興味深かった。雑誌への契約約束1年以内で完結できなかったのでそのまま連載が打ち切りになった。その後、原稿をつけたして本として出版された。


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