2012年06月24日

ぼくがぼくであること 山中恒

ぼくがぼくであること 山中恒(ひさし) 角川文庫

 ぼくは、ぼくの嫌いな母親から産まれてしまった。ぼくはぼくであろうとしたから家庭は崩壊した。火事で家も焼け落ちた。「ぼく」とは、小学校6年生平田秀一くんであり、家族とは、学歴のない父親とこどもの生活を自身の価値観で縛りつける口うるさい母親であり、学生運動に走った長男大学生良一、母親好みの優等生役を続けられなくなった次男の高校生優一、そして中学生長女稔美(としみ)、母親から命じられた秀一素行調査のためのスパイの役割を果たした次女小学生マユミです。「ぼくがぼくであること」の意味に焦点を合わせて読む読書となりました。
 作者が作者であることの物語です。人間は、今、無いものを手に入れようとする。それを手に入れると、再び今、無いものを手に入れようとする。その繰り返しが人間の行動で、これを「欲」といいます。それが第一点です。第二点は、思想の啓発です。母親を嫌うようになった子どもたちの様子が描かれています。平田秀一くんは、家に帰りたくない子どもです。
 だれもが、何度か、家族にサヨナラを告げたくなる。物語では、親の子どもたちに対するきょうだい間(かん)差別があります。秀一くんは正義感に燃えて怒るけれど、世の中は理不尽なことばかりです。足のすくいあいばかりです。人間はけして美しくはない。ぼくはぼくでなくていいときもあると思えないと世の中を渡っていくことはむずかしい。


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