2012年06月23日

みんなのなやみ 重松清

みんなのなやみ 重松清 新潮文庫

 作家の重松清氏がこどもたちの悩みに答えるという形式になっています。66ページの記述は心に残るものでした。父親が再婚してこどもが生まれて、父の連れ子である中学生男子が孤独感を訴えています。14歳男子のつらさが伝わってきます。それに対して、作者は、父親や継母だって苦しいと分析して男子を諭(さと)しています。
 前半の文章は落ち着きません。作者の回答は文章ではなく、ICレコーダーに録音されたものをそのまま文章化してあります。だから、構成が整っていません。それは、後半になるに従って改善されていきます。おそらく後半はきちんと文章化されて推敲(すいこう、みなおし)がなされたのでしょう。
 世の中には、他人に何かをしてもらおうという人と他人に何かをしようという人の両者がいます。その仲介役が「お金」です。お金を払う人もいるし、払ってくれない人もいます。両者のせめぎあいが人間社会です。親には、過保護な親と放任な親がいます。両者とも虐待に通じる部分があります。親が食事をつくってくれない家庭はままあります。作者のこどもたちに対する回答には、うなずく部分もありますが、首をかしげる部分もあります。読者であるわたしとしては、こどもたちには、親に期待しないというメッセージを送りたい。自分のことは自分でするのが生きる基本です。親が食事をつくってくれないのなら自分でつくればいいのです。どうやったらそうできるのかは、自分で考えたり人に相談したりするのです。知恵をもつことです。人にやってもらおうとするから不満がたまるのです。
 後半には、親御さんからの悩みも登場します。親御さんには、自分がその年齢の頃どうだったのかを思い出して欲しい。カエルの子はカエルです。遺伝です。自分ができなかったことをこどもに求めてはいけません。
 作者も強調していますが、親の言いなりになってはいけない。次いで、作者が言っているように、今、親から離れるのではなく、離れる時期を選ぶ、時を待つ。
 この本には、こどもたちから親に対するたくさんの注文が寄せられています。親としては、こどもは、親の思うとおりの進路をたどってくれないという覚悟とあきらめをもつことが必要です。ふつうであれば、この年頃のこどもの相談相手は友だちです。しかし、会ったこともない作者にこれだけたくさんの相談をするのは、相談者にともだちがいないことを表しています。現代のこどもたちは孤独をかかえています。人類みな仲良くなんて、どだい無理なことはわかっていますが、ひとりでもいいから親友がほしい。
 相談の内容は様々です。息が詰まるような相談もあります。ことに「いじめ」に関するものは深刻です。こどもたちの世界がとても狭い。世界は広い。旅に出よう。本を読もう。
 272ページの「順接・逆説」のお話はよかった。いい学校を出て、いくらペーパーテストで満点近くを獲得しても、車の運転ができない人は雇いにくいです。頭を下げる接客ができなければ、お呼びでありません。そういうことができなければ、社会に出ても周囲にいる人間からいじめられるし、うつ病の予備軍に属することになります。
 362ページにある「情報の多い時代」には、考えさせられます。インターネットや携帯電話、それらがなかった時代が過去にあります。ネットも電話もどちらも過信しないことです。


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