2012年06月17日
幸福な朝食 乃南アサ
幸福な朝食(こうふくな) 乃南アサ(のなみ) 新潮文庫
自分と顔がそっくりな美貌の女優志願者がいて、相手にひと足早くデビューされてしまったために自分の夢がかなわなくなり、人生がめちゃくちゃになった人形劇の人形操り師沼田志穂子さん34歳の物語で、もう22年前ぐらいの作品です。時代を感じさせるのは、携帯電話の記述がまったくないことです。沼田さんも女優へのこだわりを捨てて、わりきった生活を送れば、今ごろ56歳で、幸福な朝食にたどりつけたのにかわいそうなことをしました。未婚女性に関する本人の意識とか周囲の扱いは何十年前も今もあまり変化はないようです。
冒頭から始まるのは、出産シーンなのか堕胎シーンなのか区別がつきませんでした。不倫とか2号さんとか人間としてではなく、女として飼われている、そんな暗いイメージです。沼田さんのそっくりさんである本物の女優さんが、柳沢マリ子さんです。18歳から34歳のあいだの出来事記述が時を隔てて、いったりきたりします。沼田さんが語りかけるこどもさんらしき人物があるのですが、人間のこどものではなく、最初はペットの蛇を思い浮かべました。でも、蛇ではありませんでした。
周囲の反対を押し切って女優を目指し始めた経過から、その夢がかなっていない現状はとても厳しい。孤独な34歳女性です。カラオケシーンはかわいそうでした。志穂子さん、はやく自分の居場所を見つけて、しあわせになってください。肉体関係をもつ男性は次々と変わっていくけれど、だれも志穂子さんのしあわせを考えてくれていない。読み手は、彼女の妊娠話が空想だとすぐわかる。彼女は統合失調症を発病したようです。自分に似ていた相手柳沢マリ子さんに責任はない。されど彼女は似ていた柳沢さんに復讐を企図(きと)します。それは、悪行(あくぎょう)です。悪行には報復が返ってきます。狭い空間、特定少数の男女、よく考えこまれた内容です。さて、作者さん、結末はどうする。(最初に戻って、血の海になるのでした。)この頃(ころ)の、この作者さんは、最初と最後をそろえることにこだわりをもっていたようです。
読み終えてみて、さみしくなる作品でした。それから、「鏡」について考えました。
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