2012年06月17日

原節子あるがままに生きて 貴田庄


原節子あるがままに生きて 貴田庄(きだしょう) 朝日文庫

 原さんが出演された映画で観たことがあるのは「東京物語」、「晩春」、「麦秋」、「東京暮色」ぐらいで、いずれも小津安二郎監督となります。美しい女性です。
 15歳ぐらいでデビューして、17歳ですでに世界中を旅されております。ドイツ、パリ、ハリウッド、中国、ロシアと広範囲の土地を訪れています。1930年代の景色はまだ自然破壊が進む前できっと美しかっただろう。航空機を使わない船旅、ロシアはシベリア鉄道利用となっています。同じく、日本国内もまんべんなく各地の観光地をロケやキャンペーンで巡っておられます。いっぽう戦後は、庶民同様に米や野菜を背中にかついで鉄道に乗車されています。
 読書好き、旅好き、ビール好き。麻雀もやるし煙草も吸うし、永遠の処女とネーミングするのはマスコミの勝手だけれど、自分は普通の人間ですと発言する。舞台挨拶は大嫌いだし、水着の撮影には同意しない。歌もダンスもできないし演技は未熟と自己評価もしています。小津監督の死去とともに引退し50年が経過しました。
 ひとりの人生を1冊の本にまとめることは難しい。戦前と戦後で性格が変化しています。年齢を重ねて社交性が出てきています。それまでに、身近な身内である兄たちほかの死去を体験されています。過去の映画の素材は文学作品が多い。本人は若い頃、教師になりたかったとあります。この本は日本映画の歴史を知る書でもあります。
 14・5才の反抗期から女優として働く。複雑な心理の思春期です。なんでもかんでも反発したい時期です。精神が不安定になります。まだこどもなのに、大人の世界でサラリーマンの何十倍もの収入を得ながら働く。いっぽう、学校にも通う。アンバランスです。
 書中では、出演した映画の内容や演技が、かんばしくないという評判がいくつも出てきます。狭い設定の範囲内での役柄で輝かしい演技ができた個性の女優さんという定義にたどりつきます。本名会田昌江という人が原節子が演じる「紀子」という人物をつくっているのではなく、同一人物がありのままの自分を出して、映像の中で発言しているという結論に達しています。
 小津監督は、1953年の「東京物語」で、日本の家族制度が崩壊していくさまを描いています。今もなお家族制度の崩壊は続いており、ひとりがひと家族の時代になろうとしています。
 印象に残ったいくつかの表現を書いて終わります。
 嫌いなことや苦手なことはしないことが生き方の基礎
 ファンが群集になって集まるのは、いっときのこと。最後に残るのは家族
 ドイツはただ清潔な国。パリの裏通りには汚いところもあるけれど楽しい街


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