2012年06月16日

空也上人がいた 山田太一

空也上人がいた(くうやしょうにん) 山田太一

 空也上人の彫像は京都六波羅蜜寺(ろくはらみつじ)にあります。見たことがあります。口から出ているのは、音符ではなくて、仏像です。わたしは最初、音符符号と勘違いしました。四分音符に見えました。
 そういうわけで、カバーにある空也上人の絵を見て読むことにしました。老人保健施設で働く娘に勧めるつもりで買い求めましたが、読み終えて、父親が娘に勧める本ではないと悟りました。心に重たい負担を与える内容です。人間の根源にあるのは「性」なのです。そして「悪」なのです。最後に「許し」がくるのです。
 主人公は中津草介27歳で、特別養護老人ホームのヘルパーです。車椅子を押しているとき、ストレスで精神が切れて、車椅子を放り出します。車椅子にのっていた女性は床にころがり落ちます。そして、認知症のはずの女性は、車椅子から落ちた瞬間だけ正気に戻り、中津草介をにらむのです。<おまえがやったな>。女性は6日後に亡くなります。周囲の職員は、中津草介をかばいますが、彼は自ら辞職します。警察沙汰にはなりません。
 中津草介は退職後、ケア・マネージャー重光雅美46歳の紹介で、81歳男性吉崎征次郎の個人契約ヘルパーとして働き出します。吉崎も車椅子生活者です。吉崎は自分の変わりに中津に空也上人を関東から京都まで見学に行かせます。空也上人の彫像の目が光るのです。<おまえがやったな>。
 そこまでの展開でも胸にぐっとくるものがあるのですが、物語はその後、重厚な積み上げ作業へと進展していきます。155ページ、文字数はそれほど多くない小編です。されど中身は濃い。文章は小説家のものではありませんが(セリフが多い脚本です)、さすが有名なベテラン映画監督さんです。感服しました。81歳の吉崎征次郎さんが、監督さんの魂ののり移り先なのでしょう。読んでいる途中で何度か、吉崎のおっさんはいったい何を言っているのだ!と憤慨しましたが、なかなかたいした個性の持ち主でした。

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