2012年06月16日

左岸 江國香織

左岸 江國香織 集英社

 非常に長い小説なので、まだ読みかけですが感想を書き始めてみます。全体で565ページですが、実際にはその倍の文字量があります。「次郎物語」下村湖人(しもむらこじん)著とか「人間の運命」芹澤光治良(せりざわこうじろう)著と共通するような自叙伝、私小説のような構成となっています。舞台は福岡県の博多と神奈川県川崎市となっています。主人公は寺内茉莉(まり)、年齢は17歳からスタートですが、幼い頃に最愛の兄を亡くしています。その兄が鍵を握っているのですが、兄の死により平和な仲良し家族が崩壊していくのです。1978年ぐらいから物語は始まります。
 博多を出る場面では、自分自身が同じように博多駅を離れた場面を思い出しました。もう30年以上も前のことです。今年読んだ本で、「悪人」吉田修一著、「あなたに褒(ほ)められたくて」高倉健著と福岡県が舞台の本が続いています。物語やドラマ、映画の舞台になりやすい風土があるのでしょう。
 主人公は男性を変えながら成長していきます。好きでもない異性と一緒に暮らしてはいけない。気になるのは母親の行動です。家を出て2年間イギリスへガーデニング技術を習得するために留学しています。夫と女子中学生の主人公は置き去りです。この時点で、家族とは結束するものではなく、離散するものであることがわかります。そして、そもそも息子、主人公にとっては兄の自殺の原因は何だったのだろう。同作者の本をこれまでに何冊か読みましたが、明らかに本作品では筆致が異なります。何を意図したものだったのだろうか。日記のようです。
 
 ようやく読み終えました。3か月ぐらいかかりました。読み終えて感じたことは、「東京タワー」リリー・フランキー著の女性版というものでした。福岡県が舞台になっていることが共通点です。主人公寺内茉莉さんは作者なのでしょう。同著者の作品で同名の「東京タワー」がありますが、読んだことはありません。
 母親にとって茉莉さんは扱いにくい娘だったでしょう。日記の記述が続くようです。作品の冒頭から最後まで、時は流れているのですが、立ち位置に変化はありません。自殺した兄のことにこだわりつつチョウゼン(超然)という言葉に寄りかかります。

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