2012年06月16日

告白 町田康

告白 町田康 中央公論新社

 舞台は鎌倉時代が終わり南北朝時代が始まる頃、楠正成(くすのきまさしげ)活躍の地、大阪と奈良の境にある金剛山あたりで、時代は明治の10年代から20年代、主人公である集団殺人事件の加害者である城戸熊太郎(きど)と谷弥五郎、被害者は松永熊次郎一族となっています。実際にあった事件が素材になっています。
 楠正成氏は、ずいぶん昔にNHK大河ドラマ「足利尊氏」で武田鉄矢氏が演じたものを見ました。足利尊氏が楠正成になぜ勝ち目のない戦をするのかと質問します。楠正成は、勝ち目があるからする、ないからしないというものではなく、ひたすら一族を守るために戦うのが戦(いくさ)だと返答します。そして、楠正成は最後に足利尊氏と勝ち目の無い戦をして命を落としていきます。その楠正成とこの物語の主人公、城戸熊太郎の個性が同一なものとして設定してあります。
 文章表現は独特です。明治時代の出来事なのに現代劇のようです。背景に音楽が流れています。講談のようでもあります。底辺社会のどうにもならない貧困生活とか、恨みを晴らすとか、ラスト近くでは胸がスカッとする瞬間もあります。耐え切れなくなって相手を攻撃する殺人を肯定するような気持ちになることが、自分でも怖い。700ページにおよぶ分量なのに筆記の乱れがありません。
 熊太郎は少年期に殺人をしたことを秘密にしながら、そのことを負担に感じつつ成人になっていきます。その殺人の真相は最後まで語られません。妄想であって事実ではなかったようです。宗教的な部分もあります。
 度胸がつく物語です。中盤部分は駆け引きが多い。森の小鬼は誰だったのか。神や仏の使いだったと受け取るしかないのか。労働以外で得たあぶく銭は残らない。爆発的な殺人力は、相手を「憎む」ことで生まれてくる。人間は仕返しをする生き物である。それをあだ討ちと称して賞賛する部分もある。事件勃発前に加害者谷弥五郎が妹に最後の別れを告げる場面があります。その場面が好きです。
 ドラマ、映画「必殺仕置き人」を思い出しました。その内容を支持する人たちがたくさんいます。
 ラストシーン近くに東大寺二月堂を参拝した城戸熊太郎と大仏を拝んだ谷弥五郎の記述があります。午前10時にこの本を読み終えたわたしは、同日の午後6時半に二月堂でお水取りの儀式を見学しました。


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