2012年06月11日

誰にも書ける一冊の本 荻原浩

誰にも書ける一冊の本 荻原浩 光文社

 うまい。主人公の名前は出てこなかったと思うので主人公は「私」で、生体情報モニタを装着した85歳の父親が危篤から始まります。父親は、福島県出身、北海道開拓団で「けぬし(毛額志)」という土地を開墾し、今は函館の病院で眠っています。「私」は東京で小さな広告代理店を経営しながら作家活動もしています。
 父親の死後、父の書きかけの小説が出てきます。息子の知らなかった父親の過去がよみがえるのです。当初、作り話と思われていた物語の内容が、やがて事実であることがわかりだし、物語は未完のまま、感動的な葬儀を迎えます。神秘的です。亡くなった父親が引っ張ってきた自分の未来です。
 もしかしたら、だれしも、死ぬまでにたった1本の名作を残したいという願望をもちながら、この世に別れを告げていくのではなかろうか。秘密を墓までもっていくという言葉があります。本作品の父親は、人に知られたくない自分の生い立ち、青春時代、若かりし頃をこどもに話していません。自分が若かった頃はこうだったよと自慢する人は少ない。たいていは、自分の胸の中にしまってあります。
 太平洋戦争体験者の本でもあります。亡父が、戦争を知らない現代人に言いたいことは、いっぱいあったと思う。心に残った言葉は36ページの「便利さと豊かさは同義ではない。」でした。

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