2012年06月11日

卒業 重松清

卒業 重松清 新潮文庫

 「卒業」とは、学校を卒業することではありません。この本で語られているのは、ふたつの卒業です。ひとつは、人生を卒業するということ、つまり亡くなることです。もうひとつは、憎しみとか不安とか迷いからの卒業です。舞台設定は、こどもの頃に親を亡くしたこどもの思春期です。親を亡くしただけではなく、継父とか継母を迎えたこどもたちの揺れ動く、震える心を扱ったものです。片親のこどもの気持ちは、片親のこどもになった経験がある人にしかわかりません。わたしも父親を中学のときに病死で亡くしました。その後中学生のときにあった母親の再婚話には大反対しました。おそらくだれにとっても自分にとっての父親または母親はひとりです。気持ちはいちずに「ひとり」です。本は短編集となっています。
「まゆみのマーチ」主人公は亮介さん、中学生の息子さんが登校拒否になっています。亮介さんには妹がいて、妹は、不憫(ふびん)な人生を送りながら今は35歳離婚歴ありです。ふたりの兄妹(きょうだい)のおかあさんが今、危篤です。父親は4年前に他界しています。タイトルのまゆみのマーチは、妹さんであるまゆみさんのために今、亡くなりつつあるおかあさんがつくった歌です。小学校に入学したまゆみさんは、学校に行けなくなります。そんな彼女のためにお母さんは、マーチをつくったのです。母親から娘に対する愛情は強い。人は、規則とか、法律で生きているのではなく、感情で生きていることがわかります。
「あおげば尊し(とうとし)」峰岸和治さんという元教師が亡くなりつつあります。厳しい先生でした。教え子はだれも見舞いにきてくれません。息子の光一さんも小学校の教師です。彼の教え子である小学校5年生の田上康弘くんは、死体を見たいのです。峰岸和治さんが死体になる経過を見たいのです。プロの作家が書いた作品です。よくある人生の終わりです。是も否もなく、あるのは空虚です。
「卒業」14歳中学生野口亜弥さんの父親は、亜弥さんがお母さん(両親は婚姻届を提出済み)のおなかの中にいるときにビルの7階から飛び降り自殺をして死にました。その後、亜弥さんがこの世に生まれ、おかあさんは再婚しています。亜弥さんは、死んだ父親のことを知りたい年頃です。彼女は、死んだ父親の親友だった男性渡辺さん40歳に接触します。彼女は、中学校でいじめられています。読み続けました。継父の野口さんは偉い。「克服」という言葉が頭の中に浮かびあがりました。亜弥さんには、もっといじめる相手と戦う気持ちはないのか!と励ましたい。亜弥さんの実母の気持ちをもっと知りたかった。
「追伸」継母と息子の葛藤(かっとう)です。ふたりの間に介在するのは、実母が幼き息子あてに残した病死の直前の「日記」です。日記は、鹿児島県知覧(ちらん)で読んだ、特攻隊隊員の遺書のようです。胸が苦しくなります。まず、人は、亡くなった人に支えられていることが確認できます。そして、こどもの気持ちを考えてくれるおとななんていない。おとなは勝手です。だけど、そう考えている少年も、やがてそんなおとなになるのです。力作です。
わたしが高校生の頃、ラジオ番組で事実として、こんな話を聞きました。高校の卒業式が終わって、女子高生が正門の前で継母にひとこと「ありがとう」と頭をさげたのです。なかなかできることではありません。

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