2012年06月10日

悼む人(いたむひと) 天童荒太


悼む人(いたむひと) 天童荒太 文藝春秋

 女子高校3年生の目前で、彼女の親友女子高生が刺殺されるという衝撃的な場面から始まっていますが、この本を読み終える頃には、その場面は記憶から消えています。そのことを忘れてしまうほど、多種多様な死の有様(ありさま)が連続して描かれていくからです。
 薪野抗太郎(まきの)という男性記者が主人公にからんでいきます。主人公は、坂築静人くんです。「千の風に」が、この作品を手がける発想になったのだろうか。人間の性質の病巣を探求する作品で、主人公、坂築くんは、魅力的です。わたしの心は、「エバーグリーン」豊島ミホ著で東北地方、「おくり人」百瀬しのぶ著で山形県、この「悼む人」で、北海道の函館市と移ってきました。
 坂築くんの母について、癌の記述が長く、内容も病気の説明と解説であり、医学書を読んでいるようで疲れました。
 坂築くんには、生活感がありません。妻もこどももいないからでしょう。彼は、「ビルマの竪琴」に登場してくる水島上等兵のようです。他者との関係を扱ったものとして最近「悩む力」カン・サンジュン著を読みました。悼む人では、死者との関係を考えます。亡くなった人たちの霊が坂築くんを生かしています。
 正式な婚姻関係がない状況で、こどもを出産しようとする女性が登場します。彼女は、自分のことしか考えていません。生まれてくるこどもが、出生後味わう数々の苦しみは、彼女の脳にはありません。こどもの心は、深く傷つくことでしょう。
 作者には新聞記者か雑誌記者の経歴があって、過去に扱った事件を素材にして、本作品を構築したと推察しました。そして、それは、過去の自分が関係者に対して侵した罪への償いになっていると、わたしは、極端に解釈しました。
 霊魂として登場する朔也氏の存在は、ないほうがいい。作者は、物語の後半で行き詰まっています。
 親が子を思うほど、子は親を思ってくれない。結末付近の記述には、共感できませんでした。最後に自分が死ぬ瞬間を想像しました。

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