2012年06月10日

猫を抱いて象と泳ぐ 小川洋子

猫を抱いて象と泳ぐ 小川洋子 文藝春秋

 美しい文章です。この本の評価はむずかしい。鏡に写った自分の顔を評価するようなものです。悪い評価をすれば、自分の顔と心は醜い(みにくい)ものになります。
 チェスを素材にした物語です。記述は過去形となっています。主人公の日本人としての氏名は出てきません。唇がくっついた状態で生まれ、のちにリトル・アリョーヒンと呼ばれる7歳の少年の登場からスタートします。アリョーヒンは、ロシアのチェスの名手です。彼が、ふとっちょのマスターからチェスを習って、成長していく様子が記述されています。その彼をとりまくのが、象のインディラ、象はデパートの屋上で育ち、大きくなりすぎて屋上から降りられなくなり、死ぬまで屋上で暮らします。彼の師匠であるマスターもまた太っちょで、住居代わりのバスから出られなくなります。そこに、ビルのすき間にはさまって死んでしまったらしきミイラという女の子が加わります。
 制限された空間の中で、スーパーマンのような力を発揮する少年からなにかを学ぶ世界になっています。タイトル同様ややこしい世界です。大きくなりすぎて命を失っていった先輩たちを見て、アリョーヒンの体は11歳の体格のままで成長が止まります。
 わたしはチェスをしたことがありません。ゲームのルールも知りません。知っている人、やっている人が、この物語を読んだらどんな感想をもたれるのか興味があります。わたしにとっては、面白かったか面白くなかったかと問われたら面白くなかったと答えるしかありません。
 「教える」ということの大切さについて考えました。「伝承」です。自分の得たものを次の人に教える。なぜなら、自分はいずれこの世から消滅するからです。自分が生きていた証(あかし)を次世代に伝えたい。
 最後に心に残ったいくつかの言葉を書き残しておきます。100ページにあった「最強の手が最善とは限らない(チェスの打ち方です)。チェス盤の上では、強いものより、善なるものの方が価値が高い」、114ページにあるマスターの言葉「慌てるな、坊や」、154ページにあった「哲学の時間が訪れたのだ」


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