2012年06月09日

無縁社会 NHK取材班

無縁社会 NHK取材班 文藝春秋

 漫画「星守る犬」の世界です。人口の半分ぐらいの人たちはひとり暮らしをしているような実感があります。この本のテーマは、「頼ったり頼られたり、迷惑をかけたり、かけられたり」しながら、つながりを保ってゆきましょうというものです。でも、頼る人は頼るばかりで、頼られる人は頼られるばかりになってしまったから、無縁社会ができあがったとわたしは考えているのです。本書では、許しあうというキーワードが使われていますが、許せなくなったのです。
 複数の記者による連作です。前半部はドキュメンタリータッチで、情に流されています。問題提起はするものの、解決策の提示はありません。なにをしたいのかがわかりません。親族が支援したけれど、どうにもならなかったのです。ファイティングポーズの死体、座したままの死体。手を合わせることしかできません。異父兄弟、異母兄弟、世の中にはいろいろな親族形態があります。触れてほしくないことです。複雑な家庭環境にある人は多い。自分の責任ではないところで、リスクを負って生まれることもあります。連帯保証人になる。信じた者に裏切られて転落していく人がいます。人を簡単に信じてはいけない。中国のことを書いた本に、中国人は血縁関係がある人でも信じないとありました。一見冷たいようで、真実を得ています。この世は、ゼニカネの世界です。
 記者たちは「死=終わったこと」になぜこんなにこだわるのか。お墓はいらない。大勢集まる形式的な葬式も不要。共感します。家族とふだんからつきあいのある友人に見送ってもらえばいい。
 記者たちは、亡くなった方たちの生い立ちを執拗に調べあげるけれど、やめたほうがいい。相手をみじめにさせます。立ち入ってはいけない世界です。自らが周囲との交流を絶ったから孤独になったのです。人は口では寂しいと言いつつ、孤独の気楽さを知っています。ひとりに慣れた人は排他的になります。
 昔ながらの3世代同居の暮らしは無理です。近居でもつらいものがある。下の世代にすれば、頼られても応えられない。
 だれがこんな世の中にしたのだろう。未婚、離婚、子どもなしとあります。離婚後、母子家庭となり、その後、老いた母親とおとなの息子ふたり暮らしの家へ同居前提で嫁ぐ女性はなかなかいません。すぎもとさんという方の歌で「吾亦紅(われもこう) 山野草です」があります。亡くなった母親にわびる歌です。そして離婚するのです。家はいとこにとられたのです。いとこというものは、小さい頃には一緒に遊ぶのですが、大人になってからは他人です。親子でもきょうだいでも歳をとると何年も会わなくなります。健康上の理由であったり、遠方であれば金銭が理由であったりもします。
 ひとりになった人は、ぬいぐるみや動物をこどもと思う。病院で死ぬのも、自宅で死ぬのも死ぬときはひとりです。高齢者夫婦になれば、お互いが別々の病院や施設に入院・入所したりして、死に目に会えないこともあります。入院や入所がこの世でのお別れになることもあります。いくつになっても悩みは尽きない。


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