2012年06月08日

歩いてゆくだけの旅 伊名秀太

歩いてゆくだけの旅 伊名秀太 東洋出版

 どちらかといえば、一生、心に秘めたままこの世を去っていくというような内容について、旅の記憶が収(おさ)められています。
「東海道1987年」旅をした作者は当時22歳です。東京から福井県までの500kmを徒歩によって5日間で歩こうとしますが、名古屋までで断念します。東海道沿線で作者に声をかけてくださった方々の助言がすばらしい。ぜひ他の人にも読んでほしい部分でもあります。
「カナダ1988年」乳母車を押しながら歩くことが作者の特徴です。世の中には、自転車、バイク、車、鉄道などを使って日本や世界を回る人たちがいます。この部分の記述では、作者の自問自答が続きます。現地日系人との交流話はGoodです。93ページにある、人は生きる希望を失くしたときに歩き始めるというようないきさつ話に共感しました。
「二人1990年」25歳の作者と彼を愛しているのかいないのかよくわからない23歳女性との歩き旅の記録です。東京から新潟、日本海を見ることが目標になっています。
「ポルトガル1997年」作者は32歳、33日間の歩き旅となっています。作者の視線から観察したポルトガル人老若男女の言動が興味深い。前記「二人」で一緒に歩いた女性とは遠く離れてしまったのですが、ふたりの交流は続いています。作者に粘着質な性質を感じてしまいます。同時に、作者からは、物書きで生活していきたいという意思が伝わってきます。
「北海道1998、2001年」作者は相変わらず乳母車を押しながら1日に何十キロも歩いています。北海道の厳しい冬に耐える人たちの姿は、胸に刃物が突き刺さるような苦しみを感じました。作者が歩いたルートは、わたしがレンタカーで走ったルートの逆であり、行ったことがある場所なので、その場所が目に浮かびました。作者は「標準」の外に居る人です。作者とともにあるいた女性が発した「それぞれの事情」で生きている人でもあります。
「韓国1999年」作者自身の両親との決別、そして、韓国の父と母と思えるほどの韓国人ふたりとの関係が記されています。作者にとって、歩くことが歩いて行った場所が人生のランドマーク(目印)となっています。リヤカーで母親と900日間、中国からチベットまで歩こうとしたことが書かれた本「母と旅した900日」を思い出しました。作者が歩く姿からは、「悼む人」主人公の坂築静人くんを思い浮かべました。ここにも坂築くんがいる。韓国人と日本人を比較した文章が光っています。わたしが思うに、もとをたどれば、両者は同一民族でしょう。奈良県の遺跡を見て回っているとそう感じるのです。
「屋久島2000年」書き方の魅力が落ちています。若さが消えました。数値や歴史の説明となっています。


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