2012年06月06日

涙 上・下 乃南アサ

涙 上・下 乃南アサ 新潮文庫

 登場人物たちが生きています。本を読んでいる間、読んでいないときも、自分の体の中で、柏木萄子(とうこ)さん24才とか、彼女の行方不明になった婚約者刑事奥田勝さんが生き続けました。上手な文章運びです。リズムがあります。音楽を聴いているような感覚がありました。
 昭和39年の東京オリンピックはじめとして、随時、社会での出来事が背景として知らされますが、それは物語の構成にあって、あまり効果がみられません。奥田さんを探す柏木さんの物語です。居場所を転々と変える奥田さんを萄子さんが追っかける展開です。観光案内のようでもあります。奥田さんは殺人事件の容疑者です。話が進むごと、残虐性は増し、読み手は暗い気持ちにさいなまれます。作者は、そこまで、奥田さんを追い込まなくてもよかったろうに。
 戦争中の中国人の言葉を思い出しました。日本軍に攻められて、ひざまずいて生きるよりも立って死にたい。奥田さんは立っていられませんでした。

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