2012年06月05日

いねむり先生 伊集院静


いねむり先生 伊集院静(しずか) 集英社

 1986年チェルノブイリ原子力発電所事故の記述から始まっているので、作者36歳ぐらい、色川武大(いろかわたけひろ)・阿佐田哲也氏57歳(60歳で病死)の設定で語りは始まります。いねむり先生というよりは、「先生とボク」のタイトルの方がしっくりきます。
 赤裸々に自分を語る内容となっています。自分で自分にあてた記録のようです。おふたりとも幻覚・幻聴あり。371ページの症状はてんかんに似ている。見ている月が上下に動くのです。父親との衝突と葛藤、妻の病死などを経て、麻雀、競輪などの博打(ばくち)にのめり込む。アルコール依存、強迫観念が時おり現れる。読んでいる自分と重なる部分もありますが、彼らふたりほど深刻ではない。
 ふたりは競輪博打(ばくち)目的の旅を重ねます。行き先は、愛知県一宮、名古屋、愛媛県松山、新潟県弥彦、青森です。そのほか、東京上野・浅草界隈の記述が差し込まれています。新潟県弥彦ではおふたりとも競輪の楽しみを堪能されています。賭けにヤクザがからんでくる話がいくつか登場します。読んでいると気の毒になります。山もあれば、谷もある生活です。崖だってあります。それでも先生の寝顔からは、平和な穏やかさが伝わってきます。
 色川氏の小説を読んだことはありません。今度読もうと注文しておきました。若い頃、もっぱら麻雀の雑誌読みでお世話になりました。病気のため突然眠ってしまう。でも一緒に麻雀をしている周囲の人は怒らない。先生の目覚めを待つ。なんだか彼に神が降りて眠っているかのような扱いです。本を読むと、先生は、ほとんど怒らない。怖そうな風貌とは正反対の言動があります。いつまでもじっと何かをみつめている。ときおりその場で眠ってしまう。多重人格とは違う才能の多彩さがあります。
 肝心なことを書き忘れそうになりました。当時、作者は小説書きを拒否していました。先生の存在そして、死によって長年の禁断を解き作家活動を開始しています。

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